第十九話 守りたいのは
目まぐるしく情勢が動き続ける。
特務師団が解散した日。
大錬場での集会ののち、特務師団は解体され、すべての国が協力し合う連合軍に組み込まれることになった。
大陸中が参戦するほどの大規模でありながら、あらかじめ事態を予測していた各国の王は信じられないほどの早さで、軍の編成を進めていった。
当然、総大将となるウィリアムもまた、毎日に忙殺されていた。
解体された特務師団、その中核だった旧特務隊である独立部隊の面々も解散となる。
アクセルベルクの中央領。
大規模に改修された兵舎にある立派な部屋で、大荷物を抱えた数名が顔を合わせていた。
「寂しくなるわ。あたしが行く部隊、知り合いがほとんどいないし」
軍服姿であふれる場所でも、変わらず魔法使いの格好をしたウィルベル。
「特別遊撃部隊なんて最精鋭じゃないか。堂々と胸を張りなよ」
困ったように笑うアイリス。
「そうはいうけど、結局あのあとあいつとは全然話ができなかったし」
「総大将となると南部になんていられねぇだろうしな。転移なんてできんだし、今頃あちこちに便利屋扱いされてんじゃねぇの?」
そして不機嫌さをむき出しにしたヴェルナーがいた。
彼らは不安を打ち消すように、無理やり気丈にふるまっているものばかり。
中でも普段は誰よりも元気に溌剌としていたウィルベルは、内心をごまかそうともせずに溜息を吐く。
そしてヴェルナーの右腕を見やる。
「ヴェルナー、その義手はどうしたの?」
無くなっていたヴェルナーの右腕には、金属製の義手がつけられていた。
ヴェルナーは右腕の感触を確かめるように、手のひらを開閉する。
「これか? 団長が作ってくれたんだとよ。朝起きたらおいてあった」
「そ、一言も無し?」
「ねぇな。こちとら言いたいことも聞きたいことも山ほどあんのによ、あのクソ団長め」
ふてくされたウィルベルに、苛立ちを隠そうともしないヴェルナー。
ウィルベルとヴェルナーには、疑問がいくつもあった。
「ウィルベルは団長が人を魔法使いにできるって知ってたんかよ」
ウィルベルは首を横に振る。
「知るわけないないじゃない。ていうか、どうやって魔法使いになるかも知らないし。一体どうやったのよ」
「記憶をオレたちにくれたんだよ。マナがない環境を知れば、マナに違和感を感じて、知覚できるってな。おかげでこの頭ン中には知らねぇ他人の記憶がてんこ盛りだぜ」
とんとんとこめかみを指でたたくヴェルナー。
ウィルベルとアイリスは目を見開いた。
「記憶を、渡した?」
「ちょ、ちょっと待って! ど、どういうこと? あいつはあんたに記憶を移したの!?」
ああ、とヴェルナーは頷く。
「オレだけじゃねぇ、ライナーもシャルロッテもだ。魔法使いになりたかったオレたちは、団長にはリスクがねぇって聞かされてその話に乗った。だがよくよく考えりゃおかしな話だ。確信は持てなかったが、今のお前の反応で察したぜ。……ノーリスクなんかじゃねぇんだろ?」
頷くウィルベルの顔がみるみる青くなっていく。
「ど、どこからどこまでの記憶をもらったの……?」
「記憶自体に繋がりはねぇ。大方オレがどれだけの量の記憶を受け取ったのか、記憶の中にある知識やらをできるだけ伏せておきてぇって意味もあってバラバラに移されたよ。だがたとえバラバラにされたとしてもわかることはある」
顔を普段以上に険しくし、深い皺が出来上がる。
「もらった記憶は5年分、そのどれもがあの野郎が前の世界で過ごした記憶だ。そんでライナーとシャルロッテも同じ量だけ受け取ってる」
「それってほぼ全部じゃない! それじゃあ、あいつは……!」
「なんにも覚えてやしねぇよ。この世界に来る前のことは何もな。それを問い詰めてやろうとしたんだが、この騒ぎだ。それもままならなかったぜ」
湧き上がるいら立ちを吐き出すように舌打ちをしたヴェルナー。
ウィルベルはこぶしを握り締め、唇を噛む。
二人が激情に駆られそうなとき、
「落ち着いて、二人とも」
アイリスが手を叩いて、意識を変えさせる。
「団長に、ウィルにいろいろ聞きたいことがあるのはボクも同じさ。だけどこの戦いが終わるまではそれも難しそうだね」
「だからって聞かないわけには――」
「よしんば聞いたとしても、今ヴェルナーたちが記憶をウィルに返したら、3人はマナが感知できなくて魔法が使えなくなるかもしれないよ? そうなればこの戦いの勝率も落ちる」
毅然とアイリスは言った。
「そもそもウィルはこの事態を見越して、三人に記憶を渡したのかもしれないじゃないか」
ウィルベルとヴェルナーはそろって眉をしかめる。
アイリスは諭すように――
「ウィルはこうなることがきっとわかっていたんだよ。魔法を使うことができる高位の悪魔に対抗するためには魔法使いが必要だって。そして現状、魔法使いを増やすことができるのは自分だけ、ならやるしかないと思うのは無理もない話じゃないか」
「そんで総大将が記憶を失ってりゃ世話ねぇぜ。オレはあの野郎に負担を強いてまで魔法使いになろうなんて願った覚えはねぇぞ」
アイリスはヴェルナーの右腕を見る。
「願ったつもりはなくても、その腕を見れば、誰だってかなえてあげたいと思うのは必然じゃないか。それに何も悪いことばかりじゃないよ」
「ああ?」
アイリスは2人を安心させるように、子供のような笑みを浮かべて。
「この戦いが終わって3人がしっかりと魔法使いになれたなら、そのとき記憶を返せばいい。団長にもらった記憶のおかげで大戦果をあげられましたってさ」
それにね――
「確かに今のウィルは記憶を失ってるかもしれないけど、戻せないわけじゃない。生きてこの戦いを乗り越えさえすれば、きっと今よりもずっといい未来が待ってるって思えてこないかい?」
ウィリアムの記憶が抜かれたとしても、3人が自身の記憶だけで魔法を十分に扱えるほどに熟達したとき、そのときに記憶を返せばいい、と。
そうすれば記憶を渡さなかったときよりもこれから始まる戦争は被害が少なく済み、なおかつ3人は憧れだった魔法使いになることができる。
ウィリアムも記憶を回収できる。
それは確かに、誰もが望む未来であるかのように思えた。
「きっとウィルもそれを考えている。ほら、思い出してごらん。あの日、ウィルが言った言葉を」
「……仲間のために、最高の夢を叶えるために」
「必ず生きて帰ってくる。ウィルはそう言った。あれは他でもない、ボクたちに向けられた言葉だよ。未来を掴むために、ウィルは3人に懸けたんだ」
アイリスの言葉に、ヴェルナーは面白くなさそうに頭を掻いた。
「けっ、誰も頼んでねぇってのにな。相変わらず自分勝手な団長だな。いや、もう大将か」
「そんなに勝手だからみんなついて行くのさ。勝手な大将様は勝手にみんなを守ろうとするからね」
ヴェルナーはため息を吐き、顔を上げる。
「仕方ねぇ、全部終わったら絶対に一発ぶん殴ってやる。あのむかつく仮面ぶっ壊れるくらい全力でな」
「そんなことしたら記憶を返しても忘れちゃうんじゃないかな」
「そんときゃ思い出すまでまた何発でも殴ってやるぜ」
少しだけ雰囲気の良くなったヴェルナー。
アイリスも笑顔を浮かべる。
それでもウィルベルはまだ浮かない顔をしていた。
「みんなを守るって言ってるけど、じゃああいつを誰が守るのよ……」
「ウィルベル?」
「絶対にあたしもぶん殴る。一発どころか泣いて謝るまで何発でも魔法を打ち込んでやるわ」
最初の呟きは聞こえないまま、ウィルベルは精一杯の元気を出していった。
――全部は戦いが終わってからだと。
そうして3人は別れる。
それぞれの部隊へ。それぞれの戦場へ。
同じ思いをその胸に宿しながら。
次回、「王の力」




