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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第十八話 尊き空虚な誓い

 


 大錬場。


 そこは特務師団全部隊が集結してもなお余るほどの広さを誇る修練場。

 グラノリュース天上国に攻め入る前にウィリアムが演説をした場所。


 そこで、久方ぶりとなる全部隊が揃っての集会が開かれる。


 鍛え上げられた精鋭たる特務師団は、その兵士たちの身長も体型も種族もバラバラであるにも関わらず、その動きは統制され、見る者を圧倒するほど一挙手一投足が揃えられていた。


 会場に全員が集合し、修練場が静寂に包まれたとき。

 前方に二つの人影が現れる。


 ディアークとウィリアムだった。

 2人が現れたとたんに兵士たちは敬礼を取った。


 話をするための壇上にまず上がったのは、南部軍大将となったディアークだった。


「緊急の招集にも関わらずよく集まってくれた。特務師団諸君。諸君らは既に南部軍所属ではなく、グラノリュース軍所属となった。私には諸君らに命令する権限はすでにない。だがどうか、今から話すことだけはどうか、その寛大な胸にとどめておいてもらいたい」


 兵士一人一人と視線を合わせるように、全体を見回して、ゆっくりと話し出す。


「もうすぐ悪魔たちとの戦いが始まる。世界の行く末を決める最後の戦いが始まろうとしている。ここで負ければ、この大陸はなす術もなく悪魔たちに飲まれることになろう。ここで勝てば、この大陸からは悪魔たちを完全に排することもできるであろう」


 ディアークは遠くからでも見えるように手を大きく広げて。


「これは、文字通り大陸中が一丸となって挑む、歴史上でも類を見ないほどの大規模作戦となる。すべての国が、すべての種族が、すべての生命が、この戦いに挑むことになる」


 広げていた手のひらを握る。

 徐々に言葉が熱を帯びていく。


「これほどの戦い、以前であればだれもできないと一笑に付していた。夢物語だと誰も叶えようともしなかっただろう。……だがそれはもう、決してできない夢物語ではない! 笑われるような話ではない!」


 抑えきれない喜びを伝えるように。

 兵士たちを抱きしめるように。


「諸君らが証明してくれた! 行動と勇気をもって希望を示してくれた! 我らは一丸となって戦えると! 共に手を取り平和を掴めると! 誰も成したことのないことを成し、平和への礎を築いた諸君らは、まごうことなき英雄である! その名はこの南部に留まらず、世界中に長き時を渡り生き続けることになろう!」


 どんどんと、兵士たちが高ぶっていく。


 ――まだ、自分たちは終わらない、と。


「だからこそ、今一度、頼みがある!」


 今一度、もう一度だけ――


「この大陸のために力を貸してほしい! 種族を超え、革命を起こし続けるその雄姿を以って、今一度、我らを勝利へ導いてほしい! ――諸君らがいれば、我らが揃えば、世界に希望と平和がもたらされるであろう!」


 拳を突き上げるディアーク。


『ゥォォオオオオオオオッッ!!!』


 大歓声が大錬場を包み込む。

 大地を震わす鬨の声、足が地面をたたく音、天に向けて伸ばされる大きさも色も形も異なる手。

 種族の垣根を超えて感情を分かち合う平和を体現したその光景は、見れば誰もが圧倒されるものだった。


 その歓声はしばらく続く。

 そしてディアークが手を挙げると、徐々にその歓声は収まっていった。


 完全に静まった会場、しかし兵士たちからは未だ抑えきれぬほどの興奮が漂う。


「これから始まる悪魔との総力戦。それには各国の協力が不可欠となる。その要に必要なのは誰しもが認める英雄。諸君らもよく知る者がこの歴史に残る戦の総大将となる」


 そういってディアークは兵士たちから目を離して、傍に控えていた仮面をつけたウィリアムに目を向けて、壇上の隅に寄る。


 視線を受けたウィリアムは壇上の中心、その前に出る。


「次に始まる悪魔との戦い。大陸中の国が手を取り合い、集結する連合軍の総大将になったウィリアム・フォル・アーサーだ」


 兵士たちを見下ろしながら、意気軒昂なディアークと一転して、ウィリアムはゆっくりと落ち着かせるような口調で話し始める。


「……みんなのおかげでついに悪魔との戦いを終わらせる機会がやってきた。これはまごうことなき俺たちの功績だ。ここにいる全員が力を合わせたことで悪魔を滅することが可能だと、頭の固い連中に知らしめることができた。もう既に俺たちはこの世界に対して誰にもできないほどの貢献をしてきた。思う存分に誇ろう」


 言葉とは裏腹に、にじみ出るのは喜びでも称賛する想いでもなかった。


 その様子に兵士たちは困惑し始める。

 自分たちの団長が総大将などという最高位になったことを誰もが誇りたかった。

 しかし当の本人はそんなことを誇ろうとはしなかった。


 さらに――


「もう十分に、ここにいる者たちは世界に貢献している。次の戦いに参加する必要はない」


 特務師団は必要ない――


 そうとれる言葉に、兵士たちは不満を漏らした。


 自分たちは不要なのか、世界を守るための戦いに参加するなといいたいのか、と。


 ウィリアムは不満でざわめく空間を、ダンッと足を鳴らして静かにさせた。


「一つ、俺からいうことがある。ここにいる者たちに言いたいことはたった一つだ」


 ウィリアムが付けていた仮面に手をかける。

 以前のような暗い夜ではなく、明るい空のもと、全員に見えるようにその顔を晒した。


 兵士たちに先ほどとは異なるざわめきが生まれる。


 そして――


「大義のために命を捧げるなんて馬鹿のすることだ」


 その瞬間、兵士たちから怒号が上がった。


 我らの戦う意義に唾を吐くか、戦い続ける我らを愚弄する気か、と。


 誰もが自分たちの存在を馬鹿にされたのかと思い、怒りの声が会場を支配した。


 それでもウィリアムは顔色一つ変えることなく、腰から下げた剣の鞘を壇上に向けて突く。

 すべての兵士のもとまで澄んだ音が響く。


「人生はたった一度しかない。たった一度の人生を最上にしてこそ、生きるということだ。だから、これから始まる戦いに身を捧げるというのなら約束してもらう」



 自分のために戦え――



 ウィリアムはそういった。


「人生ってのは一度きりだ。だから、誰に対してもが幸せだと、胸を張っていえるように生きろ。そしてそれは、決して大義のために戦って死ぬことじゃない」


 手に持つ剣を愛おしそうに見て、顔を上げて――


「本当に世界のためを思うなら、お前たちは絶対に死んではいけない」


 兵士たちは沈黙する。

 じっと次の言葉を待ち続ける。


「周りを見渡せばわかるはずだ。横にいる、ともに戦場をかけた戦友、同じ釜の飯を食った友、支えてくれた家族、背中で導いてくれた先達たち。その誰もがこう願ったはずだ。俺たちに生きて欲しいと、幸せな生活を送ってほしいと。そしてそれはここにいる誰もが、全員に対して願っていることだ!」


 ウィリアムの言葉が熱を帯びていく。


「大義のために命を捧げる? 命に代えても敵を討つ? 違う、絶対に違う! 仲間のために、最高の夢を叶えるために! 最後まで足掻いて戦う! それが! 生きるということだ!」


 兵士たちは怒りを忘れ、陶酔していく。


「ここにいる誰もがまた明日も、来週も、来月も、来年も! 無事に肩を並べる世界を夢見ている! 何の気兼ねもなく、背中をたたき合って笑いあう平和を夢見ている!」



 ――だからこそ、今一度――



「大儀のために死ぬな! 帰りを待つ家族のために! 自分の未来を掴むために! 俺たちは生きて帰ってくる!!」



 もはや叫びに似たその言葉は、兵士たちの胸を強く打つ。



 ウィリアムは一歩踏み出し――



「誓えるな!」


『オオッ!!』


「守れるな!!」


『オオオッ!!!』


「生きれるな!!!」


『うおおおッッ!!』



 すべての兵士の叫びがこだまする。


 世界が震え、彼らの心が奮い立つ。



「今日この日、この時、この場所で誓った言葉を決して忘れるな! これが、俺がお前たちに下す最後の命令だ! 自分のために、未来を掴むために! その意思を、願いを、世界に刻め!!」



 剣を抜き、白く輝く剣を全員に見えるように天に向け――



「約束しよう! 俺は必ず! 悪魔の王を討つ!! お前たちが誓うなら、俺たちの勝利は絶対だ!!」

『ゥオオオオッッ!!!』



 兵士たちが拳を突き上げ、叫ぶ。



 ……兵士たちの大歓声の中――



「……『生きろ』なんて……本当にひどいな……」



 誰にも聞こえない声でウィリアムは呟いた。


 誰に拾われるでもなく、ただ飲まれて消えた。




次回、「守りたいのは」

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