第十五話 総大将
茶番は終わった。
ロフリーヴェスは事前に聞いていた通り疎まれていたようだ。
最強の将軍と聞いて少しは期待していたが、思えば聖人といっても、加護がなければただ力が強いだけの人間だ。
多少人並みより剣術の心得はあるみたいだったが、グラノリュースのアティリオやエドガルドに比べると圧倒的に劣る。
やはりあの国の天導隊は異常だ。
あの2人が味方で本当に良かったと思う。
……アティリオはいなくなってしまったが。
ロフリーヴェスがいなくなったあと、議題は悪魔たちの話に戻る。
今回は防衛ではなく攻勢についての話だ。
「怪現象を除き、現在悪魔の動きは不気味なほどに沈静化しています。物見の報告ではアニクアディティに結集中とのことです。この状況、レイゲン代表、どう見られる?」
「知れたこと。我の強い高位の悪魔どもに統率の取れた動きが見て取れることから、悪魔どもの王が彼の地に現れたと見てよい。いずれこの国に攻めてくるのは自明のことだ」
レイゲンの言葉に他の代表は頷いたり神妙な顔をして考え込んだりと様々だ。
ここで、緑の司祭服を着た司教が手を挙げて質問をする。
「悪魔にそのようなことが可能なのでしょうか。聞いた話では悪魔は知能が低いと認識していましたが」
「中位以下の悪魔であればそうだ。しかし高位の悪魔は高度な知能を持つ。そこの仮面の男が今使ったような怪しげな術を始め、優れた武術も持つ。戦術も使いこなすためにただの人種族の将兵がいくら集まったところで相手にもならん。その高位のさらに上、王位となれば高位をまとめ、軍として指揮することができると考えてもなんら不思議ではない」
司教たちがその言葉を聞いて顔を青ざめさせる。
アクセルベルクの将兵がいくら集まっても意味がないということがショックだったのだろう。
だがそもそもだ。
アクセルベルク軍は弱い。
錬金術でつくられた装備と船で戦うレオエイダンと、精霊魔法を操り卓越した弓の腕と敏捷性を持つユベール、魔法耐性に優れ、膂力や武芸に秀でる竜人、身体能力が圧倒的に高い獣人。
それらと比べるとただの人種族しかいないアクセルベルクは数が多いだけで弱いのだ。
戦いは数とはいっても、この世界には魔法があり、大多数の人間は魔法に抗うすべを持たない。
そんな相手にはどんなに数を集めても無意味だ。
道具と精霊を介して魔法が使えるドワーフやエルフ。
どんなに数がいてもこの2国と比べるとどうしても弱い。
そもそも他の種族と違って寿命が違うし、体が違う。
アクセルベルクは最近飛行船が開発されてようやくといったところだ。
結局その飛行船もレオエイダンとの共同開発だから国としての優位性なんてたいしてない。
しかし逆を言えば、アクセルベルク以外の国は数が少なく、無尽蔵に近い数の悪魔相手に正面切っての戦い方は分が悪い。
「となればやることは1つ。連合軍を結成して立ち向かう他に我らが生き残る術は無し」
そういったのは、銀髪に年齢にそぐわぬ若々しい見た目のアクセルベルク国王。
唐突に話し出した国王にほんのわずかに驚くも、各代表は唸りながらも納得の意を示す。
「確かに悪魔が結集しているとなると余の国だけでは対応できない。アクセルベルクだけでも足りぬだろう」
「我が国は海上において不敗。いくら結集しようと悪魔どもに侵攻など不可能。しかし海上でなければそれも厳しいと言わざるを得ん」
レゴラウス王とヴェンリゲル王も同意を示す。
次にアクセルベルクの将軍たち。
「もとより我らは1つの国。まとまることに異論なし」
「中央の意に従うまで」
「喜んで協力するとも!」
北部がいなくなって1人少ないが問題ないだろう。北部と結びつきが強い中央が手綱を握ってくれるに違いない。
全員の意を確認したアクセルベルクの国王が立ち上がり、宣言する。
「グラノリュースという後顧の憂いは無くなった。我が国は総力を挙げて北方のアニクアディティ奪還にむけて一丸になり動く。将軍たちよ、よいな?」
『はっ!』
王の宣言によってアクセルベルクは全将軍が協力することが決まった。
これは長い歴史上で始めてのことだろう。
「ならばよし。連合軍を結束するにあたり最初に決めておかなければならないことがある」
アクセルベルクがまとまるやいなや、レイゲンが切り出した。
「決めなくてはならないこととは?」
「この戦の将。大陸全勢力を束ねる総大将」
国王の問いにレイゲンは挑戦的な笑みを浮かべていった。
「自称歴戦の将軍と名乗る男はいなくなった。もともと大将の器ではない男だったがな」
「一理ある。戦を決めるのは策以上に将で決まる。どれほど優れた策を講じたところで将がその器でなければ勝てはしない」
レイゲンの考えにヴェンリゲルが理解を示す、
「未曽有の危機に直面する今こそ絶対的な指揮者による統率が必要。いなければこの戦には勝てんか。どれほどの策を講じようとも」
「つまり逆に言えば優れた将がいれば多少のおぼつかない策でも勝つ見込みはあるということか!」
ハードヴィーとディアークの声が続く。
「少なくともこの戦いの間、ここにいる国家元首の意志を代表する総大将を立て、その意思で動くことが勝つための最善手」
「アクセルベルク国王よ、ならば貴様は俺こそが総大将にふさわしいと認めるのだな?」
国王は首を横に振る。
「いや、よりふさわしい人物に心当たりがある」
「なんだと? 貴様自身というつもりではなかろうな」
「そのような自惚れに満ちたことをいうつもりはない。北部のクラウスがあのように増長したのは私が至らない故だ。この状況下で総大将にふさわしいのは――」
国王がゆっくりと円卓を見回す。
王の視線が円周に沿うように流れていく。
そしてその視線がちょうど半分まわったとき。
――俺と目があったとき、視線は止まる。
「グラノリュース王たるウィリアム・フォル・アーサー王。大陸中にその名を馳せ、先のグラノリュース侵攻作戦においてたった十分の一以下の戦力でありながら、たった数日で国を落としたその才。何より率いた師団はこの大陸初となる全種族が揃った連合軍。これほどの武勇と実績、何よりも先ほどの出来事からも部下にも慕われているようだ」
背筋が粟立つ。
王がとんでもないことを言いだした。
さらに各国の王までもが続きだす。
「業腹だが我がレオエイダンは陸上において悪魔との戦闘経験が少ない。ヴァルグリオとて各種族を束ねる司令官として、陸上の部隊を指揮するには荷が重かろうて」
「余たちエルフは長いこと他国との関係を断ってきた。余らが上に立つことを面白く思わないものも多いだろう」
レオエイダンのヴェンリゲル、ユベールのレゴラウスも自分たちには荷が重いという。
王以外にも将軍たちが頷いていく。
「東部はアーサー中将に借りがありますゆえ、反対意見は少ないと思われます」
「西部も同じく。高位悪魔征伐は西部でも話題によく上る」
東部の代官と西部のハードヴィー大将も続く。
だが当然、反対する男がいる。
「理解ができんな。その男は若すぎる。未熟もいいところだ。各国が集結する連合軍、数はかつて類を見ないほどの大軍勢となろう。しかしその男にそれほどの数を率いることができるとは思えん。小で大を穿つその功績は認めよう。しかしだからといって大を率いて大を穿つことができるとは限らん。ましてや相手はこちらをも超える大軍なのだからな」
「それは貴公とて同じではないか? 獣人が加わったとて竜人の数はアクセルベルク四方軍のどれにも及ばないではないか」
レオンハートの言葉に、レイゲンは顔をゆがめる。
「大勢を率いることに必要なのは策や演説ではない。誰しもが一目見ただけで納得しうるほどの圧倒的な武力と意志。それらが備わってこそ、大勢をまとめ上げ導くための灯台となる」
「それを彼は持っている。国落とし、竜殺しの功績。どれも前人未到の偉業だ。士気を上げるにはこれ以上ない人選だろう」
「竜の力を宿す我らに竜殺しなど価値もない。竜に怯える者など、俺の家臣には1人もおらん。将たらんとするならば、我ら竜人を率いるに足る器であることを証明するより他になし」
レイゲンがこちらを睨む。
「言わずもがな、俺は意思なき貴様を総大将として認めるつもりはない。……だがこの場で竜人筆頭である俺を斬ることができれば認めてやろうではないか。竜人をまとめるにたるとな」
その顔はひどく愉快そうに笑っていた。
そして腰の刀を抜き、円卓の外側を回ってこちらへ歩み寄る。
……またかよ。仕方ない、戦ってやろうじゃないか。
溜息を吐き、立ち上がる。
急な話で驚いたが、そもそも総大将なんざに興味はない。
本当なら、俺はこの戦いに参加する気はなかった。
今頃、元の世界に帰っているはずだったから。
今となっては、それもない。
この戦いに俺が参加する理由があるとするならば――。
「いつぞやの戦いの決着――ここでつけるのも一興よ」
円卓から少し離れた開けた場所で互いに向き合う。
屋内で槍は向かないし、安易に神器を抜くわけにもいかない。
だから予備として持っていた何の変哲もない剣を取り出す。
竜人の王レイゲン。
以前立ち会ったとき同様、いや、それ以上の威圧感を感じる。他の将軍とは格が違う。
でも不思議と以前ほど圧倒されることはなくなった。
剣を構え、にらみ合う。
誰かが合図を出すでもなく互いの刃を交えだす。
レイゲンの刀は今まで出会った誰よりも鋭く速く重かった。
幾重もの剣戟が同時に降りかかってくる。
「ウィリアム、今の貴様からは強き意志を感じぬ。以前のような鬼気迫るほどの闘志も感じぬ。この俺と並ぶほどの強さと才を持ちながらその体たらくはなんだ?」
「何の話だよ」
鋭い剣戟。
火花が散り、互いの顔を照らし出す。
「覇気のなくなった貴様に此度の戦の、いや、大陸をまとめあげることなど不可能だ。たとえ高名で実績があろうと、その実力がないと知られればその武勇も地に落ちることとなろう」
「自分から司令官になろうなんて言った覚えはねぇな!」
戦いは激しさを増し、レイゲンの刀から炎が、ウィリアムの剣から雷撃が飛び交う。
「それこそ器でないことの証よ! 貴様はグラノリュースの王となるのだろう! 王たるものが無欲など飾り物にも劣る! 誓いを交わした時の強欲はどこへ行った!? 貴様はなぜそこまでの力を得た!? なぜこれほどの偉業を成すことができた!? 何がお前を突き動かす!?」
レイゲンの言葉が苛烈になるごとに斬撃も苛烈になっていく。
だけど斬撃とは反対に、心は徐々に冷えていく気がした。
何が俺をここまで動かすのか?
どうしてこれまで戦ってこれたのか?
……もう忘れてしまったよ。
ただ、俺は――
「みんなが望む平和な世界を作る。そのために俺は戦う!」
「そんなもの夢物語にすらならぬ! 夢のために戦うといえど、その実無ければ大言と変わらぬ! しからばそれを証明して見せよ! この俺を斬れれば、貴様をこの大陸の司令官として認めてやろう!」
決着をつけようとレイゲンが刀を振り下ろす。
応えるように俺も剣を振るう。
交差する二つの刃。
そして――
◆
アグニータは両手を合わせて握り、二人の戦いをじっと見つめていた。
ウィルベルはウィリアムとレイゲンの戦いをただ見ていた。
(覇気がない……。たしかにあいつはずっと、なんか変)
違和感を抱いている間にも2人の言葉はぶつかる。2人の剣がぶつかる。
――そして、決着のときがくる。
同時に振り下ろされ、交差した剣。
しかしウィリアムの剣は届かず、レイゲンの刀がウィリアムの胸を斬り裂いた。
「ウィル!?」
「ウィリアムさんッ!」
赤い液体を噴きながら、ウィリアムは後ろに倒れる。
ウィルベルとアグニータは驚きの表情と声をあげて駆け寄り、他の代表たちも慌てて容体を確認しだした。
聖職者である宗教の代表たちの体がすぐさま光を帯びていく。
白、赤、緑。
それぞれの加護を発現させて、ウィリアムの治療に当たる。
「思ったよりも傷は浅いようですね。レイゲン様の一撃を受けてもこの程度で済むとはさすがですね」
傷を癒した司教の一人が感心しながら呟いた。
ウィリアムはディアークの肩を借りながら立ち上がる。
勝負に勝ったレイゲン。
しかしその顔はひどく深い皺が寄り、憤怒に染まっていた。
「貴様、なぜ途中で剣を止めた?」
「え?」
ウィルベルが驚きの声を上げる。
「あのまま剣を振るえば一方的に打ち負けることはなかったはずだ。もしかすればこの俺に一太刀入れることもできたかもしれん」
「そう、そして彼かレイゲンか、あるいは双方とも致命傷を負っていたやも知れぬ」
「なに?」
間に入ったのはエルフ王レゴラウスだった。
そしてドワーフ王ヴェンリゲルが続く。
「最後の一撃が交差する瞬間、お前たちの剣はほぼ同時。そこでその男は剣を止め、防御に回ったのだ。そうしなければ互いにただでは済まなかっただろう」
「そうなればこの後に控える悪魔との決戦、大きな影響が出ることは避けらぬ」
ハードヴィーの言葉を受け、レイゲンは自力で立つウィリアムに向けて詰問する。
「あの一瞬でそこまで判断して勝負を捨てたと? 自らの命を失いかねないにもかかわらずか?」
「……どうでもいいんだよ。ただこうしたかった」
「……フン、全て片付けてからでなくては、貴様は最後まで剣を振り抜けぬということか」
レイゲンは刀をしまう。
「いいだろう、悪魔どもを滅し、アニクアディティを取り戻すまでの間に限り――」
――貴様を総大将として認めてやる。
レイゲンはそう言った。
フッと、じっと戦いを見ていたエデルベアグが笑った。
「戦いに生きる剣と生きるために戦う剣。異なるがゆえに、覇者が2人同じ時代に存在できるということか」
「我らにはできん芸当だ。業腹だがアグニータが気に入るのも理解できぬこともない」
エデルベアグの意見にヴェンリゲルが同意した。
――こうして長い歴史の中でも初となる大陸中の国が一丸となって戦う決戦、その総大将にウィリアムは選ばれたのだった。
次回、「乖離する意思」