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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第十四話 南と北




 静まり返った会議室で。

 ウィリアムは自分を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。


「竜を倒すのに犠牲が出なかった? 犠牲なら出た。多くの住民が死んだ。誰よりも偉大な男が死んだ。グラノリュースとの戦いでもそうだ。大事な仲間が犠牲になった。グラノリュースの奴らは時代遅れじゃない。俺たちと在り方が違っただけの強力な軍隊だ。俺たちの戦いを馬鹿にするなら、ただじゃおかない」


 明らかに雰囲気が変わったウィリアム。

 しかし――


「何を言うかと思えば! 竜との戦いでは自軍に被害なしとの報告だっただろう! 戦いに犠牲など付き物だ! それを背負う覚悟もなしに王などとおこがましい! やはり貴様にはグラノリュースを統治する資格などない! ましてやこの場にいる資格もない! 即刻立ち去るがいい! ―――ッ!」


 クラウスがそういったとき、会議室全体に震えが起きた。


 空気は凍り、肌が焼ける感覚。


(なんだ!? この震え、恐怖は……ウィリアム殿か?)


 宰相はすぐにウィリアムを見る。


 ――しかしすぐに自分の考えが間違っていたことに気づく。


 怒っていたのはウィリアムではない。


「ねぇ、あんたさっきから何を言ってんの? ずっとウィルのことを下に見てるけど、誰が見てもあんたの方が下だと思うんだけど?」


 その後ろにいるウィルベルだった。


 さらに宰相は何かが焼ける匂いに気づく。


 匂いの出所を探ればと、それはクラウスの座っている椅子の背もたれから放たれていた。


 クラウスの顔のすぐ横、わずかでも動けば当たりそうな位置。


 そこに真っ白に輝く剣が突き刺さっていた。


 剣が刺さっている部分から椅子が黒く炭化していく。


「落ち着けよ、ベル。ここは口で語る場だぞ。力に訴える場所じゃない」

「……でも」

「気持ちはわかるけどな。煽ったのは俺なんだ」


 ウィリアムがウィルベルをなだめると、しぶしぶといった体で彼女は下がって椅子に座る。

 だがその顔はずっとクラウスを睨んでいた。


 顔の横に刺さっていた剣が消えると、熱のためか恐怖のためか、汗をかいていたクラウスが再び強気に出る。


「野蛮な奴らめ! 言い返せないからと武力に出るとは! もともと貴様らは怪しかったのだ。グラノリュースを裏切り我が国に取り入ってグラノリュースの王になる。そうして次はこの国を裏切るつもりだろう! 狙うのはここにおわす陛下の首か? この国を手中に収めるつもりか? そうはさせぬ! このクラウス・レオ・ロフリーヴェスが貴様を討ち、南部もグラノリュースも世界もまとめて悪を打ち取ってくれる!」

「何言ってんだ? お前」


 あまりに突飛な考えに、逆にウィリアムは呆気にとられる。


「とぼけても無駄だ! 高位の悪魔と同じく怪しげな術を使うこと、たった今この目で確かめた! やはり悪魔とグラノリュースはつながっていた! こうして人間に化け、各国の王女を誑かし、この国の中核に潜り込んだのだろう! 最初に出会ったときのもう1人の女はどうした? 作戦がバレて、どこかで我が同胞たちに討たれたか!? さぞかし愉快な最後だっただろうな!」

「悪いな、ベル。さっきのは撤回する」


 ウィリアムは一瞬でその場から姿を消した。


「ッ!?」


 宰相はウィリアムの姿を見失う。


「なあ、もう一回言ってみろよ。今度はちゃんと……殺してやるぞ?」


 ドスが利いた低い声。

 声の先で、ウィリアムは円卓を飛び越えてクラウスの首を掴んでいた。


「ぐ、あき、貴様!」

「はっきり言えよ、最強の聖人なんだろ? この程度振りほどいてみせろよ」


 目を血走らせたクラウスは腰の剣を抜いて、ウィリアムを切り払おうとするが、当たる直前に後ろに跳んで回避した。

 解放されたクラウスは息を整えながら、後ろに控えていた側近に声をかける。


「ぐっ、はぁっ、お前たち! あの裏切り者を粛清しろ!」

「ロフリーヴェス大将! ここは言論の場! 各国の代表の御前であるぞ!」

「御前だからこそ! この裏切者は処刑せねばなるまい!」


 焦った宰相は各国の代表たちを見る。

 しかし――


「中身のない話に退屈していたところだ。憂さ晴らしにはちょうど良い見世物だ」

「余としても少々腹に据えかねる言葉だ。ここらでウィリアム殿に晴らしてもらいたいものだ」

「ふん、我が同胞の犠牲を軽く見る者に負けるようではアグニータはやれん」


 誰も止める気はなかった。


 むしろ他国の王はすべてウィリアムの肩を持っていた。


(各国と縁を結んできたウィリアム殿と各国をただ一方的に利用しようとしていたロフリーヴェスでは対応が違うのは当然か。よしみだけでなく実利も鑑みてクラウスには退場してもらいたいといったところか)


 一瞬で思考した宰相は横に座る人物に耳打ちする。


「陛下、よろしいのですか?」

「やらせておけ。ここにいるものは皆自衛ができるものばかり。1人を除いて大事になることはないだろう。それに私も初めて会うウィリアムという男を見定めたい」

「ははっ」


 アクセルベルクの国王に意見を求めた宰相だったが、国王であるレオンハートは好きにさせろという。


 これで止める者は誰もいない。


「吾輩にあの武器をよこせ!」

「はい!」


 クラウスが円卓の中心の空いた空間に躍り出ながら、側近から武器を受け取った。

 ウィリアムも円卓の中心に躍り出るも、そばにいたウィルベルとアグニータがさらに彼の前に出る。


「ねね、あたしも参加していい?」

「過剰戦力じゃないか? 俺一人で十分だろ」

「私も参加したいです。犠牲になった私たちの仲間をあんな風に言う人を許しておけません」

「わかった、譲ろう。2人に任せる」


 ウィリアムは下がり、代わりに空間魔法に収納していた二振りの銀の剣をアグニータに渡す。

 しかしそれにヴェンリゲルが待ったをかける。


「待て、アグニータを戦わせる気か?」

「父上、申し訳ありません、ここだけは譲ることができないのです」


 アグニータを心配したヴェンリゲルは、今まで見たことがない怒れるアグニータを前に口をつぐむ。

 ウィリアムと戦うつもりだったのに出てきたのは、側近の女2人という事実にクラウスはさらに怒りを沸騰させる。


「軟弱者の臆病者め! 女の陰に隠れて自分は逃げるか!? どうせ戦においてもそのような情けない姿をさらしていたのだろうな!」

「うっさいじじいね。ウィルが出るまでもないの。あんたはただの憂さ晴らしにしかならないんだから」


 かたや数百年生きた歴戦の聖人、かたや年端も行かぬ十数年しか生きていない少女たち。


 しかし不思議と周囲の王たちは勝敗が透けて見えるようだった。


「役不足にも程がある。あの小娘1人で十分だ」

「ウィリアムが出ないだけマシというもの」

「アグニ、怪我はしないでくれ」


 クラウスが前に出て側近3人が左右を固め、後ろから銃を構える。

 一方でウィルベルたちは前にアグニータ、後ろにウィルベルという形だった。


「歴戦である北部の力! 存分に味わえ!」


 言葉と同時、側近たちが発砲する。

 銃の支援を受けたクラウスが突撃し、一目で高価だとわかる黄金の剣を片手で軽々と振るう。


 迫りくる弾丸と大剣。

 アグニータは銀剣の片割れを盾に変化させて防ぐ。


「面妖な! やはり悪魔と同じ術! 裏切者が!」


 初めて見る変形する剣にクラウスは目を剥いた。


「もともと私はレオエイダンのドワーフでウィリアムさんの味方ですから。あなたの味方になった覚えはありません」


 クラウスは立て続けに剣を振るい続ける。

 その剣は振るわれるごとに白い光を帯び始め、一撃が重くなっていく。


 歴戦であり完成した聖人であるクラウスの攻撃に、アグニータは僅かに顔をしかめた。


 さらにその彼女の左右から側近2人が挟んで斬りかかり――


「あ~、ぜんぜんダメね」


 しかし側近2人は、パチンという音が鳴ると、糸が切れたように倒れこむ。


「なんだどうした!?」

「やっぱり人相手だと便利よね、雷魔法。ま、あたしは炎が一番好きだけど」


 音はウィルベルが指を鳴らした音。

 またたくまに側近が2人やられたクラウスは激昂する。


「そろいもそろって悪魔の手先か!? 高位の悪魔と同じく面妖な技を使うことこそ貴様らが裏切者の証拠よ! ここで吾輩手ずから成敗してくれる!」


 クラウスが叫びながらアグニータの盾を思いっきり蹴り飛ばす。


「ウッ!」


 クラウスの蹴りを盾の上から受けたアグニータは数歩に後ろへよろめいた。

 距離を取ったクラウスは懐から取り出した銃をアグニータに向けて連射する。


 アグニータは再び盾を使って防ぐが、跳ね返った銃弾が円卓をかすめた。


「他の人に当たるかもしれないんですよ! 銃の発砲はやめなさい!」

「何を言うか偽善者が! 貴様らという悪を討てるのだ! 多少の犠牲が出ることくらいどうということはない!」


 アグニータの眉間にしわが寄る。


「……やはり私はあなたが嫌いです。どう考えてもあなたが指揮官なんて虫唾が走ります」

「小娘がこの吾輩に指図するか!」


 ロフリーヴェスが首から下げられた笛を吹く。

 甲高い音が部屋中に響き渡ると、北側の扉から大勢の兵士が入ってくる。

 兵士たちの軍服には北方所属であることを示す白い色が入っていた。


 これには思わず代表たちも立ち上がり抗議する。


「ロフリーヴェス大将! これはいったいどういうことか!?」

「このような裏切者どもを処刑するのだ! 諸君らはおとなしくしていればいい! この者どもを倒して吾輩が上に立つにふさわしいと証明してやろう!」


 兵士たちが円卓を外側から囲むように移動して、円卓の中心に向けて銃を向ける。



 ――つまり円卓に座った各代表に銃口を向ける形で。



 いくら聖人であっても北部の銃に撃たれればただではすまない。


 だが各国の王は身じろぎ一つしなかった。


 兵士たちが銃を構えたとたんに、


「俺たちのことを裏切者というが、これじゃあどっちが裏切者かわからないな?」


 雷撃が迸り、兵士全員がくずおれる。


「お前は言ったな? 俺がこの国を落とすためにグラノリュースを裏切り、各国に取り入ったと」

「その通りだ! グラノリュースは天上人という名の悪魔を持ち、アニクアディティの悪魔どもと結託している! そこからやってきた貴様は悪魔の仲間! この国で数年でこれほどの立場まで上り詰めたのも、グラノリュースから抜け出して落とすまですべて仕組まれていたからに他ならない!」


 アグニータに向かってクラウスが大上段から剣を振り下ろす。


「その説を否定するいいことを教えてやろう」


 アグニータが盾を振るい、剣をはじく。

 すかさず盾を大槌に変化させると、クラウスはすかさず大剣を盾にして大槌を防いだ。

 さらに大槌の衝撃を利用して受け身を取り、すぐに態勢を整える。


 再度斬りかかろうとしたクラウス。


 ――しかし、顔を上げた瞬間に動きが止まる。


「俺はすぐにでもこの国を潰せる。絡め手なんて必要ない」


 クラウスの眼前に白く輝く剣があった。

 膨大な熱を持つ剣は刺さらずともその熱でクラウスの肌を焼く。


「あんたはマリナを貶めた。命で償ってもらうわ」


 一斉に剣が突き刺さる。

 部屋を白い閃光が埋め尽くし、爆風が広い室内に吹き荒れた。


 光が止んだ後に、黒ずんだクラウスがどさりと倒れる音がした。


 宰相は死んだのかと思い、慌ててウィルベルを見た。


「心配しなくても殺してないわ。ちょっと爆風でショックを与えただけだからすぐに目を覚ますわよ。こんなでも一応北部のトップなんでしょ?」


 ウィルベルは肩をすくめながらなんて事のないように言った。

 宰相はほっと息を吐く。


「助かる。ロフリーヴェスはこのまま拘束し別室で謹慎させる。一度休憩を挟んでから……」

「その必要はあるまい」


 仕切り直そうとした宰相を遮ったのは、腕を組んだままずっと動じずに俯瞰していたレイゲンだった。


「この程度の戦場などここにいる誰もが経験しているだろう。余興としては十分だ。これ以上の時間の消費は無意味。どうせ残りの議題も少ないのだからとっとと終わらせてもらおう」

「皆様もそれでよろしいか?」


 レイゲンの提案に他の代表たちも頷く。


 宰相は自分が休みたいと思いながら、進行に戻るのだった。





次回、「総大将」

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