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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
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第二十五話 牢獄対談

 戦いが終わった翌日の夜に俺はマドリアドを出た。

 オスカーとアメリアの2人にはあいさつをした。もし今回じゃなければ帰れないとかではない限り、一度彼らに会いに来る予定だ。荷物も最低限で急いで城に向かう。


 かなり急いで走った、なんとか夜明け前に上層と中層を隔てる防壁に着く。来るときに使った棒高跳びの棒をしまったところに移動して、再び壁を超える。

 壁を越えれば、ゆっくり進む。防壁を超えるのは夜中じゃなければ目立ってしまうので急いだが、中に入れば関係ないからだ。

 休憩をしながら城に着いた時には日が昇り、朝になっていた。

 城門の前に着き、門兵に通させてもらおうと身分証を差し出す。


「天上部隊員、ウィリアムだ。通してもらえるか」

「ウィリアムだと?……確かにそうだ。おい、連絡しろ」


 身分証を見せ、本人であると確認させる。ここまではいつも通りだった。

 だがここからがいつもと違った。門兵がどこかに連絡し、城から多くの兵と数人の騎士がやってきた。その中にアティリオ先生がいた。

 先生たちが俺を取り囲み、告げる。


「ウィリアムだな。お前には国家反逆罪の容疑が懸けられている。同道してもらおう」


 周囲の兵から剣を突き付けられたので、手を挙げて降参の意を示す。すると手錠を持った兵士が俺を乱暴に取り押さえ連行する。

 ただの兵士相手ならどうとでもできたかもしれないが先生がいれば話は違う。そもそも俺は武器を持ってない。兵士がどんなに乱暴に取り押さえようとしたところで、さして問題ではなかったので素直に捕まった。


 連行され、連れていかれたのは地下にある牢獄だった。ここには重罪人が収容される。国家反逆罪もそうだし、連続殺人も情報漏洩も。

 いくつかの牢獄には人がいたが、拷問でも受けたのか、今にも死にそうだった。

 俺は手錠を空いている牢獄のポールのようなものに後ろで結ばれて座らされた。地面はむき出しの石材でごつごつして痛かった。身ぐるみははがされ、簡素なシャツとズボンだけになった。


「これからお前を裁判にかけ、しかるべき罰を与える。それまでに精々、悔い改めることだ」


 アティリオ先生がそう告げて、兵を連れて去っていく。

 誰もいなくなると静かに溜息をついた。

 城に着いたとたんに捕まることは予想出来ていた。当然だ。

 軍にだって連絡員がいる。軍と戦っている俺の姿は目撃されて報告されているだろう。

 投獄されないに越したことはないが、予想せずにここまで来ることはできない。


 ならどうして城に馬鹿正直に正面から帰ったのか、それは他に入る方法がないからだ。忍び込むにしても警備ルートなんて知らないし、下手に忍び込んで見つかればそれこそ問答無用で殺される。それならば丸腰で正面から行ったほうが捕らえられると判断するだろうし、情報を引き出そうとするかもしれない。


 なんにしろここまでは予想通りなので、どうとでもなる。裁判がいつかはわからないが、夜までは待つことにしよう。待ってれば釣れるものもあることだしな。

そう思ってしばらくじっとしていると足音が聞こえてきた。こちらに向かっているようだ。


「無様だな。考えなしの馬鹿もここまでくれば滑稽だ」

「……秀英」


 牢に一人でやってきたのは強秀英だ。記憶を取り戻す前は知らなかったが、彼は中国系だ。戦った時の感じは中国の少林寺に似ていたし、間違いないだろう。

 彼がひとりでやってきてくれたことを内心喜ぶ。彼となら話すことがあるからだ。


「オスカーとソフィアはどうした?二人とも逃げたか?」


 秀英がここにいない二人のことを聞いてくる。かかわりは少なかったが同じ部隊で境遇も同じだから気になるのだろう。


「死んだよ。2人とも」


 彼の質問にはっきりと答えた。オスカーは生きているが、ここにはいない。秀英は恐らく戦いの顛末を詳しく知らないらしく、見るからに驚いている。

 そんな彼を見てふと思い出した。オスカーが教えてくれた、ソフィアが最後に天上人は家族という言葉を。

 記憶を失っている間は秀英を毛嫌いしていたが今は不思議と一緒にいることが心強かった。

 彼は驚きながらもより詳しく質問してくる。


「あの二人が死んだのか?本当か?お前らはいったい何をしていたんだ?」

「本当だよ、ソフィアは死んだ。オスカーも後を追った。俺は戻れば重罪人だ。くそったれが」

「……お前、本当にウィリアムか?」

「本物だよ。正真正銘、今の俺が本物のウィリアムだ。記憶がない間、世話になったな」

「そうか、記憶が戻ったのか。本当に一体何があった?ただソフィアの初陣が早まっただけで、なぜおまえらがこんなことになっている」

「簡単だよ。ソフィアの初陣の戦いに俺らが参戦したんだ。敵側としてね」

「待て、お前はいったい何を言っている?戦いに参戦?敵側だと?」


 記憶の中にある秀英はいつも不敵な感じで高慢な感じだから、こうして戸惑っているのを見ると笑える。

 秀英は何も知らない。

 ならここで詳しく教えればこちら側になってくれるかもしれない。

 周囲を見て盗聴されていないか、軽く床や壁を足で叩いて誰かいないか確認する。気休めだがやらないよりはましだ。


 確認した後に秀英に事細かに説明してやった。軍の今回の作戦と目標。この国の現状。俺らが戦った理由と顛末。

 秀英は最初こそ驚いたものの、後は落ち着いて聞いていた。


「……そうか、それでか」

「今度はこっちが聞く番だ。秀英、お前はこの世界に来た直後のことを覚えているか」

「ここに来た直後?確か目覚めたら今の俺の居室にいた。ベッドで目を覚ましたはずだ」

「同じだな。じゃあ前の世界で死んだ記憶はどれくらい鮮明に覚えてる?」

「さてな、身体が弱くてな。当時流行った伝染病で死んだよ。見送ってくれた友人の顔も覚えている」


 ここまではオスカーと同じだ。俺も目が覚めたらこの世界の今の俺の部屋にいた。死んだときの光景もオスカーと同様で死んだ瞬間も原因もはっきりしている。

 死因がはっきりしていないのは俺だけだ。知識不足なだけかもしれないが納得のいく死因ではないのは確かだ。

 そしてもう一つ気になることが出てきた。


「体が弱かったのか?」

「ああ、呼吸器官が弱くてな。それでも運動はしたほうがいいと言われて、武道を習った。強くなろうと思ってな」

「この世界に来たら、それは治ったのか」

「ああ、爽快な気分だったよ。体に違和感があったが、気にならないほどにな」


 秀英も体に違和感があったらしい。前世で持っていた不調もなくなっていた。

 この世界の俺たちの身体は元の世界から持ってきたものではないのか?

 もしそうなら俺のもとの身体はまだちゃんとあるかもしれない。燃やされているかもしれないが、そうだとしても戻った時にこの世界同様に体を作れるかもしれない。

 俺が黙り込んでいると秀英が今後のことを聞いてくる。


「それで?そんなことを聞いてどうするつもりだ。お前はよくて死刑だ。悪くて拷問ののちに死刑だ。意味がないと思うが」

「なんとでもなる。この程度の錠、壊そうと思えばいくらでも」

「壊してどうする。丸腰のお前では逃げきれん」

「逃げる前にやることがある。大事な大事な用事がな」


 そういうと秀英が鉄格子に近付き、しゃがみながら小声で意外なことを言ってくる。


「協力してやろうか?」

「何言ってんだ?」


 思わず聞き返してしまった。それくらい意外だった。情にもろいとは言わないが流されるような男には見えなかったからだ。いつも嫌味で高圧的な、冷静で腕の立つ男だと思っていたから。


「この国に対する違和感などとっくに抱いていた。今回それがわかった。なら俺も協力してやろう」

「いらねぇよ。一人で十分だ」

「本気で言ってるのか。お前の敵はこの国そのものだぞ。一人で敵うものか」

「お前がいても変わらん。むしろ悪くなる。お前まで追われる」

「構うものか。非道に与するなど誇りが許さん」


 そっけなく断るも食い下がってくる。実際彼がいても邪魔だ。今必要なのは力でも人手でもなく、情報だ。そして秀英から聞けることはこれで全部だった。

 そもそも目的が違う。俺は元の世界に帰る。彼はこの国を正す。現時点では手は取れない。


 どう追っ払おうかと思っていると、また足音が一つ聞こえてくる。

 秀英が気づき、立ち上がり足早に立ち去る。見られたくないのだろう。

 牢に来た人物と秀英が出くわしたか、会話しているのが聞こえてくるが、内容まではわからなかった。

 そしてやってきたのは仏頂面のアティリオ先生だった。


「馬鹿なことをしでかしたものだ。あからさまに軍と敵対し、あまつさえイサークを討つとは」

「多大なご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」


 この世界の住人の中で唯一、本当に世話になっている人だから、ここは誠心誠意謝罪をする。この人がいなければあそこまで戦えなかったし、戦場に行くこともできなかったかもしれない。

 ……それになぜかはわからないけど、この人からとても懐かしい感じがする。

 この人にも聞きたいことがある。手遅れかもしれないが機嫌を損ねることはしたくない。


「殊勝なことだ。とても重罪人とは思えんな。もっとも送り出したのは私だがな」

「先生はこの国をどう思っているのですか?」


 これはずっと聞きたかったことだ。俺を送り出し時から、この人はこの国の惨状を知っている。そして何とかしようとも。だけど俺のように大きくは動けないのだろう。立場のせいか、他に事情があるかはわからないが。

 この人はこの国の中心に近い人だ。なら俺が一番知りたいことも知っているかもしれない。

 だが次にアティリオから放たれた言葉は予想とは大きく違ったものだった。


「一つ、昔話をしよう。上層に住むものなら子供でも知っている話だ」


 そう言って先生の口から語られたのは、この国の成り立ちに関する話だった。




次回、「グラノリュース」

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