第十話 若き芽
約1ヶ月、夏の訪れから逃げるように南部から王都まで移動した。
道中お披露目もかねて各地でディアークが演説をしたり俺の紹介をしたりした。
南部は飛行船がやってきて以来、数多くの詩人や旅人が集まっており、そのおかげで特務隊の武勲詩や唄が広まってかつてないほどの賑わいを見せている。
だから、広場や大使館などに訪れて民衆の前で紹介されたときは大歓声が起きた。
少しばかり恥ずかしいが、客観的に見れば謎多き英雄であり、多くの逸話を持つのだから自然かもしれない。
だが俺以上にもっと歓声を受けた者がいる。
アグニだ。
やっぱり見た目がいいからだろうか。
姿を現した瞬間の男性からの歓声がすごかった。比喩抜きで地面が揺れたし、もはやアイドルだ。
アグニが出た後に、ベルの紹介もあったが、残念なことに誰それ状態だった。
まだ彼女の歌はあまり伝わっていないらしい。
一部歓声を上げている者はいたが、多分そいつらは見た目に惹かれたとかかわいそうだからとかロリだからとかそんな具合だろう。
「もうなんであたしは有名じゃないのかしら! 結構活躍してると思うんだけど!」
「でも何人かの方はちゃんと喜んでいましたよ。知られていないだけでみんなウィルベルさんのことを好きになってくれますよ」
馬車から降りながら、むくれるウィルベルをアグニがなだめる。
――が。
「喜んでいるのはロリコンの類だろ」
「なんですって!」
「ウィリアムさん! かわいそうですよ!」
やはり落ち込んでる人間を追い打ちたいのは、悲しいかな俺の性だ。
「つうかそう落ち込むなよ。王女様と一般人、スタートが違うし、数年前から歌になってるアグニと比べるなよ。そもそもベルは素性隠さなきゃいけないんだから」
「でもー……」
なおもむくれるベル。
……仕方ない。
「あとでカジノのチップやるから」
「ホントに!?」
「……それでいいんですか、ウィルベルさん」
ちょろっ。
というかホントに金に汚い女になったな。まあ金に汚いというより楽しいことに目がないんだろう。
王城に到着し、門をくぐる。
久しぶりのアクセルベルク王城。
ここに来るのは二回目だな。
以前来たのは2年前、執行院と呼ばれるこの国の未来を担う優秀な子供たちに勉強を教えるために来た。
あの時は問題児扱いされていた2人の子供の面倒を主に見ていたが、元気にしているだろうか。
「ヒルダとアルドリエは元気にしているかしら」
ベルも同じことを思ったのか、よく面倒を見ていた2人の名前を出す。
「そういえば2人は以前ここで講師をしていたのだったな」
「講師をしていたのは俺だけどな。当時はどうなることかと思ったよ」
「ウィルと違って素直でいい子たちだったねぇ」
「俺と違っては余計だ」
うまくやっていれば、あの2人も大臣やら高官としての就任が内定している頃だろう。
周りについていけなくなった場合は追い出される厳しい学校だが、逆に言えばちゃんと卒業できれば王への道も開ける。
「気になる生徒がいるのなら教えてくれれば教えられるぞ。どんな生徒だったのだ?」
「えっと、一人はヒルダっていう赤毛の女の子でもう1人は青髪のアルドリエって男の子よ」
「……それはあの2人か?」
「え?」
王城に入ったばかりの、広くて天上の高い廊下を歩いていると前方から足音が聞こえる。
ディアークが指さした方向から、徐々にその姿が見えてきた。
茶と赤髪の若者。
見覚えのあるあの二人は――
「せんせーーーー!!」
「お久しぶりです!!」
ヒルダとアルドリエだ。
二人が手を広げて全力疾走で俺の元へ向かってくる。
仕方ない、ここは一つ、恩師として寛大なハグを――
と思ったら。
「せんせ―――!!!!」
「おふぇっ!!」
腹部にヒルダミサイルが直撃した!
「きゃー! ウィリアムさん!」
「ヒルダ! 駄目だよ!そんな勢いで飛びついたら!」
「あいかわらず元気ねぇ」
「はっはっは! どこにいっても人気者だな! ウィリアム卿は!」
鍛えているはずなのに内臓に響き、思わず膝をつく。
ヒルダめ、ちゃんと鍛錬し続けたのはいいがここで俺に発揮しないでくれ。
俺が腹を抑えてうずくまっている間に、ヒルダが立派になった胸を張って、大きな声で挨拶をする。
「お久しぶりです先生! ご健勝そうで何よりでございます! ヒルダ・イアンガード! 先生の教えのおかげで無事に執行院を卒業することができました!」
「たった今健勝じゃなくなりましたよ……南部の英雄に膝をつかせるなんて……さすがウィリアムさんの教え子ですね……」
「いや、こんなことは教えてないよ。お転婆がひどくなったんじゃないかしら」
なんとかして立ち上がる。
教え子の前で見苦しい姿を見せてしまった。
油断もあったが、でもこれは仕方ないと思う。
だって寸前で止まると思っていたのに、まさかの再加速してイノシシみたいに頭から突っ込んでくるなんて思わないじゃないか。
呼吸を整えてヒルダを見る。
久しぶりに会う。
約2年半ぶりだ。
子供の数年は大きいもので、彼女はもう少女ではなく女性といってもいいほど大人っぽくなっていた。
燃えるような赤毛は背中まで伸ばされており、立派な装飾が施された綺麗なドレスを見事に着こなしていた。
鍛錬も欠かしていないようで、肌にはハリがあり、袖から覗く腕にはしっかりと筋肉がついている。
肌艶もあり、スタイルがいい。
しかし女性らしく出るところは出ていてとても色っぽくなっていた。
おかしいな、ベルと同い年と聞いていたんだが、これじゃあどっちが年上かわからんぞ。
「なによ、言いたいことがあるならどうぞ?」
「いや、ベルも大人っぽくなったなって」
「フン!」
「いでっ」
皮肉は伝わったらしい。足を蹴られた。
それでも先ほどのヒルダの一撃に比べればかわいいもんだ。
「久しぶりだな。立派にやっているようで安心したよ。アルドリエもな」
「はいっ! 先生方がいなくなった後も教わった言葉を胸に日々邁進してまいりました! おかげさまで僕たち2人は無事に執行院を卒業することが決まり、希望の仕事に就くことができます!」
アルドリエは変わらず礼儀正しい好青年だ。大人になって背も大きくなった。ヒルダと同じく鍛錬をしているためか、恰幅がいいし二枚目だ。これなら女性も放っておかないだろう。
「それはよかった、おめでとう。ということはアルドリエはもしかして?」
「はい、ひとまず近隣の土地を納める領主として内定しました。目標だった王まで、まだまだ道は長いですが」
「それでも重要で大きな一歩だ。おめでとう、心から祝福を」
「ありがとうございます!」
順調に夢への第一歩を踏み出したアルドリエは、以前見た時よりもとても輝いて見える。
さて、進路についてだが問題はやっぱりヒルダだ。
こいつ、俺が執行院を去るまで特務隊に入るとか言ってやがった。
まさか変わらず願ってて叶えたりしてないだろうな。
「先生! 私は無事に南部軍への配属が決まりました! 佐官からスタートです! どうぞよろしくお願いします!」
「え!?」
「うそ、こないだまでのあたしと同じ!?」
いくら執行院卒業の生徒が優秀だからって、経験のない若者がいきなり少佐?
やばっ。
というか許可を出したのは誰だ。
じろりとディアークを見ると、彼は思い出したと言わんばかりに手のひらに拳を乗せる。
「そういえば執行院上がりの生徒が南部軍に何人か志願していたな。中には軍事教練関係の科目を全部優秀な成績で修めた生徒がいたので、ありがたく受け入れることにしたのだった」
「それ私です! 頑張りました!」
溌溂と手を上げるヒルダに、めまいがした。
「軍事教練関係ってめちゃくちゃ多くなかったか? 軍事大国のアクセルベルクだぞ?全部取る? 普通」
「ヒルダは本当に頑張っていましたよ。それにもともと執行院に入る前から家で軍事関係の教育を受けていましたから、そこまでおかしなことではないですよ」
おかしいな、俺の中のヒルダはそんなに頭が良かっただろうか。
「……こんな子に恩師って言われるほど、あんたってそんなすごいこと教えてたっけ?」
「……まったくそんな記憶はない。こいつらの中の記憶が間違ってるんじゃないか? 実はすごく馬鹿とか?」
「一回記憶覗いてみたら?」
「そうしようかな、というかいっそ抜いてやろうかな」
「あの、必死に頑張ったんだから素直に認めてあげてください、かわいそうです」
2人を知らないアグニが宥めてくる。
確かに2人が出せる結果は並大抵じゃない。相当頑張ったんだろう。
元とはいえ、講師としてはちゃんと褒めなくてはいけない。
「2人とも本当におめでとう。この後の会議が終わったら一緒に食事でもしよう。そこで改めてこれまでのことを聞かせてくれ」
「はい! 喜んで!」
「待ってますからね!!」
そういうと2人は礼儀正しく敬礼をして、俺たちを見送ってくれる。
これから向かう王侯会議の場所は一部の者しか入れない。
2人はここまでだ。
「慕われているな」
「本当にな。たった半年しか面倒を見ていないのに随分と恩義に感じてくれていて驚いた」
「子供にとっての半年というのは大事なものだ。ましてやあの年頃の若者は難しい。それをしっかり支え導くのは経験したことのある大人であっても難儀する。貴殿が去った後で、2人はさらにそれを強く感じたのではないかな」
「どうかな、記憶を美化してるだけかもしれないがな」
「ネガティブだな」
「最悪を想定する軍人らしいだろ?」
笑いながら城を進んでいく。
階段を登ったりいくつもの扉を開いたり。
そして目的の部屋に辿り着く。
この奥にいるのは大陸を代表する人物たち。
精々、堂々としていよう。
次回、「一国の王として」




