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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第七話 破壊と進化

 


 俺はヴェルナーを裁かなければならない。



 ――でもヴェルナーは飛行船開発や先の戦いでも見事な活躍をしてくれた。


 天上人を倒し、竜を地に落としたのもヴェルナーだ。


 酌量の余地は十分にある。


 何より俺が師団長だ。

 甘いと言われようが知ったことか。


 死者が出てないし、死んで償えなんて意味のないことをする気もない。

 この男は生きてこそ償えるし、今回の被害以上のものを俺たちにもたらしてくれる。


 それにこうなった以上、試してみたいことがある。

 うまくいけばヴェルナーはもっと強くなれるかもしれない。


「お前がこれからどうするかはお前次第だ。俺が与えるのは選択肢だけだ」

「選択肢だぁ? こんだけのことやらかしてオレに選択肢なんてあんのかよ」

「俺を誰だと思ってんだ? 師団長だぞ? この基地で一番偉い。ついでにいうとグラノリュースじゃ一番偉い王様でお前たちはそこの軍隊になるわけだ。意味はお分かり?」


 おどけていえば、ヴェルナーは胡散臭そうに目を細めた。


「つまり団長の気分次第でオレの首は飛ぶってことか?」

「そうだな、逆に言えば俺の気分次第でお前は何のお咎めもなしだ」

「ふざけてんのか?」


 いろいろ吐き出して少しすっきりしたのか、ヴェルナーがいつもの調子に戻ってくる。


 不良みたいなしゃべり方。


 でもそれがこいつのデフォルトだ。


 慣れ親しんだヴェルナーだ。


 そうじゃないと調子が狂う。

 俺は小指から中指まで三本立てる。


「選択肢は三つだ。一つは自分で言った通り責任を取って懲罰を受ける。この場合よくて功績の剥奪と降格、または賠償だな。普通じゃ稼ぎきれない金額の借金を負わされて死ぬまで戦わされる。銃殺刑は気分が悪いから却下だ」

「あぁそう、妥当だな。そんで次は?」

「二つ目は単なる事故として今回の件を片付ける。そうなると兵士たちの疑問は俺に向くな。まあ別にもうすぐ退役するから別にいい。ただそうなると変な噂がお前やライナー、シャルロッテに向くかもな。軍内に不信感が生まれる」

「即座に却下だろそんなもん。オレが助かっても他誰も助かってねぇじゃねぇか。それで喜ぶほど厚顔無恥じゃねぇ」


 ぶすっとするヴェルナー。


「顔に見合わず優しいな」

「うっせぇ、そんで最後は?」


 まあ元からヴェルナーが2つ目を選ぶとは思ってない。

 ただこんなこともできるんだぞといいたいだけだ。


 本命は最後。


 付けていた仮面を横にずらして素顔を見せる。きっと今の顔はいたずらを仕掛ける子供のように笑っていることだろう。


「三つ目は魔法を使って今まで以上に貢献すること。今回の事件の原因だけは明かすが、その罰はこれまで以上の師団への貢献だ。魔法を使えるようになれば十分可能だ。お前も満足、周りも納得するだろ?」


 俺の提案にヴェルナーはぽかんとあほ面をかます。

 笑いを抑えるのが大変だ。


「何言ってんだ? 魔法を使えるようになれないってわかったばかりじゃねぇか。しかもそんな技術があっちゃいけねぇ理由も一緒にな」

「そうだな。だが良い解決法がある。聞くか?」

「たりめぇだ」


 聞いておきながらも、ヴェルナーは半信半疑なようで目元を険しくしたままだ。


「問題なのは、その技術があれば誰もが魔法を使えるようになるってことだ。それじゃあ誰もが欲するのが目に見えているからな」

「オレが使えるようになるっつうことは、その技術があるってことだろ、変わらねぇじゃねぇか」

「俺が言っている方法は俺にしか使えない。普遍的なものじゃないから、欲したところで誰も手に入れられない。俺を脅したところで、簡単に俺を殺せる人間なら魔法を欲する必要もないだろうしな」


 徐々にヴェルナーの体勢が前のめりになってくる。


「確かにそれなら勝手に魔法が広まる心配もねぇ。技術を狙う連中も英雄たる団長なら手ぇ出そうなんて考えねぇし、出したところで無駄だろうな」

「というわけだ。選択肢として成り立つのは理解したか?」


 ヴェルナーの口角がみるみる釣り上がる。


「ああ、一択しかねぇだろ! 三つ目だ!」

「ただ一つ問題がある」

「ああ!?」


 ヴェルナーが荒々しい声を出す。

 上げて落とすみたいになって悪いが、この問題は決して無視できない。


「この方法はやったことがない。うまくいかない可能性は十分ある。それに痛みも伴うな」

「ちゃんと教えろよ。どんな方法なんだよ」

「それを説明するにはマナを感知するということがどういうことか、理解しなくちゃいけない」


 そう、謎なのはこのマナを感知する方法。

 ベルは血筋による先天的なものだと言っていた。

 だから俺もそうだと思っていた。



 では本当にそうか?



 ベル以外に魔法を使えるのは天上人だけ。

 天上人が魔法を使えるのは、他の世界から来た特殊なケースであり、先天的に一般人とは異なるから使えるのだと思っていた。


 だが実際は違う。


 よく考えれば、俺が記憶を失っている間は魔法を使えなかった。

 どんなに頑張っても、どんなに魔法に関して優秀だったソフィアに教わっても使えなかった。


 それが使えるようになったのは記憶を取り戻してから、周囲に違和感を感じるようになってからだ。

 その違和感がマナだと理解できたから、魔法が使えるようになった。

 そのときもソフィアの魔法の影響かと思ったが、そうじゃない。


「大事なのはマナがない環境を知っているかどうかだ」


 匂いと一緒だ。

 自分がどんな匂いを発しているのかわからなくなるように。


 人が刺激に対して徐々に鈍化していくように、マナに触れすぎた者はその存在を感知できない。


 つまり、幼少期からマナに触れ続けた人間はマナがない状況がわからない。だからマナを感じられない。


 俺が記憶を取り戻す前に魔法を使えなかったのは、前の世界のマナがない環境を知らず、マナがあるのが当たり前とその違和感に気づけなかったからだ。



 だからヴェルナーが俺の世界を知ればいい。



「つまり団長の記憶をオレに移植するってことか?」

「そうだ。そうすれば恐らくマナを感じられるようになる。だがあくまで仮説。上手くいく保証はないぞ」

「いや待てよ、それ以前に記憶の移植なんてそんなことできんのかよ。聞いたことねぇぞ」


 そういえば、俺が記憶の魔法を使えることはベルを除いて誰も知らないんだったな。


「ベルも初めて聞いたときは驚いてたよ。俺よりも魔法に詳しいあいつが知らないなら誰も知らない魔法だ。さっきも言ったろ? 俺にしか使えないって」

「そりゃ誰も信じねぇだろうな。他人の記憶をもらったなんてな。つうかそんなことしたら団長からその記憶は抜けんじゃねぇのか?」

「ああ、そのことなら心配するな」


 魔法が使えるようになるには記憶を見せるだけではだめだ。

 実体験として自分がその人生を送ったと思えるように移植しなければならない。


 いうなれば映画を見て何が起きたのか理解するのと、映画の登場人物になりきって実際の映画の場面を体感することの違い。


 前者は何があったのかわかるが本人がどう感じたのか、何を思って行動したのかわからない。

 後者はまんま当人が感じた痛みや苦しみ、喜びや感動をすべて理解することができる。


 説明を聞いてヴェルナーは悩んでいるようだった。


「団長のその記憶、前の世界のものなんだろ?」

「ああ、ずっと文明が発達しているところだ。気になるだろ?」

「そりゃもう気になるさ。だが移植っつうことは団長から無くなるってことだろ。……本当に大丈夫なんだろうな」

「……フッ」


 ヴェルナーの悩んでいる理由を聞いて思わず笑ってしまった。

 本当に見た目と口調とは正反対で優しい男だ。腕を失くしてまで欲しがった魔法が手に入るのに、人の心配をするくらいだ。


 ……いい仲間を持てたな。


「心配するな。渡すのは適当に風呂入ってるときの記憶だ。それならたとえ失っても問題ないし気になったら風呂に入ればいい。ほら、解決」

「ふざけんな、そんな記憶いらねぇし、そんな記憶貰って魔法使えるようになったなんて思いたくねえ」

「でもその方が口外しないじゃないか。男の裸の記憶をもらったら魔法が使えるようになったんだぜって言える?」

「オレにそんな趣味はねぇ。風呂場とは言わねぇけどもうちょっとマシな記憶にしろや」

「じゃあ俺の初体験の記憶を……」

「却下! 気色悪いもん見せんな!」


 カチンときた。


「誰が気色悪いだ! 立派だぞこの野郎! 残った腕捥ぐぞクソボケ自爆野郎!」

「上等だこら! 腕一本でも十分だヘタレ童貞が!」

「テメェもだろうが!」


 暴れだすヴェルナーを押さえつけるために殴り掛かる。

 怪我人に対して大人げないとは思うが、これも今回の罰兼団長からの愛の鞭だ。


 おとなしく――って痛っ!

 こいつ上官に手を挙げやがった!


 しばらく殴り合うも、疲れたヴェルナーが再びベッドに身体を投げ出す。


「馬鹿力め、聖人ってのは本当にバケモンだな」

「この馬鹿力はちゃんと日頃から鍛えてるからだ。その辺の聖人よりもずっと強いぞ」

「その辺に聖人はいねぇよ」


 落ち着いたところで本題に戻る。


「記憶を移すが、一気に他人の記憶が流れ込んでくる。それは脳の構造を強制的に変えることと同義だ。相応の痛みを伴う」

「そんなもん腕を失うことに比べりゃ屁でもねぇ。それに団長なら下手するこたねぇだろうしな」

「期待が重いな。さっきも言ったが使えるようになるとは限らないぞ」

「やってみりゃわかる。それに団長の記憶をもらえるってだけで儲けもんだ」


 ポジティブな奴だ。なおさら失敗なんてできなくなるじゃないか。


 ……さて、やるか。


 深呼吸して、集中する。

 ヴェルナーの額に指を二本立てて触れる。自分の中の忘れてもいい前の世界での記憶を強く思い浮かべる。


 思い出は元の世界に帰ってまた作ればいい。

 徐々に思い浮かべていた記憶が靄がかかっていくように思い出せなくなる。思い出せなくなったら次の忘れてもいい記憶を思い出す。


「ぐ、う……」


 ヴェルナーが苦悶の表情を浮かべる。あと少しだ。

 そのまま最後の記憶を渡し終えるとヴェルナーは意識を失った。


 記憶をのぞいてうまくいったことを確認してから立ち上がる。


 すると、少しふらついた。


「何を渡したんだっけな……少しキツイな」


 直前の記憶を失ったわけではないから何を渡そうとしたのかはわかる。でもその記憶が思い出せない。


 自分が空っぽになっていくようで、少しだけ怖い。


 でもこれはそれ以上の価値がある行為だ。


 これでヴェルナーは魔法が使えるようになる。

 それに魔法が使えるように、彼が眠っている間に魔法の基礎を再確認する記憶を作った。

 それも入れておいたから、もしマナを感知できるようになっていれば、ヴェルナーは簡単な魔法ならすぐに魔法が使えるようになるだろう。



 ……それにしても少し疲れた。



 でもまだ、終わってない。


次回、「夢は遠く」

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