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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 最終章《帰りぬ勇者の送り火》
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第六話 焦がれた憧憬

 


 研究所の一棟が完全に鎮火されたのは、火災発生から2時間が経ってからだった。

 当然ながら研究所には貴重な機材やら材料がたくさんあった。

 被害はとんでもない額に昇る。


 それだけでも頭の痛い話だ。


 でももっと頭を痛めることがあった。

 いや、頭以上に心が痛いことだ。


「目ぇ覚めたか?」

「団長か……」


 ヴェルナーの病室。

 そこではベッドから上体だけを起こしたヴェルナーがいた。


 火事が起きた三日後の今、ようやくヴェルナーが目を覚ました。

 ライナーとシャルロッテは一日早く目を覚ましたが、いまだにベッドの上だ。


 不幸中の幸いなのは、今回の火災で死者が出なかったことだ。

 重傷者は出たが頑丈な部屋で実験したのが幸いして、ただの火傷や骨折がほとんど。

 重傷者は瓦礫によって頭を強く打ったりしたが、幸い命に別状はなかった。

 軍施設ということで日ごろの避難訓練が生きたおかげだろう。

 奇跡だとも思ったが、兵士たち自身の危機対応能力の賜物だ。


「怪我が治ってんのは、そいつのおかげか?」


 ヴェルナーが左手で指したのは俺の腰に下げられた剣。


「そうだよ。マリナに感謝するんだな」

「ああ、そうだな。どんなにしても足りねぇな」


 《月の聖女(ルナマリナ)》のおかげで中度の火傷までは治せる。しかし重度の火傷は完全に癒すことはできない。


 それ以上に――


「……腕は残念だったな」


 もっとひどかったのは、ヴェルナーの右腕。

 火事の発端たる装置がつけられた右腕は、肩から少し先が無くなっていた。


「……仕方ねぇ、自業自得だ。うまくいくと思ったんだがなぁ。結果、大惨事で役に立つどころか迷惑かけちまった」


 力なく笑うヴェルナー。

 彼の首から右肩にかけて、ひどく痛々しい火傷の跡が残ってしまっていた。


「聞かせろよ。なんであんなもんを作った」

「あれがどういうもんか、わかってんだろ?」


 あの手甲は――


「魔法を使えるようになる道具、か?」

「ああ、その通りだよ」


 人体を回路の一部に見立て、宝石を入力と出力にしてマナを流し、魔法を発動させるもの。

 人の体を道具として扱い、無理やり魔法を使う感覚を覚えさせる、魔法を使えない人間でも魔法を使う感覚を理解するためのものだった。


 使い続ければ、マナを感知できるようになって魔法を使えるようになるかもしれないもの。


 さらにいえば、マナを感知できると同時に宝石に刻まれた魔方陣通りの魔法を使うこともできたかもしれない。


 こんな研究が南部に帰ってきてからの一朝一夕でできるわけがない。

 思えばグラノリュース戦が終わってから、たまにヴェルナーが右腕に何かつけているのを何度か見た。

 聞いてもはぐらかされていたが、あの時からこの研究を始めていたんだろう。


 だからヴェルナーはベルに魔法について詳しく教えてもらったんだ。

 魔法を使えるようになるための方法を探して。


「なんで黙ってた」

「言ったら止めただろ。団長はやたら魔法について他言すんなっつってくっからな」

「当たり前だ。魔法ってのは危険なんだ。飛行船開発と同じかそれ以上に。簡単に誰にでも使えるようになっていいもんじゃないんだよ」


 魔法の存在を教えたときに、ヴェルナーたちと初めて会った時に言ったことだった。

 彼はその件について、すでに十分に納得していると思っていた。


 だけど――


「なら自分だけは特別っていいてぇのかよ」


 地の底から這い出るような唸り声。


「ずっとずっとずっとずっと思ってたよ。なんでオレには魔法が使えねぇんだってな。ずっと思ってたよ。団長やウィルベルは誰にも出来ねぇようなことをいとも簡単にやってのけちまう。オレたちは飛行船なんて大層なもんを作らなきゃ空も飛べねぇ。でもテメェらは身一つで簡単に飛べちまう」


 残った左手をギチギチと握りしめる。


「……ずるいだろうが、憧れねぇ訳ねぇだろうが。誰にも倒せねぇような、精鋭って呼ばれた師団が、特務隊が全員で束になっても勝てねぇような連中に、たった二人で勝っちまうような力だぜ? かたやまだ年端もいかねぇガキだ」


 握った拳に雫が落ちる。


「そんな力をずっとずっとずっとずっと近くで見てきた! 欲しいって思って何が悪い! 手を伸ばして何が悪いってんだ!! 魔法を使うには資格がいる!? オレたちにはねぇのかよ!! どんなに力になりたくても何もできゃしねぇ、そんな弱者で居続けろってのか!!」


 病室にヴェルナーの慟哭が響く。

 端正な顔が怒りで歪む。

 いや、怒りだけじゃない。悔しさともどかしさ、後悔がその声に宿っていた。


「あんとき、マリナが逝っちまったとき、俺は何もできなかった。あいつを助けることも最後の頼みを叶えることもな。そして仇を討つときも、グラノリュースのクソったれの王を倒すときもただ見てるだけ。団長とウィルベルの圧倒的な力を前にただ指をくわえて見てるだけだ」

「……ヴェルナー」


 悲痛な彼の思いに何も言えなかった。


「これからも大事な時に役に立てねぇなら、生きてる価値なんかねぇ。死んだ後に団長達に自分の分まで戦ってくれなんて恥ずかしくて言えるわけねぇ……。だから手に入れてやろうと思った」


 思いのたけを吐き出したヴェルナーが顔を上げる。

 その瞳から一筋の涙が伝っていた。


 何も言えなくて、しばらく病室を静寂が支配する。

 春になり、ただただ外の騒がしい音が聞こえてくるだけだった。


 力を欲する気持ちはよくわかる。

 今でも俺は力が欲しい。

 だけど力の使い方に関しても俺は知らなければならないと知っている。


「お前が思うように確かに魔法は強い力だ。それこそ一人で大勢を圧倒できるほどにな。だが、結局力はただ力でしかない。どんなに優れていても使うもの次第でこの世界に災いをもたらす。悪魔がいい例だ」

「知ってるよ。心配しなくてもオレはそんなことをする気はねぇ。誓ってもいい。もし気に食わねぇようならこの首、刎ねてくれて構わねぇ」


 こいつの覚悟には、まったくもって舌を巻くな。


「お前が間違った使い方をするとは思ってない。危なっかしいことをするとは思ってるがな」

「じゃあなんで止めるんだよ。魔法を使えるようになる協力してくれてもいいじゃねぇか」


 俺は首を横に振る。


「俺が憂慮しているのはお前が魔法を使えるようになることじゃない。大事なのは魔法が使えなかった者が使えるようになるということ、そしてその技術があるという事実が問題なんだ」


 ヴェルナーが目元を歪める。


 そもそも俺は、ヴェルナーに魔法を使う資格がないとは思わない。


 もともと特務隊の人間が多少強い力を持った程度で悪いことをするとは思っていないから。

 彼らは魔法なんかなくても暴れようと思えばできる。

 

 それだけの技術や実力が彼らにはある。


 確かに俺とベルとの間には差があるが、一般からすればわからない。


 だから問題はそこじゃない。


「魔法という存在が明るみに出る。俺たちは身近に魔法使いが多いから忘れがちだが、世間じゃ魔法なんて浸透してない。エルフの精霊術ですらな。それが知られればどうなるかわかるだろ」

「どうなるってんだ」

「知れば誰もが望むだろう。魔法使いになりたいと、その技術があるならどんな大金を払ってもいいと。魔法を欲する奴の中には私利私欲のために、他を害するために欲しいと思うやつらだっている。そうなったときに危険になるのは誰だと思う?」


 ヴェルナーは一瞬考えて――


「……オレたちってことか?」


 俺は頷いた。


「魔法が広まっていない今、最初にその存在を知った人間のうち、悪い奴らは独占しようとする。そうなったときに襲われるのは技術を所有するヴェルナー、お前だ。他にもかかわった者たち全員が危ないし、無関係の人だって危ない」

「フン、だから魔法使いになれる技術はあっちゃいけねぇってことかよ。……まあ結局そんな技術はできなかったから意味ねぇけどよ」


 理解したヴェルナーは諦めるように溜息を吐き、上体を後ろへ投げ出した。


 ベッドに再び横になり、残った左腕で目を覆う。


「結局無駄だったわけか。腕が無くなって研究所も跡形もなくぶっ壊して、仲間に怪我も負わしちまった。……団長、オレァ首か? よくて銃殺刑か?」


 自棄になったヴェルナーの中身のない空虚な声。


 確かに彼の言うとおりだろう。

 大金をつぎ込んで建設された研究所の一棟を破壊して、数多くの研究員や将兵を負傷させたのだ。


 また南部の虎の子である特務師団の施設ということもあって、軽い刑ではまず済まされない。



 ――俺はヴェルナーを、裁かなければいけないのだ。


次回、「破壊と進化」

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