第四話 予兆、前兆
ということがあって、竜の肉を全部もらった俺たちはバーベキューをしている。
今は帰ってきてから4日目だ。
今日になってようやく休みが取れたので、現時点で解体できた分の肉を受け取ってこうして食べている。
肉を譲らなかったのは、どうしても食べたかったからだ。
飛竜、地竜、海竜と段々うまくなったから、その頂点である古竜を逃す手はない。
焼け焦がした詫びとして、アグニ、アイリス、エスリリにも振舞っている。
ベルはついでだ。
部屋に来て暇そうにしていたので連れてきた。
「ふーん、そんなことがあったのね。王侯会議ねぇ~」
ベルがナプキンで口元を拭きながらつぶやいた。
「知ってるのか?」
「いいえ? 名前だけしか知らないわ」
「私は何度か父に連れ添って参加したことがあります。といっても後ろに立って見学しただけですけど」
さすがは王族であるアグニ。
「どうだった?」
「結構な人が集まりますね。アクセルベルクの王と宰相、各領の領主兼将軍と補佐官、あと各国の代表と側近ですね。あとは宗教関連の方たちでしょうか」
「宗教関連? なんでまたそんなのが」
「町の治安維持は教会所属の聖騎士が担っているからね。国の外は軍、中は騎士団ていう具合にね。軍が出張っている間に国の中で問題が起きても連携が取れるように、宗教関連の人が国の会議に参加するのは珍しくないよ。国からも教会に予算を出しているしね」
アグニの説明にアイリスが捕捉する。
教会、か。
別に神を信じる人を馬鹿にする気はないが、前の世界での宗教勧誘とかは胡散臭いことこの上なかった。
だからこの世界の宗教だなんだもあまり関わる気にはなれない。
ただカーティスがこの世界が存在する次元を操ることができるのが神だと言っていた。
現実主義のカーティスが神はいると断言するくらいだから、本当にいるのかもしれない。
まあ、その場合は信奉どころか滅殺すべき敵となるが。
「そういえばウィリアムさんはどこかの教会に入信していたりするんですか?」
「してないな。神は信じない質なんだ」
「珍しいですね。ほとんどの人は何かしらの教会にて洗礼を受けたりするんですけど」
「団長は出自が特殊だから仕方ないね。じゃあ今度教会に行ってみる?」
「遠慮する。祈ったところで何も変わらん」
少なくなった網の上の肉を取って口に放り込む。
もうすでに結構な量を食べたからみんな箸が休んでいる。
そろそろ片付けよう。
「そういえばアグニは国に戻らないのか?」
「王侯会議が終わったら少しお休みをいただきます。会議にはウィリアムさんの補佐ということで参加しますが、その後は来るであろう両親と共に一度国に戻ります」
まあ任務も終わって、休みを得るにはちょうどいいタイミングだ。
「アイリスも帰るか?」
「うーん、そうだね。しばらく休暇貰っているし帰ろうかな」
「エスリリは?」
「わたしはもう少しここにいたいな。みんなに会いたいけどここも楽しいし!」
天真爛漫に言うエスリリを見てほっこりしながらベルを見る。
「あたしは帰んないよ。もともと魔法の修行のために里を出たんだし、一人前って認められるまで帰っちゃいけないもの」
「変わった風習だな。ずっと聞きたかったけどベルの家、ファグラヴェールって何なんだ」
「さあ、あたしも知らないわ。ただの魔法使いの里の家系の1つとしか知らなかったもの。ま、ファグラヴェールは里の中でも一番の名家であたしはその中でも有数の天才だけどね!」
何かにつけて胸を張ってくるベルにも、もうずいぶんと慣れたものだ。
「はいはい、要は自分大好きで家とか里のことはよく知らないってことな」
「むー、なんか馬鹿にされてるなー。そもそも里を出るまでずっと魔法の勉強していたのよ。里だってずっと住んでたんだから、当たり前の光景で当時は何も疑問になんて思わなかったのよ」
「今は違うのか?」
「あたしのご先祖様が何をやったのか、どうしてあんな所に住んでるのかとかね。前の戦いでさすがにいろいろ気になったわ」
グラノリュース戦でもドライグウィブとの戦いでも、ファグラヴェールというベルの名前は相手にとって因縁のあるものだった。
それだけ大物相手に身に覚えのない関係があると知ればさすがに気になるか。
「故郷はどこにあるんだ?」
「それは秘密。魔法使いの里なんて知られれば何が起きるかわかったものじゃないもの。いい? 今話した内容もみんな秘密にしてね」
「わかりました」
「任せて」
「わん!」
「……」
ベルが口外しないように注意する。アグニにアイリス、エスリリも頷く。
ただ俺は少し魔法使いの里になんとなく心当たりがあった。
返事をしない俺をベルが怪しみ、覗き込む。
「ウィル? 返事は?」
「魔法使いの里って雲の上にあるのか?」
「え!? ……そ、そそそんなとこにあるわけないじゃなないのっ!」
わかりやすい反応につい笑ってしまう。
魔法使いはその存在を明らかにしてはならない。目につく場所に里を作っては、ばれる可能性が高まる。
ならばどうするか。
空を飛べるのならば、空の上に作ってしまえばいい。
それも地上からは見えないような雲の上に。
色々聞いてみたいけど、さすがに隠し事を無理に暴くのは気が引ける。
ベルはわかりやすいから、本当に当ててしまいそうだ。
……あれ、なにかが引っかかる。
なにか、大事なことを見落としている気がする。
「それはそうと最近ヴェルナーが変な実験ばかりしているんだけど、団長は何か聞いてない?」
アイリスが話題を変えたことで、疑問がすっと宙に溶けていった。
「ヴェルナーが? こっちに帰ってきてからずっと研究所にこもりっぱなしと聞いてるけど。特に爆発もしてないし大丈夫だと思ってた」
「そういえば魔法について詳しく聞かれたわ。知ったところで使えないって言ったけど、それでもってしつこく聞いてくるから教えちゃった」
「確かに理解しても使えませんよね。えっとマナを感じるでしたっけ、それができないと魔法使いになれないんですよね」
「ああ、魔力は全員持っているから、まれにマナを感じなくても魔法を使えるやつがいることにはいるが、大抵決まったことしかできない。魔法使いとは呼べないな」
レイゲンを始めとした竜人がそうだ。
彼らは魔人にも聖人にも近い種族だ。魔力が強いからマナを感じなくても無意識で魔法を起こすことがある。
現にレイゲンは刀の一振りで烈風や炎を起こすことがあった。
竜人に伝わる流派の1つと言っていたが、恐らくマナを操作する動きを型として伝えているんだろう。
「魔法が使えたら便利そうだねぇ~。わたしも使いたい」
「エスリリは魔法なんか使えなくても俺たちより凄いものを持ってるじゃないか」
「え? なになに?」
期待する目で見てくるエスリリの顔の中心を指さす。
「その鼻。いい人とか悪い人とか、匂いでわかるなんて凄いじゃないか」
「気になっていたけど、獣人はみんなそんなことができるのかい?」
「ううん、わたしだけみたい。昔から普通の匂いとは別に、なんだろう、なんか心? みたいなのが匂いでわかるの!」
「これはまた不思議だな。どうなってるんだろう」
獣人の中でも彼女だけ。
いや、確か彼女の父のアアラヴも似たような感じだったから、彼女の血筋が特別なのかもしれない。
と思ったが――
「特異体質かな。たまにいるよ。エルフにも人にも稀に変わった力を持つ人がいるんだ。植物の声が聞こえたり、人の心が読めたりね」
「そういえば、エイリスもそんな感じだったな」
不思議に思い、なんとなくエスリリの鼻をつまむ。
エスリリが涙目になりながら叩いて抗議してくるので、離すと尻尾を逆立たせてベルの後ろへ隠れてしまった。
ベルが背中に隠れたエスリリの頭を撫でながらジト目で見てくる。
「あんた、もうちょっと女の子に優しくしたほうがいいわ。聞いたわよ、3人を丸焦げにしてアイリスを足蹴にしたって」
「え、足蹴にしたの?」
おっと、せっかくの休日にいつまでもだべってばかりはもったいない!
「さあ、もう食事も終わったし久しぶりに町に繰り出すか! エスリリ、詫びるからパン食いに行こうぜ」
「やったー! いくー!」
「え? 散々食べたのにまだ食べるんですか?」
「パン! あたしも行く!」
「ウィルベルまで!?」
いろいろと問題はあるし、気になることもたくさんある。
でも急がなくてもいい。
今は傷を癒そう。
心と体に負った深い傷を。
次回、「魔炎の災禍」