第三話 無欲な王様
十章は毎日二、三話更新となります。
「結婚の話はともかくとして、今後の貴殿の役割だが」
「いや軍人やめるっつったじゃん」
再び公務の話に戻り、ウィリアムは眉をしかめる。
「今更逃れられるとでも? 少なくとも今は無理だ。基本的にアクセルベルクは傷病以外では年に2回の退役期間のみでしか退役を認めないのだ。作戦行動中に抜けられては困るからな。ちなみに前回の退役期間はグラノリュース侵攻作戦が始まる直前だ。次はおよそ4か月後だ」
「聞いてないぞそんなことは」
「この時のために言わなかったのだ!」
恨みがましい目で睨むウィリアムだが、どこ吹く風とディアークは笑って受け流す。
追及しても無駄だと諦めたウィリアムは、溜息を吐き、続きを促す。
「それで? 今後は何させるつもりだ?」
「まず3週間後に王侯会議がある。そこに列席してもらう」
「王侯会議?」
王侯会議とは各国の王族と将軍が一堂に会する会議のことで、主に防衛に関する条約や同盟に関することが話し合われる。
今まではレオエイダンと西部軍および北部軍が中心となることが多く、南部軍中将であるディアークも参加していたが南部はいつも蚊帳の外だった。
「だが俺は少将だ。最高司令官じゃない。出る必要ないだろう」
「そこで効いてくるのが今回の作戦の褒美の内容だ」
ディアークが机の引き出しから取り出したのは1枚の封書。
回転させながらソファに座ったウィリアムに投げ渡すと、受け取ったウィリアムは封を焼き切り、中を見る。
目を通したウィリアムは徐々に目を険しくさせ――
「ふざけんなよっ、誰が一国を治めるもんか!」
叫んだ。
「そうはいっても他に適任者もおるまい。グラノリュースはこれからアクセルベルクを始めとした各国の友好国となる。攻略したのはアクセルベルクの人間だけでなく各国の軍人も加わった連合軍だ。となれば統治するのはそのすべての国が納得する人間でなければならない」
「つっても俺はあと半年もすれば軍人辞めるぞ。意味のない褒賞だな」
「褒賞とは軍役についているときのみ有効なものではないぞ。名誉然り財産然り、軍人でなくとも使えるものばかりだ」
「……おい、まさか」
その通り! とディアークは両手を横に広げて高笑いをしながら大声でのたまう。
「貴殿の1つの国家を任せるという褒美は退役しても続く! いわば一国を完全に貴殿に任せるということだ! おめでとう、一国の王様だぞ!」
あまりの大声に部屋中がびりびり震え、ウィリアムは耳を抑える。
「ふざけんなよ、こんなの呪いと変わらないじゃないか!」
「安心したまえ、グラノリュース現代表であるエドガルド殿とは既に合意していて是非にとの返事をいただいている。これで退役後も安泰な生活を送れるぞ」
「俺の望む安泰じゃない!」
ウィリアムが負けじと大声を出しながら机をたたく。
抗議をするウィリアムを不思議そうに見るディアーク。
「なぜ嫌なんだ。誰にでもなれるものじゃないぞ」
「誰もなりたがらないの間違いだろ。王なんて責任ばかりで自由もない。やるメリットなんて皆無だろうが」
「メリットならあるぞ。ほら」
ディアークが扉を指さす。
すると扉の向こう側から、どたどたと足音が鳴り、勢いよく扉が開き、
「おっきな音した!」
「どうしたんですかウィリアムさん!」
「落ち着きなよウィル!」
ノックもせずに入ってきたのは、アイリスとアグニータ、エスリリだった。
「王になればこの者たちを娶るに足るではないか」
ディアークの言葉にウィリアムはため息を吐く。
「そんなのがメリットになるかよ。俺にとっては罰ゲームだ」
「大丈夫か? そんなこと言って」
ディアークの言葉通り、ウィリアムが後ろを向くと、そこには先ほどウィリアムを心配していたのとは一転して三人が彼に怒りを向けていた。
「ボクたちと過ごすことは罰ゲームなんですって、王女様」
「ウィリアムさんったら冗談が過ぎると思うんです。自分で言うのもなんですけど私結構人気あると思ってました。でもそれが罰ゲーム……私、罰ゲーム……」
「そんなに嫌? わたしそんなに嫌な子?」
「あ、やべ」
「「「うがーーっ!!」」」
怒りに支配された3人がウィリアムにとびかかる。
執務室に紫電が舞った。
「上官に襲い掛かるとは軍人としてどうかしてるぜ」
「貴殿は男としてどうかしていると思うが」
部屋には黒ずみになった女性が3人痙攣しながら倒れていた。
ウィリアムは倒れているアイリスの背中を踏みつける。
「俺は複数の人間と同時に交際できるほど器用じゃないんだよ。1人で十分だ」
「そうは言うが、今回の報酬は各国の姫君との婚姻を視野に入れて決定されたものだ。他の国がいい顔をしないぞ」
「知るか、それはそっちの都合だろ。あいにくと俺は国家に人生を捧げようなんて思うほど愛国心にあふれちゃいないんだ。身近な奴らとはしゃげりゃそれでいい」
「その身近な奴らに乗せている足をどけてから言おうか」
ウィリアムがアイリスに乗せている足をどかしてソファに座りなおす。
「ま、いいや、一国を預けるってことは、どうしたっていいんだろ。ならもらった後にすぐに退位してもいいってこったな」
「まあそうだが。そんなに嫌か? こんなに美女が揃っているのだぞ。普通の男ならハーレムなど夢ではないか。アクセルベルクも責任が取れるならと一夫多妻を推奨している。争いの多い世の中だから男児は常に不足しているのだ」
アクセルベルクでは条件付きで一夫多妻制を導入しており、一定の社会的地位に上るごとに抱えられる女性の人数は増えていく。
もちろん、結婚しない手もあるが、国の政策もあり多くの人が自身に見合った数の女性をめとっている。
しかしウィリアムにその気はなく、ひらひらと手を振った。
「ハーレムなんて興味ないんだよ。不思議とそこまで欲が強くないんだ。いや、1人と添い遂げることへのあこがれが強いって言ったほうがいいのかな。じじいとばばあになっても俺は手を繋いでいられるような関係になりたい」
「複数の妻を迎えてもできると思うが?」
「横だけじゃなくて後ろも気をつけなきゃいけなくなりそうでいやだ」
打つ手なしと、今度はディアークがため息を吐く。
「では結婚どうこうは置いておいて率直なところどうなんだ? 全く魅力無しで女性として見ることもできないのか?」
ウィリアムは少し考え込んで、足元に転がるエスリリをつま先で軽く小突き、意識がないことを確認する。
「見ようと思えばいくらでも見れる。心底嫌ってほどじゃない。でもやっぱり、複数の人と付き合うなんて難しい。みんないい奴らだし想いは嬉しい。まあこればかりは俺の人生設計の話だ。こいつらならもっといい人がいるだろうさ」
「貴殿よりいい男などそういないだろう。経歴や能力で言えば大陸有数、それを超えるような人物と人生でまた巡り合う確率なんてほんのわずかだ。数百年生きても難しいかもしれないな」
「軍人としてはな。男としてはまた別だろう」
「聞いた話では部下たちの前で顔を見せたそうじゃないか。みんないい顔をしていると言っていたぞ。無論俺もそう思うが」
居心地悪く、ウィリアムは顔をそらす。
「そりゃどうも。でもお前に聞こえるような悪口なんて言わないだろうよ。それにこいつらに最初見せたときの顔なんて泣き腫らした酷い顔だ。いい印象なんて持たれなかったろうさ」
「罪な男だな」
「ほっとけ」
ディアークは飽きたのか話題を戻して真面目な話をする。
内容は王侯会議と竜について。
「王侯会議では、貴殿はグラノリュース天上国の代表として参加してもらう。特務師団はそのままグラノリュース駐留軍として貴殿の配下のままだ。南部軍所属ではなくなるということだ」
つまり、アクセルベルク所属ではなく、国ごと所属を変えるということである。
「本気で言ってるのかよ。よく許したな」
「どのみちグラノリュースという脅威がなくなった今、南部軍が大きな戦力を持つ必要がない。むしろグラノリュースを手中に収めるためにもわが軍の派遣は必要なのだから、その点、全種族がいる特務師団は必要条件をすべて満たしている。所属は変わるが味方には違いない。そう大して変わらぬよ」
「現地軍と合わされば南部軍よりも数は勝るが?」
「では戦ってみるかね? 技術力では負けないぞ?」
「俺たちが遺したからな」
不敵に笑うディアークにウィリアムも釣られて笑う。
そのまま、もはやあきらめに近い形でディアークの話に相槌を打っていく。
「竜については処理の仕方で悩んでいるが何か希望は?」
「俺に聞くのか?」
「倒したのは貴殿であろう。こういうのは倒したものに所有権があるから、今回の場合は特務師団全体にあるな。つまり貴殿にある」
ウィリアムは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに答える。
「ほとんどは研究に回そう。巨大だから半分くらいは手元に残して、残りはほかの領に分けるとしよう。それでも十分まわるだろ」
「回すのはどこの部位だ?」
「鱗と背びれ、翼膜は解体して売っていい。内臓もな」
「ということは竜核は貴殿が持つのか」
「当然だ。竜核は欲しい。きっといい使い道がある。それともう一つ欲しいのがある」
「それは?」
ウィリアムは立ち上がり、横になっている3人を抱えたり背負ったり掴んだりして部屋の出口へ歩いていく。
扉から出る直前に機嫌が良さそうな声で言った。
「竜の肉は全部だ」
次回、「予兆、前兆」