第二十四話 怒りと決意
葬儀が終わり、宿へと戻る。
この後はソフィアからもらった記憶を戻す魔法を使う。
僕は魔法を使えない。にもかかわらず魔法が使えるのは、ソフィアが僕にくれたのはソフィア自身の記憶によるものだ。
ソフィアの記憶といってもすべてではなく、記憶の魔法に関してだけ。だけどその部分に関してはソフィアの経験も入っているため、簡単に言えばもらった記憶の部分だけ、彼女の人生を追体験できる。
だから彼女が魔法を使うときの感覚を知ったため、僕も魔法が使えるようになった。とはいえ、使えるのはもらった記憶にあるものだけで、他の魔法を使えるわけじゃない。
魔法を使うには周囲のマナを感知することが必要だ。僕にはそれができない。
そばにはオスカーとアメリアがいて心配そうにしている。
僕は二人に微笑んで大丈夫というと、自分の手を額に当てて魔法を使用した。
すると膨大な量の情報が頭に入ってくるような感覚に襲われた。ソフィアに記憶をもらった時の比ではなく、到底耐え切れずに、痛みを感じる間もなく、また気を失った。
*
親しんだ城じゃないどこかの場所で。
いろいろな風景が頭に流れ込んでくる。槍を投げている光景や小さな長方形の箱に向かってしゃべっている光景、少年少女と仲良く話している光景。
『ああ、昨日遅くまで論文を書いていたんだ。おかげで寝不足だよ』
『あ、お疲れ様です……調子はいつも通りあまりよくないです』
『いや、来週末に帰るからそのとき一緒に帰っておいでと思って』
これは誰の記憶?この話している相手は誰?
『一か月ありゃ十分だろ……』
『俺もお前みたいに要領よけりゃぁな~』
見慣れない光景。喋っているのは……僕?
『わかった。帰るとするよ。久しぶりにそろうね』
『せやな。楽しみにしてるで。ところで今日はこの後何するん?寝てばっかか?』
帰る?一体どこに?揃う?
『あの、いいですか?誰にもいわないでくださいね……』
『え、うん。なにか悩みでもあるの?』
『実は私と……』
目の前で、悩まし気にしている少女は誰だ。なんでその後に突然、胸を抑えて気を失ったんだ?
そして、気を失っている時に見た、真っ暗な星空に一際大きく浮かぶ、輝く星に向かっているような景色は、いったい何なんだ。
いや、知っている。この記憶の中、目の前にいる少女も、電話していた相手も、隣で話をしている青年も。
全部、知っている。俺の記憶だ。
でも、じゃあここはどこだ。俺はいったい、今まで何を、してい、たん、だ……!?
*
「おええぇ!……うぅっ!」
唐突に湧き上がってくる吐き気に耐え切れず、横になっていたベッドの脇に嘔吐する。腹の中にほとんど何もなかったから、胃液しか出てこなかった。
口の中が気持ち悪い。
でも、それ以上に自分が、周りの人間が、この世界が。
気持ち悪くて仕方ない。
「違う違う違う……俺はウィリアムじゃない……この世界は夢だ、長い長い夢だ。きっと目が覚めれば、またあの日の続きに戻れるんだ……ははっ!そうに決まってる!じゃなきゃ、こんなことって……」
そうだ。俺は日本人で工学系の大学に通っていた、ただの学生だ。もうすぐ卒業で、部活は陸上部でやり投げをやっていたんだ。
断じてグラノリュース天王国なんて知らないし、ましてやそこで騎士なんて目指しているわけがない。そんな小説みたいなことがあるわけない。
俺はずっと眠っていて長い夢を見てるんだ。でないとこんなわけもわからない世界で、戦っているはずがない。
自分が今、どんな顔をしているのかわからない。
笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。きっと笑っているんだ。だってこんなにもおかしくて、波乱万丈な人生なんてありえないじゃないか。
人殺しなんて、するわけないじゃないか。
異世界に来るなんて、あの生活に戻れないなんて、絶対にあるわけ、ないじゃないか。
「とっとと目覚めて欲しいもんだな!長すぎる夢だ。起きたら何をしないといけないんだっけ。確か、少し残った論文を仕上げて、そして週末は父さんと一緒に家に帰るんだ。久しぶりに家族全員そろうんだ。早く起きて会いたいな。友人にもあいつにも」
誰もいない部屋で、むなしい声が響く。とてもリアルな夢だ。明晰夢か?
早く起きろよ。
そうすればこの胸から湧き上がる嫌悪感も、のどを突き刺すような悲壮感もきっとなくなる。
どうすれば目覚める?
考えていると部屋がノックされ、人が入ってくる。誰だ、入っていいなんて言ってない。
見るとそこにいたのは金髪を背中まで伸ばし、先端でまとめた少女。
美人ではある。でも俺の知らない女だ。
「ウィリアム?目が覚めたのね!え?どうしたのその顔!酷い顔よ!」
誰がウィリアムだ。俺の名前は……俺の名前は?
ウィリアム、そしてこの少女の名はアメリア?俺は誰だ?いや、僕はウィリアムだ。彼女は大切な友人のアメリアだ。
違う。俺の知り合いにこんな人はいない。
「ウィリアム?本当に大丈夫?気分が悪いのね、口元も」
アメリアが俺の口元を布で拭う。ただその感覚で、どうしようもなく理解してしまった。
これは、夢じゃない。
目の前の少女は本当にいる。
そしてその事実が、俺を絶望の底に叩き落とすことになる。
「嘘だ嘘だ嘘だ……そんなはずない……俺はまだ死ぬはずない!まだ明日の予定だって、来週の予定だってあったんだ!こんなことが、あっていいわけない!」
信じられない。信じたくない。
あの世界でやり残したことも積み上げたものも、失うことになるなんて信じたくない。
「俺があの時死ぬわけない。だってずっと健康だった。何も異常はなかったし、痛みも違和感もストレスも怪我も何もなかった!あんな唐突に!死ぬわけない!」
「ウィリアム。落ち着いて!大丈夫!あなたは生きてるわ。私がずっとそばにいるよ」
アメリアが俺を抱きしめてくる。
その感覚がとても気持ち悪かった。だって彼女が見ているのは俺じゃない。僕だ。俺の知らない間に、勝手に生きたウィリアムという名の僕だ。
そのウィリアムは俺の身体で、人を殺した。
気持ち悪くて、気味が悪くて、そしてそんなウィリアムに想いを寄せる彼女から一刻も早く離れたかった。
「離れろよ……放っておいてくれ!」
「できるわけないでしょ!こんな状態のあなたを!」
「碌に知りもしないのに、余計なことをするな!」
「泣いている人を放っておけるわけないでしょ!」
泣いている?俺が?ずっと気持ち悪くて、この理不尽に脳が焼ききれそうなほど怒っている俺が?
そんなわけない。そう思って左手で目をぬぐう。僅かに濡れている。
アメリアに抱きしめられている側、右目だけがにじんで見えた。
「ウィリアム、頑張りすぎよ。大丈夫、一人じゃない。みんながいるよ」
彼女が思うみんなと、俺が想うみんなは違う。
わかっていても、この気持ち悪さの中にわずかにある安心は、俺の知らない僕が築いたものだ。彼女が見ているのは俺じゃない、僕なのだ。
「みんななんていない!失せろ!」
アメリアを突き飛ばす。
突き飛ばされた彼女は一瞬呆けた顔をした。
そして眉間にしわを寄せて、複雑な顔をしながら部屋を出ていった。一人になった部屋で、俺は震える自分の身体を抱くように膝をついて倒れる。
自分の知らないところで、勝手に生きた僕なんていらない。彼女と一緒に過ごした日もオスカーやソフィアと戦った日も全部覚えている。
彼らが悪いとは思わない。理解してもこの気持ち悪さは消えない。
一緒に戦ったのは俺じゃない違う人だ。
自分の両掌を見る。その手は記憶の中にある物よりもごつごつしていて筋肉もついていた。
でも、震えていた。
「今の俺はどっちだ……ウィリアム?それとも」
部屋の中には鏡がある。小さな鏡。
でも顔を見るには十分だった。立ち上がって自分の顔を覗き込む。
「これは……誰だ!?」
そこに映っていたのはよく見た自分の顔……ではなかった。
かなり良く似ている。いや、そっくりだ。でも少し違う。
こんなに憔悴していなかった。堀も深くなっている気がする。気がするだけだ。でも明らかに顔が少し違う。
俺じゃない、これはウィリアムだ。じゃあ、俺は誰なんだ?
「うあああああああ!!」
訳が分からなくて、湧き上がる感情を処理できなくて、思わず鏡をぶん殴る。
鏡が割れただけにとどまらず、壁が壊れ、大きく穴が開く。宿中に大きな音が響き渡った。
「これも違う!こんなに力は強くない!顔も体も全部違う!なのに記憶だけある……俺はいったい何なんだ!ここはいったいどこなんだ!!」
抑えきれない感情を手当たり次第、そこらにある物にぶつける。
部屋中のものがボロボロになるが、気にならなかった。
今はただ、湧き上がる絶望と悲しみをなんとかしたかった。
暴れていると部屋のドアが開き、人が二人入ってきた。
俺の知らない記憶からはオスカーとアメリアだとわかった。オスカーが俺を取り押さえてくる。
「ウィリアム!何してんだお前は!」
掴みかかってきたオスカーが嫌で、抵抗して逆にオスカーを押し倒す。
この体の膂力があれば、難しくなかった。
「がはっ」
「触るなよ。馴れ馴れしいんだよ」
記憶の中のウィリアムは彼にとても懐いていた。とても面倒見が良くて、ダメなところもあるけど優しくて不器用で頼りになる男だった。
でもやっぱり彼が見ているのは、俺じゃない。ウィリアムだ。
何より彼は俺と同じなはずだ。訳も分からず死んでこの世界で、死ぬまで利用されている。なのに彼はなぜ平然としているんだ。どうして横にいるアメリアと、この世界の人と仲良くできるんだ?
「ウィリアム!何やってるのよ!」
「うるせぇな。話しかけるなよ」
「ウィリ、アム……お前!」
馬乗りになってオスカーの両手と胸を手と足で押さえつける。
オスカーがいくら俺より接近戦に優れていたってこの状態から逆転なんて不可能だ。ましてや力は俺の方が上だ。なんで俺がこんなに力が強いのかわからない。この世界のことなんて何もわかりたくない。
「記憶、取り戻せたん、かよ!」
「取り戻したくなかったよっ!こんな絶望を味わうことになるなんてな!」
「一人だけ悲劇の主人公気取りかよ!ソフィアを失って辛いのは、お前だけじゃねぇんだよ!」
「どぉでもいいんだよ!ソフィアが死んだ?俺の知らない、勝手にこの体で生きた人間の知り合いだ!俺は、ウィリアムなんかじゃない!この世界の人間なんかじゃない!」
八つ当たりだとわかっている。オスカーもソフィアも被害者なんだ。今回は彼も大切な人を失っている。
だけど、今まで必死に積み上げてきた記憶も人生も奪われて、平然とこの国の人たちのために戦わされる。それが許容できるほど、俺は人間出来ていない。
大事な家族と友人との過去をなかったことにされて、それをのうのうと受け入れて生きさせられる、この世界の人たちが、気持ち悪くて、憎くて仕方ない!
「何言ってんだよ!俺もお前も!この世界で生きていくしかねぇんだよ!記憶がなかったからって、これまでのこと全部忘れる気かよ!」
「この世界で生きる!?ふざけんじゃねぇ!記憶も家族も人生も!全部を奪ったこの国のために、この世界で生きるなんてまっぴらごめんなんだよ!」
「じゃあ、どうするってんだ!俺たちは死んでるんだ!またここでも死ぬってのか!?」
「一緒にしてんじゃねぇよ!俺は絶対死んでねぇ!たとえ死んだとしても、それはこの国のせいだ!絶対に許さない。人の人生を弄ぶこの国も、天上人なんて持ち上げて、平気で人を人柱にするこの世界の連中も!全部が気に入らない!」
外の世界から無理やり連れてこられて、死ぬまで戦わされる生贄。それを平気で受け入れるオスカーも、それを当たり前のように考えているこの世界の連中も全部が気持ち悪い。
許せるものか。全体のために人生を捧げるなんて俺は絶対に受け入れない。
例え、記憶を取り戻す前、ウィリアムだった俺が二人に世話になっていても、それでもこの思いは拭えない。
「現実見ろよ!お前はもう、この世界で生きるしかねぇんだ!前の世界じゃ、俺たちは死んでるんだ!新しい人生をくれたこと、感謝するべきだろうが!でなきゃ、ソフィアにだって会えなかった!」
「いいや、この世界に連れてこられたせいで、俺は死んだ!友人たちにも家族にも会えない!感謝なんかクソくらえ!」
「お前は今、記憶を取り戻して混乱してるだけだ!少し落ち着けば全部わかることだ!」
「わかってたまるか!」
俺とオスカーがもみ合っていると、後ろから重いものが圧し掛かってきた。なんだと思って見てみるとアメリアが泣きながら俺にしがみついてきた。
「もうやめてよ!お願いだから二人とももう止めて!もう見てられないよ!」
「放っとけよ!大した付き合いじゃないだろうが!」
「放っとけるわけない!今だって泣いてるじゃない!」
「!?」
泣いてる?誰が?
オスカーかと思ってオスカーの顔を見るが、確かに彼の顔の片側が濡れている。ただその濡れている光沢は頬の部分にしかない。目元には何もない。
じゃあ誰が泣いているんだ?
「自分が泣いてることにも気づいてねぇのかよ」
「え?」
オスカーに言われて、自分の顔を触る。
さっきと同じくまた右目だけ涙があふれている。さっきとは比べられないほどに多くの涙が流れていた。
オスカーの顔に濡れた跡があるのは、馬乗りになったときに俺から落ちたのか。
なんで俺は泣いているのだろうか。
「記憶を取り戻したって、お前の中には、この世界で生きたウィリアムがいる。それは絶対に消えないし、消えちゃいけない記憶だ」
「知らない……そんなの俺じゃない!」
「現実を見ろっつってんだ!自分にちゃんと向き合えよ!」
「人の体で勝手に生きて、人を殺しやがった人間の記憶なんて知るもんか!今更記憶を取り戻せても、全部遅いんだよ!」
アメリアが俺を止めた隙にオスカーが立ち上がった。俺もアメリアを振り払って立ち上がる。
自分の感情をぶつけるように互いに拳を振るう。
「俺は軍人なんかじゃない。人殺しなんかじゃない!」
オスカーは拳を顔に受けながらも、俺に反撃をしてくる。自らの激情を吐露しながら。
「俺たちがやらなきゃ、大勢が死んでた!たくさんの人を守ったんだ!誰も人殺しなんて思いやしねぇよ!うじうじしてんじゃねぇ!」
「知らねぇよ!この世界の人間がどうなろうが、知ったこっちゃねぇ!人を攫って使いつぶすような連中のために、俺が手を汚す必要なんかない!」
「結局お前は自分がかわいいだけだ!目の前に死にそうな人間がいたら、助けたいと思わねぇのか!」
「じゃあ、誰が俺を助けてくれるんだよ!どんなにこの世界の連中を助けても、誰も俺を助けてくれない!元の世界に返してくれない!殺して攫っておいて、助け合おうなんてふざけんじゃねぇ!」
何度も拳が飛び交う。
俺の顔に、腹に。オスカーの顔に、腹に。防御なんてしない、作法も何もない殴り合い。
そして俺の拳がオスカーの顔にぶつかる。拳から柔らかい感触の後すぐに、硬いものが当たる感触が伝わった。
オスカーが吹っ飛び、部屋の壁にぶつかる。
俺はその場で肩で息をしながら、続ける。
もう俺の心情もすべて吐き尽くしてしまった。
残るのはどうしようもないほどの悲しみと、ウィリアムだった時の想いだけだ。
「俺を助けてくれたのは唯一、ソフィアだけだった……記憶を取り戻してくれた彼女だけだった。でもそのソフィアは、もういない。こんな世界のために、なんで俺たちが戦わなくちゃいけないんだ?」
オスカーの言う通りだった。ウィリアムだったころの記憶は、今も俺に残っている。2人と一緒だった時の思い出と感情も全部、この体が、心が覚えている。
この右目から流れる涙はきっとそのせいだ。彼女を失ってとても心が痛い。
すべてを奪い、彼女の命まで奪ったこの国が大嫌いだ。
何もしたくなくてその場にへたり込む。
俺の慟哭を聞いて、壁にもたれて座っていたオスカーが乾いた笑いを漏らした。その口の端からは涙のように赤い血が流れていた。
「なんだ!結局ウィリアムは変わってないな!記憶を取り戻して変わっちまったらどうしようかと思ったが、なんてことはねぇ。いつもの優しいウィリアムだ」
オスカーが言っていることがわからない、頭でも打っておかしくなったのだろうか。アメリアも怪訝な顔をしている。
オスカーを睨むと、彼は立ち上がろうとしていたが、力が入らず再び床に倒れるように腰を下ろした。
「なんだかんだ言って、お前は俺たちをちゃんと大切に思ってくれてるんだろ。前の世界に戻りたいのだって、前の世界の人たちを心から好きだからだろ……ソフィアがいなくなって、辛いんだろ」
「前の世界の俺のことなんて何も知らないくせに、わかった気でいるなよ」
「お前見てりゃわかるもんはあるんだよ。今だってずっと泣いてる。助けてくれたソフィアがいなくなって、助けられなくてつらいんだろ。殴り合ってわかるもんはあるんだよ」
「この世界にいたくないだけだ。全部奪われたんだから当然だ。殴り合ってわかるのは痛みだけだ」
「お前の痛みが伝わってきたんだよ。全部奪われた。大切な人と過ごした思い出も世界もなくなったから、それが辛いんだろ」
オスカーの言葉に俺は反論できなかった。
元の世界で、大切な友人がいた、家族がいた。あの世界で積み上げたものがあった。でもそんなのは当たり前じゃないか。
「誰よりも人のことを想うから、そんなに前の世界に帰りたいんだろ。ほら、俺たちの知ってるウィリアムと同じだ。優しいままだ」
「めでたい頭してるな。こんなに殴られてもそんなことが言えるなら、もっと強めに殴ればよかったな」
「違うのはひねくれているだけだな。ウィリアムはもっと素直な可愛い奴だったよ」
「男に可愛いなんて言われても嬉しくねぇな」
勘違いしたオスカーが笑っているのを見て、なんだかこちらも暴れているのが馬鹿らしくなってしまった。
彼にあたっても仕方ないのはわかっている。以前に聞いた話から、オスカーは前の世界で明確に死んでいる。だから踏ん切りもついているんだとわかっている。
だからこそ、彼と俺は違う。俺はあんな死に方認めない。
あんな風に死ぬわけがなかった。そして死んだらこの世界にやってきたなんて不自然にもほどがある。この世界の連中が俺を呼んだから、俺は死んだ。記憶がなかったことも輪をかけて俺を不快にさせる。
自然に死んで、記憶もあるオスカーとこの世界に対する認識が違うのも仕方ないことだ。
俺は地面に座り込んで、頭を抱える。
「悪いが、いつまでもここにはいられない。俺は元の世界に帰る」
「……そうか。当てはあるのかよ」
「この国には他の世界から人を連れてくる方法があるんだ。なら帰る方法だってあるはずだ」
世界を渡る方法があるということは俺自身が証明している。それなら帰る方法だってあるはずだ。
そしてこの国には他の世界から人を連れてくる方法を持っている奴がいる。そいつから話を聞くのが一番早い。
問題はこの体は純粋な俺の身体じゃない。元の身体と少し違うことだ。時間が経ったから変化したとかそんなことじゃない。
もし世界を渡ることで肉体が変異していくとか、そもそも魂しか渡れないとかも考えられる。たとえそうだったとしてもやめる気はない。
「俺は城に戻る」
「本気で言ってんのか?城に戻ったら、俺たちはどうなるのかわかんねぇぞ」
「ソフィアからもらった魔法がある。それとこの身体があれば、たとえ投獄されても抜け出すくらいはできる」
「危険すぎる。やめた方がいい」
危険なことは百も承知だ。だがそれだけの価値がある。それに今ならまだ撤退した軍よりも早く城に帰還できる。そうなれば投獄されずに活動できる時間ができるはずだ。
この町から上層まではおよそ三日。軍は傷ついているし、物資も多く運ばなければならないからそれよりも時間がかかる。今は一日空いてしまったが、馬を借りるか、俺が走るなりすれば早くつくことは可能だ。
「今すぐに出れば軍より先に城に着く。そうなれば自由な時間が稼げるんだ。このままここにいても何も進まない」
「……そうか」
オスカーは肩を落として消沈している。ソフィアに続いて俺までいなくなるからだろう。
彼が付いて来ないことなんて理解している。今更に城に戻る理由なんてない。元の世界に帰れるかどうかも怪しいし、そもそも彼は帰ろうとしていない。
俺が立ち上がると、オスカーが普段の勝気さの影もない声で言った。
「一つ、聞かせてくれ」
「なんだ」
「ソフィアの最後の言葉を聞いて、今どう思ってる?」
これはきっと今の俺が、ソフィアに対してどう思っているのか知りたいのだろう。あの楽しかった、3人でいた日々を蔑ろにする気なのかと。
これについては正直、俺は全然整理ができていない。オスカーとソフィアを想う気持ちが俺なのか、それとも僕なのか、わからない。
でもオスカーもソフィアも俺を、いや僕を心の底から大切に思ってくれていた。彼らは同郷だ。それは記憶を取り戻した今でも強く焼き付いている。
「俺は、いや僕はずっと……ソフィアのことを家族のように、姉のように想っていたよ。オスカーはお兄ちゃんって感じかな」
「そうか……俺もソフィアもお前のことを弟のように想っていたよ」
自分じゃない誰かの記憶があることはとても気持ちが悪いけど。
その誰かが感じた2人への想いを、無下にする気分にはなれなかった。
*
オスカーとの話を終えると今度はアメリアが話しかけてきた。
彼女にはわからないことだらけだっただろう。
「ウィリアムは、どこかに行っちゃうの?」
「ああ、城に戻る」
「もどってくるよね?」
「……さあ。帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれない」
「そっか……」
彼女は黙ってしまう。わからないことだらけだっただろうけど、さっきの会話で俺がどこかへ行きたがっているのは理解しているのだろう。
元の世界に帰れば、二人には二度と会えない。少し寂しいと思うのは、ウィリアムだったときの記憶のせいだ。
でも前の世界にも自分を心配してくれる人が、家族や友人がいる。肉親とは比べるわけにはいかない。だからお互いのためにも必ず帰るなんて言えない。
まあ、手掛かりがなければ無理せず帰ってくるつもりだ。今の俺には魔法があるから、もしかしたら極めれば元の世界に帰れるかもしれない。数年では無理でもほかに方法がないならやるだろう。
「そうだ、ウィリアム。これを持っていけ」
オスカーが何かを投げ渡してきた。慌ててキャッチしてみてみるとそれは銀を基調とした青い宝石が中心にはまったペンダントだった。これはオスカーがソフィアにあげたものだ。
「オスカー、これは」
「ソフィアにあげたもんだが、お前にやるよ。今は魔法使えるのお前だしな。俺が持っててもしょうがねぇ。絶対に無くすんじゃねぇぞ」
「……ああ。ありがとう。大切にする。お返しにオスカーには短剣をあげるよ。宝石とかミスリルとかでちょっとオスカーには使いづらいかもしれないけど」
「構うもんか、使いこなしてやるさ……ありがとうウィリアム。また会おうな」
「ああ、また……」
2人との大切な思い出の品を受け取った。ペンダントを首から下げて礼を言う。
とにかくこれで、もう二人に言いたいことは粗方言った。
準備ができ次第、俺は王城に向かう。
そこで元の世界に帰る方法を探すんだ。
次回、「牢獄対談」