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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
246/323

エピローグ~帰郷~



 周囲には何もない小高い丘。

 大木が一本だけ生えた国中を一望できる小高い丘で、火が夜空に向かって揺れ上がる。

 いくつもの薪を積み上げられてできたそれは、立派なベッドのようにも墓のようにも見えた。


 燃える薪、火の中には一つの黒い体。


 今この世界のために最後まで戦い抜いた男を見送っている。

 そんな男の葬式に参列しているのが俺一人とは、やっぱりこの世界は薄情で残酷だ。


 父さんは最後、どんな気持ちだったのだろうか。


 どうしてあの場にいたんだろうか。


 わからない、わからないことが多すぎる。


 どうすれば誰も死なずに勝てたのだろうか。


 父さんはこの世界に来たばかり、再会したのだってついこないだだ。やっと肉親に会えたのに、もうお別れなんて。


「早すぎるよ……まだ親孝行もできてないのに……この世界でたった一人の肉親なのに」


 最後の時に父さんは何も言ってくれなかった。


 別れも言えなかった。


 燃え上がる炎の傍に槍がある。十字に分かれた槍の刃は墓標のよう。

 神聖な力を宿す槍のもとにいるのは、とても偉大な聖人だ。


「本当なら、元の世界のみんなのもとへ返したかった。でもごめん、もう元の世界に帰る方法がわからないんだ」


 ただただ座ってうずくまる。

 今は何もしたくなかった。


 腰に付けた鈴が何度も鳴る。


 返事をする気にはなれなかった。


 鳴り続ける鈴は、まるで父へのレクイエムのようだった。




 ◆




 夜が明けたころに、グラノリュースから離脱した特務師団はアクセルベルク南部に到着した。

 帰ってきた特務師団の飛行船団を、南部の兵士や住民は早朝にもかかわらず大手を振って歓声で迎える。


 しかしその一方で飛行船の、ひときわ大きな旗艦の指令室は暗い雰囲気で包まれていた。


「ウィリアムさんから連絡はありましたか?」

「なにもねぇ……こっちに向かってくる影もねぇ」


 司令室で、アグニータとヴェルナーたちが他の兵士に聞こえないように暗い声で話し出す。


「遠く離れたはずなのに竜の咆哮が何度も聞こえた。でもあるときぱたりとそれが止んだ」

「もし団長が勝ったなら、転移ですぐにここに戻ってくるはずです。そうでなければ……」

「そうでなければ?」


 シャルロッテ、ライナーの言葉に不安がるエスリリ。


「……怪我をした、といったところかな」


 力無くアイリスは言った。

 飛行船内にいるほぼすべての兵士は夜通し飛んでいたために疲労困憊だった。幹部達の暗い雰囲気も伝わったように誰もしゃべらなかった。


 そんな司令部に外部から通信が入る。


『諸君よくぞ帰ってきた! 待ちかねていたぞ!』


 陽気で力強い声。

 アグニータが対応する。


「アインハード中将。ご無沙汰しております。帰還が遅れて申し訳ありません」

『よい、それ以上の戦果を諸君らはあげてくれた。帰りが遅くなった程度で怒っていては器が知れるというものだ! むしろ歓迎の準備ができてちょうどいいくらいだ! 重ねて礼を言おう!』

「ありがとう、ございます」


 歯切れの悪いアグニータに、通信機の向こうのディアークも訝しむ。


『……アグニータ参謀長? 何かあったのか?』

「はい。それは後ほど報告させて頂きます」

『わかった。待っている』


 南部軍中将ディアーク・レン・アインハードは通信を切る。

 切る直前の彼の声は、陽気さをひそめていた。


 通信機を置いたアグニータは小さく息を吐き、笑った。


「なんて報告すればいいんですかね。竜から逃げてきた臆病者でしょうか」

「あんな竜を相手に勝てる奴なんかいるかよ。最新鋭の飛行船をもってしても翼に穴をあけるのが精いっぱいだ。普通の大砲じゃ竜麟一つも落とせねえ。……団長だって、一人じゃ勝てねぇんだから」

「竜の脅威を知らない人間からすれば関係ないですよ。むしろ最新鋭の飛行船があって国落としもした軍が竜一匹に逃げたんです。大勢の軍人が逃げたという事実には変わりませんよ」

「ライナー、慎め」


 ライナーの言葉をシャルロッテが諫める。ライナーは肩をすくめ、両手を上げて降参の合図をする。

 ライナーの言葉を受けて次席指揮官であるアグニータが意を決して言葉を発する。


「今回の戦いで受ける誹謗の責任はすべて私にあります。皆さんが気にすることはありません」

「冗談ですよ。アグニータさんに責任なんてありません。僕たちに力がないからこうなったんです。団長やウィルベルさんのように一人で大多数を圧倒できるような力はありません」

「アグニータ様は指揮で誰よりも団長の役に立っていたよ。それはこの場にいるもの全員が理解しているよ」


 アイリスの労いにも、アグニータは唇をかみしめ、軍服の裾を握りしめて俯いた。


「それでも結果が出なければ意味がありません……!」

「結果なら出ているよ。グラノリュースを落とせた。本来の目的をちゃんと果たせたんだ。少ない犠牲でここまでの戦果を挙げられたのは偏に団長とアグニータ様がいたからだよ」


 アイリスが責任を感じているアグニータを諫める。どこに出しても恥ずかしくない立派な戦果だと。

 それでもアグニータは口を横一文字に引き結ぶ。


「私たちは逃げてきたんです。占領したならば、占領した義務があります。あの国を守る義務がありました。それを放棄して、全てあの人に押し付けて、逃げたんです。……参謀失格です」

「何言ってんだ。占領なんて所詮は主権代行だ。文民支配なんて俺たちの管轄じゃねぇ。住民の避難も誘導も全部させた。占領の義務は全部果たした」


 この場にいる誰もが理解していた。どうしようもなかったと。

 全員が全力を尽くした。だからこそ竜を相手に一人も犠牲が出なかったのだ。


 たった一人の行方不明者のみ。


 そんな暗い司令室に、一人の少女が入ってくる。


「こらー! なに沈んでんの! もうすぐ着陸準備でしょ! 外にはたくさんの人があたしたちを歓迎してんのよ!」


 重い空気とは反対の、明るい声音。

 ウィルベルが笑顔を浮かべながら入ってきた。


「ウィルベルは、心配じゃないのか?」


 シャルロッテの言葉に、ウィルベルは腰に手を当て堂々と答える。


「心配したからってどうなんの? 今できるのは、みんなに元気な顔を見せることだけよ。あたしたちは英雄なんだから、沈んでたらいらない心配を生むわよ」

「でも――」

「あいつが死ぬわけない」


 ウィルベルは断言した。

 袖から鈴を取り出す。


 澄んだ音が鳴る《親愛の鈴(ファミリアコール)》。

 それを見たエスリリが目を輝かせる。


「鈴! 返事来たの!?」

「いや、まだね」

「そっか……」


 すぐにエイリスは消沈する。

 しかしウィルベルは首を横に振る。


「でも反応はある。それに竜がやってこない。もし本当にあいつがやられたなら、きっと追ってくるはずだから」


 ウィルベルは沈んだままの司令室で、柏手を一つ打つ。

 その音で全員が顔を上げる。


「ほら。準備しなさい。自分たちの団長信じて、やるべきことをしなさい」


 どこか吹っ切れたウィルベルを見て、全員が立ち上がる。


「それもそうだな。あのクソ団長が死ぬわけねぇ」

「ゴキブリ並みの生命力ですから」

「きっと事後処理で帰ってこれないだけだな。仕方がないからこっちの仕事はやっておこう」


 ヴェルナー、ライナー、シャルロッテが司令部を後にする。


「ボクたちもいこうか、エスリリ」

「うん! 絶対に帰ってくるよね!」


 エスリリを連れて、アイリスも持ち場に戻る。

 残ったアグニータは、ウィルベルを見る。


「ウィルベルさん、何か変わりましたね」

「そう? いつもこんな感じよ」

「……そうですか?」


 首をかしげながらも、アグニータも指揮に戻り、飛行船が着陸準備に入る。


 眼下には既にアクセルベルク南部軍、特務師団基地フィンフルラッグがあり、その周囲には大勢の人々の姿がある。

 高度を下げれば、飛行船のエンジン音すらかき消すほどの大歓声。


 国の悲願たる遠征に出て、大勝利を収めた英雄たちの帰還。


 顔を出すときも毅然としなければならないと、兵士全員が顔を上げる。


 やがて、全飛行船が無事に師団の基地であるフィンフルラッグに着陸する。

 世界初となる空港を敷設した立派な基地に10隻もの飛行船が着陸する姿は圧巻だった。


 他では見ることもできない光景に軍人ではない住人達も沸き立ち、一層の盛り上がりを見せる。

 順に各飛行船から兵士たちが出てくるたびに大歓声が沸き起こる。


 最後に旗艦に乗る将兵たちが降りる。

 一際大きな大歓声が起こったのは、見目麗しく東部でも有名な名家出身であるアイリス。

 そして、精鋭と名高い元特務隊のカーティス、ヴェルナー、ライナー、シャルロッテ、エスリリ。


 そして最後は、参謀長であるレオエイダン王女アグニータだった。


 誰もが、その最後に師団長であるウィリアムが降りてくると思った。

 少しだけ歓声が小さくなり、今か今かと群衆は待ちわびる。


 しかし一向に竜の仮面をつけた人間は出てこない。


 ざわざわとし始める群衆。

 代わりに出てきたのは透き通るように輝く銀髪をなびかせた、黒い尖がり帽子とローブを纏った青空のように澄み渡った瑠璃色の瞳をした少女。


 つばの広い帽子によって少女の顔は見えなかった。


 しかし、飛行船から降りた彼女は顔を上げる。

 おもむろに鈴をもった左手を掲げ、胸いっぱいに叫ぶ。


「ウィルが、ウィリアムが帰ってくるわ!」


 振ってもいないにかかわらず、静かになった空間に確かな鈴の音が響く。


 少女の声が聞こえ、誰もが理解できた瞬間に大歓声に包まれる。

 群衆以外、特務師団の軍人たちでさえ沸き立ち叫ぶ。


 拳を空につきあげて思うがままに叫び出す。


「ウィリアム師団長!!」

「英雄さまー!」

「おかえりーー!!」


 群衆は飛行船から出てくるだろうと、できるだけ近くで見ようと前ににじり寄る。


 しかし、そこで異変が起こる。

 飛行船から少し離れた位置、地面から離れた位置に、光さえも飲み込む黒く大きな穴があく。


 いきなりの異変に大声を上げていた群衆は歓声を止め、ざわめきが広がる。


「なんだうるせぇな。せっかく命からがら帰ってきたってのによ」


 穴から声がした。


「あ、あれは――!?」


 誰かが叫ぶ。

 姿を現したのは、竜の仮面をつけたウィリアム。


 そして、白炎纏う巨大な竜の死骸があった。


「ぎゃ、ぎゃああ!!」

「竜だああ!?」

「お、おかあさーん!」


 初めて見る圧倒的な気配を放つ竜を前に、住民たちは怯えて逃げだす。残ったのは腰を抜かした者や驚きのあまり声が出ない者ばかり。

 軍人たちですら、あまりの光景に行きを飲み、沈黙した。


 一転して静寂に支配された場所で、ウィリアムは困惑する。


「なんだ、しつこくチリンチリン呼ばれたから急いできたってのに、あんまりじゃないか」

「ウィル!」


 綺麗な竜の死骸でできた山のうえに立つウィリアムに向かって、ウィルベルは竜の体によじ登り駆け寄った。


「おそーい! なにしてたの!?」


 駆け寄った彼女はウィリアムに抱き着いて文句を言う。


「心配かけて悪かったよ。でもほら、無事に退治できたぞ。また師団に箔が付いた」

「そんなのいらないわよ。これ以上ついても大して変わらないもの……ウィル? 何かあったの?」


 ウィルベルはウィリアムから離れて顔を見る。その顔は今までと変わらず仮面に覆われてわかりにくい。

 しかしその顔と声は、ウィルベルにとってはいつもと違うものだった。


(なんか元気ない? カラ元気のようで中身がないわ)


 違和感を覚えるもいまいち明確につかめないウィルベルは、綺麗な眉間にわずかに皺を寄せる。

 そんなウィルベルを見て心配してくれていると思ったのか、ウィリアムは彼女の肩を軽く叩いて歩き出す。


「さ、行こう。みんな待ってるよ」


 それでも気丈にふるまうウィリアムを見て、ウィルベルは彼の横に走って並ぶ。


 落ち着きを取り戻した仲間たちが上げる歓喜の渦中に2人は帰るのだった。





次章、《還りぬ勇者の送り火》


次回、第一部最終章――

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