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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
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第二十一話 離脱



「ウィル!」


 ウィリアムの手には、一本の青い光を放つ槍と白い輝きを放つ剣が握られていた。戦う彼の鎧は砕けているが、その下の体に外傷は見られない。


 ドライグウィブの背中に飛び乗ったウィリアムは仮面の口を開けて笑う。


「はっはは! 余所見してたのはお前もだ!」

『我が一撃を受けて生きているとは! 悪運の強い奴め!』

「悪運? ハッ、お前を殺すまで、俺は死なねぇ!」


 ウィリアムが槍をさらに深く突き刺しねじ込む。

 かつての英雄クララの意志を宿す神器であるウィリアムの槍は、ドライグウィブの強固な竜麟さえも容易く貫き、その下にある肉体にも傷を負わせていた。

 さらに左手に握った《月の聖女(ルナマリナ)》で既に鱗のはがれていた部分を執拗に攻撃する。


『グォ! やるではないか!』


 ドライグウィブは背中に乗ったウィリアムを振り落とそうと空中で激しく暴れるも、槍や剣を突き立ててしがみつくウィリアム。

 振り落とせないと判断したドライグウィブは、体の表面に魔法を発生させて白炎を纏う。


「ちっ」


 加護を発生させているとはいえ、古竜の最も得意とする魔法を食らうわけにはいかないと判断したウィリアムは、とっさに武器を引き抜き、ドライグウィブから離れる。


 絨毯の上に着地したウィリアムのもとへ、ウィルベルが箒を飛ばして駆け寄る。


「ウィル! 無事なの?」

「ああ、ベルが引き付けてくれたおかげで傷を治せた。それにこうしてあいつにやっとまともに攻撃を入れられた。……やっぱり3人いないとだめだな」


 ウィリアムが苦笑交じりで、警戒しつつも左手に持った剣を見る。

 日本刀の形をした、鎬が青く模様が彫られた剣。

月の聖女(ルナマリナ)》を見て、そしてウィルベルを見る。


「悪いが、もう少しだけ付き合ってくれ」


 ウィリアムは申し訳なさそうにウィルベルにそう言った。

 それは師団長からの部下に対する命令ではなく。


 ただの1人の仲間としての頼みごとだった。

 ウィルベルは、もう1人で戦うと言わないウィリアムを、ともに戦ってほしいというウィリアムを見て、僅かに瞳が潤う。


「何言ってんのよ。いいに決まってるでしょ!」


 そしていつも通りの元気いっぱいな声を出す。


 2人の体が青と赤に輝き始める。

 誰よりも強い2人がそこにいた。




 ◆




 赤と青、そして神器の放つ白い光に包まれた2人が古竜に立ち向かう。

 強力になった魔法と体、そして武器を携えながらも、しかし2人はドライグウィブを討つことができずにいた。

 強化されてもなお2人の魔法は竜に届かず、刃の届く範囲に竜はいなかった。


 ウィリアムの加護を貫くことができる竜のブレスを警戒し、盾で守れるように二人は常に竜の口から一直線になるように戦っていた。


「蝿みたいなやつだ!」

『コバエが抜かしよる!』


 ドライグウィブが2人に向かってブレスを放つ。

 ウィリアムがウィルベルの前に躍り出て、さらに自身の前方に盾を構えると、ブレスは一直線に並んだ2人を避けるように別れていく。


 幾度となく攻防を繰り広げる。

 しかしある時にドライグウィブが全く関係ない方向へブレスを放つ。

 何かと思いウィリアムはその狙いの先に目をやるが、そこには無人になった上層の町があるだけ。


 ただのいら立ち交じりの誤射か――、そうウィリアムが思った直後にウィルベルが声を上げる。


「ウィル! 避けなさい!」

「ッ!?」


 声が聞こえた直後、反射的にその場から飛び退くと、先ほどまでいた場所を白炎が焼く。


 あっけにとられたウィリアムだったが間髪入れずにドライグウィブが攻撃を仕掛ける。

 辺り一面から、ブレスではない炎や氷、土、風といった魔法の刃が放たれる。


 あらゆる角度からの攻撃に盾だけでは防ぎきれなくなる。

 加護を信頼してウィリアムはいくつかの魔法を受ける代わりに、盾をすべてウィルベルに向かわせる。


 そうしてウィリアムは魔法の猛攻を防いでいると、違和感に気づいた。


(なんだこの魔法……弱い? 数だけの見掛け倒しか!)


 何かある、そう判断したウィリアムは、しかし一瞬遅かった。


 そのときには竜は既に、ウィリアムを無視して後衛にいるウィルベルに向かって襲い掛かっていた。

魔法ではなく、その巨躯で。


「ベル!」

「え!」


 ウィルベルに噛みつこうとしたドライグウィブの前に、六つの盾の華を咲かせるも、巨大かつ強靭な牙の前に瞬く間に盾は半分近くがひしゃげ砕かれる。


「こんのぉ!!」


 ウィルベルは盾により一拍空いた時間で、突撃してくるドライグウィブに神器の一撃を撃つ。


『リカルドめ!!』


 しかしそれでもお構いなしに、ドライグウィブはリカルドの一撃を白い炎を吐き出すのではなく、口に纏うように吹きこぼすことで防ぎ、そのまま噛みつこうとする。

 後退しつつもウィルベルに徐々に迫るドライグウィブに、ウィリアムは一か八かの賭けに出る。


「当たれェええ!」


 右手に持った槍を全力で竜に向かって投擲する。

 今はウィルベルと竜の距離が近い。

 一歩間違えれば当たってしまうかもしれない距離。

 それでもウィリアムは賭けた。


 そしてその勝負には勝った。


 投げられた槍は竜の眼前に迫り、驚いたドライグウィブがすぐに突撃をやめると、竜の目前を猛烈な勢いで飛来する槍が通過していった。

 その隙にウィルベルは竜の前に爆発を起こして目くらましを行い、ウィリアムのもとに合流する。


「あ、危なかったわ……」

「ブレスが滞空したあげくに曲がるとは思わなかった。まだ隠し玉がありそうだ」

「《赫赫天道(ソール・リベラティオ)》は警戒されてる。それに加護があると言っても、そう連発もできない」


 目くらましから抜け出したドライグウィブは、再び二人を見下ろすように上空に舞い上がる。

 ウィリアムは深く長い息を吐きだし、それを見たウィルベルは眉根を寄せる。


「どうするのよ?」

「残念だが……ここまでだ」

「それはどういう――」


 尋ねようとしたウィルベルが言い切る前に、ウィリアムは箒に乗ったウィルベルの肩を押す。

 思わぬ力に態勢を崩したウィルベルは箒から落ちる。


「え、ちょっと!?」

「みんなによろしくな」

「――ッぁ!?」


 落ち始めたウィルベルの体に電撃が走る。

 声も上げる暇なく彼女は動きが取れなくなり、一瞬で彼女の姿は消えた。

 残ったのは黒く空いた穴。

 それもウィルベルを飲み込むとすぐに姿を消した。


『転移とはこれまた珍しい魔法を使うものだ』

「欠点もあるけど便利だよな」


 仲間を逃がしたウィリアムに襲い掛かることもなく、ドライグウィブは話しかける。


『一人で我に勝てるとでも?』

「二人いても変わらない。いや、盾が無くなった今、二人の方が危険だな」


 ウィリアムは自分の周囲に盾を浮かべる。

 その数は当初に比べ、半分である3つにまで減じていた。

 6つ揃わなければ竜の息吹を防ぐことができないと判断したためにウィルベルを逃がしたのだ。


 それはつまり……


『死しても友を守るか。ファグラヴェールは今世にて望みを果たしたようだ。皮肉だな、果たした途端に男は死ぬことになるのだから』

「確かに死ぬかもな。でもただでは死なない」


 槍の切っ先を、ドライグウィブに再び向ける。


「お前も道連れだ。死出のお供が神代の古竜、十分すぎると思わないか?」

『高望みはしないことだ。わが命と貴様の命、天秤にかけることすらおこがましい』

「確かにな。俺の命はお前と比べりゃ高すぎる」


 ウィリアムの言葉にドライグウィブは忌々し気な顔を浮かべる。

 竜であり、人間とは姿かたちが異なっていても、その感情は手に取るようにマナを通して伝わる。


 不快げだったドライグウィブは、されどすぐに機嫌を良くする。

 名案を思い付いたかのように。


『よほどあの女のことが大事と見える。思えば盟友を討たれたときの我の悲しみ、それを知らしめずして殺すなど、極楽もいいところであった』

「ああ?」


 その言葉の行きつく先を理解したウィリアムは警戒する。

 今すぐにでもとびかからんとばかりに構える。


『あの女は我が友リカルドを宿した指輪をしていたな。クララを宿す槍を持つ貴様を討った後でと思っていたが……順番を変えるだけだ。結末は変わらぬ。しかして貴様から得られる感情はさぞかし美味であろうな』

「テメェはッ!」


 自分より先にウィルベルを襲う。

 そう宣告されたウィリアムは無策にドライグウィブに突撃する。


 それに対してドライグウィブはブレスをとっさに放って応戦する。

 放たれたブレスは今までのように一直線に向かうものではなく、放射状に辺りを埋め尽くさんばかりに放たれた。


 咄嗟に転移によってブレスの範囲から逃れ、ドライグウィブの背中に回ろうとしたウィリアム。


「――なに?」


 しかし転移門を抜けた先にドライグウィブの姿がなかった。

 すぐさま周囲を見回しても見つからない。

 頭に血が上っていたウィリアムは急速に頭が冷えていくのを感じる。


「どこだ……まさかっ!」


 直前に放った言葉が本気であったことを心底理解したウィリアムは、中層の方へ目をやる。


 その方角には雄大な翼を大きく広げて羽ばたく竜の姿があった。


 そのさらに先、空を飛ぶ見慣れた飛行船の姿があった。


「やめろォッ!」


 竜へ向かって叫ぶ。

 しかし災いを呼ぶ竜は止まらない。


 竜は等しく、天地すべてを焼き払うために。






次回、「命を懸けてこそ」

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