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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
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第十七話 竜が来る



 秀英に避難場所を記した地図を渡しながら廊下を歩く。

 やがて城の正門につくと、左手に嵌めていたブレスレット型の通信機から連絡が入る。


『ウィリアム師団長! 本国から連絡船がやってきています!』


 通信兵の一人からの連絡。

 その声はひどく緊迫していた。


「連絡船? 予定は聞いてないぞ。緊急連絡でもあったのか?」


 眉をしかめる。


『わかりません。あくまで遠目に飛行船が視認できたのみであります。団長から飛行船の離陸は禁止されているため、あの飛行船は危険と判断し、合流前に連絡をいたしました』

「待て、まだ上空を飛んでるのか?」

『はい。上空およそ800の地点を飛んでおります』


 肌を焼く感覚とは別に、全身に鳥肌が立った。

 通信機に声を荒げる。


「すぐに高度を下げさせろっ、もうすぐ竜がやってくる。狙われたくなければすぐに降りろと連絡しろ!」

『それがまだ距離があり連絡できません! 何度も試みていますがノイズがひどく通信できません!』


 いら立ちを込めて舌を弾き、横で聞いていた秀英へ向く。


「秀英、悪いがすぐに戻る。本国の馬鹿に危険をわからせて来る」

「ああ、無事を祈る」

「互いにな」


 精霊を呼び出して転移門を開く。

 光すら飲み込む黒い門を潜ると、一瞬の浮遊感ののちに外に出る。

 広がる景色は見慣れた巨大な旗艦ヘルデスビシュツァーを始めとした数々の飛行船。

 円形に並べられた飛行船でできた拠点の内側を兵士たちがせわしなく動いている。


 ……どうにも肌が焼く感覚が強くなっている気がする。

 否応なく浮足立つ。きっと俺以外の兵士たちも同じなんだろう。


 先ほど連絡をよこしてきたのは、俺の執務室の近くに待機している連絡員の1人だ。

 連絡員のいる部屋に入れば、先ほど連絡してきた兵士が待機していた。


「どうなってる?」

「北の空から飛行船が近づいています。高度は変わらず800、距離は未だ下層の外であることから数十か百キロほど離れていると思われます」

「そりゃ通信なんか届くわけない。とにかく呼びかけ続けろ、もうすぐそこに竜が来ている。基地周辺の兵士に事前に知らせていた通り退避するようにも伝えろ!」

「はっ!」


 伝え終わってすぐにアグニのもとへ急ぐ。

 共同の執務室に入ると、そこでは部下に指示を出しているアグニの姿があった。


「すぐに砲兵はすぐに配置につくように伝えてください。上層にいる兵士には帰還するようにすぐに連絡を!」

「「はっ!」」


 連絡員たちが次々と指示を受け、部屋を退出していく。


「アグニータ」


 声をかけると彼女はようやく俺に気づいたのか、いつになく汗を浮かべた顔をこちらに向ける。


「あっウィリアムさん! どうにも嫌な予感がします。申し訳ありませんが、こちらですでに撤退準備をしています!」


 謝りながら言ってくる内容は、これ以上ないほどの朗報だった。


「よくやった! 準備ができ次第こちらは動く。竜はすぐそこだ。お前も感じているだろうがこのざわめきは竜が近いせいだ。数刻もすればこの国にくる! いまこちらに向かっている飛行船はタイミングが最悪だ。竜に目をつけられた挙句、合流しようとしたこちらに竜がやってくるかもしれない」

「それではすぐ交戦に入るということですか!?」

「備えておく必要がある。各連隊長に知らせろ」


 それだけ言って、またすぐに部屋を出る。

 次は父さんのところだ。

 執務室とは別の、俺の私室の近くにある父の部屋に入る。


「父さん!」

「なんやどうした!?」


 椅子に座ってくつろいでいた父は、急に声を荒げて入った俺に驚き、腰を浮かした。


「もうすぐ竜が来る。俺は残るけど父さんはこのままこの飛行船に乗って、アクセルベルクって国に保護してもらってくれ!」


 あまりにも時間が無い。

 最低限の連絡だけして、俺は部屋を後にしようとした。


「竜!? どういうことだ!? それに保護してもらえって、お前はどうするんだ。残るって竜が来る場所でやることなんてないだろうっ」


 扉をくぐる直前の声に、顔だけ向ける。


「やれることなんか一つしかない。とにかく父さんはこのままここで待機してくれ! 揺れるかもしれないけど我慢してよっ!」


 それだけ言って、今度こそ部屋を出る。


 肌を焼く感覚が強くなり、それはもはや痛みに変わる。

 まだ指示や連絡を取らなければならないことは残っているが、あとはもう通信機でやるしかない。

 基地内であれば十分届く。

 転移で旗艦の外に出ると、戻ってきたとき以上に兵士たちが駆け回り、騒ぎ、怒号を飛ばす。


「この物資はどこの船だ!?」

「どこでもいい! とにかく突っ込め!」

「食料は最低限だ! 船を軽くしろ!」


 叫ぶ顔は恐怖や焦燥感に駆られたものばかり。

 少し前までに会った戦勝ムードは見る影もなく霧散していた。


 ほんの数刻前までは、難攻不落だったはずの拠点は閑散としており、物資が入った木箱や飛行船のために整地された地面がむき出しになった寂しい場所となっていた。


 撤退の準備は順調だ。

 なら後は、俺がやってきている飛行船に連絡を取ればいい。


 そこまで考え、精霊に転移を頼もうとしていたときに。


「――ッ!」


 全身が焼かれたかのような錯覚に陥った。


「竜だ! 竜がいるぞッ!!」


 どこからか誰かの大声が響く。

 声のした方向へ、周囲の人間が一斉に向く。

 そこにはある一点を指さしているエルフの兵士の姿。


 指さす方向にはわずかな黒点。



「あれが……竜……」



 竜が東の空を飛んでいた。その先は此方へ向かってきている飛行船に向いているように見えた。


「飛行船の連中は気づいていないのか! すぐに高度を下げないと対抗できずに沈むぞ!」


 悪態をつきながら戦闘準備を整える。

 周りの誰もが、より一層鬼気迫る表情で割り当てられている飛行船に乗船していく。

 基地だった場所は不要になった木箱やテントといった物資が残されているのみとなり、騒がしい場所は静かになった。


 残ったのは、俺一人。

 いや――


「ウィルッ! 竜が来るわよ!」


 ウィルベルがまだいた。

 落ち着きのない彼女の声。


「知ってる! 許可を出すまで動くなよッ、こっちから刺激することは厳禁だ!」

「あんたはどうするのっ」

「決まってる!」


 飛行船が完全に撤退するまで古竜を引き付ける。


「ベルは飛行船の護衛をしてくれ。竜相手に多少なりとも空中戦ができるのはベルしかいない」

「あたしだって、こんな数の飛行船を守りながら竜の相手なんてできないわよ!」

「それでもやるしかないんだ! できるだけこっちで――ッ!」


 とそのとき――


『グォォオオオーーォ!!』


 心臓がぶち破れるかと思った。

 腹に響き、耳をつんざく複雑かつとんでもない衝撃をもたらす咆哮。


 方向だけでも足が震える。

 息ができないっ。

 隣にいるベルも小さな体を震わせて、瞳に涙を浮かべている。


 守らないと、ここの人たちを、彼女を。


 血が出るほど唇を噛んで、自らを奮い立たせる。


「ベル! しっかりしろ!」

「あ、う、うんっ!」


 肩を掴んで目を合わせる。それで少し落ち着いたようだ。

 ベルは頭を振り、元の元気な状態を取り戻す。


 竜のいる空を見ると、鱗一枚一枚見えそうなくらいの位置に竜がいた。


 空を飛ぶものは、前の世界でも飛行機やら戦闘機なんかで知ってるはずだった。

 でも竜は今まで見てきたどんなものよりも迫力があって、躍動感があって。


 何よりも威容で神秘的だった。

 思わず肌を焼く感覚も湧き上がる恐怖も忘れて見入ってしまった。


 しかしその直後に、竜の脅威を思い知ることになった。


「あいつら、まだ!!」


 空を飛びこちらに向かってきている飛行船。

 着陸しようと徐々に高度を下げているがまだ着陸には時間がかかる。


「竜が――」


 そんな飛行船に向かって横から竜が近づいていく。


「待て……やめろ……やめろッ!」


 飛行船が近づいてくる竜に向かって火砲を放つ。連絡用の高速艦に積まれている砲は少ない。

 竜を倒せる火力はない。


 飛行船に積まれている大砲はこの世界でも強力なものだ。

 にもかかわらず放たれる弾丸を竜は意にも介さず避けることもしなかった。ぶつかった砲弾に一切ひるまずに一声、飛行船に向かって咆哮を放つ。

 たったそれだけで、飛行船は無様に揺れる。


 竜は飛行船につかみかかり―――


 ほんのわずかに竜と接触しただけで飛行船は炎上し、火の流星となって基地のすぐわきにバラバラになりながら、激しく回転しながら落下していった。


 轟音と爆発音、そして悲鳴。

 竜は落ちた飛行船を一瞥したあとは、俺の頭上を通過して、上層にある城へ飛んでいく。


 通過する瞬間、爬虫類特有の縦に開かれた瞳孔に、自分たちが写っている気がした。



「そんな、あの船には何百人の人が乗っているのに……」


 横でベルが顔を青ざめさせる。


「ベル、今のうちに早く飛行船に乗れ。あいつは城に向かっていった。今なら安全に撤退できる」

「あんたはどうするの? ここにいてもやれることなんかないわ。一刻も早く戻って応援を呼んでここの人たちを助けるしかないわ!」

「ここで全員が無防備に飛んでは必ず犠牲が出る。竜にとって、蝿を落とす程度のことだ。空中じゃどうしたって分が悪い。だから飛行船のもとに奴が来ないようにしなきゃならない」


 一歩踏み出すと、手を掴まれる。


「それをあんたがやる必要はないわ! 指揮官なんでしょっ、真っ先に戦ってどうするのよ!」

「指揮するだけなら誰にでもできる! でも、あいつの相手は俺しかできない!」

「あんたにだってできないわ!」

「それでも! やるしかないんだよ!」


 乱暴にベルを振り払い、すぐに竜が向かっていった城へ転移する。

 黒い門をくぐれば、一瞬で上層に出る。


 上層は混乱の極致にあった。


「竜だ! 竜が来たぞ!」

「あんなもんに勝てるわけねぇ!」

「逃げろ! 逃げろ! わき目も振らずに走れ!」


 パニックだ。

 訓練を受けているはずの軍人でさえも。


 幸いにも民間人は事前に壁周辺のシェルターに避難していたために逃げ遅れたものはいない。

 だが竜が放つ威圧を前に、おそらくシェルターの中は阿鼻叫喚に満ちていることだろう。


 残っている軍人ですら、見渡す限り全員が恐慌し、竜に立ち向かおうとする蛮勇を持つ兵士は1人もいない。


「クソッ、練度が低い!!」


 悪態を吐き出す。

 そのとき、陽が出ているはずなのに、地上に大きな影が差す。



 ――竜が来た。



次回、「戦う意味」

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