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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
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第十六話 壊れかけの籠



 半壊したグラノリュース王城の一室で、青藍の粒子を纏う槍が明滅する。


『竜っていうのは体のほとんどがマナでできていて、生半可な魔法じゃマナと魔力の塊である竜麟の守りは抜けないわよ。マナに還元されて分解されるから』


 薄暗い室内の中でも、光纏う神器のおかげでどうにかこうにか本が読める。

 ここは、王城の中にある立ち入りが制限されていた書庫の中。

 ここでグラノリュースと竜との関係を調べるために、クララの話を聞きながら本を漁っていた。


 一通り調べて分かったことは――


「つまり魔法以外で勝つしかない、か」

『それでも絶望的ね。人と竜じゃ体格が違いすぎるわ。いくらあなたが聖人で力が強くて頑丈って言っても比べ物にならない。普通の武器じゃ竜麟は抜けないし、よしんば抜けたとしても竜にとっては薄皮一枚切れた程度。倒すには程遠い』


 実質、竜には魔法が効かず、頑丈さも膂力も桁外れということか。


「なら弱いところを突くしかないな」


 一体どうやれば殺せるか……。


『はっきりいうわ。戦うつもりならやめなさい』


 考えを見透かしたのか、クララが止めてくる。

 俺は苦笑した。


「戦う気なんかない。うまくやり過ごしてやるさ」

『それなら、どうしてこんなところで書庫を漁っているのよ。私まで出して竜について聞くくらいだもの。戦うつもり満々でしょうに』

「いざってときのためだ。率先して仕掛けたりしない」


 書庫に来ているのは、目覚めたばかりの古竜がわざわざ最も遠いグラノリュースくんだりまで来るからには、何かしらの因果があると考えたからだ。

 実際に、この国にはいくつか竜に関する文献がある。


「この文献に載っている竜はグウィバーって名前だな。時期的にはこの竜と考えたほうがいいか」


 少しばかり情報は食い違うが、今もっている本に登場するグウィバーという名の白き竜は、生きていれば今頃は古竜になっている。

 白炎を纏う姿が印象的だったから白き竜と書かれているのか、それとも年月が過ぎて赤黒い体表になったのか。


『グウィバー? 私たちと共に戦った竜の名前ね。それなら戦わなくて済むかもしれないわ。私とリカルドがいれば話し合いで解決するわよ』


 それは考えた。

 古竜に関する伝承なんて、古のリカルドやクララ、グラノリュースといった英雄がいたころのおとぎ話くらいしかない。

 だから古竜と聞いて真っ先にクララと関連があると考えたし、説得できる可能性も考えられる。


 でも――


「神器となった状態でもか?」


 難しいと言わざるを得ない。


「グラノリュースが2人の声を聞けなかったように、古竜も聞こえないだろ」

『わからないわよ。それにもしそうだったとしてもあなたが間に入ってくれれば……』

「無理だろうな」


 クララの考えを即座に否定する。

 ありえないとはいわない。

 でもそうした場合、古竜が俺をどういった目で見るか。


「古竜がここに来る理由はわからない。でももし旧友に会いに来たのだとしたら、ここには誰もいない。クララとリカルドしかいないならきっとそれを欲する。神器となった2人を見て古竜はどう思う?」

『つまりあなたを疑うってこと?』


 ああ、と頷く。

 今日は一段と、肌がチリチリと焼ける感覚が強い。

 そのせいか、いくつもの最悪の可能性が脳裏をよぎる。


「……どうにも臭すぎる。このタイミングで古竜が目覚めたこと。まるでグラノリュースが倒れたことに気づいたみたいに。もしそうなら、誰がグラノリュースを倒したか探るはずだ。そしてそんな奴の前に神器を掲げた俺が行けば、疑いようなんかない」

『それでも話をすれば通じるかもしれないわ』

「通じればいいけどな。2人の声が奴に届けばいいが、そうでなければ和解は不可能と考えたほうがいい」

『なぜかしら。あなたを介して誠心誠意伝えればきっと理解して信じてくれるわ』


 ぱらぱらと手元にある本をめくる。

 グラノリュースは過去のことを大事にしていたようだ。割と本の状態がいい。昔にさかのぼるほど詳細に記述されている。


 まあそれも精々百年程度。

 残りの700年余りは酷いものだが。


 それはそうとクララの疑問に答えると――


「あいつの立場になってみろ」

『グラノリュースに会いに来て誰もいなかった。そして私とリカルドがいてちゃんと説明されれば納得して引き下がってくれると思うわ。彼は聡明だったから』

「まあ、よく知るクララがそういうならそうかもしれないけどな、でも俺からすればそんなあっさり行くわけがないと言える」


 ぱたりと本を閉じる。

 本に付着していたカビと埃が舞い上がり不快なにおいを漂わせる。


「昔の友が殺されたと思いやってきた。するとそこにはかつての友人でできた神器を持つ男。それだけで誰が友を殺したのか明らかだ。そんな奴のいうことをあっさり信じると思うか? リカルドにクララ、グラノリュースのことを思うならなおさらだ。親愛も敬愛も、失えば憎しみに変わるんだから」

『……』


 ここで調べられるものは粗方調べ終えた。

 知りたいことはなかったがわかったことはある。

 特に竜がどれだけ強大かってことが。


「まあ精々足掻くさ。戦わない方法があるならそれを選ぶ。あくまで最悪の想定をしておくってだけの話だ」

『あなたがいうとそう聞こえないわ。どうせおおよそどうなるか見当がついているんでしょう』

「つけるまでもないことだ」


 槍を手に取って、王城の厳重に立ち入りが制限されている書庫の扉を潜り、外に出る。

 城内には、人はほとんどいない。

 どっかの誰かさんが城の中層部分の真ん中をごっそりと焼失させたから、いつ崩れるかわかったものじゃないからだ。

 書庫が残ったことは本当に幸いだった。


「グウィバー改め《大地の白神(ドライグウィブ)》。ここに来るまでに、頭が冷えてくれればいいんだけどな」

『私から見れば、あなたも十分に頭に血が上っているように見えるけど』

「竜が来ていることが肌でわかればそうもなる。……また命を懸けたギリギリの戦いだ。全くいやになる」


 ここ最近肌がとてもざわつく。

 痛いくらいにマナが震えている。

 そのせいか夜になると気になって、最近は眠りが浅い。俺以外にも何人もの部下が似たような症状を訴えてきている。

 多くの兵や住民が竜の存在を感じているのだ。


 そしてその感覚が、今日は一段と酷い。


 槍を空間魔法でしまう。

 剣と違って鞘に納められないのは槍の少ない欠点だ。

 部屋を出て廊下を歩いていると、見知った人間が壁にもたれて待っていた。


「秀英か。どうした」


 釣り目できつそうな印象を人に与えるその男は、俺の姿を確認すると壁から離れ、近づいて来た。


「こんなときにのんきに本を読んでいる男の面が気になってな。よほど厚い皮をしているのかと思ったが、まさか竜の鱗でできているとは思わなかった」

「だろう? 竜に目をつけられても知らんぷりできる鋼鉄の面だ」


 冗談に付き合いながら、そのまま並んで城の正門に向かって歩いていく。


「上層の避難状況は?」

「無理を言って壁に隣接するシェルターに順次入っている。幸い上層は広くない。住民たちの混乱と反対意見は最小限だ。すぐに戻れる位置だからな」

「戻れるときには戻る場所がないかもしれないけどな」


 おどけて言ってみせるも、秀英は眉間にしわを寄せた。


「そうなったとき、あのシェルターは大丈夫なのか。とても竜の攻撃を防げるとは思えない」

「狙われたとしたら無理だろうな」


 なんてことないように言った。

 秀英がさらに顔をしかめるが、彼もわかっていたのだろう。


 避難場所にと急造したシェルターは当然できるだけ頑丈に作っている。だがやはり急造、万全とはとても言えない。

 そもそも万全だとしても、竜の攻撃を完全に防ぐことができる建造物なんて作れない。


「では一刻も早く上層から避難させるべきじゃないか? 壁際とはいえ上層にいては竜が来たときに逃げられない」

「竜がどこにくるか明確に決まっているわけじゃない。おそらく城にくるだろうとは思っているが、もしかしたら中層に降りるかもしれない。動きたがらない上層の連中をあてもなく移動させるのは無理だろ」

「道理だな。何に対しても甘ったれた人間たちがほとんどだからな」


 正直に言えば、わがまましか言わない上層の連中なんて見捨ててしまいたい。

 だが、そんなことをするわけにはいかない。

 だからできることは、いち早く脱出できて、かつある程度耐久力もあるシェルターの建設だ。


 上層を覆う壁の内側に隣接するように作ったが、実は壁とつながっている部分には穴をあけている。

 非常時には上層の外側に逃げられるようにしてあり、竜が上層の中に来れば上層の外に、中層に来れば上層のままにといった具合に行動させる。


 最初から避難させないのは、竜がどこにくるかわからないということと、大勢の人間をまとまって動かすとそれこそ竜の目に留まりやすいからだ。


 前の世界で呼んだ物語と違って、この国には金銀財宝なんてそう多くない。天然資源は豊富だが、竜がそんなものを求めるとは思えない。


 上層民以外にも、彼に伝えておかなければいけないことが一つある。


「竜が来たとき、俺たちはこの国から撤退する。何か言いたいことは?」


 俺達は逃げる――

 そう言うと、秀英は俺から視線を切り、前を見る。


「貴様がこの国を治めると聞いていたが?」


 誰から聞いたのか、どうせエドガルドあたりがどこからか聞きつけたのか。


「あいにく俺にその気はない。エドガルドでも王に据えておけば上層の連中も納得するだろ」

「だが中層以下の連中は納得するまい。上層とそれ以外を比べた場合、どちらを優先させるかなど火を見るよりも明らかだ。何より師に竜と戦う技量はない」

「誰にもないさ。そんなものは」


 全員が竜から逃げられればいいが、飛行船には限りがある。

 俺が優先させなければならないのは、当然アクセルベルク軍兵士たちだ。次点で協力してくれたグラノリュース中層以下の住民だ。

 グラノリュース兵士の職務はもとよりこの国の守護だ。真っ先に離れるわけにはいかないだろう。


 まあ、目の前で見殺しにするのも寝覚めが悪い。

 できる限りのことはしてやるつもりだ。


「とかく避難を急がせてくれ。奴の目的がわからないから避難場所は複数用意してある。俺たちが撤退した後の治安維持は任せるから今まで通り自由にやるといい」

「竜がいる中で自由にやれとはな。籠の中に鳥と一緒に獣を入れるようなものだろうに」


 彼の例えに、思わず笑う。


「どこにいたって変わらないさ。この世界はデカい籠。外から異物がどんどん入ってくる、壊れかけの籠だよ」




次回、「竜が来る」

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