第十話 裏切り
次は神器かどうかもわからない、世界を超えることができるあの宝玉について。
謎が多すぎるために人目につかないように別室に移動する。
シャルロッテも申し訳ないが席を外してもらう。
ただずっと俺の肩に乗っている鷲が邪魔だ。
だが追い払おうとしても何故か今回はやたらとついてこようとしてくる。
話し合おうにもついていくの一点張りだ。理由も教えてくれない。
焼き鳥にでもしてやろうかと本気で思った。
「おい、いい加減にしろよ。とっとと出ろ」
「ピピィイイイ!」
「焼き鳥にするぞコラ!」
さすがにむかついたので、魔法で追い払おうかと思ったがカーティスが止めてきた。
「工房が荒れるからやめてもらおう。ここにある機材はすべてロックされている。鷲が何かしても事故にはならん」
「ったく」
渋々捕らえるのをやめると、鷲はおとなしく俺の肩に泊ってきた。
この部屋の中には貴重な物や危険なものがいくつもある。部屋に鷲を入れて何か起きたら目も当てられない。
宝玉を見つけたのもこいつだし、気になるのかもしれないが。
カーティスの後について小部屋に入る。
そこには布でくるまれた宝玉が部屋の隅に置かれていた。相変わらず布でくるまれていてもとてつもない威圧感を放ってくる。
質量を持った光が全身にぶつかってくるような、心臓が縮み上がるようなそんな力だ。
カーティスは布を取ることなく、くるんだまま宝玉の上に手を載せる。
「この宝玉だが……つい最近になって先ほどの二つの神器と同じく意識があることがわかった」
「なんだって? つまり元はただの人間なんだな」
「……」
カーティスは険しい顔を浮かべ、沈黙した。
「意識はあるが声が聞こえん。触れたことのあるお前にも声は聞こえなかったのだろう?」
「そうだな。リカルドやクララと違って意識があることすらわからなかった」
「そうか。だがこれはその二つとは異なり、あまり人目に触れることは好ましくない。手当たり次第に触らせるのは避けたいところだ」
この宝玉は特殊すぎる。
ただでさえ強力な神器、そのさらに上を行くものだ。
一度人目に触れれば瞬く間にこの宝玉の存在は伝わるだろう。
何よりこの宝玉が発する力は尋常じゃないために用心したとしても兵士たちに気づかれる。
扉の向こうからでも感じられるほどだ。
この部屋は、この宝玉が隠されていた部屋を参考に特別に分厚く魔法で保護しているから何とかバレずにいるが、ここ以外の部屋で取り出すことはできない。
「それ以外でわかったことは?」
「わかったことはこの宝玉が次元に穴をあけることだ」
「次元に穴をあける?」
いきなり話が飛んだな。規模が大きすぎるぞ。
「そうだな。説明するとなる少し面倒だが……」
カーティスは近くにあった白紙の用紙を手に取り、図にして説明をする。
「我々が存在しているこの世界は、次元と呼ばれる入れ物に入っている。この次元というものは数え切れないほど存在し、それぞれの次元には一つずつ世界が入っている」
俺と父がいた地球のある元の世界の次元とこの世界が存在している次元。
それ以外にも多くの次元があり、その中には理が違う世界がある。
いうなれば次元とは、異なる世界が交わらないための仕切りの役割を果たしているらしい。
この宝玉はその次元に穴をあけるものだという。
「穴をあけるだけ? それだと人を呼ぶなんてできないだろう。普通の人間は次元を意識することなんてないんだから」
「確かにその通りだ。だがその前に説明しなければならないことがある」
「というと?」
「肉体と魂についてだ」
カーティスの言葉に目を丸くする。
随分とスピリチュアルな話になったものだ。
悪いが俺は前の世界でもそういった霊的なものは信じない質だ。
魂然り天国と地獄然り、神様然り。
だがカーティスの声は真剣そのもの、信じる信じないはともかく耳を傾ける。
「次元という壁は理の異なる世界が交わることを防いでいる。この世界ではマナというものがあるが、お前の世界ではマナがないのだろう」
「ああ、錬金術なんてものもないし悪魔だっていない。種族だって肌の色が違うくらいで人族しかいない」
「そんな世界が混じり合えば当然混乱が起こる。そもそも世界の仕組みが違うのだから交われば何が起こるかわかったものではない」
元の世界でマナなんてものがあれば混乱が起こること間違いなしだ。
魔物や悪魔がいても現代兵器で何とかなるかもしれないが、単体でそれに匹敵することができる高位の悪魔相手では苦戦する可能性はある。
「世界を隔てる次元。この宝玉はそれに穴をあけることができる。つまり異世界に干渉することができる」
「それだけ聞けばとんでもない代物だな」
「その通りだ。本来であればあっていい代物ではない。だがこの宝玉も完全ではない。開けることのできる穴は小さく、異世界に干渉する力も弱い。一度にできることは人一人の魂を呼び寄せるくらいだ」
やはりおかしい。
こんなことが個人の加護で成し得るはずがない。
「なあ、この宝玉のもとになったのは人間か?」
「考えられることは1つしかない」
それは何か。
ごくりと喉を鳴らす。
カーティスが口を開く――
「か―――」
瞬間、突風が吹き荒れた。
「なんだっ!」
「むっ!」
部屋中を乱れ荒らし、肌を切り裂く烈風が吹きすさぶ。
狭い密室内で風が起こるはずがない。
突風が止み、反射的に上げた腕を降ろし、辺りを見回すと部屋の中がぐちゃぐちゃになっていた。
まるで鋭いいくつもの爪で引っかかれたかのように、机の上の用紙も壁もびりびりに破かれ傷ができていた。
だがそんなことはどうでもいい。
――何より大事なものがそこになかった。
「宝玉がッ!」
「なにっ!」
周囲を見渡しても、どこにもない。
あれほどの力、狭い室内で見つからないはずがない!
ここで、気づいた。
宝玉以外にもあるはずのものが無い。
俺の肩に重さが無いッ。
「あのクソ鷲がッ!!」
半開きになっていた扉を吹き飛ばし、部屋から飛び出せば、整然としていた工房も滅茶苦茶になっていた。
しかも部屋の出口付近に倒れているシャルロッテの姿があった。
「シャルロッテ!!」
「うっ……団長、なにかが、飛んできてっ」
「そいつはどこに行った!」
「外に――」
俺の後を追って小部屋から出てきたカーティスに彼女を任せて工房から出る。
あの鷲が何をしようとしているのかわからないが、あんな宝玉をもっていって騒ぎが起きないわけがない。
現に部屋の外に出たとたんに、大きな声や物が壊れる音がした。
その方向へ駆け出しながらすれ違う兵士たちに話を聞く。
「鷲はどこに行ったッ!?」
「この先、甲板への出口です!」
廊下で倒れ、頭部から血を流しているエルフの兵士が教えてくれた。
あの鷲は外に出ようとしている。
しかも通る道ですれ違う兵士をお構いなしに攻撃している。
何人もの仲間たちが倒れているのを見た。
いくつもの部屋が荒らされているのを見た。
そのたびに腸が煮えくり返り、脳が沸騰するほどの怒りを覚えた。
こんなことになるなら、あの鷲が怪しい動きをしていた時点で殺しておけばよかった。
あの宝玉を得るために、どれだけの時間が費やされ、どれだけの人間が犠牲になったことか。
甲板へ続く扉を開けて外に飛び出すと、どうやっているのか宝玉を掴んだ鷲が上空へ高度を上げて逃げていくのが見えた。
「逃がすかァァッ!!」
すぐにフードから盾を取り出して乗り、上空へ舞い上がる。
ほぼ垂直に全力で昇っていく。
単純な飛行能力なら鳥である鷲の方が上だが、宝玉を掴んでいるからか通常より遅い。
それでも俺より僅かに速く、少しずつ離されていく。
もっと、もっと、もっと速く!
上空へ昇る盾に火をつけて炎を噴かし、さらに速度を上げる。
「落ちろッ!」
風魔法を発生させて鷲の飛行を妨害する。
ほんの一瞬だけ態勢を崩せても、相手もすぐに立て直す。
そのままぐんぐんと昇っていく。
顔に当たる空気が冷たく、薄い。
急激に酸素が薄くなったために頭が痛くなってきた。
それでも昇るのをやめない。
やめるわけにはいかない。
あれは俺の、俺と父さんの希望だ!
「《霹靂神》ィッ!!」
雲が手に届くほどの高さに昇り、魔法を打てば、あたりに雷の音が轟きだす。
ここなら確実に当てられる。
確信通りに、鷲に向かっていくつもの雷が飛来した。
確実に直撃した。
だが、それでも――
「なんでだ……っ、ふざけんな!」
雷が当たった瞬間、見えないバリアが張り巡らされているかのように鷲に当たる直前に球状に雷が逸れていく。
それが明らかに、鷲の実力を超えていて信じられなかった。
徐々に鷲との距離が離れていく。
高度はすでに雲を突き抜けた。
顔が凍る、手先が凍る。
空気が薄く、意識が朦朧として動きが鈍くなっても、相手は一切動きが変わらない。
マナは薄く、速度を保てない。
鷲との距離が一気に開く。
「待てよ、ふざけんなッ!」
小部屋に置いてあったはずの槍を手元に転移させる。
槍が今まで以上に力強く感じる。
魔法で体を強化して、上体を反らせ、腕を後ろへ、槍を引き絞り腰を捻る。
今出せるすべての力と魔法を使って、全力で鷲へ投擲する。
「落ちろぉぉぉオオオっっ!!!!」
広がっていた距離を、槍は瞬く間に詰めて鷲に迫る。
白く青い槍は確実に鷲に直撃する軌道。
獲ったッ!
と、思った瞬間に――
鷲の姿が消えた。
元から何もなかったかのように、糸がほどけていくように消えた。
「え?」
ただただ青い光を帯びた槍が天を駆け抜けている。
それ以外には光を放つものは何もなかった。
虹色の輝きを放っていた宝玉はどこにもない。
嘘だろ? どこにいった? 宝玉は? あのクソ鷲は?
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!!
信じられない、信じたくない。
だけど、どんなにあたりを見回してもそれらしきものは何も見えない。
「……あれ、は?」
朦朧として酸素が足りなくて震える足を叩きながら、意地で周囲を見渡せば、はるか遠くに黒い影が見えた。
鷲かと思った。
でも確実にちがう。
はるか遠くにあるはずなのに人の大きさほどに見える。
鷲じゃない、もっと大きな、島のようなものだった。
そこで俺の意識は途絶える。
途絶える瞬間に感じたのは、背中から受ける強い風。
死を感じさせる、強い浮遊感だった。
次回、「あなたについていく」




