第九話 槍と指輪
父が目覚めてから数日が経った。
父もこの世界に徐々に慣れてきたようで、俺以外の人とも話をするようになった。
最初は俺の父だと名乗っていたようだが、そうすると誰もが畏まるために言わないようにしたらしい。
そんなに俺は畏れられているのだろうか。
畏れられてるんだろうね。
うん、心当たりはいくつもある。
まあどうせあと少しの付き合いだ。
怖い上司かもしれないが我慢してもらおう。
そんな恐れられている寂しく悲しい俺は、錬金術の工房に向かっていた。
なぜか俺の周囲を神気を放つ鷲が鬱陶しく飛び回っている。
「鬱陶しいな。最近やけに構ってくるがなんだよ」
「ピィー!」
「気にするなって? こんな落ち着いてないやつが顔の周りをうろちょろして気にするななんて無理だろ」
いつもは肩に乗ってくるだけなのに、今日は顔の回りを飛んでくる。
羽音がうるさいし視界が遮られて歩きにくいことこの上ない。手で払いのけるようにしながら進む。
最近はチリチリと肌を焼く感覚が時折起こる。もしかしたら、動物の本能的に鷲も何か落ち着かないのかもしれない。
錬金術工房の大部屋の分厚く重い扉を開けると、中にはシャルロッテとカーティスがいた。
「おはよう2人とも。頼んでいたものはできたか?」
以前から頼んでおいたものが出来上がったということで今日はそれを取りに来た。ついでに宝玉の解析の途中経過を聞きに。
声をかけると2人が振り向き挨拶を返してくれた。
「おはようございます団長! 良い朝ですね!」
「来たか、頼まれたものはできているぞ」
カーティスはいつも通り無愛想で淡白だが、反比例するようにシャルロッテのテンションが高い。
いいことでもあったのか?
「ついに団長も身を固める覚悟ができたんですね! 部下として応援します!」
シャルロッテは何を言っているんだろうか。
身を固める? 鎧の話か? 今回は鎧の製作は頼んでいないが。
俺が怪訝な顔をしてもお構いなしにシャルロッテは興奮したように話しかけてくる。
言ってることがわからなくて、カーティスを見やる。
「頭でも打ったのか?」
「さっきから出来上がったものを見ては奇声を上げていてな。喧しいことこのうえない。しばらく相手を頼む」
「え」
カーティスはそそくさとできたものを取りに席を外して奥の部屋に入っていった。
部屋の中、未だ夢想中のシャルロッテと2人きりにされる。
「私としてもお二人はお似合いだと思っていました。アイリスと王女様は少し残念かもしれませんが、団長がグラノリュースを治める立場になればいくらでもチャンスがありますから。とにかく今はお二人がうまくいくことを願ってます!」
何の話をしているのか全くわからん。
ヴェルナーとライナーにいじられすぎておかしくなったのか?
「お前はさっきからいったい何の話をしてるんだ。お似合い? チャンス? 治める?」
「え? だってついに思いを告げるから私に依頼してきたんですよね? 指のサイズを知ってるのは私だけですし。知ろうとしているのを知られたくないのはわかります! サプライズってやつですね!」
全然話が通じないな。何を言いたいのかさっぱりだ。
ただとても幸せそうということだけは伝わってくる。
興奮しているシャルロッテは置いておいて、カーティスが出てきたのでそちらに注意を向ける。
彼の手には、布に包まれた細長い棒状のものがあり、棒の片端にかけられた布は大きく膨らんでいる。
布越しに青藍の粒子が漏れ出ている。
粒子から感じる力から、どうやらうまくいったようだ。
長方形の広い作業台の上に布に包まれたものを置くと、ごとりと金属同士がぶつかる鈍い音が工房に響く。
「頼まれていたものの一つだ」
カーティスが布を取る。
その途端に一気に青藍の粉塵が周囲に舞い上がる。
それは俺が愛用している長槍。
刃の部分は十字槍になっており、縦横の刃と柄の間には小さな刃がついた八芒星のような形状。
刃は金属らしい鈍く光る銀色、しかしその刃は薄い青藍の光を帯びており、絶えず粉塵を撒き散らしている。
「おおっ!」
「これはいいなっ」
シャルロッテと俺が揃って感嘆の声を出す。
「元の槍が良い出来だったのでな。特に槍はいじらずに核を移すのみにした。元の剣よりも数段優れた武器であることは保証しよう」
ゴクリと喉を鳴らす。
「す、すごいですね。これはもともとあの王が持っていた白銀の剣なのですよね」
「あくまで神器の力の源である核を移しただけだ。槍自体は元と変わらん。だが核が壊れない限りはこの槍は刃こぼれしても破損しても再生する」
「不思議だよな」
そう、これはグラノリュースが持っていた剣。
クララと呼ばれた女性が神器となった青い光を放つ白銀の剣の力を、俺の槍に移したものだ。
槍の方が俺は使いやすいし、神器の力である加護を除けば、武器の性能は俺たちのものの方が上だ。
そりゃ原始的な錬金術しかない何百年も前に作られた武器と、長年錬金術を極め続けるドワーフの王女が作った槍は比べ物にならない。
持ってみると感覚だけは以前と全く変わらない。
でも槍からは途方もない力を感じる。
「ウィリアム」
カーティスが珍しく俺の名前を呼ぶと、インゴットを放り投げてくる。
「ふっ」
斬れなくてもいいや、くらいの気持ちで手首を軽く回してインゴットに刃を当てる。
落ちたインゴットが床にぶつかり甲高い音が鳴った。
二回も。
「え?」
シャルロッテから驚きの声が出る。
それもそうだ。
飛んできたインゴットは刃が当たった場所から真っ二つになり、金属がそれぞれ床に落ちたのだ。
斬ろうとしたわけでも力を込めたわけでもない。
手元で軽く槍を回して当てただけで硬いはずの金属が豆腐のように切れたのだ。
「確認するけど、このインゴットは柔らかくないよな」
「それはライナーが作ったかなり硬い金属です……それをあっさりと」
「こりゃすごい。そりゃあ俺の盾も真っ二つに斬られるわけだ」
グラノリュースと戦ったとき、やつが振るった剣は俺の盾を真っ二つにした。
当時は信じられなかったがいざ持ってみると当然といった感じだ。
「普段使いはできないな」
「こ、こんなの本国が放っておかないと思うのですが……」
「じゃあ隠しておこう」
槍を布で包みなおして空間魔法でしまう。
これで神器から発せられる神気が漏れることはない。魔法様様だ。
これだけでも満足すぎる出来だが、もう一つ頼んでいる。
「それでもう一つは?」
「こちらです!」
シャルロッテが大きな声を出し、懐から何か小さな箱を取り出したかと思えば、俺の前に片膝を立ててしゃがみこむ。
「こちらです。ウィリアム団長!」
「……何の真似だよ」
頭を下げ、小さな箱を俺に差し出すその様は、さながら男性が女性にプロポーズをするかのよう。
ふざけてるのか?
箱を手に取ると、シャルロッテが立ち上がり、頬を染めて楽しそうに笑った。
「いやぁ実は少し憧れていまして。こんな風にプロポーズされたいな、と」
「俺にやってどうするんだよ」
「一度殿方の気持ちになってみようかと。ちょうどよく指輪を渡す場面だったので」
テヘ、という音が聞こえてきそうな感じでシャルロッテがはにかむ。
まあ、悪いことをしているわけではないから別にいいけど。
渡された箱を開けると、シャルロッテが言ったように指輪が入っていた。
「指示通りに指輪のサイズは以前作ったウィルベルのものと同一にしています。多少のサイズ変更は利きますのでご安心を」
「ああ、ありがとう。いい出来だ」
この指輪も当然普通の武器じゃない。
指輪からはさっきの槍と同じく途方もない力を感じる。指輪からは淡い橙色の光が常に放たれていて、全身に常に圧力がかかっているのかのような迫力がある。
これはリカルドの剣から、ベル用の指輪に移したものだ。
それ以外にも魔法の発動がしやすいように宝石をいくつも仕込んでいる。素材だけでもかなり高価な逸品だ。
正直、俺が欲しいくらいだ。
「頑張ってくださいね! 応援しています!」
「だからなんのことだよ。ただ渡すだけだぞ」
「え? プロポーズするんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」
沈黙が流れる。
なるほど、だからさっきからシャルロッテのテンションがおかしいわけだ。
俺がベルに合うような指輪の作成を頼んだから、告白すると勘違いしたのか。
いや、指示内容から違うことはわかりそうなもんだろうに。
「でもずっと大事にしていたペンダントの宝石も使ってしまうなんて、よほどだと思いまして」
シャルロッテがプロポーズだと勘違いした理由を述べる。
ずっと大事にしていたペンダント。
そんなに大事にしていたつもりもないが、そう写ったのか。
ペンダントとは、オスカーと一緒にソフィアに渡すように購入したペンダントだ。
三年前にソフィアが亡くなって、俺が旅立つとなった時にオスカーが俺にとくれたもの。代わりに彼には俺が作った短剣を渡している。
「ああ、あれか。いいんだよ。あんなに高純度の宝石は俺が持ってても使いこなせないし、それならベルに使わせた方がいい」
「そうなんですか。残念です。お二人の結婚式が見たかったんですけど」
「馬鹿言うな。そんな関係になるわけないだろ。そもそも付き合ってないし。変な本の読みすぎだ」
シャルロッテがまだ食い下がってきそうだったので指輪をしまい、早々に話を変えることにした。
「それでカーティス、もう一つの方は?」
「それならこっちで話をしよう」
リカルドとクララの神器については十分すぎるほどいいものができた。
次はもっとも大事なのものについてだ。
次回、「裏切り」