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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
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第二十二話 決着

最後の方に初の三人称視点があります。ご注意を

 ソフィアが刺され、地に倒れてゆく。

 その光景がやけにゆっくりに見えた。

 彼女のいる地面が徐々に赤くなるのを見て、頭が真っ白になった。


「ソフィアーーーー!!」


 オスカーが叫び、イサークに突っ込む。だがボロボロな短剣一つで勝てるわけない。

 にたにた笑ったイサークはオスカーの相手をするために、倒れているソフィアから離れた。

 僕はその間に、ソフィアのもとに向かう。


 手が震える。視界が滲む。

 泣きながら、彼女を仰向けにして止血を試みようとするが、傷が深すぎて止められない。


「そ、ソフィア、しっかり!」

「ウィリ、ア……ム……」

「気をしっかり持って!すぐにオスカーが終わらせるから頑張って!」


 その時、後ろから数人の足音が聞こえてきて、振り返るとアメリアと数人のハンターがやってきていた。


「ウィリアム!ってソフィアさん!?」

「アメリア!頼む!ソフィアを助けてくれ!」

「わ、わかった!皆さん手伝ってください!」


 ソフィアのことはアメリアに任せて、僕と戦えるハンターはオスカーを助けに向かう。


 絶対に許さない。

 頭の中が真っ赤に沸騰しそうだ。腹の中が煮えたぎるようだ。心が真っ黒に染まってしまいそうだ。

 脳が沸騰するほどの悔しさが、もどかしさが湧き上がってくる。

 ここでソフィアを失いたくない。まだ何も返せてない!


 槍を持ってオスカーの援護に向かおうとしたその瞬間――


「がぁ!?」


 何かの爆発が起き、大柄な男が吹き飛んだ。

 僕のそばに転がりながら飛んできたのは――


「オスカー!」

「ぐっ……逃げろ、ウィリアム」


 オスカーだ。すすけた顔に血を吐きながら、どうにか立ち上がろうとしている。でもうまくいっていない。


「はっはっは!サルが!この俺に勝てると思ったのか?安心しろ、すぐに大好きなその女と同じところに全員仲良く送ってやるからな!」


 下卑た男の耳障りな声が響く。

 だがそんなことよりもオスカーだ。


「大丈夫!?一体どこから爆発が――」

「あいつの加護だ……体はなんとか無事だが、動けない……っ!」


 加護?そういえば言っていた。加護とは身体能力向上以外にもなにかしらの効果があるのだと。オスカーは体が頑丈になり、敏捷性が大きく向上する。

 そのおかげで先ほどの爆発にも耐えられたのだろうが、動けないとはどういうことだ?


「この加護は便利でな、あの爆発を受けると身動きが取れなくなる。いたぶり放題というわけだ」


 嗜虐的な笑みを浮かべたイサーク。こいつの加護の効果は敵の動きを封じるということか。

 心の底から屑な男だ。

 オスカーの身体を注視してみると、わずかにイサークの身体から放たれる赤黒いものと同じ神気が感じられる。

 この神気のせいで体が動かないのだろうが、どうすればいいのかわからない。


「クソ、ごめん、オスカー」

「いいから!逃げろ!」


 オスカーが怒気を込めて言い放った。でもそんなことできるわけない。

 2人は記憶も何もない、天上人として持つべき知識も魔法もない僕にやさしくしてくれた。

 イサークのいう通り、僕は出来損ないだ。ただ力が強いだけだ。この戦いで何の役にも立ててない。

 何のために生きてきたのか、何のために強くなろうとしたのか。

 人のため、何より二人のためだったから、ここで立たなきゃ生きてる意味なんてない!

 何もない僕の、たった二人の家族なんだ!


 心の底からイサークが憎い。

 人々を守ろうとする2人を、ただ自分の小さな自尊心を満たしたいがだけの下種な男に汚されていいわけがない!!


「なんだ?出来損ない。この俺と戦おうなど百年早い」


 クソ野郎の言葉なんて響かない。

 ただ殺す。

 この心の底から湧きあがる感情を、その心と体に刻んでやるぞ。

 手に持っている槍を構えなおし、クソ野郎に向けて駆け出した。


「ハッ!サルではなくイノシシだったか!」


 勢いそのままに突き出した槍をイサークは盾で難なく防ぎ、返す刀で剣を振り下ろしてくる。

 防御することなく、刃を寸前で躱す。顔のすぐ横を風切る刃が通り過ぎ、わずかに前髪が切れた。

 僕は今まで防御術について教わってきた。それは回避はもちろんだが、相手の攻撃を受けて流し、反撃するもの。

 まず受けてはいけないという敵相手には非常に相性が悪い。

 剣を受けただけで相手を行動不能にするイサークは、最悪の相手だ。

 でも僕は今まで、何も防御しか教わってこなかったわけじゃない。

 頭の中に、憎らしいきつい顔をした槍バカが一瞬浮かんだ。


「殺してやるぞ!クソ野郎!」


 剣を躱した直後、再び槍を奴の顔めがけて突き出す。

 芸がないとばかりにイサークはにやにや笑いながら再び盾で防ぐ。だがそれは読み通りだ。


「っ、なんだ?」


 イサークは槍を防いだ盾の感触に違和感を覚えた。

 当然だ。

 だって槍はすでに僕の手から離れていたのだから。

 突き出す初動をした瞬間に槍を手放した。イサークは慣性によって飛んでいっただけの何の脅威もない槍を防いだだけ。

 その瞬間、僕は手ぶらだ。

 即座に距離を詰めて、槍を防いだ盾をひっつかんでどかす。


「っ!?この!」


 盾をどかされ、露わになったイサークの顔は驚きに染まっていた。それだけでひどく愉快な気分に陥る。

 でもまだだ。

 振り下ろされようとした剣、それを握る手首をもう片方の手でひっつかむ。

 盾、そして手首と掴まれたイサークは攻撃の手段を失った。

 だが僕には足がある!


「はぁっ!!」


 剣を持っている腕を思いっきり蹴り上げる。手首をつかまれ固定されたことで、奴の腕から固い何かが折れた音がした。


「ぐっ、がああああ!!」


 イサークの叫びとともに、奴の剣が遠くに飛んでいく。


「おのれええええ!!!」

「っ!?チッ!!」


 イサークが叫びながら盾で殴り掛かろうとしてきたので、防ぐ手段のない僕は即座に後ろへ飛び退り距離を取る。


「貴様のような出来損ないのサルが!この俺に――」

「撃てうてぇえええ!!」


 直後、後方から幾人もの男たちの声が上がり、弓矢が僕の頭上を越えてイサークに襲い掛かった。


「フェデル!」


 そこには弓を構え、次々と矢を放つフェデルたちハンターの姿が。


「こざかしい!」


 しかし弓矢はイサークの持つ盾によってすべて防がれる。

 残念だがハンターたちの矢は届かない。

 でも十分だ。僕の手には、槍がある。肩の上に持っていき、体を弓のように引き絞る。


 やがてハンターたちの矢が尽きたのか、弓矢の雨が止む。

 攻撃がやんだことで、イサークが盾の構えを解いた。


「全員すぐにでも殺して――」


 その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 飛んでいった槍が、男の喉笛を貫き、その首をはるか後方へと吹き飛ばした。


「2人を貶めた。死んで償え」


 槍を投げた態勢のまま、そういった。

 

 もう聞こえてないだろうけど、死んでも殺したりないくらいだった。

 殺してもなお、湧きあがる黒い感情は収まらない。だがここで思い出した。


「そうだ、ソフィア!」


 振り返り、ソフィアがいるところに駆け寄った。

 ソフィアのいる場所にはアメリアとオスカーがいた。


 周囲の状況を確認すると、戦いの音は近くからは聞こえない。とはいえ戦線から遠いわけでもない。

 早く、ソフィアを助けて逃げなければならない。

 ソフィアのもとにつき、アメリアに容体を尋ねる。


「アメリア!ソフィアは!?助かるよね!?」


 きっと大丈夫、ソフィアは助かる!だって彼女は僕より強いんだから!

 だけど、僕のそんな希望を、アメリアは滂沱の涙を流しながら、首を振って否定した。


「……ウィリアム、ごめん」

「うそだろ……ソフィア!」


 ソフィアがあおむけに倒れている横にオスカーと2人で挟むように座る。

見ればアメリアは手を尽くしたのだろう、傷口には包帯や布が分厚く巻かれているが、すべて真っ赤に染まっている。

 傷が、深すぎる。

 まだ息があるのが不思議なくらいだ。

 見ればアメリアも白い光を帯びていて、神気を放っている。きっと彼女の加護がソフィアをなんとか持たせているんだ。でもそれも時間の問題だ。


「オ、スカー……ウィリ、アム……」

「ソフィア!」

「喋っちゃだめだよ!」


 うっすらとソフィアが目を開けてしゃべりだす。顔に血の気はなく、唇は青い。


「もう、いいの……それより二人にお礼、いってなかった」

「何言ってるのさ!あきらめないでよ!」

「アメリアが……助けてくれたの……でももう駄目よ」


 アメリアの神気が少しずつ弱くなっている。彼女の命を長らえさせるのにも限界があるんだ。そして、その限界は近い。

 僕も、そしてオスカーも涙で顔がぐちゃぐちゃになっている。

 視界がにじんでよく見えない。

 さっきとは違う、痛いほどの感情がのどまで上がって突き刺してきた。


「短剣とペンダント、ありがとう」

「そんなのこれからいくらでも買ってやるさ!だから……だから――」

「私からふたりに、も……贈り物……ウィリアム」


 彼女が僕の名前を呼び、血の気の失せた真っ白な手を上げようとしていたが、うまくあげられてない。手を添えて、彼女の手のぬくもりを感じたくて、額に押し抱く。


「あなたが、ずっと……欲しがっていたもの、あげる……これからも……変わらないで、ね」

「ソフィア……僕は何もいらないよ……君が生きてくれれば」

「ごめん、ね……これで我慢して……?」


 すると彼女の指が明るく光る。その光った指が僕の額に触れるとその瞬間に、脳に激痛が走った。多すぎる情報が頭に直接刻まれているような、僕はその痛みに必死に耐えようとするも耐え切れずに意識を失った。





 ウィリアムが意識を失い、倒れる。

 オスカーはその様子を見ていたが、ソフィアがウィリアムのために研究していた魔法を知っていたから、何も言わなかった。


「ソフィア、今のは……」

「ウィリアムに記憶を……そしてわた、しの記憶……も少しだけ」

「頼むよ……死なないでくれ。俺にはソフィアしかいないんだ。ソフィアがいなきゃ、生きてる意味なんてないんだよ……」


 オスカーの涙があふれ、ソフィアの顔に零れ落ちる。ソフィアがオスカーを慈しむように彼の顔に触れると、オスカーも自分の手を彼女の手に添える。


「オスカー……生きて。私の分も、生きて」


 かすれた声。それでも彼女の優しい声は、オスカーを勇気づける。

 オスカーは泣きながら、笑った。


「ソフィア、俺は……ずっとソフィアが好きだった。大好きだったよ」

「私も……オスカー。ずっと一緒に、いたかった。私たち、てん、じょびとは……みんなかぞ……くのように……思って、たわ」

「ああ、俺もだよ……ウィリアムは手がかからない弟だ」


 ソフィアが緩慢な動きで、倒れて意識を失ったウィリアムを見る。

 再びオスカーに目を戻して、そして力なく微笑む。


「そうね……わたし、のぶん、も……うぃり……むをお願い」

「ああ、任せろよ……そ、ふぃあ……だから安心しろよ……!」

「2人とも……あいし……て……」

「……ソフィア?」


 ソフィアの手から力が抜け、もう声は聞こえなくなった。

 オスカーはもう何も言ってくれないソフィアの手を握ったまま、静かに泣いた。

 ずっとソフィアを見守っていたアメリアは彼女の身体にすがるように嗚咽を漏らす。

 町からはもう、戦いの音は止み、悲しみだけが響いていた。





次回、「記憶の鍵」

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