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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
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第六話 不穏な動き



 後日、改めてルシウスから話を聞くこととなった。

 二度手間になってしまったが、とくに切羽詰まった状況でもないから大丈夫だと思いたい。


 ――しかし、大陸全体ではそうでもないようだ。


「最近になって急に悪魔たちの動きが影を潜めている。つい先日までは活発に各国を襲撃していた高位の悪魔も姿を消した。この間にアクセルベルクやユベール、レオエイダン、灼島は警戒しつつも休息をとっている状態だ」


 活発だった悪魔たちの急な沈静化。

 倒してもいない悪魔たちも姿を消したことで、各国は何かあると警戒しているようだ。


 事実、何かあるのだろう。

 そういえば、悪魔やレイゲンが言っていたが悪魔たちの王が降臨すると言っていた。

 もしかしたらそのときが来たのかもしれない。


 もしそうなら、これからまた大陸は未曽有の危機に陥ることになる。


「新たな悪魔の出現は確認されていないのか」

「起きていた異変と言えば、高位の悪魔が現れることくらいのようだ。一度倒したはずの悪魔も間隔をあけて再度出現するために対応に困っていた。一度戦っているために対抗策があり、大事には至っていない」

「まあ、そうだろうな」


 はじめて戦った高位の悪魔バラキエルが言っていた。

 自分たちは異界からやってきている。そして本体はいまだ異界にいて、こちらに送ってきているのは自らの力を押し込めた分身であると。

 異界にくるのも分身を作るのにも力が必要だと考えれば、多少の間隔はあくだろうが、本体が無事である以上何度でも現れるだろう。


「結局あいつらを打ち倒すには元を断たなければならないわけだ」

「だが元を断つといってもそれはどこにあるのか想像はつくのか?」

「さあ、でも心当たりなんて一つしかないだろう」


 滅んでしまった獣人の国。

 今は悪魔の根城となってしまった悪魔の国。

 大陸最北端に位置する獣王国アニクアディティ。


 灼島に住む獣人たちが住んでいた国を悪魔たちは拠点としており、南下してくる形で攻めてくることが多い。

 唐突に南方に悪魔が姿を現すこともあるためにかならずそこからとは言い切れない。でも傾向からしてアニクアディティに何かがある可能性は高い。


「各国は休息と言っているが、そのあとはどうするつもりなんだ」

「何分急に事態が動いたからいまだ対策中だ。現状維持をするつもりだったようだが、そこで我々がグラノリュースを落としたという報告をしたことで別の案が浮かんだようだ」

「別の案ね。現状維持じゃない方法といえば一つしかないな」

「そうだな」


 つまり敵本拠地への侵攻。

 今までずっと後手に回ってきた。

 ここで一気に攻勢に出て元を断つつもりなのだろう。


 今まで攻勢に回れなかったのは、グラノリュースが悪魔と手を組んでいるという噂があったからだ。

 これはデマだが、この世界は前の世界と違って情報の伝達がとても遅い。

 一度流れた情報、それも悪い情報を打ち消すのは途方もない時間がかかる。

 流れるときは一瞬なのに面倒なことこの上ない。

 悪い情報は伝えなきゃいけないと思う、善意からくる感情でやっているから仕方ないことではあるが。


 実際にはグラノリュースが悪魔と手を組んでいるという事実はない。

 だが一度その噂が流れたために、アクセルベルクを始めとした各国はアニクアデティを攻めている間にグラノリュースに後背を攻められることを考えて、アニクアデティ攻略に踏み切れなかった。


 でもこの悪魔が大人しくなったタイミングで俺たちがグラノリュースを落とした。


 それも想定以上の早さと被害の少なさで。

 そうなれば、この機と勢いをそのままに攻勢に出ようというのはごく自然なことだろう。


「ウィリアム殿、どう思う」

「悪くないタイミングだとは思う。実際悪魔の動きは不穏だ。王が降臨するという話もある以上、相手に時間を与えるわけにはいかない。すでに王がいるのであれば今は準備している段階、現状維持をしようなんて考えていたらあっという間に飲み込まれるだろう」

「しかし攻めに行って勝てるのだろうか。防衛の方が相手取りやすいというのは事実。悪魔が我らを誘っているともとれる」

「ありえなくはない、が可能性は低いだろう」

「なぜ?」


 指を三つ立てる。


「まず悪魔の性質だが、奴らは俺たちの殲滅を目的としている。理由は知らないがな」

「そうだな。会話のできる高位の悪魔たちは揃って口にしていることだ」


 指を一本畳む。


「そして奴らは死を恐れない。いや死ぬことがないといったほうがいいか。そんな奴らが防御なんて考える必要がない」

「そうかもしれないが誘因撃滅は有効な戦法だ。軍の勢いを削ぎ、その後で各国を攻めるのはあり得ると思うが」


 もう一本畳む。

 ルシウスのいうことももっともだ。だがそれはあくまで、ちゃんとこの世界で生きる人間だからこそ考えることなのだ。


「それはドワーフやエルフ、人間といったこの世界の人間だから取る手段だ。でも奴らは違う」


 一本だけ残った小指を折っていう。


「極端な話。奴らにとって大事なのは王1人だ」

「……どういうことだろうか」

「高位の悪魔以下、間隔に違いはあれど再度復活ができる。だが王は違う。そもそもこの世界に来ることが困難な存在なんだろ。だから滅多に現れない。そして、それはそれだけ高位の悪魔とは格が違う存在だと言える。言い方は悪いが、高位の悪魔相手に苦戦するような俺たち相手に防衛なんて考える必要がないのさ」

「それは王1人で我らを殲滅できるということか?」

「可能性はある」

「そんなバカな……」


 信じられないと唖然とするルシウスに、わかりやすく説明することにした。


「ルシウス、高位の悪魔は全部で何種類確認されているんだ?」

「全部で十数程度確認されているようだ。そのうち討伐できたのは6ほど。どれも復活したが」

「その高位の悪魔すべてを相手にしてもなお圧倒するような存在だと思ったほうがいい」

「なんと……」


 どうしてこんなことがいえるのか。

 参考までに中位と高位の悪魔の差を考えて見ればいい。

 中位の悪魔が何体いても高位の悪魔一体に勝てないだろう。

 100対1でも怪しい。

 それでも百歩譲って100対1で勝てるとしても、高位と王位の悪魔はそれと同じくらい。どんなに低く見積もっても10対1で勝てないなんてことはない。


 そうでなければ、竜人以上に戦闘の力だけですべてが決まる悪魔を率いるなんて不可能だろうから。


「つまり奴らにとって俺たちは王1人いれば殲滅できる程度でしかないのさ。それでも今みたいに悪魔を大人しくさせるということは、連中は時間かけずにとっとと終わらせたい、全軍で攻めたいだけなのさ。防衛なんて王が魔法1つ放てば終わるからな」

「……ウィリアム殿でも勝てないのだろうか」

「さあ、戦ってみないことにはなんとも。厳しいだろうけどな」


 正直戦う気はない。

 この世界のことはこの世界の人間に任せるべきだ。

 それにすでに俺は飛行船の開発で十分に貢献した。


 今頃は宰相あたりが飛行船を大量の予算を動かして量産している頃だろう。大した数は作れていないかもしれないが、一隻でも十分すぎるほどの戦力だ。


 だから、あとは任せて俺はとっとと元の世界に帰るつもりだ。


「まあ、こればかりは上の連中に任せるさ。俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」

「こんな状況でも冷静なあなたは頼もしいな」

「単に考えていないのさ。それで報告はこれだけか?」

「ああ、もう一つある。これは悪魔の動き以上に予測ができないことなのだが」


 ルシウスが向かい合う俺に手招きをする。

 顔を近づけると、他に誰もいない部屋にもかかわらず耳打ちでも聞こえないほどの声で言った。


「灼島に眠るとされていた伝説の竜が目覚めたというのだ」

「……なんだそれは?」


 聞いたことのない話に、思わず顔をしかめる。

 ルシウスはもとの態勢に戻り、通常の声量で話す。


「これは私よりもジュウゾウの方が詳しいだろう。聞いた話では、灼島にいくつもある火山のうち、最も大きい鬼竜山の祠に施されていた封印が解かれていたそうだ。後には巨大な何かが這い出た跡が残されていたらしい」

「封印? それが竜だっていうのか」

「足跡や大きさから伝説に伝わる古竜だと結果が出た。跡地には貴殿の仮面の元になったものもあったそうだ」


 俺の仮面の元、つまり竜麟か。

 竜麟を加工して作られたからこの仮面は竜を模しているのだが、そんなものが落ちているのであれば確かに竜なのだろう。


 でも謎が多い。

 どうして今、目覚めた?


 灼島に詳しい人物を交えたほうが良さそうだ。ルシウスは思うところはあるだろうが我慢してもらおう。


 部屋にあるチャイムを鳴らす。

 このチャイムは近くの部屋に繋がっており、そこで待機している職員がやってくる。彼らに用件を伝えればその通りに動いてくれるのだ。


 今みたいにジュウゾウを呼べ、と伝えれば何も言わずにやってくれる。

 そのままルシウスからいくらか報告を聞きながら時間を潰していると、ジュウゾウがやってきた。


「これはこれは団長殿! このジュウゾウをお呼びか!?」


 部屋の外にも響きそうな声量を放つは、2メートルはありそうな体躯に竜のようにねじくれた角を二本額から生やした男。


「ああ、呼んだよ。いくらか聞きたいことがあってな」

「俺に答えられることならいくらでも! ん? 軟弱なエルフも一緒とは何事かな」

「我らエルフを軟弱とは、筋肉でしか考えられない原子生物は見る目がないようだ」


 マシになったと思ったが、相変わらずこの二人は顔を突き合わせるたびに喧嘩するな。

 

 エルフと竜人は隣国同士でずっと争っているから仲が悪い。

 この特務師団は全種族がいるが、唯一仲が悪いのが竜人とエルフだ。


 エルフとドワーフじゃないんかいと前の世界の知識をもつ俺は思ってしまうが、この世界ではエルフとドワーフは生活圏がまったく違う。

 仲が悪い以前に関わらなかったのだろう。


 まあ、ここではお互いの生活とか文化が異なるために衝突することはあるが、それでも竜人ほどではない。

 種族間の問題はともかく、先ほどの竜の話をすると、ジュウゾウは珍しく悩むそぶりを見せた。


「鬼竜山の祠。灼島の中でもかなりはずれにある大きな火山だな」

「どういったところなんだ」

「実を言うとはっきりと把握することができていないのだ。危険すぎるからな」


 なんでも鬼竜山は灼島の中でも最も活動が盛んな山らしい。

 そこかしこで噴気が発生し、時折マグマが吹き出しているのだそう。

 そのため近づくことができずに竜人たちですら鬼竜山から遠く離れた土地で暮らしている。


「火山を鎮めるためにはるか昔に祠が建てられたと聞いている。だが何分俺はこういった伝承には疎くてな! 何をどう封印しているのか知らんのだ!」

「胸張っていうことじゃねぇだろうよ」


 堂々とわからないというジュウゾウに半ば呆れの目を向ける。

 横では腕を組みながらやはりな、と勝ち誇った顔のルシウス。


「ふっ、やはり竜人は知性に欠けるようだ。自分たちの祖先のことも知らないとは祖霊たちが泣いていることだろう」

「神経質なエルフと違い、忘れられた程度で怒りだすほど我ら竜人の祖霊は狭量ではないのでな!」


 途端に始まるにらみ合い。


 ことあるごとにいがみ合わないでくれ。

 話が進まないから。

 この戦いで多少なりとも仲良くなったエルフと竜人の姿がいくらか見られたが、この2人の和解は遠そうだ。


「この祠が破壊されて竜が出てきたというが、これまで前兆のようなものはなかったのか?」

「ふむ。今にして思えばあれが竜の息吹だったのかもしれん」

「というと?」

「灼島では数年から数十年に一度、大きな地響きと噴火が起こる。それだけならばただの火山活動と考えられたが、火山などない地面から時折白い炎が噴き出すことがあったのだ」


 危険にも程がある。火山活動に詳しいわけではないが、火山から離れた場所にいる竜人たちの足元から炎が噴き出すなんて普通じゃない。


「幸い吹き出す際には地面が揺れ、地割れが起きてから少し経って吹き出すために怪我をするものはいない。むしろその炎を使って鍛えられた刀は強固かつ不思議な妖刀になることが多く、吉兆とさえ言われてきた」

「そりゃなんともまあ、たくましいこって」


 戦闘のことしか頭にない竜人らしい。

 普通なら天変地異で吉兆どころか災いの前触れと認識しそうだ。


 だがこれは明らかに竜の仕業だろう。

 魔法があるこの世界では、白い炎なんてものもあり得るのかもしれないが、ジュウゾウの話し方からするに普通の火山活動とは違うはずだ。


 だから、これは竜の仕業だと考えるべきか。


 問題は、起きだした後、姿を消した竜が何をしようとしているのか。


「灼島からグラノリュースまでは距離がある。こっちに来ることはないと思うが一応頭に入れておこう」

「なに! 我らにかかれば古竜といえど相手になるまい! なあウィリアム団長殿!」

「そうだな。ジュウゾウにたっぷり毒を仕込んで食わせれば勝てるな」

「はっはっは、それは面白いが遠慮したいな! ……本当だぞ? 冗談であるな?」

「……」


 古竜か。

 どんなものかほとんど情報がない。

 強さなんてわかるわけもない。

 まあ地理的に考えれば、ここに来るまでにアクセルベルクやユベールが対応するだろう。


 よしんばここまで来るにしても何かしら情報は入ってくるはずだ。


 竜と戦うときに俺がいるかはわからないが、ここにいる連中にいなくなったあとに死んでほしいとも思わない。


 できるだけ戦えるように最低でも逃げられる程度の準備ぐらいはしておこう。




次回、「ずっと会いたかった人」

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