第五話 ぜってー嫌だ
旗艦の廊下で騒ぎ出したウィリアムたちのもとに、また新たな一団がやってくる。
「なんかおおきな声が聞こえるよー?」
「ここまで来たらボクにも聞こえるね。団長の声だ」
「なんでもいいから行きましょうよ。お昼の時間だし」
「ウィルベルさん、あそこは食堂じゃないんですよ」
女性陣だった。
ウィルベル、アイリス、アグニータ、エスリリの4人。
4人は暴れている3人を見て、落ち着いているヴェルナーたちに話しかける。
「どういう状況なのかな?」
「知らねぇ、なんか団長が暴れてんだよ。理由を聞こうにも怒りまくって話にならねぇ」
「ウィリアムさんが怒るなんて普通じゃないですね。普段はとても穏やかなのに」
「穏やかにおかしい人ですからね。今日は激しく頭がおかしい人の日です」
「男の人にもおかしくなる日があるんだねぇー」
「エスリリ、あまりそういうことは言わないほうがいいわ……」
新しくやってきた女性陣がウィリアムに近付く。
普段一緒に仕事をしているアグニータがウィリアムに近付いて、できるだけ落ち着くように穏やかな声で話しかける。
「ウィリアムさん、落ち着いてください。何があったんですか?」
「それはもうふざけた話が……ひっ」
「え?」
アグニータを見たウィリアムは一瞬ひるむ。
今まで見たことのない反応にアグニータは戸惑う。
「いや、なんでもない。アグニ、この国の女王になろう。そうだそれがいい! 思えば王女なんだから十分イケる! よし、これで俺がここにいる理由はなくなる! お疲れっした!」
「それはできない! それではレオエイダンが治めることと同義になって各国が納得しない!」
「知るかそんなもん! 各国が納得しなくても俺が納得する!」
普段の冷静さの欠片もないウィリアムとルシウスを見て、さらにアグニータは眉を顰める。
埒が明かないと、次にアイリスがウィリアムに尋ねる。
「団長、ウィル。落ち着かないと兵士たちが混乱しちゃうよ。司令官なんだから落ち着かないと」
なおもウィリアムはルシウスを引きずったまま、肩を鳴らして進む。
「いや今日から司令官は俺じゃない。今日からただの一般人だ。次の指揮官はお前らで決めろ。じゃあな」
「ちょちょっと、どういうこと!?」
「お前ら誰もついて来るなよ。あ、エスリリだけはついてきていいぞ」
「やったー!」
「ちょっとウィリアムさん、どういうことですか!?」
周囲の人間を押しのけて進もうとするウィリアムを誰もが止めようとするが、力が強い聖人であるウィリアムを止めることができないでいた。
しかし、そんな中――
「ほあちょっ!」
ウィルベルが足を払う。
「んがっ!」
視野が狭まっていたウィリアムは思わぬ攻撃に受け身をとることができずに、地面に顔をしたたかに打ち付ける。
倒れたウィリアムの頭近くにウィルベルはしゃがみ、威圧する。
「ねぇ、あたしお腹空いたんだけど」
「え、ああ、もうそんな時間か。パンが部屋にあるから適当に食え」
「そ、ならいいわ」
「いや良くないよ、どうしてこんなに騒いでるのさ」
用は済んだとばかりにウィルベルは立ち上がるも、アイリスが止める。
ウィルベルとのやり取りで少し落ち着いたウィリアムに、アグニータたちが駆け寄る。
「そうですよ、いつものウィリアムさんらしくないですよ」
「なんでそんなに怒ってるのよ。嫌なことがあったなら聞いてあげるわよ」
女性陣が畳みかけるように問うと、ウィリアムは地の底から這い上がるような低い声を出す。
「この国の王になるなんて絶対に嫌だ! 故郷に帰るっつってんのに引き留められるなら軍なんて抜ける!」
「ウィリアム殿が国王になれば各国は1つになり平和につながる! 大陸が一つになれば悪魔に対抗することだって!」
「そんなもんで一つになる大陸は滅んじまえ!」
倒れながらもなおルシウスと口論を繰り広げる2人を尻目に、周囲の人間は口々に意見を述べる。
「団長が王か。まあなくはねぇよな」
「一軍人ですが、功績や実力を考えれば一国を与えられるのは不自然ではないですね。まあ少しばかり大きすぎる気もしなくはないですが」
「でもそれはいいことじゃないか。どうしてこんなに嫌がってるんだろうか?」
ウィルベルが呆れながら言った。
「王になってすぐに退位すればいいじゃない。今すぐ帰るわけじゃないって言ってたしそれくらいいいじゃない」
「それだけならいくらでもごまかしは利くよ。なんなら影武者立てるとかできなくもないしね」
「あまりいい顔はされませんけどね……」
そんな女性陣の声を、ウィリアムは床を強く叩いて反論する。
「そうじゃないんだよ! それも嫌だがそれ以上にいやなのは――」
心底嫌そうな声で叫ぶ。
「何人もの女と婚姻を結ばされるなんて絶対にいやだッッ!!」
その言葉を告げた瞬間、周囲は一気に静かになった。
あまりの空気の変化に、ずっとウィリアムの腰に引っ付いていたルシウスは我に返る。
「さ、寒い……空気が冷えて……ぁッ!」
周囲を見渡し、寒気の理由を察したルシウスが息を飲む。
未だ気づかないウィリアムは、なおも氷に塩をかけ続ける。
「王族との婚姻なんて碌なもんじゃないぞ。ただでさえいやなのに、複数とか地獄だ!」
――バキッ。
「……え?」
ウィリアムの顔のすぐ横の床が割れる。
顔を上げて、そこでようやく周囲が静まり返った理由を知る。
「えっと、お前らどうした? なんかこわいぞ」
そこに女性三人が暗い笑みを浮かべてウィリアムを見下ろしていた。
たらりと、冷や汗が流れる。
「ウィル、いいえウィリアム。ちょっとお部屋に戻りましょう?」
「ええ、聞きたいことがたくさんあるんですよ」
「たまにはゆっくり話をしたいと思っていたしね?」
女性3人+よくわかっていないエスリリが協力してウィリアムをもとの部屋に連れていく。
両脇を固められ、抵抗むなしく連行され、一転して情けない悲鳴を上げる。
「いや、俺に話すことなんかない。このあとは行くところが、あああ!! ヴェルナー! ライナー! 助けろ!」
「無理だな」
「軍人をやめるのであれば従う理由はありませんので」
「薄情者! お前ら! 始末書書かせてやるからな!」
そう叫びながらウィリアムは自らの執務室に連行されていった。
残ったヴェルナーとライナー、シャルロッテは揃って溜息を吐く。
「アホらし、仕事もどるか」
「報告は後にしましょうか」
「とりあえず誤解した兵士たちに説明しに行こう」
「アホみてぇな理由を説明しなきゃいけねぇ時点で十分罰だよな」
誤解して戦闘準備を始めている兵士たちを落ち着かせるために、3人はその場を後にした。
◆
なんでだ? なんでこうなったんだ?
俺師団長だよな、少将だよな。
なんで一番偉いのに正座させられてるんだ?
あれ、デジャヴ?
「団長、言い訳は?」
アイリスのこの言葉も二回目だ。
「言い訳だらけだ。というかなんで怒ってるんだよ。当然のことを言ってるだけじゃないか」
「そうですか、そんなに私との婚姻は嫌ですか。何も知らないのにフラれた気分です。それもあんなに大勢の人の前で」
「……あっ」
「エスリリは一緒でもいいっていったよね。もしかしてエスリリと駆け落ちでもする気だったのかな? 面倒ごとはボクたちに押し付けて?」
ちょっと頭に血が上ったか。
思わずいらんことを言ってしまった。
エスリリはついてきていいって言ったのは、彼女が俺の中でペット枠だからだ。
今後一緒にいても深い仲になる予感がしないからいいと思っていた。
多少良くないことは言ったかもしれないが、こんなに怒ることだろうか。
助けを求めようにもベルはソファに座って紅茶を飲んでるし、エスリリはお菓子をつまんでいる。
「そうはいうけど各国の王族と婚姻なんて実際に冗談じゃない。一夫多妻なんてお断りだ」
丁寧に嫌な理由を説明したら理解してもらえると思って説明する。
一夫多妻なんて嫌な予感しかしない。
予感というか確信、というかやっぱり嫌だ。
女性陣だってそうだろう。
……と思ったのに、アグニとアイリスはそうでもないようだ。
「一夫多妻なんて普通じゃないですか?」
「そうですよね。女性としては思うところはありますけど、男性は喜ぶと思っていました」
「男の人ってみんなハーレムが好きなのかと。王は側室をとることを推奨されますから大抵の男性はなりたがるものですよ」
「アクセルベルクの王政は少し特殊ですから、そこまで側室を求められることはないですけどね。それでも子供を増やすために名家は愛人を持つことを許されてますし」
あれ、俺がおかしいのか?
アグニもアイリスも一夫多妻に否定的じゃない。すごく違和感がある。
普通女性は男が浮気やら不倫やらしたら、髪を振り乱し包丁持って殺しにくると思っていた。
でもそれならなおさらなんで怒ってるんだ。
「2人とも変わってるわね。あたしは複数の女性を囲むような男はいやよ」
ベルがソファの上からそういった。
声色は普段の明るい声より数段冷たい印象を受ける。
俺に怒ってるのかなんなのかわかりづらい。
腹が減ったから気が立ってるのだろうか。
もう足がしびれてきたので立ち上がる。
「どうして立ってるんですか」
「俺は悪くないからだ。ベルが言ってくれたように一夫多妻なんて認めたくない」
「それが理由で怒ってるわけじゃないんだよ」
「じゃあなんで」
「自分で考えて」
「拒否する」
立ち上がり、仕事をするための椅子に座る。
団長の椅子だけあってふかふかで座り心地がいい。痺れた足が癒えていく。
椅子に座ってくつろぐ俺に、アグニとアイリスは呆れたような目でしばらく見つめていたが諦めたのか、話題を変えた。
「そういえばウィルベルはどこの国出身? 銀髪といえば北方だけど、団長と会ったのはここだったんだよね」
「そうよ。でもあたしはグラノリュースの人間じゃないし、北部の人間でもないわ。まあ辺境ではあるけどね」
「それは具体的にはどこなんですか?」
「さあ、どこかしらね」
はぐらかすベル。
答える気はないと察したのか、2人は深く聞くことはなかった。
「とにかくもういいだろ。さっきも言ったが一夫多妻なんてお断りだ。王になるのも断る」
「どうしてそんなに嫌がるんですか?」
「もともと軍人になったのは故郷に帰るっていう目的を叶えるためだ。それなのに王になったらしがらみが増えて帰れなくなる。婚姻も同様だ。一夫多妻が嫌なのは、故郷じゃありえなかったし、同時に何人も愛せるほど器用じゃないんだよ」
手をひらひら振って追い出そうとするも、まだ何か気になるご様子で。
「ウィルの故郷も一夫多妻じゃないのか。ねぇ、聞くけど2人は本当にここで初めて会ったんだよね。同郷とかじゃないんだよね」
「違う」「違うわよ」
ベルと声がハモる。
これでこの話は終わりだ。
そういえばルシウスはどこに行った。
ついカッとなって暴れてしまったが、まだ聞きたいことがあったんだ。
「ほら、もういいだろ。とっとと仕事に戻れ」
そういうとアイリスとエスリリは部屋を出ていった。
アグニはここで仕事があるからいいが、ベルはなんだ。
ああ、飯か。
「終わったならごはんにしましょうよ。ウィルが変なことするからお昼が遅くなっちゃったじゃない」
「悪かったよ。というかお前も怒ってたけど、なんで怒ってたんだよ」
「別に怒ってない」
明らかに不機嫌じゃないか。
まあ下手に突いて悪化させても面白くないし素直にごはんにするとしよう。
それに彼女の故郷について気になることもあるしな。
次回、「不穏な動き」