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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
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第四話 本国からの知らせ



 神器の処理の仕方を決めた日から、また数日経ち、ようやく本国からの連絡便がやってきた。


 この連絡便に使われている飛行船は今回の戦争で使われたものとは異なり、ひたすら速さを追求したものだ。

 防御力も火力もない分、軽量かつ速度が出る上に積載量が増加した。

 そのために安全圏内での輸送か移動手段にしか使われない。国内で使う分には他形式よりもコストが安いし、換装すれば他の用途に使うこともできる。


 そんな高速艦に乗って本国との連絡役を引き受けてくれたのは、金髪で高身長エルフのルシウスだ。


「よく戻ったな。向こうはどうなってた?」

「慌ただしいことこの上なかったよ。こんな短期間で成果をあげるなど誰も思わなかったようだ。南方の将軍であるディアーク・レン・アインハード中将ですら驚いていたよ」


 仕事部屋に入ってきて、淹れた紅茶を飲んで口を潤しながら、ルシウスは言った。

 その内容に俺も茶を飲みながら苦笑する。


「そりゃそうだ。俺ですらびっくりだ。それで指示は?」

「人手を送るから、取り急ぎアクセルベルクとの連絡が今後も取れる施設もしくは町を建造しろとのことだ。下層はおろか中層の町もどこもボロボロだから新設しろとのことだ」

「町一つを? どんだけ時間と金がかかると思ってんだ」

「既存の町に追加する形でもいいそうだ。求めているのは飛行船の離発着場、軍を受け入れられる基地、そして統治機構だそうだ」


 顔をしかめる。

 ずいぶんといろいろな仕事を押し付けてくれる。


 飛行船の離発着場だが、飛行船は滑走路を必要としない。

 だから土地が余ってさえいれば離発着場なんて必要ない。それでも求めてくるということは、今後この地に新たな拠点を築こうというのだろう。


 もちろんそれはわかる。

 でもそれは軍隊じゃなくて、ちゃんとした建築系の人間をよこしてほしい。


 だがそれ以上に統治機構?

 壊したんですけど?

 王政を木端微塵に王を殺して。


 新たな統治機構を据えるのには大量の時間と政治やその土地に詳しい人間が必要になる。


 そんな時間も人材も手元にはないぞ。

 現状の復興作業と治安維持ですら手一杯なのに。


「統治ねぇ。誰かこの国を治めたい人いる? そいつを探して丸投げしたい」


 投げやりにそう言った。

 といっても統治するやつなんて、しばらくしたらアクセルベルク本国から送られてくるんだから、最初から全部そいつにやってもらいたいな。


「ウィリアム殿がいる時点で誰も手を挙げるなんてことはしないと思うが。どこの国も貴殿が治めるということで考えが一致しているぞ」


 ……なんて?


「嘘だろ? なんでどこの国も欲しがらないんだよ。資源豊かじゃないか」

「レオエイダンとユベールはそもそも飛び地。もらったところで統治はできない。それなら協力した証としてアクセルベルクに利権を求めたほうが良いと判断したようだ。アクセルベルクはグラノリュースを取り、それにより得た利益を恒久的に他国に還元するとな」

「それはわかるが……なんで俺? 他に政治やらなにやらに詳しい人間がいるだろう」


 そもそも俺は故郷に帰るためと何度も言っている。この戦いが終わったら元の世界に帰るんだから、ここにいられない。


 当然この国を治めるなんて能力的にも事情的にも不可能だ。


 だがルシウスは、何を言ってるんだこの仮面野郎は、頭湧いてんのか、とでも言いたげな目で肩をすくめた。

 仕草一つ一つがゆっくりで落ち着きのある優雅さを持っているからなんか腹立つ。


「この国に一番詳しいアクセルベルク軍人は貴殿しかいないだろう。階級的にも軍人が領地を治める体制をもっているアクセルベルクでは、さほど不自然ではないのではないかな」

「いや、でも俺はこの戦いが終わった後に故郷に帰るってディアークに伝えていたんだが……」

「そのことを理解したうえで言っているのだろう。この国を貴殿に任せることはいろいろな思惑が重なった結果だ。ある意味必然といえる」

「どういうことだ」


 ルシウスは1つずつ説明してくれた。


 まず一つは、階級と実力的にアクセルベルクの東西南北4領に匹敵するどころか上回る国土を持つグラノリュースを治めることができる人材がいないこと。


 通例では、少将以上の将軍が治めることが決まっているのだが、現状の少将以上の階級で実力がもっとも抜きんでているのは俺だそう。


 さらにいえば、今回の戦いの功績で階級が上がるそうだ。

 具体的にどうなるかは現在検討中らしいが最低でも中将だ。どこかしらの領地を持たないと示しがつかないらしい。


 将軍の席が未だ空いている東部を治めるという案も出たようだが、グラノリュースに精通している唯一の人材という事情が後押しして、グラノリュース天上国を治めるということで落ち着いた。


 うん、まあ俺を推す背景は理解したよ?


 いや、でもさぁ……。


「そもそも軍人が領地を治めるっていうのがおかしいよな」


 結局これに尽きる。

 だが、アクセルベルク出身ではないルシウスですら、このことに違和感は抱かないらしい。


「そうだろうか? アクセルベルクは悪魔との戦いの最前線を担う国。どこの領でも統治するうえで一番に考えなければならないのは軍備だ。それならば軍人が統治したほうがいざというとき迅速に動くことができて合理的だと思うが」

「政治と軍が絡むとろくなことがない。今は悪魔って共通の敵がいるからいいが、それがいなくなったら、その領の発展を目指して他の土地を侵略しかねない。軍人が頭に立てば、真っ先に思い浮かぶ利益の求め方は相手を屈服させることだ」

「そう俯瞰して考えることができるウィリアム殿は十分に国を治める器であると思える。兵を愛し、家族を愛することのできる知恵ある王なら誰もがついていくだろう」


 ルシウスもレゴラウスも、エルフは恥ずかしいセリフを臆面もなく言うから困る。


「王なんて柄じゃない。やめてほしいな。それで他の理由ってのは?」


 他に俺がこの国を治めなければならない理由。

 それはさっきも言ったがこの国の土地勘があるということ。

 文化や政治、統治機構を理解している唯一の人材だからだ。


 そんなもの、学べばすぐにわかるだろうと思ったがルシウス曰く、


「聞いて知るのと実際に見て理解したのでは全く違う」


 とのこと。

 まあ確かにこの国の上層中層下層と全部まわっているのは俺だけだし、城で軍に関して理解しているのも確かだ。


「そして最後。これはアクセルベルクだけではなくレオエイダン、我が国ユベールの今後について重要な理由からだ」


 次に放たれたルシウスの言葉は、心の底で一番恐れていたことで。



 それが現実となったことに俺は叫び、逃げ出した。




 ◆




 アクセルベルク軍特務師団の司令部である旗艦ヘルデスビシュツァーの艦内に男の声が響き渡る。


「俺は軍を抜ける! 今すぐに! 絶対だ! 阻むものはぶちのめす!」


 仮面をつけたその男は、あごの動きと連動する仮面の口が開くほどの大口開けながら叫ぶ。

 その内容は、彼の立場からすればグラノリュースに駐留している軍全体を揺るがすほどのものだった。


 そんな彼の腰に縋りついて止めようとしているのは一人のエルフ。

 煌めくような金髪を背中まで流した眉目秀麗なルシウスだ。


「離せルシウス! 俺は絶対に嫌だ! 認めない! やっぱりこの世界はくそったれだ! 今すぐ帰る。事後処理なんて知ったことか!」

「落ち着いてくれウィリアム殿! 何も今すぐの話ではない! それにこの話が進めば大陸が完全に一つになることもあり得る! 貴殿はその核となるのだぞ!」

「誰も望んでねぇ! 大陸の平和以前に俺の平和がなくなる! やっと目的が果たせたと思ったのにこんな形で阻まれるとは! いままで全力で協力してきたのにこんな手のひらを返されるなら、全部ぶっ壊して軍を抜けてやる!」


 背の高いルシウスが全体重をかけて止めようとしても、ウィリアムはそれ以上の力で艦内の廊下を進んでいく。


 端正な顔にだらだらと汗を流し荒い息を吐きながら、ルシウスはなおも彼を説得する。


「これは各国からの精一杯の感謝の気持ちだ! 嫌がらせでやっているわけではない!」

「嘘だね! そんなこといって俺をこの世界に引き留めるために決まってる! 余計なしがらみだらけにして帰らせないようにしてるんだ!」

「……い、いや。そんなことは――」

「ほらみろォ!」


 船を震わすほどの大音量で会話する2人。

 かたや兵站や物資の輸送を取り仕切る輜重兵連隊長であり、かたや正真正銘師団のトップ。


 そんな2人が大声で騒ぎだせば、周囲に人が集まり、取り乱すのも当然だった。


「おい、団長とルシウス連隊長が言い争いをしているぞ!」

「ルシウス様は本日帰還されたばかりのはず。それがこうなっているということは本国から良くない知らせが!」

「なんということだ! 団長が軍を抜けてまで向かおうとするなんて、よほどのことに違いない!」

「戦闘準備だ! 団長の意に答えるぞ!」

『おー!』


 騒いで周りが見えていない2人は、周囲の兵士たちが誤解して戦闘準備に移ろうとしていることにきづかない。


「団長は大陸の英雄だ! 大陸の平和を乱すものが訪れたために、ここを放棄して向かおうとしているのだ!」

「ならば俺たちも向かおう! あの人は俺の友にも手を合わせて泣いてくれたんだ! ここで恩を返さなければ末代までの恥!」

「お前ら! 武器を持て! エンジンに火をつけろ! すぐに出るぞ!」


 暴走する感情と独り歩きした噂をもとに、ウィリアムが動けないなら自分たちが動こうと、兵士たちは命令が下されていないにもかかわらず、準備し始める。


 そんな騒ぎの中、数人の男女が姿を現した。


「んだァこの騒ぎは。団長の声だがなんかあったんかよ」

「物々しいですね。戦闘があるなんて聞いていませんが」

「とにかく団長の下へ行こう。何か一大事かもしれない」


 ヴェルナー、ライナー、シャルロッテの3人。

 ウィリアムをよく知る三人は、騒ぎながら出ていく兵士たちの波に逆らって波の発生源へ向かった。


 そこで仮面をつけ、軍を抜けると叫ぶウィリアムと、それを抱き着くようにして止める優雅さの欠片もないルシウスを見つける。


 明らかな異変に、シャルロッテが目を剥き駆け寄る。


「団長、何があったんですか!?」

「シャルロッテ! お前に仕事を与える!」

「は、はい!」


 シャルロッテの声に反応したウィリアムに真剣な声に、条件反射で姿勢を正す。


「この国を治めろ! 女王にでもなれ! いくら男を囲ってもいいぞ! 欲しいものもなんでもやろう! 俺の代わりにこの団を率いて国を治めろ!」

「はっ、ええええええええっっ!!」


 驚愕の声が響き渡る。

 横にいたヴェルナーとライナーがあまりの声量に耳を抑える。


「うるせぇな」

「品がない叫びですね」


 ぐわんぐわんと揺れる頭を抑えながら2人は文句を口にする。


「なんでシャルロッテに国を任せるんだよ。女王なんか明らかに器じゃねぇだろうよ」

「そうですね。精々女王の傍付きでわがままに振り回されるのが関の山ですよ」

「ひどいぞ2人とも! 私だって頑張れば国を治めることも、できなくは……ない、かも」


 言葉尻がしぼんでいく彼女に、男2人はニヤリと笑う。


「明らかに無理だろうがよ、それともなにか? 男を囲めるから頑張るんかよ。この変態が」

「最悪ですね。シャルロッテが男狂いとは知りませんでした。これからは距離をとることにしましょう。襲われては敵わないので」

「うわー! 団長、ごめんなさい私には無理です!」


 ウィリアムとルシウスに加え、シャルロッテの叫びも加わったことで状況はさらに混沌の一途をたどる。


「馬鹿なこと言ってねぇで何があったんだよ。ルシウスさんよぉ」

「それが――」

「認めない。絶対に認めないぞ!」


 ルシウスが説明しようとするも、その説明の言葉すら認めたくないとばかりに頭に血が上ったウィリアムが阻む。


 またしばらく騒ぎ始める5人の下にまた別の集団が近づいてくる。




次回、「ぜってー嫌だ」

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