第三話 あらぬ疑い
結局剣の銘は決まらず、その後は何人かこの部屋にやってきた。
ヴェルナー、ライナー、シャルロッテ、アイリスにヴァルドロ、エスリリなんかもやってきたが、誰もクララはおろかリカルドの声も聞こえなかった。
あと残ってるのは1人だけ。
もうそろそろ仕事を終えて、やってくる時間のはずだ。
「ただいまー! お腹空いた、パン!」
ほら来た。
食いしん坊の金食い虫。
銀髪の爆発魔女がノックもせずに今日も来た。
「おかえり。でもノックくらいしろよ。着替えてたらどうすんだ」
「いままで一度も着替えてたことないじゃない。見たところで特に何も思わないわよ」
「そうか、なら次から服を抜いで仕事をしてやろう」
「あの、私が気まずいんでやめてください」
ベルはこの国の各地で出没する魔物や悪魔の討伐をしてもらっている。
彼女は箒で人より速く移動できるし、1人でも強いからとても助かっている。
その代わりといってはなんだが、いつも朝早くにこの部屋に寄って置いてあるパンを朝昼用にもっていく。
そのときはまだ俺はこの部屋にいないことが多いから、この部屋の鍵を渡してしまった。
彼女にとってこの部屋はもはや食堂だ。
晩には俺たちの分も料理をしてくれるので、今となっては咎めることもない。
ノックをしないことだけは不満だけどな。
席を立って食事の準備をする。
今日の献立はグラタンのような卵やチーズを具材の上に乗せて焼いたものだった。手間がかかりそうだと思ったが、事前に仕込んでいたらしくすぐにできた。
大雑把なように見えて変なところでちゃんとしているやつだ。
食事とか挨拶とかの仕草がどこか品があるから、実はいいところのお嬢様なのかと思ったことが何度もある。
魔法使いだから名家なのだろうか。
大雑把なのは単に彼女の性格のせいだろうが、動作のせいでどうにもギャップがあるように思える。
魔法と料理以外はてんでダメじゃなければモテるんだろうな。
「なんか失礼なこと思ってない?」
「まさか」
「嘘よ、絶対変なこと考えてる顔してたもの」
「どんな顔だよ」
「そんな顔」
食事の準備を手伝う間の会話。
俺はそんなに顔に出やすいだろうか。
今も含め、最近は仮面を外しているがやっぱりつけようかな。
「あ、ウィリアムさん仮面をするのはだめです。もうすぐごはんなんですから」
「仮面したままでも食える」
「あたしの料理は直視できないっていいたいのかしら? それならアグニと2人でわけるわ。ねー」
「ねー」
女子高生かおまえら。
ねー、じゃない。
機嫌を損ねても面白くないので仮面をつけるのは我慢する。
そのあとはいたって和やかに時間は流れた。
最近は3人で食事をとることが増えて、なんとなく味付けとか好みが似てきた気がする。
食事を終えて一休みしているところで、ベルに神器について話をした。
案の定、彼女も不思議そうに神器を撫でまわす。
「意識がある神器、ねぇ。それも最古の神器ってことは古いほど、意識が芽生えるのかしら」
「どうだろうな。他の神器も中には数百年経っているものもあったが、特に何も感じなかった。単に2人の意志が強いからかもしれないな」
「ふーん、ま、それは考えるのが得意な人に任せるわ。これがその神器?」
ベルが橙色のリカルドを抜く。
剣は重いから非力な彼女はなんだか危なっかしい。
剣をわずかに鞘から抜いたところで、わっと声を出して驚き、落とす。
『いてぇ!』
「な、なんか来た! なんか声がした! お、おばけ!?」
「神器だっていっただろ」
「こんな叫び声みたいな感じで語り掛けられるなんて思わなかったよ!」
声がはっきり聞こえない時はほんのわずかにしか聞こえない。
防音の部屋の中から人が大声で叫んでいるような感じだ。
内容はわからないけど、必死な印象を受けて怖いという気持ちはわかる。
まあ、実際にリカルドは叫んでいたんだが。
『おい! この子は! 名前は何て言うんだ! そこの変な仮面を被った奴!』
落ちた剣を拾えば伝わってくるリカルドの興奮した声。
彼もグラノリュースと同じように、ベルを見て何やら興奮しているのだ。
本当にベルは何者なんだろうか。
魔法について教われればいいと今まで気にしなかったが、こうも立て続けに昔の人間、それも一国の根幹にかかわっているなら嫌でも気になる。
聞いても彼女は教えてくれない。
単に知らないらしい。
ま、それはともかく。
「聞こえないか。結局聞こえるのは俺だけか」
「むっ、もう一本あるんでしょ。早く寄こしなさいよ」
ベルが手を出してきたので、今度は白銀の剣を抜いてからそっと渡した。
相変わらず俺にはわずかにしか意識を感じられない。
でもベルには違った。
「えっ!?」
先ほどと同じく驚いた。
でも剣を落とすことなく、沈黙する。
「そうなの……へぇー」
何か話しているみたいだ。
……でもなんでだろう、俺を見る目がなんか冷たい。
「なんだよ、なんか聞こえるのかよ」
「ええ、はっきり聞こえたわ。あんたが浮気者ってことがね」
「は?」
何をどうしてそうなったのだろうか。
俺はその剣と会話したことないんだが、なんで浮気者?
浮気なんかしたことないし、そもそも女性と付き合ったことなんて涙が出るほど少ない。
なによりこの世界で女と深い関係になる気なんてないのに、そんなことを言われるのは納得いかない。
アグニが気になったのか、ベルに近付いて耳打ちで話を聞いた。
「……あ、そうなんですか、へぇ……へぇ?」
そしてベル同様に何故か冷たい目をされた。
埒が明かないので、俺もリカルドを抜いて通訳してもらう。
『俺も今わかったが、どうやら話ができるのは俺たちにゆかりのある人間、もしくは似た人間らしい』
意外にも真面目な話。
「というと?」
『お前は俺にそっくりらしい。なんでも見た目は多少違うが特徴が一緒で中身は瓜二つだそうだ』
瓜二つ? これと?
酷い悪口だぞそれは。
「おい、待てよ。俺はお前みたいに品のないことは言わないぞ。女にだらしなくもない」
『そうか? 目の前にかわいい女の子2人侍らせてる時点であやしいぞ。その腰の剣もなんか言いたそうにしているし』
「え?」
思わず腰に下げたもう一つの剣《月の聖女》を抜く。
でも何も聞こえない。
『その剣はまだできたばかりなんだろ? まだ馴染んでいないようだ。ちゃんと意識が起きるのはもう少しかかるんじゃないか?』
「そうか……」
こないだ聞こえた声は幻聴じゃなかったのか。
酒を飲んでいたから俺の願望が起こしたものだと思っていたが、そうか。
……マリナとまた話ができるのか。
『とはいっても意識がついたからってお前と話ができるかはわからないぞ。俺たちだってグラノリュースと意識を通わせることはできなかったんだからな』
「お前たちとグラノリュースはどんな関係だったんだ?」
『さあ、忘れちまった。大事な友人だったってのだけは覚えてるんだけど、細かいことは覚えてない。きっとクララも同じだろうさ』
つまり覚えているのは大切な人の存在だけ。
マリナもそうかもしれない。でもそれはきっといいことだ。
戦争なんて忘れて、また新しく幸せな思い出を作ればいい。
まあ《月の聖女》のことはさておきだ。
「今はいいけど、きっと一度タカが外れたら暴れ出すよ? 暴れん坊将軍よ?」
「それはいけませんね。誰かが犠牲にならなければいけません。ここは一つ、私が全てを一身に引き受けましょう」
目の前で冷たい目でこちらを見て、剣と会話している2人をなんとかせねば。
「おい、俺を浮気者といったその剣をよこせ。やすりで傷だらけにしてやる」
「ひどいですウィリアムさん! 女性を傷物にしようだなんて!」
「やっぱりこの男は浮気者で最低男よ! 仮面をつけてるから怪しいことし放題だったのよ! 今までたくさんの女を弄んで傷物にしたに違いないわ!」
「意味がちげぇだろうがよ! いつそんなことしたよ! お前らちんちくりんに手ぇだしたことなんか一度もねぇよ!」
「誰がちんちくりんよ!」
「そんなこと初めていわれました! 酷いです!」
おかしいな。
ただ剣の声が聞こえるかどうか調べたいだけだったのに、どうしてこんなことになったのだろうか。
◆
「つまりベルにはそっちの剣の声が聞こえて」
「ウィルにはそっちの剣の声が聞こえるのね」
落ち着いたところで互いが聞こえる剣に触れたまま、ソファに座って話をした。
「よかった。これでちゃんと話ができる」
他の神器をどうするかは決まっているが、この二振りの剣は決めかねている。
強力すぎると言ってもいい累代の神剣だ。
強すぎる力は争いを生む。公になる前にどうにかしたい。でも意識があるなら壊すのも気が引ける。
「聞きたいんだがリカルドとクララは今後どうしたい。剣として生きたいのか」
「それを聞いてどうするのよ」
「返答次第では破壊する」
「「えっ?」」
二人が目を見開く。
もったいないと思うかもしれないが、この剣は過ぎた力だ。
俺とベルは魔法があるからまだ対抗できるが、他の人間にとっては脅威でしかない。
それを現時点で抜けた実力を持つ俺たちが持っていたらどうなるか。
危険視した連中が俺たちを襲うかもしれない、かといって他の人間が持てば力に振り回され世に混乱をもたらすかもしれない。
ただでさえ悪魔の王がこの世界にやってきて、その対応に大陸中が追われている今、余計な混乱はもってのほかだ。
「でもこんな強力な神器、悪魔との戦いに役立つでしょ? 大勢の命を救えるかもしれないわ」
「そのあとにこの神器で争いが起きて人が死ぬ。結局意味がなくなるかもしれない。どれもかもしれないだから剣の意見を聞こうと思ってな」
すでにリカルドの意見は聞いている。
だからもう1人のクララの考えが知りたい。
剣になるなんて想像できない。現状に不満があるのならできるだけ配慮しようと思う。
ベルが剣に視線を落とす。
「ふむふむ。あらそう、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「なんて言ってるんだ」
「あたしたちと旅がしたいって言ってるわ。今の世界がどうなってるか知りたいんですって。剣として生きるのは特に不満はないらしいし、世界をまわれば何か思い出すかもって」
「そうか、なら決まりだな」
抜いていた剣を鞘にしまう。
「この剣は俺とベルが持つ。これならあまり頼りすぎないし、なにより誤魔化しも効く。神器じゃなくて魔法ですってな」
まあどっちも公にはできない力だが、俺達が魔法を使えることを知っている人間への言い訳にはできる。
俺もベルも世界征服なんて目指すタマじゃない。
こんなに大層なものを持っても、そうそう危ないことはしないだろう。
「声が聞こえるのがあたしたちだけなら、そうなっちゃうわよね。でもあたし剣なんて使えないんだけど」
「持ってるだけでもいいだろうけど、その剣の強みを活かすのは無理そうだな。まあ使わなくてもいいだろ」
「ええ~……」
ベルが残念そうにするがこればかりは我慢してもらおう。
魔法もそうだが強い力をみだりに振り回すものではない。
と、思っていると、
「え? ……でもそれじゃあ聞こえないわよ? ……あ、そうなのね。じゃあそうしたほうがいいかも」
ベルが白銀の剣と話しだした。
片手で持った剣をおもむろに俺に差し出して、空いた手を伸ばしてくる。
「その剣とこの剣、交換しましょ。その方がいいって」
「それだと声が聞こえないだろ」
「時間が経てば聞こえるようになるかもしれないだって。それに戦い方からしても逆の方がいいって」
「そういうもんか」
本音を言うと、このリカルドをベルに近づけるのは少しいやだ。
でも確かに遠距離攻撃のベルとリカルドの剣は相性がいい。そして近接の俺とクララの剣も同様だ。
「わかった。そうしよう。ひとまず両方こっちでが預かる。少しカーティスと相談したいことができたからな」
「あらそう、まあ任せるわ」
そうしてベルから剣を受け取る。
時間が経てば声が聞こえるようになるかもしれないということだが、どれだけかかるのだろうか。
まあただの武器として使っても別にいい。
それでもベルは剣を使えないし、俺はすでに剣なら《月の聖女》がある。両方とも仕立て直さなければならない。
精々、使いやすいようにするとしよう。
次回、「本国からの知らせ」




