第二話 剣の名前
今日も今日とて、執務室にてアグニと共に書類仕事中。
午前中にカーティスのところで神器について報告を聞いたあとは、基地内のいくつかの事業所に顔を出した。
追加の人員や予算を配分したところを重点的に回ったが、どこも順調なようだ。
だが、復興に修理、治安維持などやらなければいけないことはものすごく多く、追加の人員を配置したとはいっても、全体通して慢性的な人手不足だ。
幸い、もうすぐで本国に連絡に向かわせた連中が戻ってくる。
予定では2週間で戻ってくる手筈になっていて、今はすでに出発してから一週間ほど経過している。
まあ、向こうもこれほど短期間で成果を出すとは思っていないだろうから、もう少しかかるかもしれないが。
さて、さっきまでのことは置いておいて、今の話をしよう。
普段は静かな仕事中、ときおり俺の独り言がしたり、たまにアグニが相談して来たりすることはあるが大抵静かな仕事中。
でも今日は違った。
『なあなあ、あの子お前に気があるだろ。どういう関係なんだ? 一緒に仕事してるってことはあれか、町長と補佐か? それとも夫の仕事を手伝う夫婦か? なあなあ』
「……」
『無視するなよ。こっちは何百年ぶりに話ができてうれしいんだ。少しはその気持ちを汲んでくれよっ、あのかわいい子は誰なんだ!』
『……っ! ……ぃ!』
傍に置いた橙色の剣がやかましい。
思春期の中学生男子みたいなことをずっと言ってくる。
その横に置いた白銀の剣も何か言っているが聞き取れない。なんとなく橙色の剣リカルドを注意しているように感じるが意味をなしていないようだ。
リカルドから話を聞きながら仕事をしようと思って、鞘から刀身をわずかに出しているが喧しくて仕方ない。
とくに部屋にアグニが入ってきて一緒に仕事したあたりで大はしゃぎだ。
『まあ老いたとはいえ、グラノリュースを倒すほどの男だもんな! 英雄色を好むっていうし、女を仕事場に連れ込むのはよくあることだ! うん!』
「あるわけねぇだろ、叩き折るぞ」
「ウィリアムさん?」
しまった、思わず反応してしまった。
おかげでアグニが反応してしまったじゃないか。
「ああ、いやなんでもない。気にするな」
「そうですか? ……ところでその横にある剣は? その、さっきからチカチカして気になってしまうんですが」
アグニに気にかけられてはしゃぎ始める前に、2つの剣のわずかに露出した刀身を鞘に叩き込む。
「神器だよ。グラノリュースが持っていた二振りの剣だ。あ、そうだアグニ、ちょっと持ってみてくれ」
アグニにも声が聞こえるかどうか確かめてみよう。
カーティスはどちらの剣もかすかにしか聞こえなかったが彼女はどうか。
「っ! なにか、言っています!」
「はっきりとは聞こえないか?」
「そ、そうですね。ただなんかこわいです……」
アグニにも聞こえないか。
今彼女が持っているのはクララと呼ばれた青藍を纏う剣のほうだ。
わずかに明滅しているがなぜだろう、アグニを威嚇しているようにも見える。
アグニから剣を受け取って、気が進まないがリカルドの方を渡す。
案の定、リカルドは大はしゃぎ。
『やったー! こんなかわいい子に握ってもらえた! 抜き差ししてくれ!』
「えと、先ほどより大きな声が聞こえます。ただ何を言っているかはよくわかりません」
「そうか、聞かなくていいぞ。碌なこと言ってないからな」
リカルドを取り上げて乱雑に鞘にしまう。
「ウィリアムさんはその声が聞こえるんですか? そもそもどうしてそんな声が聞こえるのか……」
「ああ、それはな――」
アグニに神器について説明した。
最古の神器であるこの二振りの剣は、理由はわからないが意識を宿している。
時がたったために意識を宿したのか、それとも2人の意志が強いために意識が残っているのかはわからない。
ちなみにこの2人から記憶を見ようと思ったが、人体相手じゃないからか、それとも本当に記憶を失っているからか見ることはできなかった。
もとから期待はしていなかったから別にいい。
説明を聞いたアグニは納得し、真剣に悩みだす。
「そうなんですか、神器というものは不思議ですね。でもどうしてウィリアムさんには声がはっきり聞こえるんでしょう」
「さあな。ところでレオエイダンにも神器があるんだろ? そっちはどうなんだ?」
「実のところ私も知らないんです。国王である父が秘蔵していますが、その力も形も教えてくれないんです」
「なるほどねぇ」
実子であるアグニにも教えないということは、おそらく神器の所有者は神器の作り方を知っているのだろう。
そこからわかることは、レオエイダンの神器にも意識があるということ。
でなければ、ただの強力な剣でしかない。
錬金術師であるカーティスが神器の作り方を知っているように、ドワーフたちも神器を手に取れば、製法を察してしまう。
だから王は神器を見せない。
勇気と知恵にあふれるドワーフであれば、戦いに殉ずるときに多くの兵が神器になろうとするかもしれない。
それを王として許すわけにはいかないからだ。
今、アグニに意識のある神器を持たせてしまったが、既に彼女はマリナの件で知ってしまっている。
たいして問題はないし、王族ならいずれ知るはずだ。
「なんで俺だけにリカルドの声が聞こえるかはわからないけど、もしかしたらもう一つの剣、クララのほうの声が聞こえるやつもいるかもしれないな」
「では探してみましょう! 手当たり次第とはいきませんが、神器のことを知っている人をあたってみましょう」
「それならこの部屋にやってきた連中に順に持たせるか。あちこち行くのも面倒だし」
というわけで、この部屋にきた幹部連中に持たせることにした。
その間はいつも通りに仕事をする。
「この剣に銘はあるんですか? 人の名前のままでは勘違いされてしまいますよ」
「銘ねぇ、あまりそのセンスはないんだ」
「そうですか? その《月の聖女》はとてもいい名前だと思います」
そりゃこの剣にはつらくなるほどの思い入れがある。長いこと一緒にいたんだから、いい具合のが思いつくのは当然だ。
「あまり思いつかないな。アグニならどうする?」
「そうですねぇ、じゃあそのオレンジ色の剣は太陽消滅剣で、青い剣は万物穿貫剣とかどうでしょう」
だ、だせぇ……。
胸の前で手を合わせて満面の笑みで言ってくるアグニには悪いが、絶対にいやだ。そんな剣を持ち歩きたくない。
もしやアグニは、自分の子には堕威亜とか光虫とかつけるタイプか?
彼女の使う二振りの剣の名前を聞くのが怖くなってきたな。
「それで、ウィリアムさんならどうしますか?」
考えが顔に出ていたのか、アグニが若干頬を膨らましながら聞いて来た。
剣の銘ねぇ。
ここは原点回帰、シンプルで行こう。
「赤いほうは陽キャソードで青いほうがクララブレー――」
「却下です」
「…………」
結局何も決まらなかった。
次回、「あらぬ疑い」