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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第九章 《天地焼く空の王》
223/323

第一話 宝玉



 午前中にたまった書類仕事を一通り終わらせた。

 どれも予算や経費、物資、人員の調整といった申請が多く、考えることが多い。

 まあ、適当にやっていけている。


 予算は潤沢にあるし、人員もどこにどの程度必要なのかもおおよそ見当はつくから、時間をかけずに即決して配置している。


 何か不備があればまた申請してくるだろうし、多少の人手の調整ミスはどうとでも取り返しが利く。

 それなら、少なくても多くても、すぐに人を派遣したほうが結果的にいいというものだ。まさに拙速は巧遅に勝るというやつだ。

 現にアグニから現場からの評価は上々と聞いている。適当にやってもいいからこの世界の指揮官は楽でいい。


 いや、ほんとは適当にやっちゃいけないんだけど。

 とまあ、そんなこんなで、午前の分の書類を片付けた俺は、旗艦ヘルデスビシュツァーの工房に足を運んでいた。


 この旗艦はもとよりグラノリュース征伐用のための遠征を前提に建造されているため、この船一隻で基地としての役割全てを果たせるように設計されている。


 そのために戦闘力はもちろん、宿泊設備や錬金術工房、医療設備などが完備されている。

 下手な基地よりもよほど利便性の高い移動式拠点だ。


 この飛行船の建造にはトップシークレットの技術が多く使われており、師団に所属している兵士ですら知らない技術や兵器がいくつもある。

 おそらくすべてを把握しているのは、俺含めた独立部隊の人間と参謀長であるアグニだけだ。


 ここまでする理由は、下手をすればこの船一隻で一国を落とせてしまうからだ。

 いや、悪魔という存在を除けば、大陸すべての国を落とすこともできるかもしれない。


 そんな危険な技術や兵器があるこの旗艦は、超機密扱いとして情報の持ち出しを防ぐために、乗組員たちは担当以外のことは何も教えられていない。


 もし怪しい動きをするものがいたら、即座に知らせるようにアグニには厳命してあるし、団員たちにも周知させている。


 さて、話は逸れたが、今向かっているのは錬金術工房だ。


 工房の入り口は分厚い金属の扉で仕切られ、中の騒音や振動が漏れないように頑丈にできている。

 その冷たい無機質な扉に手をかけ、中に入ると機械や材料がたくさんあるだだっ広いな作業場がある。

 一見して誰もいない。


 かまわずに、作業場の端にある重要な物を作るために設けられた小部屋に向かう。


 その小部屋の取っ手に手をかければ、鍵がかかっていたために合鍵を取り出しながらノックをする。


「カーティス、入るぞ」


 中にいる人間に断って鍵を差し込み、中に入る。


 そこには、一人の男が壁際の机に向かって座っていた。

 くすんだ白髪と煙草、口ひげを蓄え、眼鏡をかけた初老の男。

 姿勢よく、すらりとしていながらも鍛えられた肉体に軍服が良く映える。


 凄腕の錬金術師のカーティス・グリゴラード大佐。

 俺が入ると、椅子に座っていたカーティスは煙草の火を消して立ち上がる。


「来たか、早速だが本題に入る」


 不愛想な顔に違わず、声色もそっけない。

 およそ上司に対する態度ではないが有能だし年上、公の場ではしっかりとしてくれるので特に咎める気はない。


 本題といってカーティスが見せてきたのは、所狭しと並べられた数多くの神器たち。


 数は十を下らない。


「これらは城から回収した神器の一部だ。左から順に古い順に陳列している。この国の資料室を漁り、年表や歴史をたどってみたが元となった人間はすべて天上人だ。天上人が死亡したという報告は無いが、召喚された年と照らし合わせれば自ずと答えは出る。間違いないだろう」


 天上人。

 それは、異界から連れてこられた人間のことであり、常人とは異なり聖人に近い肉体と魔法を操る才を持つ。


 魔法は、普通の人間には扱えないものであり、魔法の有無は非常に大きな差を生み出す。


 グラノリュースがこの天上人を召喚した理由は、天上人が聖人に近く一騎当千の力を持つから、ではない。


 彼らは、人間を材料にして作り出す武器、いわゆる神器の材料となるためにこの世界に連れてこられたのだ。


「天上人が元となった、というのは理解できる。加護を宿す神器を作るなら加護が強い聖人である天上人を使うのは合理的だ。だが天上人が召喚されたのと剣に使われた、というのが結びつく理由がわからないな」

「天上人は他の世界からやってくる。そしてその人数は10人を超えることはないのだったな」

「ああ、それを超えるとなぜか召喚されない……なるほど、そうか」


 グラノリュースに存在する天上人は歴史上どんなに多くても10人まで。

 11になったことは一度もない。11人目を召喚しようとするとなぜか失敗するのだ。


「神器となり、死亡すれば新たな天上人を召喚することができるってことか」

「そうだ。なぜ10人なのか、どうして召喚されているのかはわからないがな」


 そう、今言ったこの疑問こそが、すべての始まりでもある。

 天上人の召喚、世界を渡る方法、その原理、制限の理由。


 そして今、これら疑問の解決への手がかりが、この手の中にある。


「それなんだがカーティス、一つ調べて欲しいものがある」


 空間魔法で収納していた宝玉をフードから取り出す。


 虹色に輝く宝玉。

 取り出した瞬間に、質量を持った光がぶつかったのかと思うほどの強烈な神性を持った輝きが一瞬で部屋中を満たした。


 これこそがこの国の異質の源。


「これが天上人を召喚する宝玉だ。これを調べればどうして天上人を召喚することができるのか、なぜ11人なのか……。そして、これの元となった人間が誰なのかわかるかもしれない」

「……」


 カーティスが沈黙した。

 見れば、冷静沈着で常に仏頂面の彼が珍しく目を開いて驚いた顔をしている。少し新鮮だ。


 でもその気持ちは十分わかる。

 俺だってこれを見つけたときはとても驚いた。


 放つ神気が尋常ではない。

 呆けていたカーティス。


「フフ、ハハッ。これはとても面白いものを見つけてきたな」


 だが唐突に笑い出した。


「なんだ急に」

「なに、未知との遭遇はいつだって心を躍らせるものだ。神器など禁忌を犯しただけで何の意外性もないものの解析など興が乗らなかったが、これは一目で違うと理解できる。久しぶりに充足した時間を過ごすことができそうだ」

「これは神器じゃないのか?」

「さあな。普通の神器ではないことだけが確かだ。それ以外はわからん。だからこそ調べ甲斐があるというものだ」


 少し驚いたが、まあ乗り気ならありがたい。

 宝玉は柔らかくて光を通さない布で包んでおいておく。そのままだと光が強烈すぎて、強すぎる神気に部屋の外の人間が驚きかねない。


 他にも報告があるようだったので聞く。


「さて、全部で数十もあるこれらの神器だが……一つが壊れていることは話をしたな。どれも似たり寄ったりのもので面白みがない。……が」


 カーティスはおもむろに二つの神器を机に置いた。


「この二振りの剣だけは別だ」


 それは、鞘に納められた二振りの剣。

 青色の鞘と橙色の鞘。

 グラノリュースが使っていた、なんでも切り裂く剣と光線を放つ剣だろう。


「この2つはグラノリュース国のどの文献を調べてもでてこないうえ、天上人が召喚されたどの時期とも一致しない。そこで気になったのがグラノリュース建国以前の話だ。見つかった資料は少なく、どれも破損が酷い。読めたものではなかったがないよりはマシだな」

「そりゃまたずいぶんと昔のこって。800年くらい前なんだろう?」

「そうだ。現存する資料などどれも紙切れのようなものだ。字も状態も悪い。だがそこに1つだけしっかりと形に残っているものがあった」


 カーティスが懐から小汚くも分厚い本を手渡してきた。


 それは、誰かの日記。

 開いてみると、最初の方は劣化がひどくページもまるで破られたかのようにちぎれている。

 まともに読めるのは、時代的に400年くらい前に書かれた出来事のこと。


「“救世の聖女を称えるために過去を忘れた愚か者を贄に捧げる。彼女は我の想いに応えた。異世界から我らの力を宿した英傑がやってきたのだ。”……これは?」


 異世界から我らの力を宿した英傑がやってきた。

 これだけ聞けば、このときに恐らく最初の天上人がやってきたのだとわかる。


 だが問題は、その前の文章。

 『救世の聖女』とはなんだ?


「『救世の聖女』が何かはわからん。だが、この『救世の聖女』によって天上人が現れたとするならば、このページに書かれている出来事と先ほどの宝玉は何かしらの関連性がある」

「なるほど……『救世の聖女』に『我らの力を宿した英傑』。この『我らの力』ってとこも関連がありそうだな」

「ああ。この宝玉もそうだが、この剣も他の神器とは一線を画している。剣と宝玉は同時期に誕生した可能性が高い」


 この神器と宝玉、それと他の神器との違いがただの元となった人間の違いなのか、それとも製法から違うのかはわからないが、この二振りの剣の力を『我らの力』と仮定するならば、これらが同時期に作られたという仮説もわからんではない。


 とはいえ、このページを呼んだだけで決めるのは時期尚早だ。


「他のページには何もないのか?」


 そう思ってページをめくろうとした。


 だが、それをカーティスは止めた。

 本に手を置き、めくれないようにしてから俺から取り上げたのだ。


「なんだよ」

「他に有益なことなど書かれていない。あるのは気分が悪くなるような話だけで読む必要はない」

「それは俺が決めることだ」

「少将閣下が読むまでもなくわかることだ。それよりも今は大事なことがある」


 俺に読ませたくない何かがあると。


 ……なるほど、つまり、そういうことなんだな。


 気分が悪くなるようなことなんて今更だ。

 この世界に来てからずっと気分が悪いんだから。


 腐った国は昔からということか。


 カーティスは懐に本をしまった。


「それより重要なのは、これらの神器をどうするかだ。持ち帰るか、それとも……」


 破壊するか、と。


 彼としては破壊してしまいたいようだ。

 神器は錬金術と人間の禁忌。こんなものは一刻も早く壊してしまいたいという気持ちはわからなくはない。


 それを止めているのは、こないだカーティスが俺に伝えてくれたことが関係しているに違いない。


 それは――


「……意識がある神器があるんだろう?」


 信じられない現象。


「そうだ。かすかに、汲み取れないほど微弱だが確かに伝わるものがある。そうでないものがほとんどだがこの剣だけは別だ」


 そういって見せられたのは、先ほどの二振りの剣。


 1つずつ持つことにした。


 青い鞘に納められた、青藍の粒子を纏う白銀の剣をそれを引き抜く。


 抜いた瞬間、


『……っ……た……ぉひと……ま……い』


 脳に伝わる歪な声。


「っ!」


 思わず、剣を鞘に納める。


 び、びびったぁ。


 心臓の音がうるさい。


 今のは明らかにこの剣の中にいる誰かが語り掛けてきた。

 それはとても弱くて聞き取れないほどだったが、確かに神気を通して意志が伝わってきた。


 でも、まじでほんとにお化けみたいだった。


 ノイズ交じりでわかりづらいが、女の声のようにも聞こえた。


「感じ取れたようだな。それが先日伝えた神器の不可解なことだ」

「加護という力を秘めただけの剣。純粋な神気に意志の力で形を与えられた加護を封じた剣。だから、そこに人の意志はもうなく、与えられた形を保っただけの加護が宿る。だからこんなことはあり得ない、だったか」

「そうだ。だがこの神器はそれを超越している。俺の仮説は間違っていたか、不十分だったということだ」

「念のためそっちを持っても?」


 確認のためにもう一振りの剣、橙色の剣を受け取り引き抜く。


『ん? おお! こいつはグラノリュースを討ったやつじゃないか! 伝わってないだろうけど聞こえるか?』

「……え?」


 また鞘に勢いよく納める。

 ガチャンとした音が狭い部屋に響いた。


「めっちゃはっきり聞こえた……」

「なに?」


 さっきとは違う意味で心臓がうるさい。

 さすがにこれにはカーティスも驚いたのか、目を見開いて近寄ってきた。


「何を言ってるのかわかったのか?」

「ああ、俺をグラノリュースを殺した男と認識していた。恨んでいる感じはなかったが確実に意識はあった」

「……もう一度抜いてみろ」


 もう一度鞘から剣を抜く。

 鞘と同じく橙色の輝きを放つ剣は、伝えてくる意識と連動してその光を明滅させている。


『おいおい抜いたり納めたりやめろよ。ピストン運動なんてする歳じゃないんだから』

「下ネタぶち込んでくるんじゃねぇ。誰が剣でそんなことするか」

「……」


 なんて卑猥な剣なんだ。


『そりゃそうか! ははは……は? おい、もしかして聞こえてる?』

「はっきりとな」

『……』


 剣が沈黙した。俺も沈黙する。

 なんとも言えない時間。


 気持ちはわかる。

 誰もいないと思ってはしゃいでいたら、誰かがこっそりと見ていたような、そんな気まずさ。


 ここはひとつ、見て見ぬふりが大人の務め。


 真面目に質問しよう。


「おまえは誰だ?」

『俺か? 名前はリカルド。ほかは……悪いなあまり覚えてない』

「どういった人間でどうして剣になったかも?」

『あーうーん、わりい、覚えてないな』


 剣あらためリカルドから聞いた話をカーティスにも伝える。

 彼は仏頂面をさらに険しくして問うた。


「お前は今の状況をどう思っている。剣になって不快ではないのか」

『聞こえてないだろうけど伝えてくれな。別に剣になったことを俺は不快には思ってないぞ。あまり体があったときのことを覚えてないしな! 覚えているのは人間だったころに関わりが深かった人の名前とか、そんくらいだ』

「特に不快じゃないらしい。肉体があったころを覚えてなくて、人間だったころの親しい人を覚えているくらいだと」

「ならば他の神器の声は聞こえるのか?」

『鞘がなければもう一振り、そこにある剣は聞こえるぞ。他はあったことないな』


 なるほど、鞘はそんな役割があるのか。

 これほどの神気を抑える鞘なんてそうない。きっとここにある鞘はすべて特別製なんだろう。


 カーティスに頼んで部屋にある神器を1つずつ抜いてもらった。


 大量にある神器、だが結果は芳しくなかった。


『どれも聞こえないな。きっと形だけ、意識は死んでる』

「そうか、それは幸か不幸か判断できないな」

「ならば決まりだな。意識がなく死んでいるのならばこの神器たちの処遇は1つだ」

「まあ、そうなるか」


 破壊するしかない。


 これだけの量の神器、いきなり現れれば大陸中が混乱する。誰もが欲しがり、争いに発展するだろう。


 悪魔との戦いに使えるかもしれないが、よしんばそれで勝てたとしてもその後に待つのは神器を求めてを争う戦いだ。

 それは神器が壊れるまで止まることはないだろう。

 師団で運用することも一瞬考えたがそれはなおのこと危険すぎる。

 特務師団だけが大陸全体から見ても群を抜いてしまい、いらぬ争いを巻き起こすかもしれない。

 背中を預け合った特務隊の連中を危険な目に遭わせたくないし、強すぎる力は破滅を呼ぶ。


 そんなことになる前にやはり壊すべきだ。

 もともと神器が欲しくて攻めたわけじゃないのだから。


「なら壊す。たしか核があるんだったな」

「ああ、それでこの剣は?」


 カーティスが示したのは、もう一つの青い剣。


『それは残してほしい』

「なんでだ」

『……それは俺の、大事な人なんだ』


 橙色の剣、リカルドは青い剣をそういった。

 俺は右手にリカルドを持ちながら青い剣を引き抜いた。相変わらず俺には青い剣の声は聞こえなかった。


『……ド……ぃ?』

『ああ、元気だよクララ。こうして落ち着いて話せること、とても嬉しい』

『こ……ぁ? ぃ……の?』

『さあ、聞いてなかった。なあ、お前たちはいったい何者なんだ?』


 どうやらリカルドを通せば、青い剣とは会話ができるようだ。


「何者か、ねぇ。俺はウィリアム。ここじゃない、大陸中央に位置するアクセルベルク王国の軍人だ。鎖国をして大陸の平和に不穏な影を落とすグラノリュースを倒しに来たんだ」

「俺はそこの男の部下だ。カーティス・グリゴラード。錬金術師だ」

『アクセルベルク? 聞かない名前だな。錬金術も知らないな』

『ぁ……ィ……れ?』

『まあ、悪い奴じゃないんじゃないか。握る手から伝わる神気に悪い意志は感じないし』


 何やら話しているようだ。

 青い剣の彼女(?)は大切な人とのことだし、恋人だったのだろうか。


 なにやら話し込んでしまったし、この二振りに関して始末は保留でいいだろう。


「この剣に関してはしばらく預かって話を聞いておく。カーティスはその宝玉について調べてくれ」

「わかった」


 神器についていろいろわかった。

 驚きがありすぎて整理がつかないが、それもおいおいやっていくことにしよう。



次回、「剣の名前」

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