エピローグ~大地のそばで~
もともとはウィリアム、ウィルベル、アグニータの3人で食べる用だった食事の量は急遽増やすことになった。
料理はウィルベルとアイリスが担当し、ウィリアムは追加でパンを焼く。あらかじめ仕込んでいたものがあったため、本来なら時間がかかるパンを準備することにさほど時間はかからなかった。
準備が整い、師団の中核が揃う食事会は始まりのときを迎える。
「みんなのおかげで今回の戦いに勝利することができた。改めてありがとう」
グラスを掲げ、素顔を露にしたウィリアムが広い部屋で言う。
「喜びだけで終われるわけではなかったが、こうしてお前たちがここにいることを、心より嬉しく思う。師団の奮戦とこれからの栄光を願って―――乾杯!」
『かんぱーい!』
部屋にいる全員がグラスを掲げ、ぶつけ合う。
中身は酒が入っていたり、ジュースだったり統一されていなかったが、その顔はみんな笑顔だった。
「あ、これおいしい。誰作ったの?」
「私だ! お酒に合うと言えばこれだと思ってな!」
「ロッテは意外にお酒好きだよね。真面目だからあまり飲まないのかと思っていたよ」
「お酒は楽しいから好きなんだ。1人で飲むことが多いから今日はとても楽しい」
「1人? 2人とは飲まないのかい?」
アイリスの問いに、シャルロッテは恨みがましい目をヴェルナーとライナーに向ける。
「もともと私が酒にはまったのは2人のせいだからな」
「どういうこと?」
「2人が問題ばかり起こすから、私がフォローしてるんだ。始まりはやってられないから忘れるために飲んだんだ」
「それ以来飲み続けてるんだね。2人とも迷惑かけちゃだめだよ」
振られたヴェルナーとライナーは夢中で食事と酒を口に突っ込みながら答える。
「知らねぇよ。実験に失敗はつきもんじゃねぇか。一回や二回の失敗でやかましく言ってくるシャルロッテが悪い。……あ、これうめぇ」
「そうですね。僕は事実を言っただけで相手が怒るのが悪いんです。客観的に見れば誰もが相手が悪いというはずです。……なるほど、確かに食べに来たくなりますね」
「……こんな感じでぜんぜんいうこと聞いてくれないんだ。ひどいだろ?」
苦笑いで返すアイリス。早々にお手上げだった。
逆にシャルロッテに対し、2人は反撃とばかりに口撃しだす。
「つぅかよぉ、オレたちにかまってねぇで自分のことやった方がいいんじゃねぇ? ずっと取り柄がねぇって悩んで酒におぼれるくらいだったらな」
「うぅ、私だって頑張ってるんだ。でも周りとは差が開く一方で……」
「いろいろと手を出しすぎなんですよ。万能といえば聞こえはいいですが、深く学んだ人には負けます。優秀な集団というのは尖った能力を持つ人間の集まりですよ。平均的な人間がいくら集まっても勝てません」
「つまりシャルロッテが何人いようが勝てねぇってこった」
「うわー! アイリスー! きみも同じだからわかるだろー!」
「え? ……同じ?」
酒も入り泣き出したシャルロッテを慰めながら、彼女が放った言葉に思わず傷つくアイリス。
それをみて大口を開けて笑うヴェルナーとライナー。
彼らはこれがいつも通りだった。
◆
「ウィリアムさんは~こどもなんにんほしいですか~」
「おい、お前ドワーフの姫だろ、出来上がるの早すぎるだろ」
ウィリアムは、酒を片手に抱き着いてくるアグニータを引きはがそうと悪戦苦闘していた。
「だってこんな日は滅多にないじゃないですか~。みんなとお酒飲めるなんて思わなかったです~」
「なあ、ベル。こいつどんだけ飲んだんだ」
「ふぁに? ふぇーふぉ、ふぉふぇふぁふぇ」
口いっぱいにシチューをつけたパンをほおばっていたウィルベルが、机の上にあった瓶を指さす。
それはどれもドワーフ謹製の度数の強い火酒。
それがまたたくまに5本も空いていた。
「早っ! まさかこいつ空きっ腹に注ぎ込んだのか!? この量を!?」
「だって~おいしいんですもの~」
ウィリアムは顔をひくつかせ、確認する。
「この世界の成人っていくつからだっけ?」
「16よ」
「アグニって歳いくつ?」
「20です~」
人間よりも背が低いドワーフ、その女性としては高身長とはいえアグニは140と少しだけ。
そんな彼女は20になっても、とても若々しい。
「ていうか聖人に近いんだから体はまだできていなんじゃ? ドワーフはもともと長寿だし」
「ドワーフは~お酒強いんでだいじょうぶです~」
「鏡見ろよ。どこに酒に強いドワーフがいるんだ」
抱き着いてくるアグニータを引きはがそうとウィリアムは奮闘するも、聖人に近いドワーフ王族のアグニが酔っぱらったこともあり、かなり力が強かった。
「クソ、どこからこんな力がッ!」
「愛の力じゃないかしら」
どこ吹く風と、ウィルベルは二人を尻目にパンを頬張り続ける。
ウィリアムはそれを見て、声を荒げた。
「呑気に食ってないで手伝えよ! 俺だって飯食いたいんだよ!」
「ダメよ、この料理とパンはすべてあたしのものよ!」
「ふざけんな、師団長の俺を差し置いて一少佐が生意気な!」
「うぃらーむさん! うぃーべるさんばかりにかまわないでください! 私にも構ってください!」
「わかったから抱き着くな!」
「いまよ!」
「ああ!?」
呂律が怪しくなってきたアグニータにウィリアムが襲われている間に、ウィルベルは料理をかき込む。
「おい、俺腹減ってんだぞ!」
「アグニに仕事押し付けた罰よ!」
「それでなんでお前がいい思いしてんだよ!」
「黙ってアグニの相手をしなさい!」
「くっ、なあアグニ頼むからちょっと放してくれ。一緒にご飯を食べよう」
「じゃあ私に食べさせてくださ~い。私が食べさせてあげます」
アグニータは手に持っていた飲みかけの酒が入ったグラスをウィリアムの口元に押し付ける。
「はい、あ~ん」
「ああん? 食わせろっつったんだ。飲ませろなんていってないぞ」
「あれぇ? んん、じゃあ飲ませてください」
「何がじゃあだこら」
もはや会話も成り立たず、ろくに立てなずにウィリアムにしなだれかかるアグニータ。
それをみてウィルベルは目を細めていく。
「お酒飲むのね。じゃあこれはあたしがもらうわね」
「あ、待て! 俺碌に食ってない!」
「その目の前にいるお姫様に食べさせてもらえばいいじゃない」
「……なんで急に不機嫌になるんだよ」
「べつに」
口いっぱいにパンをほおばったウィルベルはそっぽを向く。
そんなウィルベルのもとに、これまた酔っぱらったエスリリが近づいてきた。
「うぃるへろー、いっしょにねよー」
「わっ、エスリリ、どうしたのよ? って酒臭い!」
「おさけってたのしいね~。わおーん」
ウィルベルはぎょっとした。
「誰!? この子にお酒を飲ませたのは!」
「知らねぇ、勝手に飲んだ」
「やー! 駄目よ、犬にお酒は絶対にダメ!」
不機嫌そうな顔が一転、ウィルベルはエスリリの介抱にてんやわんやすることになった。
そうして夜は更けていく。
戦いを終えた彼らはつかの間の安寧を享受するのだった。
◆
早朝、わずかに日の光が部屋を染め始める時間帯。
鼻を狂わせる酒と料理の匂いが充満した部屋で目を覚ます。
「ぁ、うぅん……寝落ちしたのか」
どうやら椅子に座って眠ってしまっていたらしい。
膝の上には上体を投げ出すようにアグニが眠っていた。
そういえばずっと抱き着かれていたけど、潰れてもひっついてきた。
どうしてこんなに慕ってくれるんだろうか。
不思議で仕方ない。
でも以前ほど厭うことも無くなった。
それはきっと、ここにいない彼女が俺をこの世界と向き合わせてくれたからだろう。
彼女がいたら、この光景をみてどう思うんだろうか。
エスリリと抱き合うように眠るベルを見て、仕方ないと呆れるだろうか。
喧嘩し始めたヴェルナーたちを止めようとするだろうか。
アイリスやアグニと仲睦まじく世間話に花を咲かせるのだろうか。
それともカーティスとなにやらよくわからないことを企んだりするのかもしれない。
どれでもいい、きっとその顔は綻んでいただろうから。
『みんなが笑っているこの光景が見れて、わたしは幸せ。……だから笑って? ウィル』
唐突に声が聞こえた。
泣きたくなるほどに聞きたかった、優しい少女の声。
あたりを見る。誰も起きていないし、聞こえた様子はない。
幻聴だろうか。
腰に下がっている刀を手に取り、わずかに抜く。
そこには変わらない、白く優しい光があった。
「変わらないな。マリナは」
刀を抱きしめ、窓の外を見やる。
暗い夜の世界を、月と太陽が明るく照らし始めていた。
次章、《天地焼く空の王》




