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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第四十三話 意志と神器



 ライナーシャルロッテからの報告が一段落したところで、また扉からノックの音がした。

 2人がソファを立ち、席を開けたのを見て入室を許可する。


「失礼します。うわ、すごいいい香り」

「ごはんごはん!?」


 入ってきたのはアイリスとエスリリ、そしてカーティスだ。


「何か報告か?」

「そうだよ。この船の点検結果。それと……」

「神器の分析結果についてだ」


 神器、か。これはあまり他の連中に聞かせたくない。

 マリナが神器になったことも一部の者しか知らせていない。ここには知らないものもいる。


「先に船について聞こうか」

「じゃあこれを見て」

「これもー」


 アイリスが書類を渡してくる。あとエスリリもなんか重い袋を渡してきた。


「これは?」

「ドワーフたちがくれたんだよ。火酒さ。団長の日頃の労いも兼ねてね」


 袋と書類を見る。


 ……はっはーん、読めたぞ。あいつら旗艦を修理したいんだな。だから書類と一緒にこんな粋なもんをよこしたのか。


 だが残念、無駄でした! 予算は動かしません、というかもう決まってます!


「フッ、もらおうか。まったく、無駄な賄賂だったな」

「うわ、もらっといて彼らの期待の応えないんだね……団長って外道」

「げどー」

「やめろエスリリ、お前の言葉は響くから」


 エスリリの純粋な目で言われると結構心にくるのだ。

 それにただいたずらで言っているわけじゃない。


「もともと飛行船用の予算は潤沢にある。ドゥエルが中破したのが痛いが、それでも当初の想定よりずっと被害は少ない。こんなことされなくても人手さえあれば着工はすぐにでもできる」

「ああ、そういうことか。それはいいことだね」


 言いながら書類に目を通す。飛行船はこの世界でも第一線、どれどころか1歩抜けたような技術だ。それなりに金もかかる。

 さっきは金額の0の多さに貧乏性だから目がくらんだが、もともと予算はもっと多い。

 見てもわからんと早々に諦めたほどだ。桁がひとつかふたつ違うから足りないなんてことにはならないだろう。


 というわけでアイリスからの報告はあっさりと終わった。


 次はカーティスだがその前に……。


「アイリス、ちょっと向こうのキッチンに行ってベルたちを手伝ってくれ。ライナーとシャルロッテも一緒にな」

「わかったよ。ごはんまだだったんだけど、ご一緒してもいいのかな?」

「それはベルを説得してくれ」

「はは、了解。任せてよ」


 そうしてエスリリも含めてカーティス以外の全員がキッチンに消える。

 もともと簡易的なキッチンにする予定だったが、全員が入るほど立派なキッチンにしておいてよかった。

 2人だけになった空間で、カーティスは小さな声で扉の向こうには聞こえないように話す。


「手に入ったものは全部で百近い。破損は1つだが」

「あのとき壊した鎧だな」

「その通りだ。その鎧だが、あの戦いの後神器としての能力を失っていた」

「……なんだと?」


 カーティスの言葉に思わず聞き返す。


 神器とは本来、壊れないもののはず。


「神器は武器として使えば刃こぼれしない、折れても再生する、不思議な力をもつ武器と聞いていたが?」

「間違いではない。現にその腰にある刀もあの戦いで刃こぼれもしていないだろう」


 腰に下げている剣の鍔を触る。

 間違いなくこの剣はまだ神器として生きている。


「神器といえど完全ではない。ましてやこんな辺境で鎖国し続けていた国が大昔に作った神器などはな」

「というと?」

「……神器の力とは即ち加護の力、加護の力とは即ち意志の力。意志が砕ければ力を発揮することはできん。人の姿を失っていてもそれは同様だ」

「だが神器はやはり物だ。そこに人の意志はない。加護とは神気という力を使いこなすための入れ物で、意思はその加護の形を決めるものじゃないのか」

「それも間違いではない。では逆に、意思によってつくられた加護という入れ物が、逆に意思に影響を与えることはないのか。その可能性を考えた場合、神器に意志が宿ることもあり得るかもしれん」


 この刀に、彼女の意志は宿っているのだろうか。


「鎧が効力を失った理由は分析の結果すぐにわかった。これだ」


 カーティスは机の上に黄色の石を載せた。

 元は綺麗な丸い形をしていたのだろうその石は、中心あたりで真っ二つに割れている。


「これは元となった人間の意志と加護を封じたものだ」

「これが?」


 石を手に取って眺める。

 天井からつるされた照明にかざしてみてもわずかに透けるだけで、その石が特段特別な石には見えない。


「今はもう砕けて効果を失っている。そのへんの石ころと変わりない。だがこれと同じようなものが他の神器にも確認された。形や色は様々で存在する場所もそれぞれだ。その刀にもあるのだろう」


 言葉尻が推量なのは、カーティスが作ったとはいってもなぜそうなるのか理解できないからだろう。


 《月の聖女(ルナマリナ)》を作ったのは彼だ。でもその彼がこのような石が存在する理由がわからないとは……。


「いわばこの石は核だ。人の意志、加護の結晶といってもいい」

「つまりこれがなければ神器はただの道具になるわけか」

「そういうことだ」


 カーティスは懐からたばこを取り出して火をつける。

 火のつけ方も錬金術で作った道具の多機能グローブで、指の先から小さな火が出た。


 スタイリッシュなやつめ。


 ……いや、スタイリッシュなのか?


 ともかく、このような意志の結晶があるというなら気になることがある。


「この意思があれば、人の姿に戻すことはできるのか?」


 これがあれば彼女を――


「残念ながら不可能だ」


 淡い希望を砕くように、カーティスはたっぷりと煙を上に向けて吐きだし、言った。


「これはあくまで意志や加護といった力が結晶になっただけだ。そこに当人の意識はない。たとえこの石を核に人造人間(ホムンクルス)を作ったとしても、できるのはその人間と同じ加護を持った何かだ」

「そうか……つまりただの力の入れ物ってことか」


 わかっていた。できないし、やってはいけないと。

 だけど、倫理に反したとしても、それでも彼女を、マリナを生き返らせる方法があるなら、縋りたいと思ってしまうのはおかしいだろうか。


「フッ、あくまで俺の憶測を語ったまでのことだがな」

「ん?」


 神妙な顔をしていたからだろうか。

 カーティスがふっと笑い、普段とは違う優しい声で言ってきた。


「あくまで今言ったことは俺の予測にすぎん。加護はいまだに謎なことが多い。その結晶がなぜ発生するのか、作った当人である俺でも不明なことが多い。そもそも加護は人によって強さも形も全く異なる。神器を数十程度調べただけでわかるものではない。そこに人の意志が宿っていることは十分にあり得る。現に――――」


 そのあとに紡がれた言葉に、俺は目を剥いた。


 信じられなかったから。


「長い年月を経た神器ほどその傾向は強い。お前が戦ったグラノリュース王が持っていた二振りの剣、あれは調べたが最も古い神器だった。おそらくあの男と同年代の人物だったのだろう」

「……なるほど、道理で他の神器を使わなかったわけだ」


 自分の仲間の成れの果て。

 友の剣だというのなら、手放したくないというのは痛いほど理解できる。


 現に俺が今、そうなのだから。


 グラノリュースはしょっちゅうワシらと言っていた。自分だけではなく複数形なのは、あの剣になった2人を大事に思っていたからだろう。


 解せないのはなぜ異世界人を召喚し、天上人などと呼んで神器にしたのか。

 当時はただのコレクターかと思ったが何かありそうだ。


 ファグラヴェール。

 ベルの実家に行けば何か言い伝えやらが残されていないだろうか。


「神器については以上だ」

「そうか、わかった……いつも辛いことをさせてばかりで済まないな」


 あのときも今も、カーティスには世話になってばっかりだ。

 礼を言うと、彼は燃え尽きた煙草を灰皿に押し付ける。


「まったくだ。神器などもっとも嫌っていたものだ。錬金術の禁忌の一つ、忌まわしい人間の業だとばかり思っていたからな」

「今は違うのか?」

「……私利私欲のために神器になったものばかりではない。人のためにと願ったものを、嘲笑うほどひねくれてはいない」


 カーティスは今まで、いろいろなものを見てきた。

 軍に入る前は各地の遺跡をまわったり、錬金術の研究をしていたりと様々なことをしていたようだ。


 きっと人間が嫌いになるものを、たくさん見てきたのだろう。


 人を材料にする神器も彼にとってはそうだった。


 でもマリナの想いを受けて、すこしだけ。


 人間の善意を信じられるようになったのかもしれない。


 カーティスの変化が少し嬉しくて、頬が自然と緩みだす。


「今でも十分ひねくれていると思うけどな」

「お互い様だ。他人の好意に気づいておきながら素知らぬふりをするのだからな」

「さあ、なんのことでしょう」


 さて、カーティスは神器を一通り調べ終えたようだ。

 ふとここで、昼間、城で見つけたもののことを思い出す。


「なあ、カーティス。追加で頼みたいことが――」

「あー! アグニ! 焦げてる焦げてる! 取り出して!」

「え!? どうしたらいいんですか! 取り出す、えっと、あっち!」

「素手で触るやつがあるか!」

「冷やさないと! アグニさん、こっちですよ!」


 言いかけたところで、キッチンから叫び声がする。


 見ておいてといったが、アグニはホントに見てるだけだったようだ。


 ベルがいるから大丈夫だと思っていたが、どうやら少しだけ遅かったらしい。


 大事なことを伝えようと思っていたが、まあ後でいいだろう。

 火傷したならすぐに冷やさないといけない。


 立ち上がり、キッチンに向かう。


 途中で。


「神器についてはまた明日直接見に行くよ。追加で頼みたいこともある。このあと食ってくか?」

「……そうだな、たまには騒がしい食事もいいだろう」


 カーティスと珍しく、食事を共にすることになった。

 彼に見えるように、もらったドワーフの酒を持ち上げる。


「決まりだな。いい酒もあるぞ」

「忘れるにはいい度数だな」


 こうして、あの日城に入ったみんなで食事をすることになった。






次回、「エピローグ~大地のそばで~」

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