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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第三十四話 かつての英雄



 城の最上階で大爆発が起きる。

 その光景を旗艦ヘルデスビシュツァーのブリッジで見ていたアグニータは座っていた椅子から思わず腰を上げる。


「何が起こっているのですか!」

「原因は不明! あそこに派遣されている部隊は通常部隊にはいませんっ」

「城から合流したアイリス大佐から該当するのは独立部隊のみとの報告! 恐らく師団長が使う《種子槍》であると!」


 かつてウィリアムの魔法を目にしているアイリスからの報告。

 アグニータは最上階が吹き飛び、広大な敷地を誇る城内のあちこちに落ちていく瓦礫を見て胸を抑える。


「いくら自身の魔法とはいえ、あれほどの爆発を至近距離で受けて無事だとは思えません。上層各地の制圧状況は?」

「中央広場に残党が集結し、バリケードを築いて抵抗しています。そのほかの区域はエドガルド及び秀英と名乗る2人の男の協力で完全に制圧完了しました」

「それではアングリフを中央へ向かわせてください。包囲するように部隊を展開させた後に降伏勧告を。それでも退かなければ攻撃してください」

「はっ!」

「それ以外の部隊は城へ向かい、独立部隊の応援に向かわせてください。一刻も早くこの戦いを終わらせましょう」


 グラノリュース上層は既にほとんどがアクセルベルク軍の手に落ちていた。

 飛行船による圧倒的な火力を一方的に放つことができるアクセルベルク軍の前に、ホームとはいえ地上戦力しか持たないグラノリュース軍は無力でしかなかった。


 象徴であり精神的支柱である天上人は全滅。

 最後に集結した地点には火力特化船であるアングリフが向かったために実質すでに勝利したと言っても過言ではなかった。


 それでもアグニータはまだ不安をぬぐい切れない。


「待ってばかりは辛いですね……」


 騒がしいブリッジ内で誰にも聞こえない声で本音をこぼす。

 吹き飛んだ最上階を覆っていた煙が晴れ、旗艦からもその様子が見えるようになると、望遠鏡で最上階を観測した兵が大声を上げる。


「敵城最上階にて人影5! いや……6!」

「! 内訳は!?」

「ヴェルナー中佐、ライナー、シャルロッテ両少佐を確認! ウィリアム少将も同様ですが……深手を負っています!」

「……っ!?」


 狼狽するアグニータ。ブリッジ内が騒然とするもそのまま観測員は続ける。


「ウィリアム師団長は誰かを抱えている模様! その人物の特定できず! 独立部隊員ではありません!」

「とにかく増援を! 急いで! 敵は1人ですか?」


 最初に通達された人数からすれば残る1人が敵である可能性が高い。先ほどの爆発でその一人が倒れていて欲しいと彼女は願う。


 だが彼女の願いはあっけなく散る。


「敵は1人、いまだ健在です! 信じられない……あの爆発を受けてもまったくの無傷です!」

「くっ……それではたとえ私たちが砲撃したとしても効果は薄いでしょう。彼らが撤退できるように支援を!」

「はっ!」


 アグニータはウィリアムを圧倒する敵がいるということが信じられなかった。昨日苦戦した天上人のマリアでさえ、一日で倒してしまったウィリアムにそうそう苦戦する相手がいると思わなかったのだ。


(あの人が苦戦する相手なら私たちがいっても足手まといになるだけ……一緒に戦うなんて、このままじゃできない)


 悔しさで唇を噛む。


(レオエイダンで悪魔と戦ったとき。私の加護が彼を助けた……どうして今はでてくれないの?)


 情けない自分を恥ずかしむように自らの体を抱きしめる。


 加護は願いを具現化する力。

 人の本質を表す力。

 しかし、それは本人の思う通りになる力ではなく、自らでも気づかないような深層心理を映し出すもの。

 表面的な意思を加護は叶えてくれない。それがアグニータにはとても歯がゆかった。


(考えても仕方ない……彼の横で戦えないのだから私はここでやれることをやらなくちゃ)


 悔しさを噛み殺し、彼女は軍のために全力を尽くす。




 ◆




「な、なななに!? もしかしてあたしを置いてなんかやってんの!?」


 城中に響いた爆音に、さまよっていたウィルベルは思わず身を縮こまらせる。いまだに迷子のウィルベルはやけになって何度になるかわからない大声を出す。


「ウィルーー! ロッテーー! エスリリーー! どこーー!」


 敵がいるにも関わらず彼女は明らかに侵入者とわかる叫びをあげる。実際はすでに城内は秀英が制圧しており、敵も出てこない状況だった。


 それが彼女の迷子をさらに加速させていく。


「はぁ……とにかく上に行かないと。でも上に行く階段はどこにあるのかしら」


 とぼとぼという音が似あう箒を走らせる。


 大きな通路に出たとき、


「ほげっ」

「わふっ」


 彼女は毛玉と激突し、箒から転がり落ちる。


 倒れこんだウィルベルは慌てて箒を手に取り、ぶつかってきた毛玉を警戒して指輪を光らせる。

 しかし毛玉の正体がわかったことで彼女は素っ頓狂な声を出す。


「え、エスリリ?」

「くぅん、あ! ウィルベルだー! やっと見つけた!」


 痛がっていたエスリリは一転して満面の笑みを浮かべてウィルベルに抱き着いた。ウィルベルもやっと会えた仲間に半泣きになりながら抱きしめ返す。


「わー! エスリリーー! 会いたかったよーー!」

「わたしもーー! ずっと探してたんだよー!」


 再会を喜ぶ2人。

 しばらくしてからウィルベルは気を取り直して他の仲間の状況を聞く。


「みんな上にいるよ。てんじょーびとっていうのを倒して王様に挑むから呼んで来いって言われたの」

「そう、天上人を倒して仇は取れたのね……。本当はあたしも参加したかったけど、まああの女をやれたからいいわ。それで上にはどう行くの?」


 いち早く合流しようとエスリリを頼りに戻ろうと立ち上がるも、エスリリは申し訳なさそうに尻尾と耳を垂れ下げる。


 ウィルベルはだらだらと冷や汗をかく。


「ま、まさか、上に行く道がわからないとか、ないわよね……?」

「ごめんなさい、この辺りってすごく焦げ臭くて鼻が利かないの。ここにはウィルベルが名前を呼んでくれたから来れたんだけど」

「おーまいがー」


 立ち上がってすぐウィルベルは膝をつく。

 彼女の横を箒がふよふよと浮いていた。まるで誰かに乗ってもらうのを待っているように。


 そんな箒を見たエスリリはふと疑問を抱く。


「ねぇ、ウィルベル」

「なに?」

「空飛べるんだよね?」

「そうね」

「外に出て上に向かえばいいんじゃないかな」

「……」


 口を開け、目を見開くウィルベル。

 きょとんとするエスリリ。


 しばしの沈黙を挟み――


「まあ、エスリリと合流できた今、それをやってもいい頃合いね!」

「え? 待っててくれたの?」

「そ、そうよ」

「ありがとう! このままじゃ迷子になって褒めてもらえないところだったよ!」

「……あとであたしもいくらでも褒めてあげるから、このことは黙ってるのよ」

「うん! わかった!」


 そうして頭の足りない2人は手頃な壁を破壊して外に飛び出し、あっというまに天高くに昇っていった。




 ◆




 爆発が起きた最上階。

 天井が吹き飛び、爆発による煙が辺り一体を包みこむ。

 太陽が覗いているはずの空は灰色に染まり、薄暗かった。


「クソ! 団長っ!」


 ヴェルナーは離れた場所でうずくまっているウィリアムに声をかける。

 しかし反応がない。

 天井が吹き飛び、壁が崩れるほどの爆発が起きてなおグラノリュースは健在だった。

 迂闊に動くことができない3人は歯噛みする。


 だがそこでライナーがあることに気づく。


「待ってください、団長が……」

「加護が!」


 シャルロッテが思わず叫ぶ。

 ウィリアムの体は天上人を倒したときのように、青く輝いていた。


「待て、団長だけじゃねぇぞ」


 ヴェルナーがウィリアムのほうを指さす。

 正確にはウィリアムが抱くように庇っている中年の男性を。


 男の体もウィリアムと同じく青く輝いていた。


「どういうことですか? あの人も団長と同じ加護ということでしょうか」

「父親とはいえ加護がまったく同じなんてない。そもそも気を失っているぞ」

「どおでもいい、とにかく団長の加護があるなら無事だ。だが受けた傷は治ってねぇ。すぐに助けるぞ」


 爆発から守ってくれたウィリアムの盾から飛び出して3人はグラノリュースを攻撃する。

 しかし、いくら直撃してもグラノリュースは意にも介さない。


「あの鎧かッ! うざってぇな!」

「一切攻撃が通りませんねっ、聖鎧とでも言いますか」

「言ってる場合かッ、団長たちをあの男から引きはがさないと!」


 ウィリアムたちに向かっていくグラノリュースを止めようとする3人。

 煩わしく感じたグラノリュースは左手に持つ橙色の剣を振り下ろす。


「ちっくしょうめッッ!」


 向かってきたいくつもの光線を3人は避ける。


「雑兵は黙っておれ」


 グラノリュースの声が響く。

 さらに強力な光線が放たれようと大きな光の穴が開く。


 逃げ場なく、全周囲から囲われるように光線が放たれる――


「黙るのはお前だ」


 直前に響くウィリアムの声。


 十字の槍が振り下ろされる。


 グラノリュースは光線を止め、頭上から迫る槍を両手の剣で防ぎきる。


「まだ動けたか。さすがはワシの見込んだ材料よ。その加護は強化か? 防御か? ん?」

「お前に使われる俺じゃねぇ。今ここで大好きなその剣もろともたたっ斬ってやる」

「……愚物がワシらを穢せると思うてかッ!!」


 怒るグラノリュースが自らを起点に爆発を引き起こす。

 至近距離で爆発を食らったウィリアムは数メートル吹き飛ばされ、ボロボロになった床を滑るように着地する。


 立ち上がろうとするウィリアム、しかし僅かにふらついた。


 頭を抑えながらも、3人に指示を出す。


「ライナー、シャルロッテ! この男の保護を頼む!」

「っ、はい!」

「直ちにっ!」

「やらせると思うてか」


 助けようと倒れる男の方へ駆け寄る3人にグラノリュースは大量の光線を浴びせる。


 ウィリアムが盾を動かして3人を守るが数が多く、囲うように光線が放たれたために防ぎきることができなかった。


「ぐあっ!」

「きゃぁッッ!」


 ライナーとシャルロッテが吹き飛ばされ、ウィリアムたちからさらに遠ざかる。ヴェルナーが必死に避けているが、近づくことができなかった。


「この野郎!」


 ウィリアムが攻撃をやめさせようと斬りかかる。グラノリュースは右手に持った青く光る白銀の剣を横にして防ぐ。


「部下がそんなに大事か?」

「お前にはわからないだろうよ!」

「わからぬな。この世界を築くのは選ばれし英雄だけよ。ワシや貴様のような聖人や魔人のみ。貴様らの国とてそうであろう。王には聖人や魔人といった長命で智勇兼備なものが上に立っている。違うかね?」

「それがなんだってんだ」


 わからぬか、と。


「国を作るのは長い時間がかかる。より強くより豊かな国を作るには強く賢い統治者が一貫して治める必要がある。そこに短命で矮小な者はふさわしくない。小さきもの達の短き一生などワシらにとっては瞬きの間。考慮するだけ無駄だとは思わんか?」





次回、「地球と月と太陽と」

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