第二十話 蛇の頭
南門からギルド周辺戻ってくるとあたりは阿鼻叫喚の大混乱だった。
まだしばらく持つと思われていた戦線がいきなり崩壊したのだ。周囲は包囲され逃げ場はなく、南門から敵の大群がやってくるのは時間の問題だった。
多くの人がこのギルド周辺の施設に避難しているが、ここもいまは安全とはいいがたい。どうにかして食い止めなければならない。
幸いにして、ここは街並みは入り組んでいるため、一度に進軍できる数は限られている。各個撃破ができないわけではないが時間がかかりすぎて、全員退けるのは不可能だ。
無事なハンターの数は?敵の数は?避難状況は?オスカーは?
どうしたらいいのだろうか。絶望的な状況でどうすればいいのか全く分からなかった。
落ち着け、どうすればいいのかわからないならとにかく手を動かすしかないんだ。
「敵が来るなら倒すしかない、避難する時間を稼がなくちゃ……」
半ば呆然としつつ、それでも体は勝手に動く。行軍してくる敵を次々と仕留める。
人を殺すことに何も感じない自分に少しだけ驚く。動けないよりはいいかと思いなおすことにした。
「もっと、倒さないと……」
いつの間にか、今立っている道にいる兵士がいなくなっていた。短い時間だったようにも感じるし、長かったようにも感じる。日の傾き方からしてそんなに時間は立ってない。でもいつの間にか南のほうの町から火が上がっている。ここまで燃え広がるのも時間の問題だ。
「駄目だ!しっかりしないと!」
とにかくこうなった以上、やるべきはまず大砲、指揮官、避難、撃退だ。どれも難しいがやるしかない。やらなければみんな死ぬ。
少し離れてしまったが、ギルド周辺に戻ろう。あそこは避難所も兼ねているから防備も硬い。あそこならまだしばらく耐えられるはずだ。
帰り道、逃げ遅れた人がいないか確認しながら大急ぎで向かっていると、大通りのほうで悲鳴が聞こえた。
急いで駆けつけるとそこには道で兵士に切りかかられそうになっている人がいた。その人の後ろには傷ついた人が倒れている。きっと助けようとしていたところに、敵の兵士が出くわしたのだろう。
この距離では間に合わないと思い、槍を思いっきり投げる。
槍は敵の兵士にあたると鎧ごと貫通し、さらに数メートル吹っ飛ばした。
通常、軍は小隊単位で動く。ほかにも数人いるのではと思っていると路地裏から二人ほど出てきたので、速攻で距離を詰めて仕留める。ほかにいないか確認しながら先ほど襲われていた人の元に戻る。
急いで戻って、速く避難させようと話しかけるとその相手はよく知った相手だった。
「大丈夫でした、か……」
「は、はい大丈夫、助かりま…あ」
助けた相手はアメリアだった。一瞬驚いて何も言えなくなってしまった。
そんな僕にかまわず、アメリアは泣きながら、抱き着いてきた。
「ウィリアム!ありがとう……本当にありがとう!」
「ア,アメリア。落ち着いて?ここは危ない。早く避難しないと」
泣きじゃくる彼女が話してくれないので、仕方なく彼女を抱き上げて、怪我した人に肩を貸して移動を始める。しばらく歩くと落ち着いたのか彼女は降りて自力で歩き始めた。
気まずいのかそれからは無言だった。ギルドの避難所について怪我人を寝かし、ギルドから出てまた南のほうへ向かおうとするとついてきたアメリアに腕をつかまれる。
振り返ると彼女は泣きそうな顔で話し出した。
「ウィリアム、なんで助けてくれたの?軍とは戦えないって言ってたのに」
急ぐべきなのだろうが、彼女と話すのは今しかないと思った。
戦闘は激化して、お互い生きて会えるかわからない。だから言えることは今言っておこうと思った。
「僕はね、君たちを助けたかったんだ。確かに軍と戦うのはまずい、もしこの後帰れば死刑かもね」
「それなら!なんで!」
「それでもいいんだよ」
軍と戦い、兵の命を奪った僕はまず助からない。自国民から略奪し、殺そうとする兵士といえどそれは変わらないだろう。
でも僕が騎士を目指す理由は、民を守るためだ。騎士になるために民を見殺しにするくらいなら僕は騎士をやめる。
戦う決意をさせてくれたのは彼女の言葉があったからだ。
「僕は戦うよ。アメリアが、この町が死ぬまで戦って悲願を果たそうとするんだ。そんな覚悟を見せてくれたんだ。なら僕もこの町と君、そして自分のために命を懸けるよ」
「……っ!ウィリアム!」
アメリアが抱き着いてきたので抱きしめ返す。血に濡れているのが気になってしまったがこの際気にしないことにした。
嗚咽を漏らしながら、彼女は言う。
「絶対戻ってきて。伝えたいことがたくさんあるんだから」
「絶対もどってくる。だから君も生きていて」
優しく声をかけ、彼女と離れる。
死ねない理由ができてしまった。ずるいじゃないか。自分は死ぬまで戦うなんて言っていたのに。
離れて彼女の顔を見ると、その顔は晴れやかだった。
しかしそんな顔もすぐに見る余裕がなくなってしまった。なぜなら直後に爆音とともに一人の男が近くの家屋から吹っ飛んできたからだ。
「きゃっ!」
「なんだ!?」
すぐさま彼女はかばうような位置につき、警戒していると音がしてボロボロになっている家から一人の男がでてきた。おそらくこの男がいまの爆音の原因だろう。
倒れているハンターと思しき男は動かない。
倒壊しつつある家から漂う煙の中、男がこちらに歩いてくる。
その姿にどこか見覚えがある気がした。そしてそれに気づいたとき、身体がわずかに震えてしまった。
「どいつもこいつも雑魚ばっかりだなぁ!こんなもんに手間取るとは俺がやるしかないではないか!」
そんな高慢なことを大声でのたまう男の姿は、かつて城の訓練場で何度か見た姿だった。
アティリオ先生と魔術を用いて模擬戦をした際に勝ち誇っていたあの男だった。
「イサーク教官」
「あぁ?おやおや!これはこれは、我が国が誇る天上人であるウィリアム殿ではないか!上層におられるはずの貴殿がなぜ故こんな町におりますので?」
口調は丁寧だがその声色と表情には明らかな侮蔑と嘲りの感情が見える。僕がなぜここにいるのか驚いていない様子からこの人は知っている。先生が言っていたのはこのことか。
誰かが僕たちを狙っていると、この人がそうなのか?
城にいたときにも高慢な印象を受けたが今は極め付きだ。だがなぜこの人がここにいる?この人はソフィアの担当教官で、基本城にいるはずだ。
「なぜ、あなたがここにいる。あなたは天導部隊。城にいるはず」
「はっ!何を言い出すかと思えば、敬語を使えよ。愚かな雑兵が。……だが機嫌がいいから答えてやろう。俺がここにいるのはお前ら、いやソフィアのせいだ。貴様らのせいで私の評価は地に落ちた。だから貴様らが執着しているこの町を滅ぼして、ついでに下層民から徴税を行ってこの俺の手柄にしてやろうというのだよ」
「何を言ってる?あなたはソフィアの教官ということで評価が上がったはずだ」
「これだから出来損ないは頭が足りん。ほかの天上人どもが持っているものを何も持っていないお前がなぜ、騎士としているのか理解ができん。腸が煮えくり返る思いだ」
いちいち、文句や自慢の多い奴だ。よほどこちらを見下しているのか。記憶がなく、魔法も使えない僕を出来損ないといい、頭も足りないといった。さすがに僕でも腹が立つ。
だが今はとにかく後ろにいるアメリアを逃がすことと少しでも相手から情報を引き出さなければならない。
「ソフィアが大成したから俺の評価があがった?逆だ。城の連中はたった数年学んだだけの小娘に負ける程度の粋がりだと馬鹿にしてきやがった。挙句教えることがなくなればただ飯ぐらいだと役立たずだと罵りやがった。だから今回、国に逆らう逆賊どもを始末して手柄を上げてやろうとしたわけだ。おあつらえ向きに貴様らがこの町に出入りしていることも分かったからな。ちょっと情報を流せば貴様らはこの町にやってくると思ったよ!その時はまとめて始末してやろうとな!」
「ペラペラとよくしゃべる。自信があるのはいいことだけど身の程を知らないと痛い目見るよ」
「それはこちらの台詞だ、出来損ない。三下は三下らしくここで死ね」
この男は魔法を使うソフィアに抜かれたことで周囲から陰口をたたかれ、それを恨んでソフィアにあたっている。彼女は強くなり、イサークを抜いたことで上からの評価は上がっていたかもしれないが、周囲の評価は確実に違うものだったのだろう。上からの評価がどうだったものか、そもそも評価していたのかは知らないが。
「間抜けな貴様らはまんまと策にはまってここに来たというわけだ。あの女の前に貴様の首を転がすのはさぞ愉快だろうな」
「悪趣味な」
「国を裏切った逆賊には十分だろう。あの女には見せしめだ。さすれば二度と俺にはたてつかなくなるだろうよ」
「ひどい、ソフィアさんが何をしたっていうんですか!?」
「駄目だよ!」
イサークの話を聞いて我慢ならなかったのか、アメリアが糾弾する。だがこれは悪手だ。いま奴の狙いを僕から逸れれば、彼女が逃げるのは一気に厳しくなる。
今僕が使ってるのは普通の武器で、イサークが持っている武器は魔法陣が刻まれている。数合で決着がつけられるような実力差ではない以上、不利なのはこちらだ。
なにより奴の性格上、目をつけられればただでは済まないだろう。実際奴の目の色が変わった。
「あぁ?お前は……ははは!これは天下の天上人がまさか規則を破り、中層の町で女遊びとは!これは後世にも残る偉業ですな!見ればなかなかの上玉だ。その娘をこちらに渡せば見逃してやるぞ?」
さすがにこれには我慢がならなかった。剣を引き抜きながら一気に距離を詰め、切りかかった。相手は挑発していたから予想はしていたのか盾を構えて態勢も整えていた。
お手本のような構えにさすがだと内心思いながらも、それでも引かず全身全霊で切りかかる。僕の身体は、理由はわからないがかなりの膂力がある。しかも最近は厳しい鍛錬を耐えて以前よりも力が増している。たとえ盾の上からでも態勢は崩せると踏んでいた。
だが予想は外れ、僕の一撃はイサークの身体を揺らす程度しかできなかった。
「たとえどれだけの力があろうと。俺の意思の前では無意味だ!」
盾で防がれ、剣が迫るがすぐさま盾で距離をとって回避する。相手は詰めようとせず、悠然と立ったままだった。
おかしい。
アティリオ先生があの構えで受けてもここまで完全に耐えられたことはない。僕の一撃は受け流されなければ、先生でも1mほど押されるレベルなのだ。だから防御に長けたわけでもないイサークがここまで完全に力を抑え込まれるのは違和感があった。
「なんだ!?」
「加護も知らんとは、アティリオには教える才がないと見える」
あざけるような顔と声。ひどく不快だ。
それよりも加護?つまり今のイサークは加護が発動している状態ということか。
僕は加護が発現したところを見たことがない。ましてや自分が発現したこともない。
注視してみると、確かに今のイサークの体がどす黒い赤色の光を帯びている。
さらにその光からは何か強い力を感じる。
これが、加護か。
今イサークに加護が発動しているのならかなり悪い状況だ。勝つのは難しいうえにアメリアを逃がすことができるかも怪しくなる。
こうなったら一か八か、差し違えるつもりで仕掛けるしかない。その間に逃がす。
そう考え、仕掛けようとした瞬間に、とても心強い声が聞こえた。
「おらぁぁ!」
まだ無事な家屋の屋根から駆け出し、飛び降りながらイサークに切りかかったのは、両手に短剣を持った見慣れた姿だった。
双剣によって繰り出される怒涛の斬撃に、不意を突かれたイサークは体勢を立て直そうと距離を取った。
僕の前に現れた、たくましい背中を向けるその人は――
「無事か?ウィリアム?」
「オスカー!」
それは煤に汚れながらも笑みを浮かべ、悠然と立つオスカーの姿だった。
次回、「最悪」