第三十二話 はじまりの場所
城の一階で戦い続けていたアイリスとカーティス、そしてエドガルドの戦いはある人物の介入で終わりを告げた。
「んお?」
「誰か来るね」
「敵か」
手を止める三人。
エドガルドの衣服は煤にまみれ、一部が破れ、傷だらけの肌が見えていた。
肩で息をしたアイリスはかすり傷といった浅い傷がいくつもあるものの、未だ意気軒昂であり、カーティスは未だ無傷だった。
そんな3人の下にやってきたのは、大勢の兵士を引き連れた、エドガルドと同じ槍を手にした男。
キツイ印象を受ける男の顔を確認したエドガルドは構えていた槍を落として降参のポーズをとる。
「ここまでだな」
訝し気に睨むアイリス。
「どういうこと?」
「それはすぐに頑固弟子が説明してくれるよ」
「頑固弟子?」
やってきた男、秀英は3人に向けて言葉を放つ。
その声色は見た目通り低く厳格な声。
「そこまでだ。師よ、そしてウィリアムの仲間よ。戦いをやめてもらいたい」
「もうやめてるよー」
「……」
(あ、なんとなく2人の関係性がわかったかも)
エドガルドの空気を読まない軽い返答に、軽く呆れを帯びた視線を向ける秀英を見て、アイリスはこの2人の関係性を察する。
既にカーティスは素知らぬ顔で懐から葉巻を取り出し、火をつけてだす。
そこに戦いのときのような緊張感はなかった。
「既に城内は制圧しました。抵抗するものはいません」
「上出来だ。坊主に感謝だな」
エドガルドが称えるように手を叩く。
状況が理解できないアイリスはカーティスに尋ねる。
「どうなっているかわかる?」
「おおよそはな。どうやらこの男たちはもとより反旗を翻す気でいたようだ。我々が攻め入るスキを狙ってこうして行動を起こしたというわけだ」
「ということは味方ってことかい? ならどうして戦っていたのさ」
「彼らだけでは勝てないからだろう。今は外に大勢の兵士が出払い、この城の中も団長が暴れ数を減らした。今が確実に落とせるときだった」
「その通りだよ。長いこと見なかったが立派に老けたな、カーティスよ」
エドガルドがカーティスに気さくに話しかけると、カーティスは露骨に顔をしかめる。
アイリスは顔見知りのような2人の関係にさらに困惑した。
「ど、どういうこと?」
「それはそこにいるおっさんがな――」
「そんなことはどうでもいい。早く次の行動に移ることだ」
説明しようとしたエドガルドをカーティスがぴしゃりと止める。
アイリスはそれを見て知られたくないことがあるのだろうと追求せず、代わりにこれからのことを聞くことにした。
「それでこれからは団長たちに合流するってことでいいのかな」
カーティスに向けた疑問は、意外にも秀英から答えが返る。
「通常であればそのつもりだった。だが困ったことにここから上に昇る階段が焼失している」
「焼失? じゃあお前らはどうやってここまで来たんだよ」
エドガルドが聞く。
「それはもちろん飛び降りました。ですが降りるのはよくても昇るのは難しいでしょう。この人数では時間がいくらあっても足りません」
「そうはいうが、あの男相手じゃいくらあいつらでも……。そもそもなんで焼失してるんだ?」
秀英は眉をしかめ、そんなもん知るかとばかりに投げやりに。
「私とてわかりません。物品はおろか建造物ですら焼失しているのです。あんなことができるものに心当たりはありません」
「そうか。じゃあ坊主かその仲間たちだな。とんでもねぇのがいるなー。じゃあ、それならここにいる二人に協力してもらって外の制圧に移ろう。上はアティリオに任せる」
「はっ」
行動を決めた師弟は2人を置いてテキパキと周囲の兵士に指示を出し行動を開始する。
エドガルドは指示を秀英に任せてアイリスとカーティスに話しかける。
「そんなわけだからお二人さん、手伝ってもらえないかな」
「どんなわけかしっかり説明してもらいたいところだけど……一度団長に連絡させてもらうよ」
そういってアイリスは手首の通信機でウィリアムに通信を試みる。
しばらくの時間があり、アイリスの通信機から声がする。ただその声は少し沈んでいるようだった。
『無事かアイリス。カーティスは?』
「2人とも無事だよ。それで今の状況なんだけど……」
ウィリアムに今の状況を伝える。
目の前の2人を信用してもいいのか、自分たちがどうすればいいのか。
『……そうか、なら2人はそこにいる槍馬鹿達を手伝って市街の制圧に向かえ。アグニが飛行船を指揮して既に大半の兵士は降伏しているはずだ。残りは歩兵や工兵を使う必要がある。アイリスはその指揮を、カーティスは2人を案内しろ』
「わかった。そっちは大丈夫?」
『……ああ、あとは王だけだ。これだけ騒ぎを起こしても何もしてこないのが不気味だがな。お前たちはお前たちのするべきことを為せ』
それだけ言って通信は切れる。
通信が切れた後も、アイリスは通信機を見つめ続ける。
エドガルドが口笛を吹く。
「坊主は愛されてるねぇ。こんな別嬪さんがいるなら俺も外の国に行きたいもんだ」
「師匠では会えたとしても相手にされないでしょうね。軽薄さがにじみ出ていますから」
「ひどいな。お前みたいな堅物といるからそう見えるだけでいたって誠実だぞ?」
「誠実な人間はそんなこと言いません」
(あの声色、また何かあったのかな。またあんな顔をしてないといいけど)
ウィリアムを心配するアイリスに槍師弟の会話は入っていなかった。
その後は二つに分かれ、彼らはこの国を変えるために協力するのだった。
◆
ゆっくりと、ゆらゆらと、城内を進む少女がいた。
「えーっと、こっち? あれ、違うわね。じゃああっちね。いやさっき通ったような……」
箒に乗りながらうんうん唸っているのは、黒いローブに尖がり帽子、光を反射する銀髪と透き通るような瑠璃色の瞳の魔女。
ウィルベルだ。
彼女は戦いを終えて休憩を挟んだ後、ウィリアムたちの後を追っていた。しかしボロボロになった部屋の周辺が崩れたために道順通りにまっすぐ進むことができず、初めて来る城で完全に迷子になっていた。
「もーっ! どこーっ! 敵でも誰でもいいから出てきなさいよー!」
ヤケを起こしたウィルベルは箒ごとその場で回転しながら頭を抱える。
勘で進んでいたが全く別のところに進んでいたため、下に向かっていた秀英ともすれ違うこともなかった。
「うぅ、急に体が青く光ったと思ったら消えるし。一体何が起きてるのかしら」
独り言をつぶやきながら彼女は適当に進んでいく。
扉をくぐり、目にはつきにくい細い通路を進んでいく。
――やがて1つの部屋を見つけた。
他の部屋よりも分厚く冷たい金属の扉、まるで牢屋のように堅牢な造り。
「何かしらこの部屋。もしかして宝物庫かな。お金がいっぱいあったりして……」
目的も忘れて扉に手をかける。
鍵のかかったその扉をウィルベルは魔法で無理やりこじ開けた。
敵がいないか警戒しながら彼女は部屋に入る。
入った瞬間に、
「うぅ、さむっ!」
冷えた空気が彼女の体を撫でつけ、熱を一気に奪い去る。
部屋の中は暗く、扉を開けてもなお部屋の奥まで見通すこともできない。
「暗いわね。明かりはっと……っ、なにこれ?」
明かりもなく暗い部屋を、火の魔法で明かりをともしたウィルベルの目に入ってきたのは不可解なもの。
部屋は狭く、ろくに飾りもない。
立方体の質素な部屋の中央に唯一、真っ赤で金の刺繍が施された豪華な絨毯が引かれており、何よりも目を引いた。
だが、それ以上に彼女を困惑させたのは、絨毯の上に無造作に落ちている無機質な金属たち。
「これは手錠と足枷? 柱もあるし牢屋だったのかしら。それにしては絨毯が立派よね。壁のランプも少しだけあったかいし、ついさっきまで誰かいたのかな」
落ちていた金属を持ち上げる。鎖が付いた手錠が四つ、部屋の中央奥にある太い柱に括りつけられていた。
「ん? なにこれ、魔法陣?」
手錠の内側に複雑な魔法陣を見つけたウィルベルは、炎を近づけて魔法陣を理解しようと試みる。
「うーん、専門外の魔法でわからないわね。封印系? じゃあやっぱり牢獄かな」
諦めたウィルベルは宝らしいものも見当たらないためにこの部屋が牢獄だと判断し、手にしていた手錠を床に無造作に放り投げる。
がしゃんと金属が擦れる音が石室に響く。
部屋を出ようとしたウィルベル。
しかし、内側から見た扉に慄いた。
扉の内側には、手錠同様たくさんの魔法陣が所狭しと刻まれていたからだ。
「うげっ、扉にも封印の魔法陣があるじゃない。気味が悪いしとっとと出ましょ」
そのまま彼女はそそくさと部屋を後にした。
◆
「ウィルベルは通信に出やがらねぇな。何かあったのか?」
天上人を倒した5人はひとまず休息をとり、その間に分かれた者たちと連絡を取っていた。
ヴェルナーはウィルベルに連絡を取ろうとしたが、不幸にもそのタイミングで彼女はとある部屋に入っていた。
連絡を諦めたヴェルナーがウィリアムに眼をやる。そこにはマルコスの死体を燃やし、引きずるようにマリアを運ぶ姿があった。
その後ろ姿はとても仇をとってすっきりしているようには見えない。
「団長、ウィルベルとは連絡が取れねぇ。なんかやってんのかもしれねぇ」
「……そうか、なら鈴でも鳴らすか」
ヴェルナーの報告を聞いたウィリアムは懐から『親愛の鈴』を取り出して鳴らす。マナを感知できないヴェルナーにはわからないが、ウィリアムとウィルベルはこのベルを鳴らすことでお互いのおおよその位置がわかる。
「それどんな仕組みなんだ? どこにいても鳴るなんてすげぇぞ」
「その代わり声を届けることができないけどな。複雑な情報を届けられない代わりに単純な情報を遠くに届けてるだけさ。通信機とそう変わるもんじゃない」
説明しながらウィリアムは鳴らした鈴を見つめる。鈴に何も変化はない。
「どうしたよ? わかったんかよ」
「いや、鳴らないな。こっちを鳴らして向こうが鳴れば大体の居場所がわかるはずなんだけどな」
「壊れたってことか?」
「……かもな」
鈴が壊れたと聞いて仮面の下のウィリアムの目が険しくなる。しばらく黙って考え込んだ後にウィリアムはエスリリを呼ぶ。
「エスリリ、ベルを探してきてもらえるか」
「ウィルベル? いいよー。見つけたらどうすればいい?」
「元気なようならここに連れて来てくれ。怪我をしていたら飛行船まで戻って治療させてくれ。都度連絡も忘れずにな」
「わかった! 終わったら褒めてくれる?」
「いくらでもな」
頭を撫でてエスリリを送り出す。
ヴェルナーはそれを微妙な顔で見送った。
「団長、あいつに甘くねぇ?」
「ペットが甘えてくるのに邪険にするやつがあるか? 自分で拾ってきたんだから面倒くらい見る」
「ああ、ペット扱いなんだな」
ヴェルナーは半ば呆れながら力ない息を吐く。
「それより一人で行かせていいんかよ。ここは敵の本丸だぜ?」
「その辺りは秀英がうまくやっているだろう。それにもしまだ敵がいたとしてもエスリリなら回避できるし対処もできる。この一年彼女も成長しているよ」
「そぉかい、ならいいけどよ」
「お前も仲間思いになったもんだ」
「うっせぇ、普通だ普通」
からからと笑うウィリアム。そのままライナーとシャルロッテにも声をかけて進む準備をさせる。
装備を確認し、体調も万全にする。
準備が完了したとき、ウィリアムは手を叩き、先へと続く階段を指さす。
「さあ、いよいよ最後だ。覚悟はいいな」
「今更だな、とっくにできてらぁ」
「ええ、不備はありません」
「我々の力を見せつけてやりましょう!」
意気軒昂な3人を見てウィリアムは満足げに頷き、階段の方へ歩きだす。
「人を見下し弄ぶ腐った王を、ぶちのめしに行こう」
次回、「人器の王」