第三十話 師の行方
秀英曰く、この先に師であるアティリオがいる。
あの人も秀英と同じくこの国を変えたいと思っているはずだから、多少は戦うかもしれないが心配いらないだろう。
むしろ問題はその後の天上人だ。
「恐らくこの先だ」
「確か団長の師匠だったか。どんなやつなんだ?」
「一言で言えば……化け物?」
「はぁ?」
ヴェルナーが尋ねてきたので答える。
正直、とんでもなく強い人としか言えない。
あの人にたった数年鍛えられただけでその辺の軍人より強くなったのだ。
本人がどれだけの実力を持っているのかわからない。最後に一本取れたが、今思えば手加減をしていたようにしか思えなかった。
アティリオと戦ったライナーとシャルロッテは彼を思い出して身震いする。
「ああ、あれは人間じゃない……」
「正直勝てる気がしません」
2人そろって言うのがおかしかったのか、少しだけ笑いながらヴェルナーが尋ねる。
「具体的に教えろよ」
「僕たちが放った弾丸は全部斬り、逸らします」
「爆弾を放っても正確無比な短剣の投擲で容易く暴発させるし、距離をとっても一瞬で詰めてくるんだ」
「んな馬鹿な」
2人にここまで言わせるとは恐ろしい。
戦うことになれば全員でかかるしかないかもしれない。
次に抜ける部屋の前に辿り着き、また突入の指示を出す。
定石どおりに扉を魔法で吹き飛ばす。
そこには師であるアティリオがいる――
ことはなかった。
目に入ってきたのは、こちらに向かって火を噴く大量の銃口。
「撃て!!」
「っ!」
すぐに魔法で盾を浮かし、全員を囲うように配置して防ぐ。
盾には一つ一つ防御範囲拡充の効果があるため人一人くらいは守ることができる。
固まっていたために6つある盾を用いれば防ぐことは可能だった。
だが問題はそこじゃない。
「団長! あの男の姿が見えません!」
「いい匂いも全然しないよ! 耳が痛い!」
ライナーとエスリリが部屋の中の様子を知らせる。
「ここじゃないのか? なら突破するしかない!」
けたたましく鳴る銃声に負けないように全員が大声を出す。
エスリリの鼻でも耳でも確認できないとなると、ここにはいないのだろう。
この先にいると秀英が言っていたが、作戦が変わったのか? それとも彼が騙したのか。
エスリリの鼻があるから後者はない。となれば前者、作戦が変わったのだろう。
ここにアティリオが不在なら、今いるのは何も知らずに軍に従っている奴らだけだ。それなら遠慮はいらない。
「《日雷》」
お構いなく吹っ飛ばすことにした。
「――ッ!?」
室内にも関わらず、発砲音に負けないほどの轟音が鳴り響く。
兵士たちの頭上にいくつもの雷光が煌めき、落ちる。雷が落ちた周囲の数十人が糸の切れた人形のようにバタバタと倒れる。
雷は部屋の中で立っている人間がいなくなるまで続いた。鳴り響いた銃声は途中から悲鳴と怒号に変わり、やがて何も聞こえなくなった。
盾から顔を出して周りを見ると、俺たち以外に生きている人間は誰もいなかった。
その光景を見たヴェルナーが口笛を吹き、エスリリは耳を抑えて震えている。そういえば、犬は雷が怖いんだったっけか
「うぅ、耳が痛いよぉ」
「相変わらずすげぇ威力だな。一度でいいから使ってみたいぜ」
「一番持ってはいけない人って自覚がありますか? 君と心中なんて御免ですよ」
「心配すんな。死ぬときゃお前一人だ」
「いやまず殺さないでくれ。団長、絶対ヴェルナーに魔法教えないでくださいね」
部屋の中を調べながらの三人の雑談。
ふられたので、エスリリを呼び寄せながら応える。
「教えたくても教えられないよ。よしんばできても雷は教えねぇ。おいで、エスリリ」
震えているエスリリの頭を撫でながら頭を整理する。
ここにいたのは雑兵だけだが、武装だけは貴重な銃を使った立派な物だ。
この部隊には見覚えがない。
だがシャルロッテに見覚えがあったようだ。
「団長、この部隊は件のアティリオ殿の部下だと思われます」
「何? 間違いないのか」
「昨日交戦した際の武装と似通っていますし、この男に見覚えがあります。部隊の副指揮を執っていました」
シャルロッテはある男の体をひっくり返した。男は白目をむいて倒れており、その顔は絶望に満ちた顔をしていた。すでに事切れているが胸には立派な階級章がある。
彼女は昨日何度かこの男を仕留めようとしたが、失敗したらしい。指揮官であるアティリオに邪魔をされたからだと。その際に近くでこの男の顔を見ていたから覚えていたらしい。
「妙だな」
呟く。
アティリオの部下であるなら彼の意志を知っているはずだ。問答無用で襲ってくるだろうか。
……師に何かあったのか。
「考えても仕方ない。進もう」
腹の中で虫がのたくっているような、そんな不快な気分だった。
◆
最後の階段がある広い部屋にやつらがいた。
「本当に来やがった。学習しねぇ奴らだな!」
「よく来たね。みんな待ち受けていたはずなのに」
そこには燃える剣を両手にもつ赤毛の男と箒に乗った凛々しい瞳に表情に乏しい黒髪の女。
マルコスとマリア。
マリナを殺した二人。
絶対に許さない。
念のために部屋の中を見渡せども、いるのは二人だけ。どこにもアティリオの姿はない。
「アティリオを見ないがどこに行ったんだ?」
「他人の心配してる場合か? お前たちはここで死ぬんだから関係ないぞ」
「彼がどこにいるか私たちも知らない。でも見当はつく。この先にいるよ」
やたら挑発してくるマルコスに対して、マリアはなんでもないことのように教えてくれる。
この先は王の間のはず。そこにアティリオがいるというのは不自然だ。
もしかしたら俺たちと戦う前に先に王に挑んだのか?
もしそうならさっさと加勢にいかなければならない。
だがその前に、目の前の2人をぶっ殺さないといけないな。
「悪いが、あの二人は譲ってもらえるか?」
「……仕方ねぇ、任せるぜ」
「油断しないでくださいね」
「仇をとってください!」
あの2人はこの手で討つ。
決して生かしておかない。
「室内でてめぇらに逃げ場はねぇ! 死ね! 《太陽放射》!」
マルコスが両手の剣をこちらに向けて、広い部屋を埋め尽くすほどの青色の火柱を放つ。
その炎を――
「《純粋星華》」
盾の華を咲かせて防ぐ。
組み合わさった六つの凧盾は、花弁のように華の形に組み合わさると淡く輝き、迫る炎の一切を退ける。
視界を塞ぐほどの光を放つ炎が避けるように別れて後ろに流れていく。唯一の安全地帯にいる俺たちは誰も焦ったりはしなかった。
「勝てねぇんだから抵抗すんなよ。まだハンターたちの方が利口だったぜ」
炎の壁の向こうでマルコスが唾を吐く。
「弱い者いじめで悦に浸ってるやつはよく吠える。自分が勝ると信じたいんだろうな」
「ああ? なんか言ったか、弱虫」
「いったよクソ虫。弱い奴ほどよく吠えるってな」
クソ虫の頭上に雷を落とす。
たださすがに学んだのか、頭上のマナの動きの変化を察した2人はその場から離れた。
此方に向かってきていた炎の柱は消え、視界が開ける。
前方に配置していた盾6つは3つずつに分ける。一組は部下たちに、もう一組は自分で使う。
さっきの火力なら6つ無くても3つで十分防げる。
「この室内ならお前が雷を落とそうとしてもすぐわかる。落ちる場所がわかれば避けるのなんて容易い。ここじゃお前は俺に勝てねぇ」
「説明どうもありがとう。ちっちゃいお前の頭じゃそれが限界か」
「はっ、なんとでもいいやがれ。実際今避けられたじゃねぇか。雷が得意みたいだな。だがこの室内じゃ、シンプルがゆえに俺の炎の方が有利だ」
そうしてまたマルコスがこちらに炎を放つ。全く同じ、芸のない奴だ。
盾を自分と部下の場所に3つずつ花のように組む。
「《純粋華》」
ユリの花のように3枚の盾が光り、炎を防ぐ。
相手が室内を選んだのは雷対策もあるのだろうが、炎による酸欠も狙っているのかもしれない。
周囲は炎によって焼かれてきている。俺たちが通ってきた道にも火の手がまわり、一部が崩れかけている。
でも、ぬるいな、とてもぬるい。
色は青色、高温であることを示す綺麗な色だ。でも俺はもっと強い火を知っている。
「ベルに比べれば全然だ。死ねる気がしないな」
こんな感じのシチュエーションは以前に何度も経験している。その都度同じやり方で突破してきたものだ。
「飛竜と同レベルか、空が飛べるだけが取り柄らしいな」
周囲に磁気を発生させる。すると炎が避けるように曲がり、盾がなくても無事な空間がわずかに出来上がった。
持っていた槍を引き絞り、全力で投擲する。
炎の中を突き進む槍はマルコスの胸に向かっていった。
「はあっ!?」
だが直前に気づいたマルコスは慌てて炎を逆噴射させることで素早く回避した。
避けられたことに舌打ちするもすぐさま槍を手元に転移させて戻す。
「少しはやるみたいだな。たいていの奴は炎を吹き付けるだけで死ぬんだぜ?」
会話に付き合う気はなかったので、すぐに次の手の準備をする。
ただ目の前の男はペラペラとしゃべりだした。
「たいしたことないと思っていたが認めてやるよ。その辺の奴らとは違うってな。後ろの奴ら含めて、てっきり昨日の奴みたいにあっさり死ぬと思ってたんだがな。いや、あの女が弱すぎただけか? 今日は全員生き残ってるもんな」
「……ああ?」
無視するつもりだった。こんな男と話すことも煩わしかったから。
でも今の言葉は許せなかった。
「あんな大慌てで帰っていったくらいだから大層な奴だと思ったがそんなことなかったな! 昨日の奴は捨て駒で今日が本命ってわけだ! はしゃいじまったのが恥ずかしいぜ」
「……黙れよ」
「昨日のお前らの泣きそうな顔は傑作だったな! 今までハンターやらなんやらを相手にした時も楽しかったがお前らは本当に楽しかった! ……そうだ! お前じゃなくて後ろの奴らから始末することにしよう! マリアがいれば余裕だろうしな。そうすればまたお前の惨めな――」
その言葉を男が言い切ることはなかった。
俺がクソ野郎の顔を掴んで床に叩きつけたから。
「がはっ」
「頭とは反対によく回る口だ。大好きな炎で焼けば静かになるか?」
「ギャアアアアア!!」
抑えつけた右手で白炎を発生させて顔を焼く。
《伏雷》で強化した肉体のおかげで聖人になったマルコスが抵抗しても俺の体はびくともしない。
するとマリアがこちらに勢いよく突撃してきたために、飛びのいた。
「ちっ」
マリアがいれば死んでいない限り復活してしまうから、できれば頭を吹き飛ばしたかったが、仕方ない。
現にマリアはこちらを警戒しながらもマルコスに触れて傷を治してしまった。
マルコスの顔にある手のひらをかたどる傷はあっという間に消えていく。
「黙って戦って。彼はマルコスより強い」
「んなわけねぇ。ちょっと油断しただけだ。俺の方が断然強い。部下を狙えばあいつなんか一瞬だ」
「なら早くして」
「うっせぇな。ならお前も手伝えや」
「手を出すなって言ったのはあなた。私は従っただけ」
口げんかする2人。
マルコスはいいがマリアは厄介だ。彼女の魔法について見当はついても対処法となると難しい。
まあいい。
彼女は後回しだ。
「ごちゃごちゃ言ってんなよ。同時に来ようが一人ずつだろうが変わらない」
こいつは俺の部下を、マリナを貶めた。
たどる結末は1つしかない。
「来いよ、2人まとめて――殺してやるぞ」
槍を担ぎ、挑発するように手招きをした。
――その手は、海のように青く輝いていた。
次回、「青の意思」