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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第二十九話 好敵手




「あつくねぇか?」

「一気に暑くなったな。なんか起きたのか?」

「スンスン、焦げ臭いにおいが下から漂ってきてるよ」


 城を登っていると急に気温が上がった気がした。

 走り続けているとはいえ、普段から鍛えている。だから、さほど汗をかくほどの量は走っていないはずだが、ここにいる誰もが額に玉のような汗をかいている。


 少し進むペースを落とすことにした。

 安全なところで腰を下ろし水分をとる。


「団長、あとどんくらいだ?」

「王の間までは、あと階段を3つ登ったくらいか。階段がある場所は開けた部屋になっているから、そこにまた誰かがいるだろうな」

「次はだれが行くの?」

「全員でかかるよ。さっきまではまあ、特殊ってことで」

「適当だなおい、大丈夫かよ。そんなんで」

「何かあったら通信してもらえば転移ですぐに迎えに行ける。ちゃんと伝えてあるから大丈夫だろう」


 一切心配していないわけではないが、それでもちゃんと任せられる連中だ。だから連れてきたのだから。


 それよりもこれからだ。あと少し進めば階段のある部屋だ。また誰かいるだろう。

 今度は誰だろうか。


 休憩を終わりにして全員腰を上げる。

 城を再び進む。そして階段のある部屋の目前に迫った。


 全員に視線とハンドサインで指示を出し、カウントをして部屋の扉を吹き飛ばす。

 一気に部屋に飛び込むと階段の手前に一人の男が立っていた。


 その男はきつい印象を受ける釣り目をしていて、手には槍を一本持っていた。


 彼の名は――


「秀英」

「ウィリアム、か? 久しぶりだな」


 自信なく俺の名を呼ぶ。

 今は仮面をしているから一見してわからなかったのだろう。

 情報から聞いていたといったところか。


 ……それにしても懐かしい。


 随分と白髪が増えた。老け込んだな。


 再会を喜びたい気分だが、あいにくとそんなことはできないらしい。


「通してくれないか?」

「それはできないな。お前たちではこの先に進んでも無意味だ」

「ああ? 何言ってんだぁ」


 秀英の言葉にヴェルナーが反応する。

 ヴェルナーの不良のような喋り方と風貌を見て、秀英は露骨に顔をしかめる。


「その品のない男はお前の仲間か?」

「そうだよ。品がなく見えるかもしれないが、優秀な奴だ」

「それで優秀でなければ終わっているな」

「言えてるな」

「敵と一緒になんでオレを落としてんだ」


 少しだけ笑ってしまった。

 記憶を取り戻す前は秀英と仲が悪かった(俺が一方的に嫌ってただけかもしれない)が今はむしろ付き合いやすく感じる。


 ライナーと同じで思ったことをずばずばいうタイプだから、俺もいちいち発言に気を付ける必要がない。


 それはそうと通してもらわないと困る。


「通してくれないなら、倒すしかないな」

「やってみるがいい。ただし一つ条件がある」

「条件? 通してくれないのにか?」

「そうだ」


 秀英が俺を指さす。


「ウィリアム。お前の実力が知りたい。この先に進むに値するのかどうか、見定めてやる」

「つまり一騎打ちってか?」

「そうだ。代理を立ててもいいがそれで実力不足とわかったらここは通さん」


 秀英が手にしていた槍の石突で床を強く叩く。すると奥の部屋からわらわらと大勢の兵が押し寄せてこちらに銃や剣、盾を構えてくる。


 受けなければ数に物を言わせて仕留めるということか。


 こんなことをするとは、あいかわらず不器用な奴だ。


「いいだろう、受けてやる」

「いいのですか。馬鹿真面目に受けてしまって。勝ったとしても通してくれるとは限りませんよ」

「そんときは普通に押し通ればいい。問題ない」


 秀英は相変わらず芝居がへたくそらしい。大根演技に付き合うのはこれが二回目だ。


 なら適当に付き合ってやるとしよう。


 秀英の前に槍だけを持って出る。


「魔法は?」

「なしだ」

「へいへい」


 ちっとも変わらない槍馬鹿のままだ。魔法は秀英も使えるだろうに。


 互いに槍を構える。かつて何度も矛を交わし合った仲だ。開始の合図なんて要らなかった。


 走り出し、まっすぐ突き出された槍がぶつかる。すぐに突き返してくる相手の槍をいなして反撃する。


 3年たった今でも変わらぬままだった。

 もしかしたら、今、俺の顔は笑っているかもしれない。


 秀英もきつい印象を受ける顔を、わずかに綻ばせている。


「外の世界はどうだった?」


 槍をぶつけ合いながら、聞いて来た。


「凄かったよ。種族ごとに国があって、立派に治めてた」

「何をしてきたんだ?」

「いろんな国をまわったよ。ドワーフの国に行って悪魔退治に参加したり、エルフの国で魔物討伐に参加させられたり」

「いい出会いがあったんだな」

「ああ、とても。俺にはもったいないくらいにいい奴らばかりだったよ」


 会話を交わしながらも槍はぶつかり続ける。そこに手を抜いてる様子も暇もなかった。

 ここ数年で腕を上げたつもりだったが、それは相手も同じだった。


「この国では得られないものばかりだった」

「そうか。……たった数年で大きく差が開いてしまったのか」

「そうかもな」


 秀英は少し悲しそうな眼をしていた。


 この数年、彼は辛い思いを沢山してきたんだろう。


 彼の話は聞いている。

 中層の反乱分子を攻めることを、気づかれないように止めたり、ハンターたちが生きられるようにわざと手を抜いたり。


 結果、彼はこの国の軍部に、同じ天上人からも無能とそしられ続けてきた。


 だけど、そのおかげでハンターたちは救われて、今この国を変える一助となっている。


 彼はハンターたちに気づかれることもなく、仲間のいないこの国で、ずっと1人戦い続けてきたのだ。


 それは俺にはできない、耐えがたいほど孤独な辛い日々だっただろう。


 俺が外でたくさんの仲間を作ってこの国を変えようとしたのに対して、彼は一人でこの国が悪くならないように戦ってきたのだ。


 その苦しみを、わかるとは言えない。辛かっただろうなんて言えるはずがない。


 だから俺が言えることは1つだ。


「でもこの国でしか得られないものもあった」

「そんなものがあるのか?」

「あるよ」


 槍がぶつかり押し合う。

 力比べとなり、互いの顔が近づく。


好敵手(ライバル)ってのはここでしか得られなかった。お前がいなきゃ、俺はここまで強くなれなかったよ」

「言ってて恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいよ、すげぇ恥ずかしい。仮面をしてて良かったよ」


 仮面をしてなきゃ、今頃真っ赤になった顔をこいつに晒していただろう。

 でもこれは本心だ。秀英がいなきゃ俺はここまで槍の修練をすることはなかった。

 それどころかこの城を出るときに秀英の手助けがなければ外に出ることも敵わなかったかもしれない。


 秀英がいなければ今の俺はいない。どこかで野垂れていたに違いない。


 だからこいつがしてくれたこと、その成果を今見せてやる。


「さあ、仕合おうぜ」

「望むところ」


 押し合い互いに弾かれたところで俺はすかさず攻める。

 いつもは防御編重だった俺が攻めることは少ない。確実に一撃入れる自信があるときだけだから。


 でも今は違う。


 秀英を倒すためにいろいろ学んだんだから。

 相手の槍の間合いに入る直前に突きを繰り出す。


 ……ように見せながら槍を前に軽く投げる。


「っ!?」


 一瞬ただの突きと見間違い、間合いを図り損ねた上に思わず槍を弾く秀英。

 その隙に槍を手放し身軽になった俺は、姿勢を低くして相手の槍の間合いの内側に入り込む。


「足!」


 秀英の足を下段回し蹴りで刈る。

 姿勢を崩した秀英にすかさずとびかかり、槍を持っている側の右手首を左手で押さえる。


 そして上から降ってきた自分の槍を受け止めて組み伏せた秀英の喉元に突き付ける。


「……まだやるか?」

「いや……見事だ。ウィリアム。お前に負けるのは二度目だな」

「いや初めてだよ。あのときの一戦は数にいれるなよ」

「そうか」


 秀英が顔を綻ばせた。


 今までの何か引っかかったような笑みじゃなく、心からの笑みだった。




 ◆




 勝負を終えた秀英は槍を置き、膝をついたまま宣告する。


「ここにいる我々は降伏し、ついては貴軍らの捕虜となる。我々をどう扱ってもいい」


 周囲にいる兵士たちも武器を下ろし、まっすぐ姿勢を正してこちらを見ている。

 この様子から、最初からこうするつもりだったのだろう。


「えっと、どういうこと?」


 理解できていないエスリリが駆けよってきて聞いて来た。


「要するに茶番ってことさ。もともと彼らに戦う気はなかったんだ」

「どうして?」

「一枚岩じゃないってことさ」

「いちまいいわ?」

「……仲が悪いってこと」

「なるほろ!」


 懇切丁寧に噛み砕いて説明したが、理解できたのか?

 ただ、エスリリ以外のメンバーも少し驚いているようだ。説明は後にして、師団長として彼らに告げねばならない。


「捕虜ということは連行しなければならないが、あいにくとこちらにこれだけの人数を連行する余裕はないな」

「では殺すか?」

「冗談。手を出さなければそれでいい。あとはそうだな、俺の部下が戦っている相手を止めてくれれば文句はない」

「その部下が戦っている相手とは」

「お前の師だよ」


 説明すると秀英がキツイ顔をしかめた。

 堅物な秀英と気楽なエドガルドでは相性が悪いような良いような、よくわからない関係だが、秀英は苦手に思っているようだ。


 何はともあれ彼は頷いてくれた。部屋にいる多くの兵士を引き連れて俺たちが通ってきた道を進んでいった。


「気をつけろ。この先にお前の師がいるはずだ。その先には2人の天上人だ」

「ああ、気を付けるよ」


 すれ違いざまに忠告してくる。


 そして部屋の中に仲間以外誰もいなくなったところで振り返り、告げた。


「さ、行こうか。順調にいってよかったな」

「あの団長、いまいち理解できないのですが……どうして彼らはあんなにもあっさりと投降したのですか? いままでのことを考えると一人になるまで戦ってくると思っていたのですが」


 シャルロッテもいまいちわかっていないようだったので歩きながら説明する。

 秀英が天上人であり、何を考えていたのか、どういう立ち位置だったのか、これまで何をしてきたのか。

 説明すると全員が納得したようにうなずいた。


「それは大変だったでしょうね。あの顔では誤解もされやすいでしょう」

「でもいい匂いだったよ?」

「それでわかるのはエスリリだけだぞ」

「人は見かけによらねぇっていうだろが」

「見かけ通りの人が何を言ってるんですか」






次回、「師の行方」

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