第二十八話 昇る太陽
ウィリアムたちが城の中を駆け抜ける。
二番目に出た広い部屋は、今までよりも天井が高い部屋。
そこに青髪の女性がのんびりとピクニックのように、座ってのんびりとお茶を飲んでいた。
浮いた絨毯の上で。
「あら、もう来たのね。エドガルドさんは何してるのかしら。やる気のないつかみどころのない人だけど、仕事はちゃんとやると思っていたのに」
水を操る魔法使い、『水禍』のヴァレリア。
ヴァレリアを確認した途端にウィルベルが前に出る。
「今度はあたしにまかせて。すぐに終わるから」
「すぐに終わるなら、一緒にいてもいいと思うが」
先に行かせようとするウィルベルだが、ウィリアムは渋る。
ウィルベルは視線をヴァレリアから逸らすことなく、手をひらひらと振った。
「いてもいいんだけど、めんどくさいから先に行ってほしいの。ちょっと危ない技を使うから、そばにいると守り切れる自信がないのよ」
「……わかった。先行ってるぞ」
「ええ、一刻も早くここから離れたほうがいいわ」
少しだけ悩んだがウィリアムは彼女を信じ、先に進む。
だがその会話を聞いたヴァレリアは通すまいと杖を振るう。
「通すと思って? ここでまとめて潰れてもらうわ」
ヴァレリアが杖を振るう。
一瞬で一トンはあろうかという巨大な水球がいくつも現れ、莫大な水量を誇る水球がウィリアムたちを襲う。
だが彼らは落ち着いていた。
「任せたぞ」
「すぐ行くね」
津波がごとく水球が当たる直前に、ウィリアムは転移門を開き、ウィルベル以外の全員を転移させる。
残ったウィルベルはそのまま波に飲み込まれる。
「あらあら! あはは! 大きな口を叩いたのにみんな飲み込まれてしまったわ。面白い人たちね」
全員が大量の水に飲まれていく光景を目にしたヴァレリアは機嫌をよくして笑う。
「そうね、みんな個性的で面白いいい人たちよ」
笑う彼女の上から声が降る。
ヴァレリアがとっさに見上げると、そこには一切濡れていないウィルベルの姿。
ヴァレリアは警戒しながら、乗っていた絨毯の高度を徐々に上げてウィルベルと同じ高さまで上がる。
ウィルベルはその間特に何もすることはなかった。
発生した大量の水が窓や扉、壁を破壊しながら外へ流れていき、めきめきと部屋が壊れる音と轟々と水が流れる音が広い部屋を揺らし続ける。
すべての水が流れ出したころでウィルベルは滔々と話し出す。
低く、深く、ゆっくりと。
「あたしはね……怒っているのよ」
「あらそう。奇遇ね。私もいまイラついているわ」
「あんたの浅い怒りと一緒にしないで。比較されるのも不愉快極まりないわ」
ヴァレリアは眉間にしわを寄せ、いくつもの氷槍と水弾を発生させる。
「《水流弾》、《氷流槍》」
「《金の円環》」
ウィルベルは目の前に金色に輝く超高温の円環を発生させる。
あまりの高温に円環の中の空気は水面のように揺らめき、飛来するほとんどの水弾も氷槍も円環に触れる前に溶け、蒸発していく。
一部の大きな氷槍は溶けきれずに円環を突き破り、ウィルベルを襲うも、箒を操りあっさりとかわす。
一連の争いの中、彼女の小さな口から威圧ある音が連なっていく。
「あの子は今まであんたたちに奪われ続けてきた。そしてやっとあいつが、あたしが、みんなが、あの子にいろいろなものをあげた」
「何を言っているのかしら。訳の分からないことをごちゃごちゃ言わないでほしいわ。耳障りなの」
「あんたたちのせいでいなくなってしまった子。あたしたちの大切な家族」
ヴァレリアが両手を前に突き出す。
ウィルベルの足元から渦潮が発生し、竜の顎がごとく飲み込もうとする。
「渦潮よ。――《澎湃華》」
ウィルベルは冷めた目で水龍の渦潮から避けていくも渦潮は飲み込まんと追っていく。
「逃げ回るしかできないのかしら。もっと楽しませてほしいわね」
「あんたを楽しませるのも面白くないから、このままでいいわ」
「なに? またよくわからない話をする気? あの子ってどの子を言ってるのかしら……ああ、もしかして昨日マルコスが始末したって言っていた黒髪のみすぼらしい子のこと?」
ウィルベルの冷めた顔が怒りに染まる。
その様子を見たヴァレリアが気分を良くし、調子よく言葉を紡ぐ。
「あのアホが手柄を上げたってはしゃいでいたわ。私には全然大した子には見えなかったけれど。まだあなたを討ち取ったほうが手柄になりそう。フリウォルには無理だったのだし」
「……訂正しなさい」
「何? 聞こえないわ」
「訂正しなさいって言ったのよ。クソ婆」
怒りに満ちた声と共に、ウィルベルの周囲に白熱する剣がいくつも現れ渦潮に向かっていく。いくつもの剣が呑み込まれたのち、それらは爆発し、渦潮を吹き飛ばした。
2人の魔女がいる部屋に雨が降り注ぐ。
「あの子は誰よりも必死に生きていた。あんたらみたいに他人を虐げて、ただ生きているだけの人間に、彼女を貶める資格なんてありはしないわ」
「はぁ。これだからお子様はいやよね」
嘲るように青髪の魔女は言った。
「私たちは軍人よ。正確には騎士だけど、それはまあいいわ。軍人は戦うのが仕事。死ぬのもそう。戦争をして死んだからって殺した相手を憎むのはお門違いよ。憎むなら戦争を起こした自分の国を恨みなさい」
「知らないわよ。あんたたちがもっとしっかりしていたら、まともな国家運営をしていたら、そもそもこんなことにはならなかった」
「国にはそれぞれの形がある。環境も文化も人も違うのだから、相容れないのは当然よ。あなたたちが私たちに迎合してもこの戦争は起こらなかったんじゃない?」
「環境も文化も何もかもが違っても、人として犯しちゃいけないことがある。それはどこでも一緒よ」
それにね、と銀髪の魔女は続ける。
「あたしは生粋の軍人じゃないの。戦争に私情を持ち込むな、なんて知らないわ。それにそれはあんたの理屈。あたしたちはみんな仲間のために戦うんだから」
青髪の魔女は肩をすくめて呆れの溜息を吐く。
「軍は人じゃなく国家のために戦うのよ。仲間のためには立派だけど、相手を恨むのはお門違いって言ってるの」
「軍人として半人前のあたしにはわからないわね。仲間を殺されて泣き寝入りしろっていうのが軍人なら、今すぐやめてやるわよ」
2人の魔法がぶつかり合う。
青髪の魔女の周囲には水弾と氷槍が、銀髪の魔女の周囲には光の剣が、互いを吹き飛ばさんとぶつかり合う。
2人の周囲には絶えず水や氷が飛散し、太陽の光が当たりキラキラと輝いていた。
「マリナはこの国に全部奪われていた。そして全部を取り戻したのに、それをまたあんたたちは奪った。戦争だからって許せることじゃない」
「だから何? 恨むなら世界を恨むことね。あなたたちだって私の仲間を殺した。表を見てみなさいよ。大勢の人が死んだわ。この世界は弱肉強食。弱いものは死んでいくの」
「よく言うわ、外の人たちを見殺しにしたくせに」
何度も降伏勧告を行い、威嚇射撃も行った。
にもかかわらず、城の前にいたこの国の兵士たちは、撤退も降伏も許されずただ弾丸の雨に撃たれ続けた。
「見捨てたのは誰? あたしたちに討たせたのは誰? ……あいつに、あの子に、残酷な決断をさせたのは誰?」
「本当に軍人失格ね。戦場とは、人の命も仲間の命も簡単に無くなっていく。その覚悟も無しに戦場に立つなんて馬鹿としか言いようがない」
ヴァレリアが自身の目の前に水球を発生させ、紫電を纏わせる。徐々に徐々に水球が小さくなっていき、
「戦場とはそういう世界。いえ、この世界そのものが狂った戦場。信じられるものなんて何もない。自分の身は自分で守るのみ。それができない者から死んでいくだけよ!」
僅かな火をつけた瞬間、部屋中を吹き飛ばす爆発が巻き起こる。
天井はおろか、壁も床も吹き飛び、重い音も軽い音も土砂崩れのように雪崩れ込む。
さらに広くなった部屋で一人、宙に佇む青髪の魔女。
「あなたみたいな子供が生きていられるほど、この世界は甘くはないの」
爆煙によって埋まった視界。
ヴァレリアは背を向けて、先に進んだ者たちを追おうとした。
しかし――
「なら、あたしが世界を変える」
もう1人の魔女の声が木霊する。
開ける視界、崩れかけた部屋の隙間から、太陽の光が差し込み、徐々に彼女の姿があらわになる。
彼女の澄み渡る瑠璃色の瞳には、涙と決意が宿っていた。
「すべてが狂っているのなら、あたしは自分を信じて戦う! マリナも! ウィリアムも! 2人が生きられる世界に、あたしが変える!!」
彼女の体から、太陽の光に負けない、力強く輝く深紅の加護が現れる。
止まり、振り向いたヴァレリア。
「世界を変える? 大仰なことをいうおバカなお嬢さん。この世界は甘くない。あなた程度じゃこの国すら変えることはできない……私は身の程を知らない馬鹿が一番嫌いなのよ!」
そしてヴァレリアからも淡い水色の輝きが放たれる。
2つの輝きが広い部屋を染め上げようとせめぎ合う。
「私だって世界を変えようとしたわ。この国の現状を変えようと足掻いたこともあった。でも無理よ。この先にいる王には勝てない。分不相応な夢は見ないことね」
「一緒にしないで。あたしはあんたとは違う」
「何が違うのよ。こうして魔法をぶつけ合うだけのただの魔女。何も違わない」
青髪の魔女の周囲にまた水弾や氷槍が現れる。だがその威力と数は先ほどとは群を抜いていた。
銀髪の魔女にいくつもの必殺の魔法が殺到する。
「違う。あたしは、一人じゃない」
彼女に殺到した魔法がすべて蒸発した。
硬く巨大で鋭い氷槍が、一つ残らず一瞬でかき消えた。
ヴァレリアは目を見開く。
そして見開いた目が急速に乾いていくのを感じ、瞬きを何度も繰り返す。
ウィルベルの加護が、どんどんと強く、輝きを増していく。
「みんながいる。この国を、世界を変えようとしてくれる人がいる。だからあたしは負けない」
彼女の後ろには、太陽があった。
白く輝く太陽の光に照らされて、たなびく銀髪は黄金に輝きだす。
「なによ……それは……」
「これはみんなで作った魔法。あたしだけが使える魔法――」
驚愕するヴァレリア。
彼女には対抗するための魔法がなかった。
――太陽に勝てる魔法なんてあるわけがなかったから。
「《赫赫天道》」
小さな太陽は輝き、放たれた閃光はすべてのものを照らしだす。
やがて光が収まり、太陽は沈む。
光が収まったそこには何もなく、広大だった部屋は見る影も無くなり、周囲の部屋すらも焼失した。
残った地面や遠くの部屋すらも黒く染まり、赤熱させた。
「はぁ、はぁ。こんなの他の人がいたらまず使えないわね……」
赤い輝きが収まったウィルベルは、荒い息を吐きながら辺りを見下ろす。
残った部分はどこも赤熱している。一休みしたかった彼女だが、どこにも腰を下ろせる場所は存在していなかった。
「あぁ、もうちょっと使えるようにしないとだめね……ちょっと休憩ぃ」
太陽の魔女は顔を上げ、部屋に差し込む日輪を見上げた。
次回、「好敵手」