第二十七話 双星
巨大なヘルデスビシュツァーはグラノリュース王城の手前に到着した。
眼下には大勢の兵士が飛行船を撃ち落とさんとばかりに出張っているが、上空にあり、かつ頑強な装甲を持つ飛行船に傷一つ付けることはできていない。
俺たちはこれから、またあの城に突入する。だがその前に掃除をしなければならない。
「撃て」
「はっ」
打てば響く部下の返事。
その部下は艦内のあちこちに連絡を行うと、時を待たずして飛行船を揺らす爆発音が規則正しく鳴り響く。
「無残だな。彼らにも生きたいものはいるだろうに。まったくの無駄死にだな」
地上を見下ろせば、砲火になす術もなく吹き飛ばされていく敵兵士たち。
「上の連中が彼らのことを何とも思っていないんでしょうね。上が無能だと下が苦労します。無能を命をもって償わなければならないんですから」
「挙句命をなげうっても上が学ぶ気がないならまさしく無駄死にだな。この国の生まれでなくて本当に良かった」
ライナーとシャルロッテも僅かに苦い顔を浮かべている。俺も同じ気分だ。
「心が痛むな。やめる気はないが」
「いい心がけだな。敵に情けをかけてこちらに被害が出ては元も子もない」
「まあ、そうは言ってもこの光景は異常だからね。そういう人を想う心があるのはいいことだよ」
今度はカーティスとアイリスだ。
カーティスは特に反応が見られないがアイリスは顔をしかめている。
あまり目にしたい光景ではないな。
数え切れないほどの兵士が一方的にやられていく。
何千、何万もの兵がやられていく。
それでも敵は一向に天上人や天導隊といった対抗できる戦力を出さない。人の心がないのだろうか。
「降伏勧告は出さないの?」
「すでに出したよ。でも反応はないし、定刻を待っても一切連絡がない。せっかく高いコストがかかる通信機を落としたってのに」
本格的な攻撃を行う前に一度敵軍に降伏を促している。
大量のビラをばらまき、目立つように通信機も落とした。通信機を敵が回収し城に持っていったことも確認した。
それから数時間待ったが一向に返事がない。定刻になっても連絡がなく、それどころか兵士が大勢出てきたためにこうして一方的な虐殺ともいえる攻撃をしているのだ。
それももうすぐ終わる。
「もうすぐ掃討が終わりそうだ。倒した兵力は数万に上る。とんでもねぇ数だな」
「ほぼ無抵抗なのに時間がかかった。まだ各地に散らばっているとはいえ、これでほぼ勝利は確実だな」
「でもいやなにおいがするよ。油断は禁物っ」
「そうだな。その通りだ」
ここまで掃討すれば残りは他の飛行船がやってくれる。
そしてこれ以上の損害はグラノリュース軍にとって壊滅的だ。おそらく軍の維持は不可能となる。
たとえ俺たちが天上人を倒すことができずに負けたとしても、いずれこの国が亡ぶのは確定といってもいい。
だが当然負ける気もない。
ここにいる誰一人として死なせる気はない。
絶対に、みんなで生きて帰るんだ。
「さあ、行こうか。特務隊全員――」
後ろにいるのは特務隊の7人。
そして俺の手にもう1人、大事な人がいる。
仮面をかぶり、告げる。
「出撃だ」
◆
応急処置をした跡のある城門を再び吹き飛ばす。
「ん?」
「お、きたきた。こっから先は通行止めだぞ」
城門をくぐってすぐ、城に入る手前の広場にいたのは、二本の長さの異なる槍を持った30代くらいの黒髪の男。
表情や話し方から随分と気さくな印象を受ける。
この男の報告は受けている。
「『双星』のエドガルド。秀英の師。お久しぶりで」
「ああ、アティリオの弟子か。久しぶり、元気にしてたみたいだな。というか元気すぎるよ。俺の弟子にも分けてやってくれよ」
話したことは数少ないが、あの頭の固い、いけ好かない秀英とは正反対の人物。
師弟とはいえ、戦い方以外はあまり似ていない。
「分けるためには会わないといけないな。彼はどこに?」
「この先にいるよ。通りたかったら何人か俺の相手をしてもらいたいな」
軽々に語るエドガルド。
やはりこの男にはやる気がない。
昨日の戦いでも、この男は動きこそ派手だったが実害は皆無に等しい。
連中は一枚岩じゃない。
真面目に戦う気が無いのは非常に助かる。この男も聖人で人並外れた実力の持ち主だから。
「ボクが相手になるよ」
「俺も残ろう」
横から進み出たのはアイリスとカーティスの元副官2人。
確かに近接戦を得意とするエドガルドにはいい組み合わせだ。
「頼んだぞ」
「安い仕事だ」
「すぐに追いつくから待っててよ」
「それは聞けないな」
軽口を叩きつつ、残りのメンバーはエドガルドの横を駆け抜ける。
すれ違う瞬間もエドガルドは手を出すこともなく、気楽に立っているだけだった。
◆
ウィリアムたちが抜けていった後のカーティスとアイリスは、槍を両手に持ったエドガルドと向き合う。
カーティスが銃を右手に、左手に球状の道具を持つ。
アイリスは片手剣と盾を構える。
2人が持つ武器はどれもが錬金術で作られた業物だった。
「怪我が癒えていないのだから無理はしないことだ」
「冗談。もうすっかり癒えたよ。むしろケガする前より調子がいい」
カーティスがアイリスが先日受けた傷の具合を心配するが、アイリスは笑う。
「彼女が治してくれたから」
「……そうか」
それだけで理解したのか、カーティスはそれ以上何も言わない。
身構える2人になおも気楽なエドガルドが声をかける。
「準備はできてるかい?」
「ここは戦場だよ? 準備不足で卑怯だなんて言うつもりはないよ」
「そいつぁ失礼。この国に染まっちまう気がして、あまり卑怯なことをしたくなくってね。この辺りは弟子の頭の固さに似たのかねぇ」
左手に持った短槍を弄びながらエドガルドはのたまう。
やる気を感じられない男に思わずアイリスが問う。
「やる気があるのかい? 見るからにあなたはこの国の精鋭なんでしょう?」
アイリスから見てもエドガルドという男は見るからに実力者だった。ウィリアムと同じく聖人に至ったもの。
扱いの非常に難しい双槍を使いこなす様は尋常ではない。
アイリスの問いに、エドガルドは槍を弄ぶ手を止めて、満面の笑みを浮かべる。
「やる気? あるとも。むしろ今世紀一番やる気があるとも。なんてったって、仕込んで置いた種が大地に芽吹いて満開になって帰ってきたんだから。とってもとっても嬉しいよ。しかも気がかりだったことの答えまで一緒にな」
「種? 満開になって帰ってきた? 一体何の話をしているのかな」
「お前らの大好きな坊主のことさ」
「団長?」
へらへらと笑うエドガルド。
「おっと、おしゃべりはここまでだ。まあこれ以上喋っても変わらない気がするけど、武人としてお嬢ちゃんと爺さんと手合わせ願いたいしな」
弄んでいた槍を持ち直し、構える。
応えるようにアイリスとカーティスも構える。
そして合図などなく唐突に始まった。
「ふっ」
「やあ!」
エドガルドが槍を持って突っ込んでくるのをカーティスが銃で応戦する。しかし目で追えない速度の銃弾をエドガルドは短槍を回転させて弾き返し、突撃の勢いを落とすこともなく、アイリスに右手に持った長槍を突き出す。
それに対してアイリスは盾を使って突きをいなし、鋭く剣で突き返す。
エドガルドが上体を横に倒して避ける。
態勢を横に倒した状態、それも普通であれば立てない角度であっても、エドガルドは短槍を杖のように地面に押し付け、強引に姿勢を維持して長槍を振り回す。
予測不可能でありながらも槍は正確にアイリスの胸や腕、首を精密に狙う。しかしアイリスは冷静に盾と剣を使って防御と反撃を繰り返す。
「なんだかアティリオと戦ってる感じがするな。坊主に戦い方を教わったか?」
「それはもう手取り足取りね!」
「こんな美人に手取り足取りなんて羨ましいなおい。くそう代わりてぇ」
「投降してくれれば、槍の扱いを教わりたいくらいだよ!」
アイリスが大きく剣を振るう。エドガルドが後ろに跳んで距離をとる。
すると間髪入れずにカーティスが銃を発砲する。
「おっと」
短槍で防ぎながら数歩下がる。するとエドガルドの背中が大きく爆発した。
「をあっ!?」
爆発を受けて前によろけたことでアイリスとの距離が近づく。
その隙を逃さずに切り込む。
慌てて槍で剣を防ぐが態勢悪く、勢いを殺しきれずに押し切られるエドガルド。
「ととっ!」
「そこっ!」
態勢を崩しながら後ろに下がったエドガルドは、迫ってくるアイリスに向けて、ノーモーションで乱雑に槍を投げつける。
予想外の動きに、アイリスは迫りくる槍を盾で弾き遠くへ飛ばすも、勢いを殺され、追撃の足を止められる。
「ふぅ、あぶねーあぶねー」
「さすがにこれだけでは倒せんか」
一息つくエドガルドにカーティスは発砲して追撃をするがやはり防がれる。
「いやー、外の人は変わったものを使うね。外で飛んでるやつといい今の爆発といい。便利そうでいいなー」
「槍を失ったね。まだやる?」
アイリスは短槍を失った相手なら有利だと考えるも、エドガルドは被りを振る。
「槍? すぐに戻ってくるよ」
「え?」
エドガルドの手首には囚人がつける手枷のような分厚い金属でできているブレスレットが装着されており、そのブレスレットを右手でいじる。
すると離れたところにあったはずの短槍がエドガルドのもとにひとりでに飛んでいく。
カーティスがそれを阻止しようと発砲するがエドガルドは躱し、自らも槍に向かって移動して何事もなかったかのように左手に短槍を納めた。
「な? 戻ってくるだろ?」
「……まさか団長と同じことをする人がいるとは思わなかったよ」
「この国にあんなことができるほどの錬金技術があるとは思えんな。あれとて最近になってあの男がいてこそできたものなのだからな」
「お、その言い方だとあの坊主もこんな感じのからくり使ってんだな。見る目があるぅー」
おどけるエドガルドは特に隠すこともないと、あっさりとネタ晴らしをする。
「れんきん術? なんて大層なもんじゃない。単にこれに細い糸があって槍と結ばれてるだけさ。槍投げた後に戻ってきたらいいなーと思って自分で作ったんだ。見てくれは悪いがいいもんだろ?」
「うちの団長は小さな指輪1つでそれを実現しているよ」
「……まじ? ずるっ。欲しい!」
「投降して協力してくれれば教えてあげてもいいけど?」
「そりゃ魅力的だな」
口笛を吹き、口調こそ投降したい様子を出すが、エドガルドは変わらず槍を構えて抵抗の意志を示す。
「だがここで投降しても嬢ちゃんたちは教えたりしないだろ? 自軍を簡単に裏切る相手を信用するのは難しいもんな」
「さて、しばらくは拘束していろいろ教えてもらうかもしれないけどね。手荒な真似はしないよ」
「そりゃ嬉しいね、涙が出そうだ。でもそれを信用できるかってーとちょいと難しい。軍にいい思い出なんてないんでね」
おおよそ軍人とは思えない発言に、アイリスは僅かに眉をしかめる
一方で、カーティスは口の片側を上げ、ニヤリと笑う。
「ふっ、どのみちすぐにケリはつきそうだがな」
「ん? そりゃどういう……って、あらら?」
カーティスの言葉に戸惑ったエドガルドだが、周囲を確認するとすぐに真意を理解する。
彼が手に持っていた手のひらサイズの球体がいくつもエドガルドを包囲するように浮いていたから。
「これは、さっきの爆弾か?」
「触ってみるといい。すぐにわかる」
「嫌だよ。絶対痛いじゃん。まったく、あんときの可愛かった少年はどこに言ったんだか」
「……え?」
エドガルドの発言が気になったアイリスは聞き返すが、どちらも答える気はなかった。
エドガルドは手首を返し、槍を数回回しながら再び構える。
「ちょいと不利だが、このくらいの修羅場は何度も潜ってきたからな。まだまだやらせてもらうさ」
「精々足掻くといい」
再び三者の戦いが始まった。
次回、「昇る太陽」