第二十六話 瑠璃色
「まず1人。残りは3人」
ブリッジから様子を見ていたが、どうやら危うげなく倒したようだ。
なんか話をしていたのが気になったが無事なら何よりだ。
横で見ていたベルが胸をなでおろす。
「思い切ったことするわね。たった2人に任せるなんて、しなくてもよかったんじゃない?」
「ベルはもちろん、大勢で囲むと逃げる可能性があったからな。確実に仕留めるなら、あの男の性格上、アグニを入れる必要があった。あとは油断したところをヴェルナーが仕留めればいい。たいして危険でもない」
「あんた、アグニをそういう風に使うのに何も思わないの?」
「? 別に。本人も暴れたがっていたから丁度いいと思って」
ふーん、とベルがジト目で見てくるがなんだろう。
「そういえばアグニって呼んでるのね」
「前にそう呼べって言われたからな。短いしこっちのほうがいいだろ」
「ちゃんと全部言っていたのに?」
「別にいいだろ。今は見知った奴らしかいないんだし」
周りを見てもほとんど見知った人たちだから、今更勘違いする奴はいない。
そもそも考えてみれば、ベルを愛称で呼んでいる時点でアグニをちゃんと呼ぶことに意味はない気がする。
いや、彼女は人気があるから、周りの目を気にするなら意味はあると思うが。
「これで飛行船を落とせる火力を持つ天上人は残り2人。うち一人は出てこないから実質一人だな」
「どうして言い切れるの?」
ブリッジにあるグラノリュースが大きく描かれた地図の上に駒を配置して動かす。
先ほど仕留めたフリウォルを示す緑の駒はゴミ箱にポイだ。
代わりに旗艦を示す駒の前に青色の駒を持ってくる。
「飛行船を落とせるのは青のヴァレリア、そして赤のマルコスだけだ」
「マリアって女は?」
「あれは恐らく城にいるはずだ。あの戦い方からして大規模戦闘には向いてない。飛行船を落とすにしても時間がかかるだろう。だから上空でカーティスと向かい合った時に積極的に仕掛けなかった」
もしマリアがマルコスのように大火力を持っているなら、カーティスを無視して他の飛行船の下に行ってもよかったし、バリアを無視して攻撃することもできたはずだ。彼女の防御があれば容易いはずだから。
それをしなかったのは単なるものぐさだからか、それとも落とせない理由があるからだ。
「マルコスだが、前回戦った時俺を狙ってきた。ただ狙うだけなら外にいてもよかった。むしろ外の方が奴の戦い方は活かせたはずだ」
「じゃあどうして城の中にいるの」
「一人じゃ勝てないからさ。いや、正確には一人で戦うのが怖いんだ。今まで負けたことがなかったんだろうな」
最後の最後まで姿を隠し、マリアにやられた瞬間だけ出てきた。
その時点で正面切って戦いたくないと言っているようなものだ。最年少の天上人に頼り切りの最年長天上人とは笑えるな。
とんだ臆病者のクソ野郎だ。あいつのせいで……
とにかくこれで飛行船を落とすことができるのは残り一人だ。
「ヴァレリアだけだな」
「そいつの相手はあたしがするわ」
ベルが力強い瞳で見つめてきた。
澄んだ瑠璃色の瞳がきれいだと思ってしまった。
「他に誰かつけるか?」
「いらないわ。あたし1人で十分」
「そうか」
不安がないと言えば嘘になる。彼女まで失いたくない。
俺の不安を見越したのか、穏やかな声で言った。
「心配しないで。大丈夫だから」
彼女の姿はなぜか、いつもより大人びて見えた。
そのせいか関係ないことをつい聞いてしまった。
「ベル、今いくつになったんだっけか」
「え? 今年の夏で18よ」
「そうか、もうそんなになるのか」
初めて会ったときは15で、まだまだ幼い感じだった彼女が随分と立派になったものだ。
道理で大人びて見えるわけだ。
まあ貧相なのは相変わらずだけど。
「今なんか失礼なこと思ったでしょ」
「べつに。大人っぽくなったと思っただけだ」
「ふっふーん、まあね? 惚れたらだめよ」
「それはない」
「あにー!?」
褒めると調子に乗って、からかうとすぐに怒るのは変わらないな。これのせいで子供っぽく見える。いや、身体のせいもあるかもしれないが。
おっとまた睨まれた。
こうして馬鹿なことをやっていると、もう1人が笑って止めてくれるはず……。ああ、もう止める人はいないのか。
少し楽しく、そしてしんみりすると戦っていた2人が帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「結果は出したぜ」
「ああ、よく戻った」
2人をねぎらう。出撃前より晴れやかな顔をしている。
きっと2人もあのクソガキには思うことがあったんだろう。
参謀のアグニはずっと指揮を任せていたから戦いたくて仕方なかったらしい。王女なのに血の気が多いな。
「見事にはまったな。楽勝だったぜ」
「ええ。思った以上に不快でしたけど、その分すっきりしたのでよかったです」
「そ、そうか。よかったな」
若干引きながらも今後のことについて改めて確認する。
「次の天上人。おそらく出てくるのはヴァレリアだ。城門前まで行って誰も出てこなければ旗艦はアグニに任せる。待機している飛行船も使っていいから地上の敵を殲滅しろ」
「了解しました」
「転がってるドゥエルは回収していいのか?」
「全部終わったらな。余裕があれば輸送艦を使ってもいい。その辺りは任せる」
旗艦だけを先行させたのは、フリウォルを始めとした飛行船を落とせる天上人の存在のせいだ。
飛行船の数が多いとそれだけフォローが難しい。独立部隊員を配置しようにも相性がある。相性の悪い相手とぶつかれば撃沈は免れない。
確実に勝てる組み合わせを組むために飛行船を絞ってぶつけることが最適だった。
とはいえ、これは昨日はできない戦法だ。
情報のない中、不利な空中戦で天上人たちに囲まれては、俺とベルだけでは対処できない。
だからこそ、初日は城に突入して、天上人を城にくぎ付けにする必要があった。
狭い屋内であれば、空を飛べる天上人の利点を殺し、錬金術師たちが活躍できる。
そのおかげか、出てきたのはフリウォルだけだ。
そして今、飛行船にとって最も相性の悪い風を操るフリウォルはいない。
これなら待機している飛行船を使える。そうすれば地上の敵なんて兵士を出すまでもない。
人数が多いから仕留めきれないかもしれないが、向こうから攻撃もできない。
「天導隊と呼ばれる敵はどうしますか?」
「乗り込まれることだけ警戒しろ。高度は地上を攻撃できるギリギリを保て。地上にいる分は無視していい」
あと抜きんでた実力を持つ天導隊に関しては数が天上人以上に少ない。
魔法が使えるわけでもないから無視して他を攻撃していく方が打撃を与えられる。
何より確認できている天導隊2人は脅威になりえない。
「団長! 直に目標地点に到着します!」
通信兵が伝えてくれる。
城門前でもう1人天上人とぶつかるかもと思ったが外れたらしい。
まあ1人やられたから、また単騎でくるのは無謀だと理解する頭はあったようだ。
だがここまでくれば関係ない。
「アグニ。任せる」
「はい。確かに引き受けました。皆さんご武運を」
「ああ、互いにな」
そして俺たちはブリッジを後にする。
後ろには7人の頼もしい部下がいた。
◆
ウィリアムたちがグラノリュース上層に単艦で侵攻する同時期、上層の壊れた壁を囲うようにアクセルベルク軍は展開していた。
その中にはハンターも混ざっており、3人のエルフが空を見上げていた。
「本当に驚いた。ウィリアムには返しきれない恩ができてしまったな」
「うむ。家族と再会させてくれた上に我らの目的を果たしてくれるのだ」
「というより俺たちの出番ほとんどとられてしまいましたね」
「「…………」」
3人のエルフはフェリオス、オルフェウス、サーシェス。
糸目が特徴で、長い金髪を後ろに流してハーフアップにしているフェリオスに、エルフとしては体格がよく、銀髪を短くしているオルフェウス、そして3人の中では一番若く、表情が溌剌としているサーシェス。
かつて3人は、セビリアという町のハンターをしていて、ウィリアムとはともに何度も依頼をこなした仲だった。
ウィリアムと別れた後は3人はマドリアドに行き、ハンターとして軍と戦ってきた。
そして今回は他国の軍と協力すると聞いてこうして参加しているのだ。
そんな3人の下に背が高く、フェリオスと似た糸目の偉丈夫がやってきた。
「フェリオス、オルフェウス、サーシェス。ここにいたのか」
「父上」
「ルシウス様。おはようございます」
フェリオスの父ルシウス。
過去、フェリオスは閉鎖的だったエルフの国ユベールから抜け出し、各国を旅していたが、グラノリュースに辿り着いたことで出国することができず、長年捕らわれていた。
その2人を、ウィリアムが引き合わせたのだ。
ユベールでも重要な役職についているルシウスに、オルフェウスとサーシェスは腰低く挨拶をするが、ルシウスは鷹揚に頷き顔を上げさせる。
「おはよう。顔を上げてくれ。私たちの間で堅苦しいことは抜きにしよう」
「父上、戦況はどうなっているのですか」
「ああ、それだがさきほど連絡があった。天上人を1人、『烈嵐』を討った」
「なんですって!?」
『烈嵐』。
それはハンターの間で呼ばれていたフリウォルの異名だった。
迸る風は弓はおろか銃も大砲も届かず、多くの建物を薙ぎ払う。誰も刃を届かせることができず、多くの犠牲を払ったのだ。
そんな天上人をたった数日で討ち取ったと聞いて、3人は目を剥いた。
「信じられない。どう討ったのですか」
「対天上人を目的として設立された部隊の2人が討ち取った。1人はレオエイダンの王女だそうだ」
「王女がここまで赴いているのですか?」
「ああ。どうやらウィリアム団長に気があるようだ。国としても彼に恩があるとのことで今回参加することになったのだ。私がここにいるのと同じ理由だな」
「同じ理由とは?」
「私もまた彼にほれ込んでいるということだ」
ルシウスの冗談交じりの言葉にフェリオスとオルフェウスが珍しく間抜けな顔を浮かべるも、サーシェスだけが冗談だと理解し、仄かに笑っている。
誤解を解くようにルシウスが丁寧に説明する。
「我が国も彼のおかげで救われたというわけだ。悩みの種であった竜人との戦いも一旦落ち着き、ヒュドラ討伐もしてもらった。そして何より彼についてきたおかげで、こうしてお前たちと会えたのだ。彼についてきたのは間違いではなかったと、心から思える」
「そういうことでしたか……」
「どういうことだと思ったのだ?」
「いえ、王女と同じく惚れ込んだといったのでつい……」
フェリオスの言葉にルシウスは一度目を丸くし笑う。
笑い姿さえも歯を見せない優雅なたたずまいだった。
「妻子もいるのだ。そんなことはありえぬよ。それはそうと3人はいい人はいないのか」
「こんなときになにを仰るか」
「こんな時だからこそ。いつ別れるともわからぬ世だ。聞きたいことは聞くに限る」
「あいにくといませんよ。人族ばかりでは寿命が合いませんし」
僅かに目を逸らしながらフェリオスが言った。
しかしここで――
「そんなこといってますけど、フェリオスさんはギルドの受付のフィデリアって女性といい感じなんですよ」
「サーシェス!?」
「ほうほう」
サーシェスがフェリオスの恋愛事情をこぼす。
フェリオスは普段の冷静さを失い、仄かに赤くなった顔でサーシェスを睨む。
その様子を見たルシウスは微笑ましいものを見るように目を細め、顎をさすった。
「そうかそうか。大事にするのだぞ」
「いえ、違います。そういう関係では……」
フェリオスが釈明しようとするがそこでルシウスが部下に声をかけられる。
小声で二三、報告を聞くとすぐ行くと答える。
「ではな。私はもう行く。大丈夫だとは思うがくれぐれも命を大事にな。ウィリアム団長の言葉は聞いているだろう?」
「ええ……最後まで生きて戦います」
「もとより」
「誓っています」
3人の返答に満足そうにルシウスは頷き、そのまま後ろ手に手を振りながら去っていった。
その様子を3人は見送る。
「ウィリアムは強くなりましたね」
「ああ。あの頃よりもずっと頼もしい」
「我々も負けていられないな……それはそうとサーシェス、さっきのことだが」
「仕事してきまーす」
「待て! おい!」
恋愛事情を実の父にばらされたフェリオスは、逃げ出した元凶であるサーシェスを捕まえる。
逃げようとしたままもつれるように倒れたフェリオスとサーシェスを見て、オルフェウスはやれやれと肩をすくめていた。
この3年で彼らも戦士として、人として大きく成長していた。
次回、「双星」