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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
202/323

第二十五話 追い風に変わる爆風



 翌朝、グラノリュース上層の上空。

 そこにはたった一隻の飛行船の姿があり、ブリッジに師団の主要なメンバーがそろっていた。


「準備はいいな?」


 再び仮面をつけた男がブリッジ内を見渡せば、先日以上に引き締まった顔をした者たちがいる。


「敵発見! 地上正面からおよそ1万! その上空、先頭を向かっているのは緑髪の天上人です!」

「きたか」


 敵接近の報を聞き、全員が指示を待たずして動き出す。

 すでに作戦は始まっていた。


「さあ、リベンジだ。天に昇るのは何か、教えてやる」




 ◆




 甲板の上で向かってくる敵に備えているのは、背の低いドワーフの少女と気怠そうにしている白髪の青年だった。


「ヴェルナーさんはウィリアムさんの顔を見たのは昨日が初めてですか?」

「ああ、そうだよ。今まで気にしたことなかったが、見ちまえばなんてこたねぇ。ただの普通の男の顔だ。姫さんはがっかりしたか?」

「まさか。予想よりもかっこよくてびっくりしました」

「あぁそぉ」

「あ、ヴェルナーさんもかっこいいですよ」

「誰も気にしてねぇよ」


 たわいもない会話を交わすアグニータとヴェルナー。

 アグニータの両手には銀色に鈍く光る大小の剣。

 ヴェルナーの手には一つの小銃が握られていた。


 甲板上で待機している2人の前にフリウォルが空を飛んでやってくる。


「あれ? なんだやる気満々じゃん。てっきり投降しに来たのかと思ったのに」

「残念だったな、あいにくこっちはテメェらごときに引き下がる気はねぇんだよ」

「ああ? 格下のくせに生意気だね。たった一隻で勝てると思ったのかい? 多少大きいみたいだけどこんなの僕にとっては誤差にもならないよ」

「てめぇみてぇなちっちぇえ頭しか持ってないやつにこれの凄さなんかわからねぇよ」

「時代遅れの世界の人間がなんか言ってる。まあいいや。とっとと落として二度寝させてもらうよ」


 フリウォルが手のひらに竜巻を発生させ始める。


 ――その手を銀の弾丸がかすめる。


 思わず魔法を使う手をやめたフリウォルが飛んできた銃弾のほうを見る。


 そこには硝煙を纏う銀の銃を向けたアグニータ。


 魔法を邪魔されたフリウォルは腹を立てたが、銃を持ったのが女であることを見れば、眉を上げ、笑みを浮かべだす。


「へぇ? 邪魔されたのは不愉快だけど、君凄い可愛いね。昨日いた子もすごい美人だったけど君はもっと可憐だよ」


 フリウォルの口説きにアグニータは顔色一つ変えず無視する。それでも気にせず彼は続ける。


「君たちと戦う度に綺麗な人と出会うね。さっきの言葉は撤回しようかな。これだけ上玉ばかりと出会えるなら、何度でも交戦したいと思っちゃうよ」


 もしかして、とフリウォルは言ってはいけない言葉を後に続けた。


「あの仮面の男がトップなんだろ。もしかしてあの男は顔で選んでるのかな? だとしたら趣味がいいね。この国を裏切るのは屑だけど、こうして僕のために上玉を連れてきてくれたと考えたら彼は最高だね! どうせ君もあんな変な仮面男に言い寄られてうんざりしてるんだろ? こっちに――っ!」


 ――フリウォルの肩を、銀の銃弾が貫いた。


「あっ、あがあああ!」

「痛いですか? よかったですね」


 目にもとまらぬアグニータの早撃ちによって。


「おまえ、お前ええええ!」

「この程度で叫ばないでください。あの子が受けた傷がどれだけのものか。この程度じゃ全然及びません」


 いいながら何度も発砲する。


「私は、怒っているんですよ。あの人に、あんな顔をさせたあなたたちを許すことができそうにありません。そんな傷一つで音を上げないでください。あの子が受けた傷はこんなものじゃありません」


 フリウォルは移動しながら、風で弾丸を逸らしていく。


「あいつと僕じゃ格が違うんだ! あいつがたとえ死んだとしても僕のこの傷にも及ばないね!」

「見解の相違ですね。同じ聖人みたいですが、私の評価はあなたと真逆です。幼い少女だって、最後まで泣き言を言わずに戦いました。それに比べれば、あなたなんて圧倒的に劣っています。比べることも不快です」


 アグニータは仲良くなった、白髪交じりの黒髪の、眠たげな顔をした少女を思い出す。


「あの子は……世界で一番、いい人でした」


 フリウォルが竜巻を発生させてアグニータに向ける。

 吹かれただけでも切り裂かれそうな烈風が彼女を襲うも、彼女は左手に持っていた大剣を前に構え、盾に変化させて風を防ぐ。


「聞いたよ、あの男は仲間1人死んだくらいでパニックになるくらい弱虫なんだろ。そんな男が司令官なんて終わってるよ! 情けないと思わないのかい?」

「思う訳ねぇだろうが」


 答えたのはヴェルナーだった。


 銃を撃つこともなく、盾を構えるアグニータの後ろで準備する。


「てめぇらの下なんかより、オレらは団長の下につきたいぜ」

「女の陰に隠れている男が何を言っても無駄だよ。何も響かないね」

「男だ女だ言ってる時点でてめぇは甘ぇんだよ。強い奴に、男も女も大人も子供も関係ねぇ。……あいつは、女で子供だったが、誰よりも強え奴だった」


 2人を吹き飛ばさんばかりの竜巻が発生し、飲み込もうとする。


 ヴェルナーが大きな銃を取り出し発砲すると、竜巻に飲まれた銃弾が大爆発を起こし、竜巻を霧散させる。


「そんなこといってるけどね。男女には差がある。れっきとした事実だよ。女は女らしくするのがいい。男は戦って死ぬのがこの世界の正しい在り方さ。それなのにあの男は女を戦場に連れて、仲間が傷ついたら逃げ出す始末だ。ははっ、大笑いだよね!」


 腹を抱えて笑いながらも、フリウォルは次々と竜巻を発生させ、飛行船を揺らし続ける。

 ヴェルナーは銃をアグニータに渡し、別の銃を取り出した。


「結構なことじゃねぇか」


 その声は心の底から見下した声。


「たった一人の仲間のために、あいつは泣けるんだ。散っていった仲間のために必死に戦うんだよ。それの何がおかしいんだ?」


「おかしいさ、軍人なんて死と隣り合わせの人間だ。人の上に立つなら部下の死なんて当たり前。いちいち気をとられて軍を退かせていたら勝てるものも勝てない。木を見て森を見ず、無能な上司の典型さ」

「確かに死と隣り合わせだな。それは否定しねぇよ」


 話している間もアグニータの銃撃とフリウォルの魔法が交差し合う。

 ヴェルナーはただ銃を準備しているだけ。


「軍人に限らず、人はいずれ必ず死ぬ。文明も技術も同じだ」


「だろ? だから死ぬとかそんな細かいことに捕らわれている時点で、あの男は上に立つものとして失格だよ」

「そうじゃねぇんだよ」


 そうじゃねぇ――


「人も文明も技術もいつかは死ぬ。だからこそ、団長の下で、あいつと共に戦おうって思うんだよ」


「話が見えないね。情けない団長との心中がお望みならここでかなえてあげるよ」

「あいにくとここで死ぬ気はねぇ。心中する気もねぇ」


 手に持つ銃を鳴らす。


「団長は、オレたちひとりひとりを想ってくれる。オレたちが死んでも、ずっと忘れずにいてくれる。長生きできねぇオレたち軍人。どうせ死ぬなら、そんな団長の下で逝きてえよ」


 一際荒れ狂う烈風の中でもヴェルナーは続ける。


「この銃は一度撃てば使えなくなる。たった一度、華を咲かせて散っていく。だがこれを見た誰かがこの技術を継いで発展させる。人も同じだ。オレたちの戦いを、生き様を。団長は継いで、価値あるものにしてくれる」


 銃を宙を舞うフリウォルに向ける。



「オレたちの戦いが人々の胸をうつ。軍人として、これ以上の誉れはねぇ」



 その銃口がフリウォルと一瞬重なる。

 そして、ヴェルナーは銃をしまった。


 怪訝な顔をするフリウォルは尋ねて、そして気づく。


「いっはい、何お、お?」


 自分の胸に大穴が開いていた。


「がへっ、え?」


 理解できないまま、緑髪の少年は乗っていたサーフボードと共に遥か下の地上に落ちていく。


 それを見送ることもなく、2人はかかとを返して戻っていく。


「ヴェルナーさんが爆発好きなのは、散っても誰かが見てくれるからですか?」

「何言ってんだ、爆発が好きなんじゃねぇ。ぶっ壊すのが好きなんだ。すっきりするからな」


 あんなふうにな、といって親指を立てた拳を後ろに向ける。

 納得したアグニータは先ほどよりすっきりした顔だった。


「ぶっ壊すのをいろんな人に見て欲しいから爆発させるんですね、なるほど」


(……やりづれぇなぁ)


 なんとなく、ウィリアムが彼女を避けている理由がわかったヴェルナーだった。






次回、「瑠璃色」

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