第十九話 圧倒
敵の指揮所を襲撃した後に急いで戦線から後退する。日はもうすっかり登り切り、一番暖かくなる時間になっていた。今はまだ無事な場所で二人で昼食をとっている。昼食と言ってもあらかじめ用意していた日持ちのする干し肉やパンなどだ。今は冬なので食材が痛みにくいので助かる。
「それにしてもソフィアはどこにいるのかな」
「そういえば見ないな。まさかさっきの指揮所にいたとかじゃないよな」
「ソフィアには敵意がある者の接近を知らせるナイフがあるから大丈夫だと思うよ。ていうか見えなかったの?」
「ああ、そうだった。見たんだった。両方とも男だったからソフィアじゃなかったな」
しかし、あそこにいないとなるとどこにいるのだろうか。ソフィアのことだからやられるなんてことはないだろう。僕らよりも強いのだし。
ソフィアは心配いらないとして、今戦線は膠着状態だ。軍も罠を警戒して進軍はゆっくりになっており、ハンター側も無理に攻めることをしていないため、変化は少ない。
だが安心はできない。敵陣にある大砲を無力化していないので、またいつ撃ち込まれるかわからない。すぐに撃ち込まれることはないだろうが敵を減らしていけば、落ち込まれてもおかしくない。
「なあ、もう面倒だし俺らで敵陣の一角潰しちまわねぇか?ハンターに話通せばいけるだろ」
オスカーがめんどくさそうに言った。
でもそれは意外にも一理あるかもしれない。罠を温存したままでいられるなら、ハンターたちにも余裕が生まれるし、士気も向上するかも。
「銃にだけは気を付けてよ?撃たれたら鎧してても無事じゃすまないんだから」
「気を付けるよ。というか俺よりウィリアムのほうが心配だぞ。俺より遅いんだから危ないぞ?」
「オスカーより遅い?言ってくれるね。じゃあ勝負と行こうか?」
「面白い。じゃあ俺が南西から南に行くからお前は南東からな」
「いいよ、人を連れて行くのは?」
「ありとしてやろう」
そう笑い、僕らは次の行動を決める。
本当はこんなことノリで決めるようなことじゃないけど、さっき槍を奪う際に敵軍を襲ったが、思ったよりも一般兵の練度は低い。市街での狭い空間でなら特に問題なく相手にできる。狭ければ一度に相手にする人数が少なくて済むので立ち回り次第ではどうにでもなるのだ。
そうして僕らは南東と南西に分かれる。今回は人を連れていいということなので現場にいたハンターに声をかけて手伝ってもらうとしよう。
こんなお遊びみたいなことを言っているが僕もオスカーもふざけているわけじゃない。油断なんてしないし、本気でやる。
そうして南東部の戦線付近に着くと、事前に聞いていた家屋の中に入り、待機していたハンターに話しかける。
「失礼、ここの応援に来ましたウィリアムです」
「応援?助かるがここはまだそこまで追い詰められていないぞ?」
「そのようですね。なので余裕があるうちに相手をたたいておきたいのです。」
「叩く?何か作戦でもあるのか」
「作戦と呼べるものでもないですが、協力していただきたくて」
そういって作戦とも呼べないことを話す。基本一人で戦うから協力してほしいというと相手は正気を疑うような顔をして来る。確かにやばいことを言っているとは思うが、行けそうなんだからいいじゃないか。
「本気で行ってるのか?失敗しても責任はとれないぞ」
「大丈夫ですよ。罠の位置と僕への攻撃をやめてもらえれば。あとできそうでしたら援護もお願いしたいです」
「わかった。蛮勇でないことを祈るよ。ウィリアムだったね、私はエイルラムだ」
「感謝します。エイルラムさん」
そういうとエイルラムさんが机の上に置いてあるコップに話しかける。恐らくあれが伝令するための道具なのだろう。気になって聞いてみると、見えない糸でつながっていて振動で音が伝わって会話ができるらしい。長距離は難しいが短距離はラグなくできるうえ、単純でコストが低く重宝するそうだ。
伝達が終わったようなので、罠の位置を教えてもらった後、敵がいる位置まで移動する。
屋根伝いに移動し、敵を肉眼で確認する。
見たところ4人一小隊で50mぐらいの間隔で点在している。均等ではないしところどころに集まって10人以上いるところもあるが問題ない。
敵の頭上に静かに移動し、短剣二本を両手でもって屋根から飛び降りる。
「なんだ!?」
「てきしゅっ……」
「げあっ!」
頭上から急襲し、状況が理解できていない二人を仕留めた。残った二人が気づき、こちらに銃を向けてくるが、殺した敵の死体を盾にしながら、短剣一つを敵に投げつける。短剣は敵の眉間に突き刺さったのを横目に確認すると、死体を残った敵に投げつける。
死体で一瞬隠れたのを利用して近づくと、僕を見失った敵が気づく前に短剣で首を切り落とした。
ひとまず一小隊撃破。自分の獲物の短剣を回収し、血をふき取ると窓から見ていたのか若いハンターの一人が顔を出す。
「おい、あんた何者だ?この町でハンターやって長いがあんたみたいな化け物聞いたことないぜ」
「化け物とはひどいですよ。あんまりギルドに顔出さないだけでちゃんとハンターですよ」
しゃべっていると敵が曲道から近づいてくる足音が近づいてくる。曲がり角までの距離は少し遠い。短剣をしまい、槍と盾に持ち替えると敵が角から姿を現した。
「敵だ、撃っ」
「隊長!?」
「撃て!撃て!」
敵の先頭が姿を現した瞬間に、槍を投げつける。戦闘にいた兵士の胸に槍が貫通し、その後ろの家屋の壁まで勢いそのままに飛んでいき、縫い留められる。
まず1人。
どうやら倒した相手は隊長だったらしく、残った部下3人が銃を放ってくるが、散発的なので盾を構えながら動き回ることで被弾を防ぎながら距離を詰める。
思った以上に弾丸が遅い。これならなんの脅威にもならない。
距離を詰めたところで、短剣を投げつけ一人仕留めた。銃が使えないほどの距離に近付くと剣を抜いて迫ってくる。上から振り下ろされた剣を盾で防ぎながら、もう一人の敵から、今相手している敵の身体で死角となるように移動する。そして敵の首を片手剣を抜いて切り飛ばし、一瞬死角となって見失った相手に対してすぐに距離を詰め、短剣を眉間に投げつけて仕留めた。
これで二小隊撃破。
南門まではまだだいぶある。急いでいかないとオスカーに先を越されてしまう。4人程度なら立ち回り次第で安全に仕留められるのでもう少しペースを上げていこう。
そう思っていると先ほど声をかけてきた若いハンターがまた話しかけてくる。
「やっぱすげぇな、さっきエイルラムさんが言ってたのはあんたのことだったのか」
「そうですよ、ここから南門にかけて殲滅するんでお手伝い願えません?」
「よっしゃ!任せろ!」
そういうと目を輝かせながら若いハンターは引っ込んだ。
一度家屋に入ってまた屋根に上る。そうして敵の位置を確認しながら急襲しては倒すという行為を繰り返していた。途中大人数に出くわしたが、ハンターたちの援護もあり、無事に倒すことができた。
倒した敵の武器はハンターたちが回収しているようだ。これでこの戦いも少しばかり有利になってくれるだろう。
「この程度なら、数日あれば問題なく勝てるかも……ん?」
そうして敵を倒して進んでいるとあるときぱたりと敵がいなくなった。破壊された防壁がある南門まではまだ少し距離がある。ここら辺は敵が街に入るために重要な位置だ。開けるなんてありえない。不審に思い進むのを止める。
家屋にいるハンターたちが先行して様子を見てくれている。援護してくれるようになってからは彼らが先行して敵の位置を教えてくれるようになった。そのためスムーズに進めている。
嫌な予感がする。ここは一度引くべきか?
悩んだその瞬間、耳を劈く不吉な轟音が鳴り響く。
反射的に耳を塞いでその場に伏せる。その瞬間に目の前にあった防壁と近辺の家屋が倒壊した。伏せていた僕にも大きな衝撃がきて、がれきに飲まれてしまった。
倒壊してくる家屋の崩れた石材がふりそそぎ、体を強く打つ。
でも耐えるしかない。
しばらく伏せたままじっとして次の砲撃が来ないことを確認すると、がれきをどかして外に出る。
「なんだこれは……」
絶句した。
周囲を見ると南門付近がさらに大きく崩壊していた。
まだ無事だった頑丈な建築物は見る影もなく瓦礫と化しており、迷路のようだった街並みはまるで見晴らしのいい平野のように遠くまで見渡せる。
「クソっ!」
先行して南門の様子を見てくれていたハンターたちは無事だろうか。望み薄だろうか。
やはりあの砲撃を何とかしなければ厳しい。どうしようか考えながらもとにかく今は態勢を立て直すことを優先して一度、撤退することにした。
オスカーとは南門で合流ということだったが今の状況では不可能だ。ここで離れることになってしまった。とにかく離れようとするとまた轟音が鳴り響く。もはや条件反射で伏せるが今回は近かったためか、数メートルほど吹っ飛ばされてしまった。
それでも歯を食いしばって耐え、頭を守って伏せ続ける。
しばらくは大砲が火を噴き続けた。
そして砲撃が止んであたりを見渡す。
そこには以前見た街並みは存在せず、がれきの山だけが存在していた。中には血に染まった瓦礫もあり、うめき声がしている場所もある。なんとかして助けようと思っていると敵陣から雄叫びが聞こえてきた。
この砲撃の機を逃さず、歩兵で制圧しようというのだろう。
今目の前で苦しんでいる人を救いたい。だがここにいては僕自身が危ない。
「ごめんなさい……」
申し訳ないが今は助けられない。泣きそうになりながらその場を後にした。
次回、「蛇の頭」