第二十話 最強の天上人
壁際で、体中に空いた穴から血を流し倒れるカベザ。
それを黒髪の魔女マリアが箒から降りて座って見ていた。
「カベザ、もうやられちゃったの」
「うぅ、いてぇ、マリア……頼む……」
「仕方ないね」
倒したカベザに何かしようとしているマリアを止めるために、カーティスとヴェルナーがマリアに次々に発砲する。
放たれた弾丸はすべて小さな体の少女に吸い込まれ――
そして塵になって消えていった。
「! なんだ?」
たしかベルが言っていた。自分の魔法をすべて無効化されたと。
弾丸でも同じか。だが塵になるとはどういうことだ。
銃を変え、弾を変え、2人が次々に攻撃するがやはりどれもが体に届く前に塵になり霧散していった。
「はい、これで大丈夫」
「ああ、すまない恩に着る」
「次は私も参加する」
「ううむ、わかった」
攻めあぐねている間にカベザが立ち上がっていた。
「嘘だろっ」
思わず口に出る。
ありえない、あんな一瞬で大けがを治療することは不可能のはずだ。
聖人であり、癒しの加護を使えるマリナにだってできない。
この世界で怪我を治す方法は限られている。
通常の治療以外では加護がある。
癒しの加護を持つものは少なくないために、人によっては重症や欠損も加護で治すことは可能だ。
ただ問題は加護は安定せず、感情や行動によって発動条件も効果も全く異なる上に変化すること。
だがそもそも。
目の前の少女は加護なんてものを使わなかった。
ならば魔法だと考えられるがそれはもっとない。
なぜか。
「体を直すなんて複雑にもほどがある。魔法で再現なんてできるわけがない」
一番は体内に存在するマナは大気中のマナよりも圧倒的に複雑かつ高密度だ。
臓器や細胞ごとにマナが絶えず動き変化している。
それにたとえ理解して制御できたとしても、怪我をして弱っている体のマナを強引に操作すればかえって悪化させることにもつながる。
だから魔法で体を直すなんて不可能だ。
理論上で可能とされても実現できるかは全くの別物だ。
「驚いたか? お前たちには決してできない芸当だろうな」
「けっ、助けてもらった立場で随分と威張るんだな」
「仲間を自慢することくらい誰でもするだろう」
復活したカベザはどや顔で語ってくるのが癪に障る。
あの女が使った魔法、マナの動きだけを見ればカベザの体内のマナをいじったようには見えなかった。
では一体どうやって傷を治したのか。
それがわからなければ、カベザをいくら倒しても復活される。
だが少女には銃が効かない。
なら打つ手は1つだ。
「ヴェルナー、カーティス。奴らを分断する」
「了解、団長はどっちだ?」
「先に雑魚を片付ける。2人は距離をとって女の方を」
「承知した」
「マリナは2人についてくれ」
「わかった」
指示を出し、再び駆け出す。
カベザの相手は難しくない。
相手の魔法をこちらは封じることができ、こちらは自由に使える。
「てめぇの相手はこっちだ」
一方でマリアにはヴェルナーが手榴弾を投げつける。中にはいくつもの細かい刃物が入っており、弾けると鋭い破片がいくつも飛び散る。
マリアは避けることなく爆発に巻き込まれ、煙の中に姿を消す。
その間に俺はもう一方の敵、カベザを攻める。
「一対一なら勝てるとでも!?」
「事実だ」
学習した気でいるカベザは魔法ではなく剣を持ってこちらに向かってくる。
魔法ではなく剣でとなれば修練した年数がものを言う。長年修練してきたカベザが相手では瞬殺は難しいかもしれない。
もっとも、正面から戦う気はさらさらないので問題ないが。
俺は槍を軽く山なりの弧を描くように投げる。それはそれなりの速さはあっても、脅威にはなりえないものだ。
「馬鹿なことをっ」
カベザの注意が投げられた槍に、視線が一瞬だけ上に向く。脅威にはならないと判断してすぐに俺に視線を戻す。
ただそのときにはすでに、俺は槍を投擲する態勢に入っていた。
何も持っていない右手を大きく後ろに引き絞り、身体をしならせる。
「っ!?」
槍になにかあるのかと、一瞬、ほんの一瞬だけ宙に浮いた槍に視線を戻すカベザ。
その一瞬を逃さずに槍を手元に転移で引き寄せる。
空いていた右手に槍が綺麗に握られる。すでに投擲の態勢に入っていたために槍を戻したのとほぼ同時に、槍はほのかに白く光りながら明後日の方を向いていた敵に向かっていく。
すぐさま視線を戻したカベザは目の前に迫ってくる槍に驚愕の表情を浮かべる。
「なっ!? ああああぁっ!!」
マナを纏い、より強力になった槍をその身に受けたカベザは、分厚い肉体を穿たれ、再び壁にぶつかり縫い付けられる。
「う、あがっ、へあ」
口から血と言葉にもならない声を吐きながら、槍を抜こうと必死に手を伸ばす。
治すためにマリアを呼ぼうと手を伸ばし、声をだそうとするが、出てくるのはかすかな空気の揺れと血の塊だけ。
そして男は動かなくなった。
あっさりとカベザは死んだ。
マリアが死んだ人間も生き返らせることができるかまではわからない。
だがこれならたとえ生き返らせたとしても、槍が刺さったままだから行動できないはずだ。
あの槍の形状は十字になっていて、柄と刃の間には八方位を表す記号のように小さな刃がついている。
そのため貫けば、抜けない形状だ。
転移させれば簡単に戻せるが生き返られる可能性を考えて戻さず、代わりに剣を抜く。
そういえば記憶を取り戻した後にこうして人を殺すのは初めてだ。嫌悪するかと思ったが、記憶のない間に何人も殺している。
特に何も思わなかった。これはいいことなんだろうか。
雑念だった。
人を殺したことについて頭から振り払い、もう一方の天上人を見る。
「クソが! これもダメかよ!」
「銃も爆弾もダメか。飛び道具はすべて無効化されるようだ」
「攻めるしかない……私が行くっ!」
「ダメだ、もし通じなかったら危険すぎる。ヒーラーのお前を失うわけにはいかねぇ」
一方はやはり攻めあぐねていた。
銃や爆弾、バズーカのようなものでさえマリアには通じなかった。銃火器が駄目なら近接でとマリナが出ることを提案するが、危険すぎることからヴェルナーが却下した。
俺は3人に合流する。
「どうだ?」
「ダメだな、銃も爆弾もなにも効きゃしねぇ」
「氷や炎といった属性も試したが同様だ」
ヴェルナーとカーティス二人で攻め切れないとはよほどだ。
飛び道具はほぼ無理、なら残るのは俺が近づいて魔法を妨害、直接斬るしかない。
「なら次は俺が行く」
先ほどと同様に俺が前衛となり、他は支援に回る。
前に出るとマリアは溜息を吐きながら、壁に串刺しになっているカベザを見る。
「せっかく治してあげたのに、だらしがないカベザ。それともあなたが強すぎるだけ?」
「あいつが弱すぎるだけだ。魔法の扱いがまるでなっちゃいないな」
「彼は近接メインだからね。まあいいや、代わりはいるもの」
マリアのいう『代わり』が何か引っかかり、眉を顰める。
「代わり? 新しい天上人でも呼び出す気か?」
「楽しみにしていて、きっと気に入るから」
マリアは年頃の少女といった感じでしとやかに笑う。
そして箒を浮かし、人の身長よりわずかに高い位置で止まる。
「私たちの王様があなたを気に入ったみたい。いろいろな余興を用意していたよ。まあそれもあなたたちが私に勝てないと意味がない話だけど」
「嬉しくないね。余興の準備ができる前に早く終わらせる」
言うや否や後ろから援護射撃が放たれる。発砲音をスタートの合図にするように剣を抜きながら駆けだした。
変わらず銃弾はすべて無効化される。
だから今回は放った弾は当たる直前で爆発し煙幕を発生させるものだった。
相手の周囲が真っ白な煙で染まる。
目に入ってくる煙も気にせずに俺はマリアがいる場所に首を刎ねるつもりで剣を振るう。
煙は彼女の体の近くだけわずかに薄くなっている。
煙の中、俺が姿を現したのを見た彼女は目を見開く。
魔力を使い、彼女の魔法を妨害する。
妨害できた、手ごたえはある。
今なら、斬れる。
――とった!
そう思った。
でも――
「なッ――!?」
マリアの首に迫った俺の剣。
その刀身が真ん中のあたりでボロボロと塵になり折れた。彼女の首の後ろへ、少し離れていたわずかな剣先だけが振るった勢いそのままに後方へ飛んでいく。
――ボロボロになったのは剣だけじゃない。
「うぐっああああっ!」
剣を振るった右手が彼女の体に近付いたとき、小手ごと右手がボロボロと崩れたのだ。
いや、正確には崩れていない。
小手はバラバラになり、むき出しになった右手はまるでミイラのように渇き一部骨が露出していた。
「金属だってなるんだから、人だってそうなる。少し考えればわかること」
マリアがしたり顔で言ってくるが気にしていられなかった。
右手から耐えがたい激痛が走る。
「痛がってる場合じゃないよ……ほら」
マリアが攻撃してくる。そう思った。
傷む右手を抑えながら、慌てて短剣を抜き、目の前にいる少女を警戒し構える。
しかし、マリアは何もしてこない。
なんだっ?
「ウィルっ!!」
「団長!?」
「待て!」
後ろから3人の声が聞こえる。何かと思って振り向こうとしたとき。
振り向く途中で、見覚えのある炎を纏った剣が視界に入ってきた。
「死ねや!!」
――火剣、マルコスが一瞬で現れ、剣を振るう。
その剣はしゃがみこんでいる俺の首に鋭く向かう。
「――クッ!!」
咄嗟に短剣で首に迫ってきた剣を払うも、剣は一つではなく、次々と炎を吹かしながら迫りくる。
炎によって速度も威力も底上げされた剣に、防戦一方になる。
しかも、俺の背後には、
「私を忘れないで」
マリアがいる。
咄嗟にその場から飛び退くも、一足遅く――
「あああああああ!!!」
マリアが放つ無色透明の波動に当たった両足が、またしても干乾びミイラ化した。
立てなくなったことで、ヴェルナーたちの元へ戻ることもできずに膝をつく。
「ハッハッハ!! 死ねやクソ野郎!!」
動けなくても、それでも、と防ぐも、力の入らない体では短剣はあっさりと弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。
がらあきになった首に燃え盛る剣が迫る。
死が迫る。
直前で――
視界一杯に黒髪が広がった。
次回、「退却」