第十九話 突入、突撃
城門に到着した俺たち4人は閉ざされた門を吹っ飛ばして中に入る。
先頭を走る俺が、出てくる敵兵を魔法でことごとくねじ伏せる。遠距離から銃を放ってくる兵もいたが盾で防ぎ、ヴェルナーやカーティスが反撃して黙らせる。
そうして進んでいくと、上に行くための階段がある広間に辿り着く。
そこには見覚えのある2人が待ち受けていた。
坊主頭で鍛えられた肉体、法衣のような恰好をした、口元に力の入った大柄男。
浮いた箒に横乗りになっている黒髪を背中まで伸ばした凛々しい目つきながらも無表情の少女。
「たしか、カベザとマリア、だったか?」
「そうだ、よくここまでやってきたな。待っていたぞ」
カベザが前に出て、両手の拳をぶつけて戦意を露にする。
確かこの男は、土魔法を中心にしていて魔法より肉弾戦が得意という話だったな。
恐らくこの2人もマナが薄く、飛ぶのが大変な空で戦った時より、威力も精度も高い魔法をつかってくるだろう。
カベザはともかく黒髪のマリアはわからないことが多すぎる。こちらの攻撃を無効化してくるらしいが、攻めてきたことはない。
雰囲気的にも他の連中に劣るということはなさそうだ。
だがこちらは4、相手は2。
勝ち目は十分にある。
「ヴェルナーは援護、カーティスは支援だ。マリナは待機」
「了解した」
「任せろよ」
「わかった」
先頭に俺、その後ろにカーティスとヴェルナー、最後尾にマリナというひし形の陣形。
「俺が攻める、マリアは防御を」
「わかった」
対して相手は坊主が前、少女が後ろだ。
槍を構え、駆け出す。後ろのヴェルナーが援護射撃として両手の小銃を乱射する。
「ふむっ!」
カベザの周囲のマナが蠢き、土壁が現れて銃弾とぶつかる。
いくつかの壁が破壊されながらも、銃弾が防がれる。
壁を破壊し抜けていった銃弾もカベザは超人的な反応で避け、お返しとばかりに土でできた巨大な円錐形の槍をいくつも作り飛ばしてくる。
「防げるか?」
「造作もない」
飛来してきた土の槍をフードから取り出した盾を使って防ぐ。
飛来する槍と宙を舞う盾がぶつかる。
後ろの3人に当たりそうな軌道の土槍は防ぐが、それ以外は無視する。俺自身に向かってきたものはマナの動きを阻害することで霧散させる。
「魔法使い同士の戦いを知らないな」
「なんだと? 少し防いだくらいでいい気になるな」
初めて高位の悪魔であるバラキエルと戦った時と同じだ。
魔法使い同士の戦いというのは、周囲のマナをいかにうまく奪い合い効率よくつかうことができるかが勝負となる。
当然、相手がマナを使えないように阻害することも重要だし阻害された場合の対処法も問われる。
さきほどの槍の攻撃はその点全く考えられていなかった。無効化するのも容易い。
気づいていないのか、カベザは次々と槍を生み出す。槍を形作る魔力に魔力をぶつけることで、すべての槍がマナに還元され、霧散していく。
「どういうことだ!? 何が起きている!?」
「格下としか戦わないからそうなる」
徐々に距離が詰まる。
もう少しで槍が届く距離。
阻むように間に壁が出現しようとするが現れる前に阻む。
槍を振るうとカベザは大剣で防ぐ。
「魔法が使えないなら直接斬るまで!」
「そりゃごもっとも、じゃあな」
「なに?」
カベザを思いっきり蹴り、距離をとる。
蹴りすらも剣で防ぐが衝撃までは防げずに数歩後ずさる。
「吹き飛べやっ!」
後ろからで叫ぶヴェルナーが発砲する。
カベザが目を見開き、土壁を使って防ごうとするが、今は俺との距離が近い、マナの阻害により土壁は使えない。
土壁が現れないことにカベザが目を見開く。
「なにっ!」
「学ばねぇなモグラ野郎」
ヴェルナーが放ったいくつもの弾丸がカベザを貫き、爆発した。
「ぐがあっ!!」
声を上げながら坊主頭は後ろに吹き飛び、壁にぶつかる。
「残りは一人」
血にまみれ、動かなくなった男。
カベザの後ろに控え、何をするでもなくただ箒に乗りふわふわと揺れていたマリアは、倒れたカベザを見て特に心を揺らすこともなかった。
「仲間がやられて何もなしか」
「……」
少女は何も言わず、俺を見て、ゆっくりと微笑んだ。
◆
グラノリュース王城前。
上空で灼熱の炎や剣、極寒の氷や槍がぶつかり砕け、頂点を過ぎた太陽が氷の欠片をきらきらと照らしだす。
「しぶといわね、いい加減に落ちなさい」
「その台詞、そっくりそのままお返しするわ。先を急ぐんだから」
絨毯に乗り空を駆けるヴァレリアと箒にまたがり宙を舞うウィルベル。
水や氷を自在に操り、ウィルベルを飲み込もうとするヴァレリアは一際大きな水の塊を出現させる。
「呑み込みなさい、《水崩壊》」
対する炎と剣を操るウィルベルは慌てることなく指輪をつけた指をパチンと鳴らす。
「吹き飛びなさい、《金の円環》」
ウィルベルの前に金色に輝く円環が現れる。その円環は超高温で金色に発光し、中心は周囲との温度差から光が屈折し、陽炎のごとく大きく揺らめいていた。
発生した津波と円環がぶつかる。
水が円環に近付くと触れる前に瞬時に沸騰し、大量の水蒸気が辺り一帯に立ち込めて湯気となり、一寸先も見通せないほどの状況ができあがる。
それでもまだ、氷が砕ける音や水が蒸発する音が鳴り続けた。
やがて水蒸気が晴れると、そこにはさきほどと変わらず相対する2人の魔女。
ただ、ヴァレリアの顔は険しく、眉根には皺が深く刻まれていた。
「あなた、手を抜いているの?」
「さぁ、どうかしらね。本気を出すまでもないとは思ってるわ」
ウィルベルは相手を挑発するように厭味ったらしく言った。癪に障ったのかヴァレリアは顔をしかめる。
その様子を見てウィルベルはさらに畳みかける。
「正直、拍子抜けよね、こっちはあんたたち天上人が強いって聞いてきたのに、ふたを開けてみればこの程度。国の文明も技術も負けることは一切なさそうだし、数が少なくても楽勝ね」
「よく言うわね、私にも勝ちきれない小娘の分際で」
「事実じゃない? 聖人になったから何年も生きてるんでしょうけど、それでこの程度。たった20年も生きてない小娘に負けるんだもの。たかが知れてるわよね」
ウィルベルは嘲るように言った。
実際に現時点ではほんのわずかにウィルベルが勝っている。放つ魔法は少しずつヴァレリアにかすり傷を負わせていた。
聖人に至っているヴァレリアは頑丈で身体能力にも優れているためにさほど気にすることはない。問題なのは魔法で勝ちきれていないことがヴァレリアのプライドを傷つけていた。
ヴァレリアは顔をゆがめ、ウィルベルを睨む。
気をよくしたウィルベルは指輪を光らせる。
「この分だと他の天上人もたいしたことなさそう。さっさと倒して手柄をとりにいこうかな」
こういえば相手はもっと怒って冷静さを失う、そう考えたウィルベルだったが――
「……ふふふ、あははは!」
唐突にヴァレリアが笑い出す。
今度はウィルベルが眉をしかめる。
「何がおかしいのよ、いかれちゃったの?」
一頻り笑ったヴァレリアは瞳に涙を浮かべながら、心底愉快そうに上ずった声で語りだす。
「いや、ごめんなさいね。ふふっ……いいわ、認めてあげる。百年近く生きた私よりも短い時間しか生きていないのに、私に並ぶほどにあなたは強い。才能にあふれて知識もある。……そのうえで教えてあげる」
不敵な笑みを浮かべて言った。
「あなたがどんなに強くてすごい魔法を使えたとしてもね。私たちには勝てないわ。いや、正確には私に勝てても、彼女には勝てない」
「彼女?」
「最強の天上人。私はおろか、あなたよりも短い時間しか生きてないにもかかわらずにね」
ウィルベルは他の天上人について思い浮かべる。
他にいたのはマルコス、フリウォル、カベザ、マリア。
もっとも長く生き、天上人を率いているのはマルコスだったことを知っているウィルベルは、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「何言ってるのかわからないわね。もっとも長く生きてあんたたちのリーダーだった赤毛の男は雷に打たれて死んだでしょ。最強の天上人なんてかっこつけてるけど、ただの二番手じゃない」
その言葉にヴァレリアはまた大げさに笑い出す。
「アハハハハッ! マルコス? あいつはただ長生きしてるからリーダーっぽく振舞っていただけ。実力はまあ、確かにそれなりにあるけれど、最強では決してない」
一拍置いて、最強の名を告げる。
「終わりの天上人。黒の魔女マリア。たとえあなたたちが束になっても、あの子には決して勝てないわ」
ウィルベルは自分の攻撃を完全に無効化した黒髪の魔法使いの姿を思い出す。
未知数で脅威だとは感じていた。
だが全員で戦っても勝てないとは思わなかった。
内心で困惑するウィルベルにヴァレリアは追い打ちをかける。
「それとさっきマルコスは死んだって言ってたわね」
「……生きてるとでも?」
もちろん、と、おかしくてたまらないとばかりに青髪の魔女は語る。
「マリアがいるもの。彼女がいる以上、私たちは負けないわ」
次回、「最強の天上人」