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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第十八話 交錯する刃




 アイリスやヴァルドロがいる場所とは異なる戦場。

 右翼とされる上層のやや西側に位置する場所には、キツい印象を受ける釣り目の男がいた。


「こちらにめぼしい敵将は確認できず。外れだったか」


 その男は両手に長さの異なる槍を持ち、襲い掛かってくる敵兵をあっという間に戦闘不能にしていく。


「これでは戦果を挙げることも目的を果たすこともできないな」


 男の後ろにいるのはグラノリュース兵。

 だがその士気はとても低く、実質戦っているのは彼一人。


 静かな戦場が広がっていた。


「実力差は圧倒的、士気が下がるのも無理はない。挙句指揮官が裏切者では致し方ない。これでまた餌を放り込まれた鯉のように付いて来るのだから、やはりこの国は終わりだな」


 ゆっくりと確実に男の周囲には倒れていく兵士が増えていく。


 それでも彼の後ろの兵士の士気が上がることはない。彼もそれを気にすることはない。


 とても静かな戦場が片隅に存在していた。




 ◆




 上層を砲撃していた火力特化船アングリフ級弐番館ドゥエル。


 その船は今は地上を攻撃するでもなく沈黙を保っていた。


 ドゥエル艦内の倉庫、だだっ広く弾薬や物資が積まれているその中を1人歩くものがいた。


「これを3年前に出ていった坊主が作ったのか。あのときの坊主が、たいしたもんだなー。これは俺たちはもったいないことをしたなー。壊すのがもったいないなー」


 間延びした気の抜けた喋り方をしている男の手には、2本の長さの異なる槍が握られていた。

 倉庫に響く男の声。

 そこにコツッコツッと別の音が響く。


「お? 誰か来た?」


 あらわれたのは身長が2 mはありそうな、大剣を背負った男。


「お前か! 俺たちの船に乗り込んできた大胆な男は! ほうほう、いかにも腕が立ちそうだ!」


 ジュウゾウのでかい声が倉庫内で反響し、周囲のものを僅かに揺らす。


 しかして対峙する槍を持った男は臆面もなく、槍を弄ぶ。


「随分と暑苦しいのが出てきたなー。それも随分と強そうで位が高そうだ。これでは目下の目的が果たせそうにないなー」

「そうか? その割には随分と余裕そうではないか! 何かあるのだろう、披露して見せてくれ!」

「何かあるって程のもんじゃないんだけどね。見せられるものでもないし。ま、下で馬鹿弟子がクソ真面目に仕事してるから、俺も仕事するよ」


 男は気怠そうに槍を構える。


「そういえば名前を聞いていなかったな! 俺はこの船を預かっているジュウゾウだ!」

「これはご丁寧にどうもー。おいら天導隊が1人、『双星』のエドガルドっていうんだ。ぜひ覚えて欲しいなー」

「はっはっは! しかと刻みつけてもらいたい! その槍でしっかりとな!」

「やだ、この人どM?」


 緊張感のない会話が倉庫に響く。やがて響く音は甲高い金属音に変わり、その速さも音も勢いを増していくのだった。




 ◆




「各地で天上人と思われる敵兵を確認! アングリフ航行不能!」

「ドゥエル艦内に侵入者! ジュウゾウ連隊長が迎撃にあたるとのこと!」

「西側から報告にはない天上人を確認! 武器は槍、銃を防ぐ魔法を使うとのこと!」


 旗艦ヘルデスビシュツァー指令室では数多くの報告が飛び交っていた。


 アグニータは情報を精査し、直ちに対処する。


「弐番艦の対応はジュウゾウ連隊長に一任します! 被害が軽微な西側には遅滞戦闘につとめるように伝えなさい!」


 飛んでくるのは主に突出した実力を持つ天上人に関する報告。


 しかし新手の天上人と思われる人数が多いことが彼女を困惑させていた。


(おかしい、天上人は全部で6人のはず。事前にウィリアムさんに聞いていた秀英というのは恐らく西側にいる男。被害が軽微だから間違いないはず……ではジュウゾウさんと戦っているのは?)


 思考しながらも口は矢継ぎ早に指示を出す。


「ドゥエルから連絡! 侵入者は自らを天導隊エドガルドと名乗りました! 天上人とは異なる部隊とのこと!」

「天導隊? ……その部隊について情報を引き出してください! ウィリアム師団長にも連絡を!」


 新たな脅威となる部隊の出現にアグニータはすぐに対処する。しかしさらに事態は動く。


「東側に新たな敵を確認! 数は少数、先頭に剣と短剣を手にした聖人と思われる男、天上人に類するものと思われます!」

「また!?」


 今の事態がかなり厳しくなっていることに彼女は歯噛みする。端正な顔をわずかに歪ませながら思案する。


「……ライナーさん、シャルロッテさん。お願いできますか?」


 そして新たに表れた敵に対処するために、対天上人として控えていた2人を出すことにした。


「それしかありませんよね。情報がないのはいささか不安ですがやるしかありません」

「奴の相手はお任せください! 近接系の敵ならば私たちに分がありますから!」


 ライナーとシャルロッテは命令を受領し、すぐさま出撃する。


(どうか、皆さん踏ん張って……)


 自分の指示で1人でも仲間が生き残れることを彼女は願う。




 ◆




 地上に降り、壊れた防壁から上層に入ったライナーとシャルロッテは、いくらかの部隊を率いて南に位置する王城に東側から回り込むように移動していた。


「件の敵はもうすぐですね。罠には気を付けてください」

「もちろんだ。抜かりはない」


 走り続けると大きな通りに出る。

 そこにはゆっくりと歩いている一人の偉丈夫。見た目は四十代といったところの黒髪の男であり、その後方にはグラノリュース軍が隊列を組んで行進していた。


「剣と短剣の両手持ち。あの男ですか」

「抜いてはいないからわからないが、団長と同じで使い分けるタイプか、それとも双槍の男のように同時に持つのか」

「前者でしょう、短剣を4本下げていますから。なんだか団長と似ていますね」


 敵の様子を伺いながらも2人は戦闘準備を整える。2人が率いる部隊は合図があるまで姿を隠して待機させていた。


 2人は正面からぶつからずに路地裏に隠れながら銃撃する。

 二か所に分かれ、ハンドサインで合図をする。

 同時に銃口から火が噴いた。


 ライナーが放った爆薬が仕込まれた大きな銃弾とシャルロッテの貫通力に優れた弾丸が男の下に向かう。


 さきにライナーの弾丸が着弾し、大きな爆発と煙が巻き起こる。視界が遮られたところで貫通力に優れたシャルロッテの弾丸が男を貫く。


 発砲した2人はすぐさまその場から離れ、次の銃撃地点に移動して様子をうかがう。


 煙で埋まった視界、その中から――


「なっ!」

「無傷……」


 男は変わらず、ゆっくりと歩いて出てきた。


 自らの攻撃を全く意に介さない男を見て、2人は驚愕の声を上げる。

 すぐにまた引き金を引き、銃撃を再開する。何発もの銃弾が男に降り注ぐ。


 ライナーの氷結弾、風刃弾、シャルロッテの雷撃弾、貫通弾、誘導弾もすべてを打ち尽くしてもなお。


 それでも男は歩き続ける。


「これは……一体何が起きているんですか?」

「わからない……ライナー、次は爆発が伴うものは使わないでくれ。様子が見たい」


 そして再び銃撃を再開する。今回は爆発による煙が出ることはなかった。


 その代わりに目に飛び込んできたのは2人にとって信じられない光景だった。



 目では見えないはずの高速の銃弾は、照準があっていたにもかかわらず男の斜め後ろへ逸れていく。



 目にもとまらぬ一瞬の間に、二人はたしかに見た。


「銃弾を、切った……?」

「いや、剣の側面で滑らせたのか?」


 飛んでいった弾丸は家屋に当たると轟音と共に崩れていく。

 2人が持つ銃は錬金術でひたすら性能を高めた一級品。その弾丸を防ぐのは明らかに常軌を逸していた。


 さらに異常は続く。


「えっ?」

「これはっ」


 不意に、2人が潜んでいる場所に短剣が飛んでくる。

 家屋に隠れるも短剣が当たった場所が大きく崩れ、2人の姿が露になった。


「降りてこい。私が相手をしてやろう」


 崩れる家屋から転がるように2人は大通りに飛び出した。


 ライナーは銃を構えなおし、シャルロッテは銃から盾と剣に持ち替える。2人が姿を現しても男の後ろにいる部隊は動く気配がなかった。それどころか距離をとっている。


 ゆっくりと2人に近付く男。


「一つ聞こう」


 低く、ほんのわずかにしわがれた声。


「……なんでしょうか」

「お前たちの指揮官の名前はなんという」

「聞いてどうする」

「ただの興味本位だ」


 態勢を整え、二人は答える。


「ウィリアム・アーサー少将ですよ。面識がありますか」

「ウィリアム、アーサー? ……アーサーとはどこかの家の出か?」

「勝手につけたと言っていましたね。家名がないのは不自然だからと」

「そうか」


 聞くだけ聞いて男は黙る。


(いま笑った? 嘲るようなものじゃなかった。団長はこの男を知っているのか?)


 ライナーは密かにウィリアムに通信を飛ばそうとする。


 しかしそれよりも先に男が名乗る。



「私の名はアティリオ。アティリオ・エクトルカ。グラノリュース天導隊が1人、『絶護』の位を賜りしもの」



 そして、明かす――




「天上人、ウィリアムの師だ」




 その言葉は2人を驚愕させるのに十分すぎるものだった――







次回、「突入、突撃」

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