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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第十七話 烈嵐



 グラノリュース天上国の中心である層。

 単に上層と呼ばれているその層の真北、最も大きな正門の正面には、数多くの壮大に並んだ兵士と巨大な飛行船が砲台を壁に向け、集っていた。


「諸君、時は来た」


 その兵士たちの真上。


 最も大きな威容を誇る空飛ぶ船の上で一人の男が声を上げる。


 そこかしこから反響していくその声は、眼下にいるすべてのものを滾らせる。



「叫びは怒り、振るうは剣、放つは大砲、鳴らすは福音」



 男の声に呼応するように兵士は叫び、剣を掲げ、太鼓を轟かせ、祝福を授ける鐘がなる。



「全軍、行動開始!」

『うおおおおおおおおおおお!』

『鳴らせや鳴らせ! 我らの軍靴!』

『内なる神よ! 目覚めしときは今!』

『天に昇るは我らが太陽!』


 男の号令と共に空飛ぶ船、旗艦ヘルデスビシュツァーの艦砲が爆炎を放つ。


 そしてあっさりと、長年、国の中心とそれ以外を隔ててきた壁はあっけなく崩れ落ちた。


 まるで死骸に群がる蟻のように、わずかな傷口を食いちぎる獰猛な魚のように。


 兵士たちが壊れた壁に殺到する。



 ――グラノリュース攻略戦。



 その第2幕が今、始まった。




 ◆




 上空から上層の様子を眺める。

 進軍状況としては、大きく中央、左翼、右翼と分けて上層を進んでいるが、今のところは天上人たちは確認できず、一般兵しか見られない。


 たかが一般兵相手なら、錬金術で作られた十年二十年も先を行く俺たちの軍が負ける道理はない。


 だが、どうやら敵もかなり必死のようで、思うように進めていない。

 まあ当然か。ろくに交戦もしていないのに、いきなり背水の陣なんだから。


 この状況なら普通脱走兵の一人や二人出てもおかしくはないが、ここでも上層を覆う壁は役立っているようだ。

 普通に逃げようと思っても前は敵、後ろは城、それ以外の方向は壁だ。どこにも逃げ場がない。


 軍を率いる側としては脱走兵が出ないから楽かもしれないな。兵士にとっては地獄だろうが。


 地上を指揮するアイリスとヴァルドロには、被害を抑えて慎重に進むように指示を出している。制圧なんて、飛行船を使えば十分だからな。



 ――二人が優勢に事を進めているうちに、勝負を決める。



「アグニータ、ここは任せる」

「了解しました。どうかご武運を」

「互いにな」


 そばに控えているアグニに指揮権を渡す。

 旗艦の甲板に出て、そのまま飛行船の先端部分ギリギリに立つ。


 下を見ながら、部下の名前を呼ぶ。


「ウィルベル、マリナ、ヴェルナー、カーティス。動けるな」

『はっ!』

「ライナー、シャルロッテ、エスリリ。わかってるな」

『はい!』

「よし」


 ウィルベル、マリナ、ヴェルナー、カーティスが俺の横に立ち同じように船の下を見下ろす。



 そして、一斉に飛び降りる。



「ィイヤッホォーーウ!!」

「うっさいわね! 黙って跳べないの!」

「無理だね! こんなもん、楽しめないほうがどうかしてらぁ!」


 ヴェルナーはスカイダイビングは大好きらしい。ハイになっている。戦場の気にあてられただけかもしれないし、なんならいつも通りかもしれない。


 俺はフードから盾を5つ取り出し、周囲に浮かせて全員を盾に乗せ、地上を無視して一直線に城を目指す。


 この作戦は簡単だ。


 地上は囮、本命は俺たちだ。


 市街戦なんてやっていられない。ましてや相手は数も地の利も上。


 馬鹿正直にぶつかるなんてするわけがない。装備で圧倒的に勝っているとはいえ、民間人がいる以上、飛行船で手当たり次第に撃ちまくることもできない。


 だから、頭を潰すに限る。


 こんなおあつらえ向きの状況、指揮官は間違いなく城にいる。


 それを潰しに俺たち5人が出向く。


「予想だとここで天上人が出てくるんだが……わかりやすいな」


 宙を舞い、城に向かっていると突如水鉄砲のような超高圧の水が飛来してきた。


 全員分の盾を動かし、無数に飛んでくる水鉄砲を躱し続けながらなおも進んでいくと、ようやく敵の姿が見えてきた。


 それは絨毯に乗り、杖を手に持った青髪の女。

 確か名前は――。


「ヴァレリアっつったけか。また会えたなぁ」


 一度交戦したヴェルナーが名を呼んだ。


「またあなた? まあいいわ。ここなら高さも大したことないし、5人くらいなら余裕ね。残念だけどここから先は通行止めよ」

「わりいがそんな藁みてぇな腕じゃあオレたちゃ止められねぇよ。とっとと巣穴に引き返しやがれ」

「これでもかしら」


 言葉と同時、いやそれより早く女は俺たちに極太の水鉄砲を放つ。間一髪で全員を回避させることに成功する。

 だが後方へ飛んでいった水玉は多くの家屋を粉砕し押し流していった。


 入国時よりも魔法の発動までのロスがかなり少ない。マナが動いたと感じた瞬間に魔法が飛んでくる感じだ。しかも威力がかなり高い。


「こいつの相手はあたしがするわ」


 盾を操り、前に躍り出たのは尖がり帽子に黒のローブ、銀髪の髪は太陽の光に照らされ金色に輝いても見える少女。


「ウィルベル、平気か」

「誰に向かって言ってるのよ。あんたの師匠よ? 信じなさい」


 そういってウィルベルは箒を取り出して盾から乗り換える。


「あら、誰かと思えばフリウォルに勝てたからっていい気になってる小娘じゃない」

「お歳を召したお婆様、ご無理はなさらずに下がっていいんですよ? 老体に若者の相手はきついでしょう」

「……言ってくれるじゃない、いいわ。あなたから潰してあげる」

「老人は話が長くて参るわ。とっととかかってくればいいのに」


 ウィルベルがヴァレリアの相手をしている間に俺たちは横を通り抜ける。


 しかしヴァレリアがノールックでマナの動きを察知させないほどの速さで俺たちに巨大な水鉄砲を放ってきた。


 俺たちは対応できず、されるがまま――


「集中力がないのも老人の特徴よね」


 水鉄砲に飲まれることはなかった。


 当たる直前にベルの魔法剣が水鉄砲と交差し爆発を起こして防いでくれた。そのまま俺たちは2人から離れ、城に向かう。


「天上人は残り4人……」


 王城で待ち受けているなら1人ずつ受け持つ計算になる。


 だがそのうちの一人は秀英だ。変わっていなければ彼は味方だ。


 勝ち目はある。とっとと終わらせてやる。


 4人分の盾を加速させ、城へと急いだ。




 ◆




 地上では、地の利を生かしたグラノリュース軍に対して、アクセルベルク軍は慎重に攻めていた。


「工兵は敵の銃を防ぐ防壁を展開! 歩兵は安全を確保しつつ進め! 焦る必要はない! 確実に進め!」


 地上部隊を指揮しているのは歩兵連隊長アイリス。


 互いにぶつかり合っているラインから離れた後方で通信機に対して叫ぶ。その横には工兵連隊長を任されているヴァルドロ・ギロ・ギレスブイグの姿もあった。


「この数日準備してきたのは此方だけではないようだ。敵方はいたるところに爆弾やわなを仕掛けている」

「そのようだね。厄介だ、厄介だけど……脅威にはなりえないね」

「然り」


 アイリスは頭上を見上げると、そこには2隻の飛行船が超低空飛行で市街地上空を飛んでいた。


「いつ見ても惚れ惚れしますな。火力特化の飛行船、アングリフ級。素晴らしい火力だ」

「さすが爆発馬鹿のヴェルナーだよね。あんな大砲満載の飛行船を実現しちゃうなんてさ」


 2隻の飛行船が空から地上に向かって砲撃を開始した。

 瞬く間に敵兵で埋め尽くされていた市街地は爆炎に染められ、家屋が次々と倒壊していく。


 事前に敵に近い兵士たちには工兵と連携して防御陣形を整えさせていたために飛行船にいる砲兵は心置きなく掃射できる。


「これなら今日中にかたがつくかもしれないね」

「いや油断なされるな。向こうにはまだ天上人が控えておる故」


 気を引き締めるヴァルドロの言葉に、アイリスは鷹揚に頷く。


「もちろんわかっているよ。彼らが出てくる前にボクらはできる限り敵に打撃を与えない――とっ!?!?」


 突如、荒れ狂う暴風が辺り一面を襲い、アイリスの言葉が止められる。


 暴風によって、降り注いでいた砲弾はあらぬ方向へと吹き飛び、ときには何もない家屋に、ときには味方の元へと降り注ぐ。


 アイリスとヴァルドロはとっさに頭を守り、地に伏せる


 やがて飛行船から音が止み、風がやむ。


 目を開いたアイリスが見たものは、風にあおられてひっくり返るように地上に落ちていく飛行船の姿。


 屋根や木が根こそぎえぐれている荒れ果てた町の光景だった。


「そんな!」


 兵士たちも多くが飛ばされ、倒れているものがほとんどであり、中には倒壊した家屋の下敷きになっているものもいる。


 アイリスは辺りを見回してこの原因を探る。



 ――そして、見つけた。



 敵軍奥に宙に飛んでいる少年がいる。細長い楕円形の板に半身になって乗っている緑髪の少年。


「あんな位置から!」


 緑髪の少年はアイリスから見て敵陣深くにいた。

 そしてそんな位置からさきほどの強力な魔法を放てばどうなるか。


「味方ごと……!」


 グラノリュースの兵士もアクセルベルク軍と同様に倒れていた。

 飛行船と少年の間にいた兵士たちはほぼ全滅しており、そのほとんどはグラノリュースの軍服をまとっている。


「あれが……天上人!」


 ぎりぎりと軋むほどに歯を食いしばる。射殺さんばかりに睨みつけるとその緑髪の少年が二人の近くにやってきた。


 そして見つかる。


「でっかいのはやっつけたし、つぎはーっと……ん? うわ、すっげー美人! スタイル凄!」


 緑髪の少年フリウォル。彼はアイリスを見つけると目の色を変えて興奮したように叫ぶ。

 アイリスは不快げに端正な顔をゆがめながら意を問う。


「いったいどういうつもり? 味方ごと攻撃するなんて」


 フリウォルは怒りを向けられながらもあっけらかんと。


「いいじゃん別に。どうせあのままだったら、あそこにいた兵はみんな死んでるし。でも僕のおかげで彼らが死ぬのと引き換えにあのへんなだっさいやつも吹き飛ばせたし、敵も吹き飛ばせた。ほら、何も問題ないじゃん」

「……分かり合えそうにないな、君とは」

「これからわかり合えばいいじゃないか。どう? 投降する気はない? 今なら手厚く迎えるし、なんなら天上人であるこの僕の傍付きにしてもいいよ。あ、言い忘れた。僕はフリウォル、最強である天上人の1人だよ」


 軽薄な緑髪の男はフリウォルと名乗り、アイリスに投降を促す。


 明らかにその理由は慈悲ではなく、アイリスの体が目当てであった。


 鳥肌を立てながらアイリスは剣を抜く。


「ヴァルドロ大佐、立てますか」

「うむ」

「すぐに団長か参謀長に連絡を。風の緑がやってきたと」


 ひげに紛れて見えない口でばれないように連絡をするヴァルドロ。


 彼を見てフリウォルは不快そうに顔をゆがめる。


「うわっ汚いおっさん。そんなのがいいのかい? 僕の方が万倍いいじゃないか……まあいいか、屈服させるのも面白そうだしね!」


 高らかに叫び、魔法の準備をする敵を前に2人は覚悟を決め、挑みかかった。






次回、「交錯する刃」

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