第十三話 再会②
マドリアドに出向いた翌日。
その日の午前中はアルバンたちが基地に視察に来た。
シャルロッテを捕まえて案内させたが、彼はずっと驚きっぱなしだったらしい。最後のほうは本当に口が開いたまま塞がらなかったそう。
まあ帰るころにはその口からいろいろな言葉が飛び出して、別の意味で口が塞がらなかったが。
とにかく好意的に見てもらえた。明日には全員ではないがハンターたちが徐々にやってくるそうだ。
その間、俺たちは何をしているのかというと――
「アイリス、敵の様子は?」
「ああ、団長。どうやら敵は戦力を片っ端から集めているみたいだね。下層や中層に配置していた兵は全員姿を消しているよ。今なら下層も中層も行きたい放題だね」
アイリス率いる歩兵連隊の一部の部隊に偵察をさせている。
この偵察部隊だがとても優秀だ。
獣人とエルフで構成されていて、獣人の鼻や目、耳で普通ではわからない情報を集めることができるし、エルフの中でも動物の加護を得たものは動物を通して情報を得ることができる。
どちらも人族にはできない偵察の仕方だ。情報戦だけでも相手を圧倒できる自信がある。
ついでに俺も自分の鷲を飛ばして偵察に出している。
あの鷲はなぜか神気を纏っていて不気味だが、今のところおかしなこともない。使えるし、せっかくだからと頼っている。今は上層にある城周辺を見てもらっているので、帰ってくるまで報告待ちだ。
現時点で集まった情報から察するに、敵は全戦力を集めているらしい。
国の防衛に必要な各層を隔てる壁に駐在している兵士も各町を占拠している軍人も軒並み姿を消している。
中層だけでなく、下層に略奪を行っていたものもだ。そいつらは引き際に最後とばかりに一際暴れていったようだ。
連中にとっては上層こそが全てであり、国の防衛なんて下層中層を盾にすればいいとでも思ってるんだろう。
おかげで下層はかなりひどい状況らしい。アイリスがキレていた。
「本当に信じられないよ。こんな国があるんだね」
「この国の上層の連中は下の連中のことなんて何とも思っていないのさ。なんなら中層のことなんて一切知らず、自分たちが食べているものがどこで作られているのかも知らないくらいだ。罪悪感なんてかけらも感じてない」
「本当に酷い国だ」
この国は歪んでいる。
国民を籠の中に閉じ込めてひたすら搾り取っている。抵抗する力をつけないために何度も徴税と称した略奪を行っている。
逃げ道もなく、成り上がることもできない。
まさしく巨大な監獄だ。
「集まった兵士がどうしているかはわかるか?」
「それはまだだね。団長が壁は超えるなっていうから、上層の中はまだ調べられていないよ」
「そうか」
上層に引きこもって何をするつもりか。籠城か?
まあ同じことだ。
中層以下に兵士が人っ子一人いないならこちらもやりやすい。
戦力を集中させてきたのは厄介だが、城に閉じこもっているなら一方的に攻撃できる。
「基地の設営は何割くらいだ」
「もう9割がたできてるよ。錬金術工房もできてるし兵士たちの士気は高いよ」
「それは何より、訓練の成果が出たな。ハンターたちと合流して編成したらいよいよだ。数日中に出撃するから頭に入れておけよ」
「了解」
ハンターたちには基本的に上層の民間人がいるところの制圧をしてもらう。つまり俺たちが軍を蹴散らした後の雑務をするってことだ。だから特に難しい訓練やらをするつもりはないし時間もない。
腕の立つものがいれば臨時で部隊に編入することはあるかもしれないがごく少数だ。
そんな感じでその日1日は終わった。
◆
さらに次の日。
この日は基地に大勢の人が押し寄せてきた。
協力してくれるハンターたちだ。中には俺たちのことを信用せずに町に残ったハンターもいる。
集まったハンターたちのほとんどはアイリスを始めとした各連隊長によって特技ごとに分けている。
そんな中、俺はルシウスを連れて旗艦ヘルデスビシュツァーの中を歩いていた。
「会わせたい者がいるとはどういうことだ?」
「まあそう急かすな。お楽しみってな」
ルシウスを連れて普段は使われていない部屋に向かう。
空き部屋ではあったが中は談話室として使えるように椅子やら机やらが置かれている。何より今は中に人がいる。
アルバンに頼んでここに連れてきてもらった。
部屋の前に着き、ノックをすると中から入室を促す返事が聞こえた。
男の声でドア越しでくぐもっていてもわかる綺麗な声。
扉を開けてルシウスに先に入室を促す。
訝しみながらもルシウスが中に入ると、俺は入らずに扉を閉める。
閉める直前に聞こえたのは、再会を驚く親子の声。
家族の感動の再会に邪魔者は消えるとしよう。
彼らの声が震えていたのはきっと気のせいだ。
◆
多角形を描くように停まっている飛行船の内側、アクセルベルク軍の拠点に白い仮面をつけた男が歩いていた。その後ろには茶髪のサラサラした女性の姿もある。
オスカーとアメリアである。
2人は辺りを見回して、その光景に絶句していた。
「なんだこりゃ、とんでもねぇものがやってきたな」
「こんなの見たことないよ。どういったものなのかな」
「飛行船っていうらしい。これで空を飛ぶんだと思う。でも俺が知ってる飛行船と全然違うな。こんな分厚い金属に覆われてないし、後ろにこんなバカみたいなエンジンがいくつもついてるなんて」
「空を飛ぶ? こんなに大きいものが? うそでしょ?」
元の世界で飛行機なんてものを見ていたオスカーでさえ驚いている。アメリアはこれが空を飛ぶことが信じられず、ただの変わった形の建物だと思っていた。
広大な基地の中をうろうろしていた2人は、横からバカでかい声をかけられる。
「おいおい、もう団長の真似をしている奴がいるのか! さすが御館様が認めた男! それでこそ来た甲斐があったというもの!」
「っ! なんだ?」
オスカーもアメリアもびくりとしながら声をかけられた方を見ると、2メートルにも届かんばかりのバカでかい体格に額からねじくれた角の生えた男が大剣を背負って笑っていた。
一瞬構えるも敵意が無いことを確認したオスカーは姿勢を正し、挨拶する。
「ああ、なんだ。こんにちは、でいいのかな」
「おう! 初めましてだな、俺はジュウゾウ。勇ましく強き一族である竜人の戦士が1人。この師団の砲兵連隊長を務めている! ここにいるということはともに戦うということだな、よろしく頼む!」
「あ、ああ。アンドリューだ。よろしく頼む」
オスカーがあいさつしたことで安心したアメリアが影から顔を出し、挨拶をする。
「アメリアです。どうも」
「ん? 戦場に女連れとは、なかなか度胸のある男だな! むさい男たちに後ろから刺されても知らんぞ? はっはっは!」
豪放磊落なジュウゾウの勢いに押されるオスカーとアメリア。
オスカーはジュウゾウを見て冷や汗を1つこぼす。
(この男もかなり強いな。ここにはこんなのがごろごろいるのか?)
オスカーが警戒しつつ、ジュウゾウをつぶさに観察する。その視線に気づいたジュウゾウはニヤリと笑い、愉快げに人差し指を一本立てオスカーに提案をした。
「その様子だと俺のことが気になるようだな、強者を見る目はあるようだ。面白い! みたところお前もなかなかやるようだ。どうかな、ここは1つ手合わせをしないか?」
「え? いや……わかった、受けよう。ぜひお願いしたいな」
一瞬だけ悩むもオスカーは勝負を受け、ジュウゾウは笑う。
「はっはっは! そう来なくては! それでは向こうに行くとしよう、簡易の訓練場があるのでな!」
ジュウゾウはオスカーに背中を向けて歩き出す。ついて行こうとするとアメリアに服の裾をつままれて足を止める。
「どうするつもり?」
「なに、世界の広さが知りたくてな。聞いた話じゃここの奴らはこの国の外から来たんだろ? どんくらい強いのか、俺がどこまで通用するか試したくてな」
「ばか」
アメリアが手を離すとオスカーは笑いながらジュウゾウの後を追う。
(あの人連隊長って言ってた。連隊長が何なのかいまいちわからないけど部隊を率いる人ってことよね。大丈夫かな)
アメリアは心配するも、とにかく見届けようと先を行く2人を小走りで追いかけていった。
◆
基地内の片隅に設けられた訓練場。
作戦の直前ということで、ほとんどの兵士は軽く体を動かす程度で激しい訓練をしているものは少ない。
人もまばらな訓練場の中央で二人の男が向かい合う。
1人はバカでかい体の持ち主で、さらにその身の丈に迫るほどの大剣を構える。
1人は人間としては大柄な男、しかしその両手には1メートルにも満たない双剣が握られていた。
「ではこのコインが落ちたら合図ということでいいかな」
「ああ、いつでもいいぜ」
ジュウゾウが手に持ったコインを天高く弾く。
コインが宙を舞い、向かい合う2人の間に落ちた。
同時、まるで爆発したように土が舞い上がるほど地面を蹴り、目で追うのもやっとな速度で仮面をつけたオスカーがジュウゾウに突っ込む。
その動きは3年前とは比べ物にならない。
しかし、ジュウゾウもその動きに対応するように大きな大剣を振り回す。
大剣がぶつかる直前にオスカーはまるで時が止まったかのごとく急制動をかけ、鋭角に避ける。そして大剣を引き戻す隙を狙って再度突撃する。
舞踏のように軽々と双剣を振るう。
すでに距離はオスカーの間合い。
大剣の間合いに入れられたジュウゾウに圧倒的に不利なように思われた。
しかし――
「はっはっは! やる、やる、やるな! 俄然面白くなってきた!」
剣が当たる直前にジュウゾウは大剣から手を離し、避ける。
それだけでなく次々と襲い掛かる双剣を、長い手足を使い、剣の刃ではなく持ち手や相手の腕に拳や掌底を当てて次々と防ぐ。
「なに!?」
「これくらいできなくてはこんな獲物は使えぬというもの!」
ジュウゾウがオスカーの鳩尾目掛けて掌底を放つ。
それを両手をクロスさせて防いだオスカーは後ろに数メートル飛ばされる。
姿勢を崩すことなく着地するも彼の手は沁みるように痺れていた。
「とんでもねぇやつがいたもんだな」
「いやいやお主もかなりのものだ! 大剣では相性が悪そうだ、これは面白い!」
冷や汗をかくオスカーに対して、ジュウゾウはとても楽しそうだった。
戦いを生業とする竜人にとって強者との戦いは何よりの娯楽。オスカーは竜人の中でも上位に位置するジュウゾウに強者と認められたのだ。
だがオスカーも格上との戦いにおいては決して引けを取らない。それは彼の意志に強く結びついている。
「こんなに強い奴と戦うのは久しぶりだな。本気で行くぜ」
「ははは! 無論、俺も本気でいくとも!」
オスカーの体が黄色く発光する。
それを見たジュウゾウは浮かべていた笑みをさらに歪ませ、顔に深い皺を刻む。
「ほう! 加護か! これはいい経験ができそうだ!」
「はっ!」
先ほどよりもさらに速度の増したオスカーはもはや目で追うこともできない速度。通った場所に黄色い光の残像が残るのみ。
ジュウゾウは大剣を拾うことは諦め、素手で迎え撃つ。
先ほどのように双剣を刃以外の部分で受けようとするジュウゾウ。しかし速さについて行けずに徐々に傷を負う。
模擬専用に刃引きしたものだが、オスカーの速さでは怪我からは逃れられなかった。
それでもジュウゾウは笑顔を絶やさない。
それどころか彼の体も徐々に赤く発光していく。
「久しぶりだな! 加護が出るのも!」
「ああ!?」
加護を発動したジュウゾウ。しかし依然としてオスカーの動きについて行くことはできなかった。しかし変わりに別の異変が起きた。
「んがっ」
「はっはっは、隙ができているぞ!」
ジュウゾウが双剣を防ぐたびにオスカーの剣が大きく弾かれる。僅かに触れただけでも腕は大きく逸らされ、次の攻撃につなげるまでのラグが大きくなる。
剣を両方とも弾かれ、空いた胴にジュウゾウの掌底が再び迫る。
だがオスカーはぎりぎり上体を逸らすことで回避し、そのままバク転しながら距離をとる。
「この状況で加護が出るってことは――」
「奇しくも似た加護ということか! 効果もよく似ている! 互いの長所を伸ばす加護!」
豪快に笑うジュウゾウ。口角を上げるオスカー。
2人ともわずかに肩を上下させて息を上げていた。それでも戦う気満々と言った体で再び構える。
じりじりとにじり寄り、再びぶつかり合う――
「んっ!」
「わぁ!?」
直前に、2人の間に何かが飛来し、爆音とともに視界を埋め尽くすほどの土砂を舞い上げた。
土煙が晴れた後に残ったのは、えぐれて赤熱し黒く焦げた地面だった。
「そこまでにしてください。作戦前なんですから過度な運動は控えるように言われませんでしたか?」
響いた声は澄んだ女性のもの。
そこにいたのは、足首まである赤いフレアスカートにゴシックなトップスを身にまとい、艶のある葡萄茶色の髪を顎のラインで切りそろえ、耳のあたりで編み込みをした背の低い少女。
町にいれば誰もが振り向くだろう少女の手には、銀色に鈍く光る小銃が握られていた。
オスカーはあっけにとられるが、ジュウゾウは困ったようにも開き直ったようにも取れる笑いを上げる。
「これはこれは参謀長。申し訳ない。久しぶりに好敵手を見つけたのでついはしゃいでしまった!」
「はしゃぐのは結構ですけど、あまり無茶なさらないでください。あなたが負傷したらとても困るんですから」
「肝に銘じておこう! 俺のせいで負けたなんて言われては敵わないからな!」
ジュウゾウが笑い、オスカーのもとへ近づいて手を差し出す。
オスカーが戸惑いながら握手をするとジュウゾウは力強く握り、上下に激しく振る。
「この戦いに参加するんだろう? ぜひとも砲兵隊に入るといい! 歓迎するぞ!」
「あ、ああ。考えておくよ」
それだけ言うとジュウゾウは背中を向けて手を振りながら去っていく。
次回、「仮面と可憐」