第十二話 再会①
俺はそそくさと紙束を空間魔法で収納する。
フェリオス、オルフェウス、サーシェス。
ルシウスにも早く伝えてやらないとな。あの3人はちゃんと生きてるって。
これで全部かと思っていると、ソールが思い出したように言った。
「そうそう、あともう1人。ソロですがハンターの中でもトップクラスの男がいましたね。あなたも知っていると思いますよ」
「?」
「名はアンドリュー。戦うときに仮面をつける人です。双剣を武器に、優れた膂力と敏捷性を持つハンターです」
「仮面ね、そんな知り合いはいないな。名前にも心当たりがない」
心当たりはないが腕が立つなら覚えておこう。
一体ソールは何をもとに俺がその男を知っていると思ったのか。
「仮面をつけ始めたのはあなたが去ってしばらくした後でしたからね。名前も変えています」
「誰だよ」
「わかりませんか?」
ソールがもったいぶるようにしているので早く話せと目線で訴える。
すると彼はほのかに笑いながら言った。
「本名はオスカー・アルドレアス。あなたと同じ天上人です。ともに戦った戦友ですよ」
◆
ギルドから出たときには、だいぶ日が高く昇っていた。
「ベルたちの宿屋は……あっちか」
あの4人を迎えに行く途中で思い出したが、昨日案内した宿に行くのは少し気が引ける。
喧嘩別れみたいな形で別れたから、どんな顔をして会えばいいかわからない。
いや、仮面してるからどんな顔をしても関係ないんだけど。
そもそも仮面をしているから俺だとわからないかもしれない。それはそれでいいと思う。
……元気にしていただろうか。あの2人は。
まだ覚えてくれているだろうか。
言い訳にしかならないが記憶を取り戻した当初はかなり混乱していて2人に酷いことを言ってしまった。
結局、まともに謝らずに町を出てしまった。
考えながら歩いているといつも使っていた宿屋についた。
懐かしい気持ちになって、その場に立ち止まり建物を眺める。
さすがに戦いを何度かしているだけあって、いくらかはボロボロになっていた。そのたびに補修をされた跡があって、新しく塗装をしているために似た色でもところどころわずかに色が異なっている。
突っ立っていると横を知らない男が通り過ぎ、吸い込まれるように宿屋に入っていった。
その後ろ姿にはどこか見覚えがあった。顔は仮面をしていて見えなかったが、逆にその仮面が誰なのか明確に表していた。
後を追うように宿屋に入る。
中に入ると人をほだそうとするような穏やかな香りが鼻をスッと抜ける。
きっと料理の仕込みをしている最中なんだろう。
仮面の男はすぐそこにいた。
食堂の奥を見つめたまま何やら待っているようだった。
声をかけようと手を伸ばす。
「オス…カ…ァ…」
だが口から発した音は言葉にならずに、宙にしぼんでいくように消え、伸ばした手は迷子の子供のように行く先を見失った。
代わりに出てきたのは食堂から出てきた女性。
茶髪のサラサラとした髪を肩の上あたりできれいに切りそろえられた女性が出てきた。
その女性は仮面の男に駆け寄り抱き着き、男は仮面を外して愛おしそうに抱きしめ返す。
そんな光景が目に飛び込んできた。
手も声もだらりと下がり、立ち尽くす。
俺は邪魔者になりそうだ。宿の外に出て4人が出てくるのを待とう。
そう思い、踵を返そうとしたら、抱き着いていた女性が俺に気づいた。
そして仮面をつけている俺を見て驚き恐怖したのか、口を手で押さえ後ずさる。
男は女性の異常を察して振り向く。
彼女を守ろうと、女性を隠すように前に出る。
その光景を見て、悟る。
――邪魔者になりそうじゃないな。もうすでにとっくに邪魔者だった。
警戒を解こうと両手を上げて、敵意がないことをアピールする。
「驚かせてすまないな。邪魔をするつもりはなかった」
「何しに来たんだ?」
「ここは宿屋だろ? ここに泊っている客に仲間がいるんだ。迎えに来ただけだ」
俺だとは気づいていないようだ。よかった。
敵意がないことをアピールしたがまだ男は身構えたまま、しかし女の方は男の陰から出てきて話しかけてきた。
「お客様ですか。お呼びしますので宿泊している方のお名前をお伺いしても?」
「結構だ。勝手に呼ぶ」
『親愛の鈴』を取り出して2度鳴らす。
これでベルが持っているものが鳴って俺が来た事に気づくだろう。
手に持っている鈴を鳴らしただけの俺を2人はなおさら不審がる。まあ仕方ないか。
ここじゃなくて外で待つことにしよう。
かかとを返すと男が話しかけてきた。その声にはいまだ強い警戒の色があった。
「待てよ。お前何者だよ。なんで仮面なんて付けてんだ」
「……あんたと同じ理由だよ」
「は? なんだって?」
聞き返す声を無視して扉を潜り外に出る。
晴れていたはずの天気はいつの間にか曇っていて、太陽が隠れていた。
薄暗い1日になりそうだな。
◆
宿屋シュペルライト。
その一階には仮面を手に持っていた男とうら若い女性がいた。
名前はオスカーとアメリア。
2人はついさっきまでいた仮面の男を警戒したままだった。
「今のはなんだったのかな」
「わかんねぇけど、ただものじゃないってことだけは確かだな。相当強いぜあいつ」
「オスカーよりも?」
「かもしんねぇな」
アメリアはそんな、と声を漏らし、口を抑える。
この町にオスカーと並ぶほどのハンターは少ない。一対一の戦闘で彼に並ぶものはいない状況だ。
パーティ単位となれば『明けの紫星』や『森の鉄槌』がいるが、そのメンバー一人一人と戦った場合は確実にオスカーが勝つ。
にもかかわらず急に現れた仮面の男は、威圧感だけでも自分に勝っているとオスカーは感じとる。
オスカーよりも強いかもしれないという事実にアメリアは強く恐怖する。
「あの男の仲間が泊まっているらしいが大丈夫か?」
「大丈夫、だと思う。最近来た人の中で怖い人はいなかったわ。あまり見ない人はいたけど」
「あまり見ない? だれだそれは」
「えっと、確かまだ若い女の子が4人――」
アメリアが今泊っている客の中で、見慣れない者を思い出していると2階からどたどたと物音が宿中に響きだす。
2人が物音のするほうを見ると、そこには4人の少女が階段を駆け下りていた。
「あいつ来るの早いわ! まだ全然準備してなかったのに!」
「だから昨日早く寝ようって言った……ベルとロッテが恋バナなんてするから」
「そうはいうけど、マリナだってノリノリだったじゃないか! 寝てたのはエスリリだけだぞ!」
「褒めてほめてー」
先頭を行く黒を基調とした尖がり帽子とローブをまとった、如何にも怪しい風体の少女が1階に降りてキョロキョロとする。
透き通った宝石のような瑠璃色の瞳がオスカーとアメリアを捉えると、彼女は2人に尋ねた。
「ねえ、ここに誰かいなかった?」
「誰か? ここにいたのは仮面をつけた危険そうな奴だけだぞ」
「そいつはどこにいったの?」
「外に出ていった」
「なんですって!?」
おいていかれたー、と少女は叫ぶ。
気になったオスカーはその少女に先ほどの仮面の男について質問した。
「その仮面の男はいったい誰なんだ?」
「え? 誰って言われても」
「一言でいえば私たちの上官だな」
「家族」
「いい匂いの人」
背の高い切れ目の女性、白髪交じりの黒髪に眠たげな瞳をした少女、犬のような耳と尻尾を生やした少女が端的に答える。
それを聞いてますます2人は困惑する。
魔法使いの少女はそんなことしてる場合じゃないとばかりに3人を急かす。
「そんなことより早く追いかけないとあいつ勝手に帰っちゃうわよ。また何時間も歩くなんて嫌だし」
「そうだった!」
4人はまたどたばたと宿屋の扉を潜って外に出る。扉が閉まる直前に魔法使いの少女が叫んだ。
「いた! ウィル、ウィリアムー!」
その声は宿屋の中、オスカーとアメリアの耳にはっきりと届いた。
2人は目を合わせて閉まった扉を開けて外に出る。
だがそこには仮面の男はおろか、騒がしかった少女4人の姿もない。
オスカーとアメリアは、ただただその場に立ち尽くした。
「ウィリアム……あれが……?」
「嘘……帰ってきたの?」
オスカーは居ても立っても居られなくなり、宿を出てどことなく走り出す。
アメリアはただその場で座り込み、呆然としていた。その目は、雲間から差す光を反射して煌めいていた。
次回、「再会②」