第十話 出会い
ギルドから4人が出てきたときには既に日が傾いており、赤みが差していた。
ウィルベルは大きく伸びをしながら、息を吐く。
「ああ~、ようやく終わったねぇ。話が長いったらないわ」
同様に他3人も軽く体をほぐす。
「でもその分いろいろなことが知れてよかったじゃないか。早速団長に報告しよう」
「ええ~後でもよくない? こんな人通りの多いところで通信したら怪しまれるし、今から基地に戻っても暗くなっちゃうよ」
「じゃあどこか泊まれる場所を探そう……そこで連絡とればいい」
マリナの提案にシャルロッテは頷いた。
「わかった、そうしよう。ところで2人はどこかいい宿は知らないか?」
「それなら一件知ってるわ。前に行き倒れたときにお世話になったの。いい部屋だし、そこの看板娘は綺麗って評判なのよ」
「食い倒れって。昔から変わらないんだな、ウィルベルは」
「何か言った?」
「いや、何も」
ウィルベルが足取り軽く歩き出し、3人はウィルベルに任せてついていく。
――その決断を、3人は後悔することになる。
それは日が沈み、辺りが暗くなってきたときのこと。
ウィルベルはあちこちキョロキョロしていた。その足取りは重い。
端的に言うと、迷子になっていた。
「うぅ、どこぉ」
「ウィルベル、覚えてなかったのか……」
「ベル……あんなに自信満々だったのに」
「くぅーん」
「だって街並みが凄い変わってるんだもの! しょうがないでしょ!」
最初に自信満々に歩き出したのは誰だと、3人はジト目でウィルベルを見ると、居心地が悪くなったウィルベルは目を逸らす。
ちなみにギルド周辺の街並みは3年前から何も変わっていない。
迷路のような町であるためにウィルベルは道を何本も間違え、全然違うところに出てきてしまっていた。
暗くなってしまい、軍との定時連絡の時間も過ぎてしまったことで、シャルロッテは辺りを見回して人がいないことを確認する。
「ひとまず団長に連絡しないか? ここなら人もいないし、あそこのベンチに座って休憩しよう」
「そうだね……ちょっと歩き疲れちゃったし」
「うぅ、ごめんなさい」
「おなかすいたー」
4人は近くのベンチに腰掛ける。ウィルベルが左手に嵌めたブレスレットに魔力を通すと、嵌められた宝石が淡く輝く。
「あー、もしもーし。聞こえますかー」
声をかけて数瞬ののちに、声が返る。
『――あ、あー聞こえてるぞ。遅かったな、何かあったのか』
「いろいろとね。それでこの町の状況だけど――」
通信機越しに今日分かったことを4人は一通り報告した。
『なるほど、そういう状況になってたのか。ならギリギリ間に合ったってところか』
「どうするの? この町に協力するの?」
『いや、俺たちが協力するんじゃない。向こうに協力してもらうのさ。そのための物資もたくさんある。よくやったな、一日でここまでわかるとは助かったぞ』
「ふふーん、当然ね!」
「すぐ調子に乗るんだから……」
ウィリアムに褒められたウィルベルが胸を張り、得意げな顔をすると、横で見ていたマリナは先ほどの落ち込みようから一転した彼女の様子を見て呆れだす。
『こっちも一段落ついた。明日、俺もそっちに向かう。お前たちはこっちに戻って休んでいいぞ』
「それなんだけどね。迎えに来てもらってもいい?」
『え? なんだ帰ってこれないのか?』
「実は宿を探してそこで報告をしようと思っていたんです。でも迷子になってしまいひとまず報告をした次第です」
『ということは何か? 今その辺で報告してるのか』
「そういうことです」
ウィリアムから通信機越しにも呆れているのが伝わってくる。
ウィリアムの転移で帰ろうとしたが、4人は転移の欠点を失念していた。
『悪いがそこには精霊が行ったことないから無理だ。住民に聞くなりして宿を探せ』
「ええ~」
ウィリアムの転移をしているのは正確には彼ではなく、彼と契約している闇の精霊によるものだ。そして精霊は自身が行ったことのある場所にしか転移ができない。
行ったことのない場所に行くには正確な座標を指定する必要があるが、マドリアドからは離れた位置に基地があるため、正確な距離はわからなかった。
ウィルベルはむくれながら、それでもあきらめず助けを乞う。
「このままじゃ女の子4人が野宿になっちゃうんだけど」
『宿屋くらい見つかるだろ、頑張れ』
「迷路みたいなんだもの、簡単にみつからないわよ」
『んなこと知ってるよ。住んでたんだから』
「え? 知ってるの? じゃあ、いい宿屋教えて!」
ウィルベルが光を見たとばかりに食いつく。
『教えても何も、今どこにいるんだよ』
「ええっと、広場?」
『……ギルドがある広場? それとも石像がいくつかある広場?』
「どれでもないかも」
『……』
通信機越しでもウィリアムの呆れが度を越していくのを感じた3人は、ウィルベルではらちが明かないと、代わりに広場の特徴を伝えていく。
野宿はしたくないと必死に。
「ここは長方形の広場で花がいくつか植えてあります!」
「北東のほうにわずかにギルドが見える……多分、きっとギルド!」
「くんくん、美味しそうなご飯の匂いがする!」
最後のはエスリリだが、まるでヒントにはなっていなかった。
その後もいくつか特徴を伝えていくとウィリアムが思い出したかのように宿屋の位置を4人に教える。
通信を繋いだまま、ぶつぶつ言いながらふらふら移動する女子の集団は周りから奇怪な目で見られていた。
しかし宿のことで頭がいっぱい(一人はごはんのことで)な彼女たちは気にすることなく、団長ナビの通りに道を進む。
やがて立派な宿が姿を現したことで、4人は歓喜に沸いた。
「見えた! 見えたわ!」
「ああ、助かった!」
「うう……こんなに難しい任務だったなんて」
「わんわん!」
『アホどもめ』
その言葉を最後にウィリアムは通信を切る。
最後の罵倒も4人は全く気にならないほどに、テンションを上げて宿に向かっていく。
宿に入ると、一回は食堂のようになっていた。
宿中に食欲を増進する香りが満ちており、湿り気のない暖かな空気が来客を包み込む。
受付は入り口すぐ横にあり、受付には、茶髪のような明るい赤毛を肩につくかつかないかくらいの位置で切りそろえた若い女性が立っていた。
「いらっしゃいませ、本日は宿泊ですか、それともお食事ですか?」
受付に声をかけられ、シャルロッテが懐からお金を取り出しながら対応する。
「4人一泊でお願いします」
「4名ですね、2人部屋が二部屋でよろしいですか?」
「それでお願いします」
受付の女性に宿泊する旨と食事つきであること、水浴びする際の注意を一通り教わる。そして鍵を渡されて部屋まで案内される。
2階の部屋へ続く階段を登りながら、エスリリが女性に話しかける。
「ねぇねぇ、ごはんっていつ出るの?」
「食事はいつでも食べられますよ。一階が食堂になってます。宿泊の方は食券がつくので値段は気にせず食べられますよ」
「やった! お姉さん名前は何て言うの? 私はエスリリ!」
あっけらかんとしたエスリリに女性は驚くも、すぐにクスクスと笑顔を浮かべて答えた。
「私はアメリアといいます。よろしくお願いしますね、エスリリさん」
◆
ウィルベルたちからの連絡を切ったあと、なんというか気が抜けてしまった。
基地の設営やら今後の作戦やらいろいろ真剣に考えて話し合っていたときに、ちょうど連絡が入ってきて、知りたい情報が一通り聞けてさあどうしようか、といったときに迷子の相談だ。
お前ら歳いくつだといってやりたかった。
俺は父親か。
迎えに来てー、じゃない。
「なんだかご機嫌ですね、ウィリアムさん。いいことでもありました?」
「軍にとっていい報告だとありがたいな」
旗艦の一室、俺の私室となっている部屋にアグニとルシウスがおり、紅茶の準備をしながら何があったか説明すると、2人とも笑い出す。
「ふふっ、ウィルベルさんらしいですね」
「こんなときに迷子の相談とは、ウィリアム殿は父親みたいだ」
「まだそんな歳じゃないんだけどな」
アグニもルシウスもかなり上流階級の家の生まれだから、笑い方ひとつとっても上品だ。正直2人に俺が淹れた紅茶をやらお菓子を出すのは気が引ける。
それはそうと、4人からもらった報告を2人にも共有すると、ルシウスがどうするのか尋ねてくる。
「状況は理解した。反乱側はあまり良くない状況のようだ。それでウィリアム殿はどうする?」
「反乱側とは目的が一致している。やり合う理由は無いな」
「では協力すると?」
「いや、協力してもらうのはこっちだ」
2人が座っているソファの前に地図を置いて説明する。
「マドリアドという町に協力してもうまみは薄い。俺たちの目的は町を守ることじゃなくて国を落とすことだ」
「では見捨てると?」
「そのほうがいいだろうな。軍がマドリアドに気をとられているなら、その間に俺たちは上層を襲ってしまえばいい。その方が確実だしこっちの損害も減らせる」
「彼らを見捨てるのは今後の関係に響きそうですが……」
アグニがあまり納得のいかない声を出す。確かに、ここで彼らを見捨てればこの国を落としても彼らの反発を招くことになりかねない。
自分たちを見捨てておいて信用なんてできるか、みたいな感じだ。
この国を落とした後、アクセルベルクがこの国をどう扱うかわからないが、戦後を考えるなら住民たちにはいい印象を与えておきたい。
「見殺しにはしない。そもそも天上人が出てきた時点で俺たちの動きはバレているんだ。マドリアドは後回しにしてこっちに向かってくるだろうな」
「確かに明らかにこちらのほうが脅威だからな。かたや天上人にかなわない民兵たち、かたや天上人を撃退する未知数の軍。どっちに対処するかは一目瞭然だ」
「そういうわけだ。だから彼らに協力してもらう。その方がお互いのためになる」
「具体的にどうするんですか?」
細かい作戦立案は彼女たち参謀の役目だから方針を示す。
「彼らをこちらの指揮下に置く。中層でちまちま抵抗するより本丸に殴りこむほうが彼らも喜ぶ。ルシウス、食料やらは足りるか」
「かなり多めに持ってきているから、住民たちにわけても現状の食料だけで一か月は持つ。今後も本国からの船が運んでくれる予定だから心配はいらないだろう」
「なら決まりだな。具体的な行動は――」
その後も3人で今後の行動について詰めていく。
話し合いが終わったときは、すでに日付が変わるころになっていた。
次回、「懐かしき」




