第九話 協力体制
「さて、もう一度言いますが、我々はあなた方に危害を加えるつもりはありません。ただあなた方がどういった目的でこの国に来たのか、この町にいったい何をするつもりなのか。それを確かめたいだけです」
「お前たちもわざわざ身分を偽ってまで来たんだ。見た感じ破壊工作って感じでもない。まあ、あんなものを持っている奴らだ。そんな小細工する必要もないだろうしな。となると情報収集が目的ってとこか」
ギルドの役員が話すことは概ねシャルロッテたちの目的に沿うものだった。
シャルロッテがどう返すか考えていると、代わってウィルベルが答えだす。
「そこまでわかってるなら話は早いわね。あたしたちもあんたたちに敵対する気はないわ。むしろ協力したいくらいなんだから」
「協力? この町の事情を知っているということか?」
ええ、とウィルベルは鷹揚に頷く。
「上層の連中と争っているんでしょ。中層中のハンターを集めて軍に抵抗してるって聞いたわ。あまり戦況もよくないってこともね」
「その情報はいったいどこから? ここに来るまでに聞いたんですか?」
「いいえ、ずっと前から知っていたわ」
男二人は表情はほとんど変わらないが、眉が一瞬ピクリと動く。
「ウィルベル」
ウィルベルの手の内を明かす行為を、シャルロッテが静止しようとするが、彼女は首を横に振る。
「大丈夫、言っても問題ないわ。彼らに戦う気はないし、下手に隠すよりも全部話したほうが良さそうよ」
「本当に? 団長は極力隠せって」
「それはこの町が軍の占領下にあることを懸念してのことよ。それに他国のことをこの国の人たちはほとんど知らないからね。警戒されないようにしたみたいだけど、こうなったら意味がないわ」
シャルロッテが不安になるが、ウィルベルは大丈夫だと根拠を含めて話す。
アルバンとソールはそんな2人を訝しむも構わず続けさせた。
「まずあなたたちは何者ですか」
「あたしたちはアクセルベルクの軍人よ。目的については、あたしの口からは言えないわ」
「アクセルベルク……確か大陸中央に位置する国だったか。実在していたとは」
「この国は他国との関係を全部断っているから知らないだろうけど、他の国は健在よ。交流だってある」
「なるほど、さしずめ私たちは時代に取り残された原始人といったところですか。わかってはいましたが、なかなかキツイものですね」
ソールが溜息を吐き、アルバンは難しい顔をして唸る。
嫌な感情を振り払うように小さくソールは頭を振り、質問を続ける。
「それで先ほど私たちの状況について知っているといっていましたが、それはなぜですか?」
「簡単よ。昔この国に住んでた人がいるんだもの」
「ほう、それはどなたですか」
「……私」
マリナが手を挙げる。2人の視線がマリナに向く。
「あなたですか。この町に来た事があるのですか」
「いいえ、私がいたのは下層。……そこで軍からたくさん酷いことをされた」
「それが事実なら嬢ちゃんはなんで他国のやつらと一緒にいるんだ。見たところそれなりに鍛えているし教養もありそうだ。情報を集めるために拾われたって感じじゃないな」
「私が拾われたのはずっと前……もう3年以上前になる」
「3年?」
3年という言葉にアルバンは反応する。
「私はある人に連れられて下層からこの国を出た……それからアクセルベルクに行って軍人になって、こうして戻ってきた」
「つまりあれか、ここに来たのは復讐ってことか?」
アルバンの問いにマリナは首を横に振り、彼の顔をまっすぐに見て力強い目と声を放つ。その声に復讐に向かうような憎しみや怒りはなかった。
「私個人は……この国に復讐する気なんてない。軍としては復讐する気持ちがあるかもしれないけど、それ以上にこの国を脅威に思っている」
「へぇ、てことはつまりお前さんたちはこの国の上層に用があるってわけか?」
「そう」
マリナの話に徐々にアルバンの顔に笑みが生まれる。姿勢も最初より前のめりになっていった。
一方でソールは未だ冷ややかに質問し続ける。
「なるほど、それであなたたちはこの国をどうするつもりですか?」
この質問に対する答えは少々複雑だった。
4人は今回の軍の目的を最初から説明することにした。多くの要人を捕らえられたままであり、取り返すため、この国が悪魔と手を組んでいると思われているため、悪魔の脅威から大陸を救うために来た、と。
説明を聞いた2人は納得したようにうなずく。
「なるほど、他国はそのようなことになっていたのですね」
「生まれてこのかたずっとこの国にいたからな。正直信じられないが」
想像できないようなことでもあっさりと呑み込めてしまうあたり、この2人は大勢のハンターを率いるものとして優秀であることの証左であった。
そして今度は4人がこの国について聞く番となる。
「今、中層と下層は公然と結託して軍に抵抗しています。まあ、状況はよくありませんが」
ソールが頭を抱えながら語りだす。
3年前に軍に蜂起して以来、ずっと戦い続けているとのこと。
最初の戦いで軍は大きな被害を受けたことで慎重になり、戦いは長期化した。
同時に国の象徴である天上人から幾人も死者や行方不明者が出たことで軍は混乱し、中層や下層は勢いづくことになった。
その後も何度かマドリアドは軍による襲撃を受けたが下層民の力を借りたり、罠を仕掛けるなどしてなんとか攻撃を凌いだ。
しかし問題も大きく、そのたびに多くのハンターが命を落とした。中層全体からハンターを集めていたが、代わりに他の町でハンター不足に陥り、野獣や魔物の被害が増えた。
住めなくなったために他の町の人間もマドリアドを目指すようになった。しかしマドリアド以外の中層地域では軍が巡回していたために、マドリアドを目指そうとする民たちは軍に捕らえられたうえ、ハンターが少なくなった町を軍は襲撃し、マドリアド以外の中層から力を奪おうとした。
「そのため現在は各所から物資が届くことが少なくなりました。下の状況を見たでしょう?」
ソールは力無くつぶやく。
ギルドの一階では多くのハンターや職人、商人たちが集まり揉めていた。
それは少なすぎる物資から引き起こされたものだった。
「軍は俺たちじゃなくて周りから絞めることにしたのさ。その分時間はかかったが、正直俺たちは今虫の息だ。次攻められればボロボロの防壁じゃ耐え切れない。他の町を拠点に魔物を飼いならすこともできなくなった」
中層は広い。
上層よりもはるかに広いし、下層となればもっとだ。
マドリアド以外の主要都市も大きいしそれなりに防備もある。それを1つずつ落としていくとなると長い時間がかかる。
結果、軍は反乱分子を殲滅するのに3年も要した。だがその成果もあり、こうしてマドリアドは陥落寸前だった。
むしろよく3年も耐えたといえる。だがソールやアルバンの顔は無念とばかりに歪んでいた。
「勝ち目はあると踏んでいました。ハンターたちの協力はもちろん、中層や下層が団結したのですから、領土的に半分もない上層には勝てると」
しかし甘かったのです――とソールは続けた。
「天上人、彼らの実力は私たちの想像を超えていました。空を飛び、一方的に攻撃できる彼らのおかげで、何もできずにいくつもの町が滅びました。幸い高位の悪魔が周辺に複数体現れたことで天上人はそちらに向かいましたが、こちらの士気は完全に折れてしまっていました」
意外な事実に4人は驚いた。
意外なのは天上人が脅威であったことではなく、グラノリュースにも高位の悪魔が現れていたことだった。
だがそのおかげで天上人は高位悪魔の方に派遣され、中層や下層の人たちは今日まで生き残ってこれたのだという。
「唯一の救いは天上人も一枚岩じゃないってことだ。中には俺たちの味方をしてくれる奴もいたんだ」
「それは初耳ですね。どんな人ですか?」
アルバンが天上人にもいい奴がいるというと、シャルロッテが興味を持ったのか詳しく聞いた。
アルバンも詳しく覚えているわけではないのか、記憶を引っ張り出しながらあいまいに答える。
「なんていったかなー、名前はちょっと珍しい感じだったな。うん、珍しいことは覚えている。顔はなかなかきつそうな印象を受けたな。あと槍が獲物だ」
「槍が獲物できつそうな顔……」
シャルロッテはウィルベルを見るがウィルベルも心当たりがないとばかりに首を横に振る。
戦場でアルバンと相対することがあったが、その天上人はあまり本気を出すこともなくこの町を本気で落とそうとしていなかったという。
その天上人のおかげもあり、3年間もの間、マドリアドは健在であり続けられた。
「とまあ、俺たちの現状はこんな感じだ。で、どうする? お前さんたちは俺たちに協力してくれるのか?」
「持ち帰って報告させていただきます。返答は後日。そう時間は取らせません」
アルバンの問いに4人は判断を下せる立場にないため、一度検討する旨を伝えた。
話は終わったと4人が退出していく。
最後に一言も話すことのなかったエスリリが扉を閉めようとしたところで、思い出したようにアルバンが声をかけた。
「そうだ、聞き忘れていた。お前さんたちの指揮官はいったい誰なんだ?」
扉に手をかけていたエスリリが振り返り、満面の笑顔で答えた。
「ウィル! ウィリアムだよ! とっても強くていい匂いがするんだ!」
それだけ言ってエスリリは扉を閉めて出ていった。
アルバンは、最後に彼女が残した言葉に首をかしげる。
「いい匂い? ってどういうことだ、香水つけまくってるってことか?」
「違うでしょう、あの子は獣人ですから鼻が利くんですよ。まあいい匂いっていうのがどんな意味かまではわかりませんがね」
「そうか、それにしてもウィリアムか、どんな奴なんだろうな」
「さて、あれほどの軍を率いるのですから相当な人物でしょう……待ってください、ウィリアム?」
「ん? どした」
ソールは何か思い出したようにはっとする。
一方で、一度しか会っていないアルバンはウィリアムという名に心当たりはないようだった。
この数年で数多くのハンターが生まれ、死んでいった。数多くの戦いや出来事があったため、2人ともすっかり忘れてしまっていた。
「まさか、ですね」
「?」
ソールは頭に浮かんだ人間ではないと考え、書類仕事に戻ることにした。
不自然なことをした仕事仲間をアルバンは不審な目で見るが、特に問い詰めることもなく自分の仕事に戻っていく。
ソールの口角は僅かに、ほんのわずかに上がっていた。
次回、「出会い」