第八話 中層の町
慣れないグラノリュースの道を歩くは4人の少女。
着慣れた軍服ではなく、旅人のような軽装と荷物を抱えた、マドリアドに情報を集めに向かっているウィルベル、マリナ、シャルロッテ、エスリリだ。
ウィルベルだけは変わらずに魔法使いのような恰好をしていた。
「ウィルベルは一度あの町に行ったことがあるんだろう? どんなところだった?」
ウィルベルはあごに指を当てて思い出す。
「そうねー、一言でいえば物々しい町かしら。まあ、当時は大きな戦いがあった後で長居したい雰囲気じゃなかったわ」
「大きな戦?」
「さあね、あたしはその戦いに参加してないから知らないの。ウィルなら知ってるんじゃないかしら。あまり語りたがらないけど、その戦いに参加していたみたいだし」
シャルロッテが、後ろを振り向き、遠くなった拠点を見やる。
「それなら団長が来た方が良かったんじゃないか?」
「ホントよね。あたしたちがいくより確実な気がするんだけど」
「ウィルも忙しい……部隊の指揮があるし、今は基地の設営があるから。本当は行きたかったと思う」
4人で雑談をしたり休憩したりしながら進むと、陽が空の頂点に達するころに4人はマドリアドの四方にある門のうち、西にある門に辿り着く。
あたりを囲む城壁には、何度も修繕を繰り返された跡があり、継ぎ接ぎのように色がところどころ変わっていた。中には石造りではなく木で補強されている部分もある。
4人が珍しそうに城壁を見ていると門番が気づき、声をかける。
「おい、そこのお前たち」
耳のいいエスリリが一番に反応すると、他の3人も門番に気づき、挨拶をした。
「こんにちは、門番の方ですか?」
「そうだが、お前たちは何者だ、どこから来た」
「セビリアという町から来ました。ハンターになろうと思ってこの町までやってきたのです」
代表して、シャルロッテが挨拶をする。
「セビリアから? あの町にもギルドはある。ギルド証は持っていないのか?」
「ありますよ。四人分です、どうぞ」
盾を持った門番に、あらかじめ準備していた四人分のハンターギルド証を手渡した。
内容は予めウィリアムに教わっていたものをそのまま話している。門番はギルド証を確認し、4人に返すも未だ怪しむようにじろりと見つめる。
「女4人でハンターか?」
「はい、こう見えて結構鍛えてるんです。私は剣と盾が使えるんですよ。こっちの子は素手ですけど強いですし、黒髪の子は剣が使えるし、怪我の治療もできるんです」
「その変な格好をした少女は?」
「彼女は……あー、剣が使えます」
「すごいんだから!」
ウィルベルの紹介で一瞬言い淀んだシャルロッテ。
紹介されたウィルベルは胸を張るも、歯切れが悪くなったシャルロッテをなおも門番は怪しむ。
そのとき、門の内側から2人の男が声を上げながら、駆け寄ってきた。
「エイルラムさん! エイルラムさん!」
「うん? レストンにフェデル。一体どうした」
「これを……」
エイルラムと呼ばれた門番の男は弓を担いだ男フェデルが手渡してきた書類に目を落とす。すると、もともと開いていた目をさらに大きく開き、4人を凝視する。
「あ、あの、何か?」
嫌な予感がしたのか、シャルロッテは少し声が上ずった。
マリナもウィルベルも少しだけ警戒するも、エスリリだけはのほほんとしていた。
エイルラムは険しい顔をしながらも4人に入る許可を出す。
「……わかった。お前たちが入ることを許可しよう」
「あ、ありがとうございます」
「ただしこの2人にまずついていくように。それが条件だ」
不可解な展開に、シャルロッテは顔には出さずに訝しむ。
「はぁ、わかりました」
「2人とも、任せたぞ。顛末は後で教えてくれ」
「はいよ」
それだけ言って、門番のエイルラムは門の脇に移動した。
足を引きずるようにして。
歩き方のおかしいエイルラムを見て、シャルロッテが思わずつぶやく。
「足が……」
「ん? ああ、エイルラムさんは以前の戦いで足をやってな。それ以来義足なんだ。門番なんてやらなくていいって言ってんのに、ほんと凄い人だよな」
「レストン、いいから行くぞ」
「わぁったよ」
軍人という職業柄、大けがを見ることは何度かあった。
しかしこの町で門番が足を失うほどの大けがを負い、それでも町のために働いている姿を見て、シャルロッテは何とも言われぬ感覚に襲われた。
前を歩くレストンとフェデルの後についていく。その中でウィルベルがシャルロッテにだけ聞こえるように言った。
「いったでしょ? この町は戦いのあった町なの。ここだけじゃない、この国全体が酷いものよ」
「そう、か」
中層も下層も見たことのあるウィルベルがこの国の惨状を伝える。
語った当人であるウィルベルもその顔に複雑な感情を浮かべていた。
「あれから数年が経ったけど、変わってないのね。この国は」
「……変えないとね」
「マリナ」
マリナが過去を思い出したのか、ウィルベルの手を握り、ウィルベルも彼女の手を握り返す。
門を潜った4人の目に飛び込んできたのは、まるで迷路のごとく石造りの建造物が乱立した街並みだった。
マドリアドは軍と戦うために建てられた経緯を持つ町。
市街戦でもハンターや民間人が軍と戦えるように工夫が凝らされた町。
そのため景観や住みやすさを度外視し、ひたすら防衛のために変わった姿をしていた。
4人が珍しそうに街並みを眺めながらレストンとフェデルについていく。
あちこち曲がり、方向感覚もわからなくなりそうな道を進むとやがて広場に出る。
その広場の前には横に長く、柵に覆われた石造りの一際堅牢な建物があった。
建物の前でフェデルが振り返り、書類を4人に見せる。
「お前たちはこれからハンターギルドに行ってもらう。そこでお前たちの素性について問いたださせてもらうぞ」
言葉にシャルロッテは目を剥いた。
「え? ちょっと待ってください。私たちはただの一般人なんですけどっ」
「だがハンターになりに来たんだろう? ならハンターギルドに行くのは必然だ。それとも何かやましいことでもあるのかい?」
「い、いえ」
ただ怪しまれているだけではない、明らかに異常な対応に密かに身構えながら、4人はレストンとフェデルについていき、ハンターギルドに入る。
両開きの扉を開いた瞬間に、4人を包むは全身にまとわりつくような湿った熱気。
中には多くのハンターと職員、他にも職人や商人が数多くいて、怒号と叫びが轟く騒がしい空間と化していた。
「だからここの防壁が弱いから最優先すべきだろうが!」
「いいや、ここよりも南の方が攻められやすい! 南門を増強したほうがいいに決まっている!」
「セビリアから木材は届いたか!?」
「まだだよ! それよりもグランダからの食糧は!?」
「全然全く来やしねぇよ!」
多くの人がそれぞれの会話を届けようと大声を出し合い、さらに騒がしくなっていく。
小声で話すこともできないほどにギルド内の人々はみな切迫した顔を浮かべていた。
耳のいいエスリリはその光景を落ち着かない様子で見まわすも、レストンとフェデルは慣れたものとばかりに気にせずに奥へ進む。
2階に登りさらに奥、ギルド職員しかいない部屋に4人は通される。
「ソールさん、アルバンさん。入りますよ」
レストンが扉の奥にいる人へ声をかける。返事も待たずに扉を開けて入っていく。
扉を抑えたフェデルがあごで入れと示すと、4人は目を合わせ頷きあい、部屋の中に入る。
部屋の中には、大量の書類が所狭しと置かれていた。
部屋の中央奥にある長机に2人の男が座っており、入ってきた4人を射殺さんばかりに睨みつけている。
1人は眉の部分に傷がある、赤毛に剃りこみを入れたレストンよりも大柄の男。もう1人は神経質そうな線の細い無愛想な男。
「例の人たち、連れてきました」
「ご苦労だったな。下がっていい」
大柄な男に言われ、レストンとフェデルは退出する。
2人と向かい合うように座った4人は姿勢を正して相手の話を待つ。
やがて神経質そうな男が口を開く。その内容に前置きなど一切なかった。
「さて、あなたがたはどこの国からやってきた人ですか?」
「え?」
いきなり核心を突く質問に、シャルロッテから声が漏れる。
「おや、聞こえませんでしたか。あなた方はどこの国から来たのですかと聞きました。まさかこの国出身なんて言いませんよね」
「なぜ、そう思うんですか。私たちはセビリアから――」
「つまらん冗談は無しにしようぜ、お嬢ちゃん」
焦りつつも誤魔化そうとしたシャルロッテに間髪入れずに大柄男がぴしゃりと言い放つ。
「お前たちが空を飛ぶあのわけわからんもんからやってきたのは見えてたんだ。そんな格好していてもわかるぜ。何年ここにいると思ってんだ」
「……」
4人は自らの素性がばれたことで警戒心をあらわにする。
すぐに戦えるようにそれぞれ椅子から腰を浮かしかけたとき、線の細い男が4人をなだめる。
「ご心配なく。我々は何もあなたたちに危害を加えるつもりはありません。ただ知りたいだけですので」
「知りたい、ですか。一体何を?」
4人は警戒心を保ったまま、椅子に座りなおす。
「その前に自己紹介と行こうか、俺はこの町のギルド長をしているアルバンってもんだ」
「私はソールといいます。主に行っているのは経理ですね」
次回、「協力体制」