第六話 入国
「マルコス!?」
火力特化船壱番艦アングリフ。
そこでウィルベルと戦っていた緑髪の少年フリウォルは、雷に打たれ落ちていくマルコスを見て慌てて助けに行こうとする。
しかし彼の乗っているサーフボードはボロボロで、後ろの部分は焼け切られていた。最初よりも明らかに動きの悪い彼に、ウィルベルが迫る。
「次はあんたの番」
「え? ちょ! 待って!」
ウィルベルの魔法で作られた白熱した剣がフリウォルに迫る。
勝利を確信したウィルベル。
しかし――
「だめ」
突如現れた黒髪の少女が剣を霧散させる。
フリウォルとの間に飛び込んできたのはマリアは、ウィルベルの魔法をあっけなく散らした。
ウィルベルはマリアを警戒するが、マリアに気にした様子はない。
「あ、ありがとう、マリア」
「うん、はやくマルコスを助けないと」
「そうだった!」
マルコスの下へ向かおうとするフリウォル、それを止めようとするウィルベルを遮るマリア。
ウィルベルはマリアを睨むが、どこ吹く風とマリアはぼーっとしたような顔で浮いているだけ。
「どいてほしいんだけど」
「どいたらマルコスとフリウォルが危ない。だから、どかない」
ウィルベルはまた10本の剣を作り出し、マリアに向ける。
しかしまたも剣は全て、彼女に近付くとまるで糸がほどけていくように霧散する。あとには剣が発した熱気がその場に残るだけ。
マリアはわずかに残る剣の熱気が不快だったのか、顔をしかめたがそれだけであり、むしろウィルベルに親し気に話し出す。
「私たちはここで退く。また会いましょう」
「逃がすと思うの?」
「逃がすと思う。あなたじゃ私を殺せないもの。だから逃げるのは簡単。あなたが1人で追ってくるなら話は別だけど」
ウィルベルは黙る。
下されている命令は飛行船の死守であり、追撃は任務外。
そうしてマリアたち天上人はマルコスを回収して去っていく。中には負傷を追っている者やフラフラと飛んでいるものがいる。
ウィルベルはそれを見送り、ウィリアムのもとへ向かうと、彼は旗艦ヘルデスビシュツァーの甲板に座り込んでいた。
甲板に降り立ち、ウィリアムのもとへ駆け寄って状況を報告し合う。
「ウィル、大丈夫?」
「ああ、平気だ。少し頭に血が上ったくらいだ」
「さっきのやつね。ほんと危ないことするわね。飛行船に落ちたらどうするつもりだったのよ。乗ってる人みんな死んじゃうわよ」
「中の連中は当たっても平気だ。上で戦ってるやつらは危ないかもしれないが、あてない自信はあったよ」
ウィルベルは腰に手を当て、小さく息を吐く。
「一体何があったのよ。あんたがそんな危ないことするくらいキレるなんて、あまりないと思ってたんだけど」
「なんでもない。それよりもうすぐ着陸だ。持ち場に戻れ」
ウィリアムは立ち上がり、飛行船の中に消えていく。
ウィルベルは徐々に高度を下げていく飛行船の中に姿を消した彼の背中を、しばらく眺めていた。
◆
ブリッジに戻り、アグニから航行状況を聞く。
並行して独立部隊員からも船や戦闘について報告し合う。
「現在は中層のマドリアドから離れた開けた場所に向かっています。一時間もしないうちに着陸できます」
「というわけだ。他、報告は?」
アグニが飛行船の航行状況を通信機を通じて全艦に連絡する。
その後は天上人の情報共有を行った。最初に話し出したのはベルで、通信機からはまだ幼さの残る高い声が聞こえてきた。
『あたしが戦ったのは緑髪の糸目ね。フリウォルって名乗ってたわ。ナンパなチャラ男で敵なのにいきなりナンパしてきて鳥肌立ったわ』
「天上人って変な奴らばかりだな。ベルをナンパするなんて相当飢えてやがる」
『えぇ? あんたに見る目がないだけよ。こんなにかわいいウィルベルさんが味方なことにもっと感謝したほうがいいわ』
「中身が酷いから総合的にマイナスだ、残念だったな」
『なら見た目も中身も酷いあんたはどうなるのかしら』
「マイナスとマイナスかけてプラスだな」
『あんた頭大丈夫?』
『軍の会議でじゃれあうのはやめろよ。この通信いろんな奴が聞いてるぜ』
『やべっ』
ヴェルナーが注意してきた。あのヤンキーに注意されるとはちょっと気を抜きすぎた。
咳ばらいをして仕切り直す。
他、ヴァレリア、カベザ、マリアについて報告を受ける。
当然、俺もマルコスについて報告をした。とはいえ雷が直撃したのだ。生きていたとしても重症だし、後遺症が残っているだろう。
ただこの国は不気味だから、万が一がないとも限らない。念のために情報は共有しておく。
あらかた共有し終えたところで、ベルから気になることを聞いた。
『天上人だけど、あたしが一番厄介に感じたのは黒髪のマリアって女よ』
「具体的には?」
『あたしの攻撃が一切通らなくって全部粉みたいに霧散したの。本人は一見何もしてないように見えるんだけどね』
ベルの攻撃を意にも介さないとなるととても厄介だ。
ベルは攻撃力だけで言えば師団でトップだ。その彼女の攻撃を通さないとなると倒す術がない。
幸いなのは、恐らく彼女があまり好戦的じゃないことだ。相手をしたカーティスはお互いの結界によって打つ手なしに陥ってろくに戦闘には発展しなかったらしい。
攻撃を仕掛けたベルに対しても特に攻撃をしていない。
優先順位的には下げてもいい。ただ脅威であることは確かだ。甘く見ることはしてはいけない。
一通り報告を終えたところで、アグニが連絡をしてくる。
「団長、そろそろ着陸準備に入ります」
「わかった、諸君、聞いての通りだ。着陸準備ならびに周囲の偵察を怠るな」
『はっ』
通信機越しの返事を締めくくりに会議を終える。
ブリッジにある専用の椅子に深く腰掛けて息を吐く。
「お疲れさまです。ウィリアムさん」
「どうも、指揮してくれて助かった。おかげで中層までこれた」
「それもこれも皆さんが天上人を抑えてくれたからですよ。前回の侵攻はこの時点で壊滅していましたから」
「そうだな……まあ、前回の仇は討てたな」
今日落としたマルコス、あいつは恐らく前回のディアークが参加した作戦のときもいたんだろう。
ディアークは炎を操り、空を駆ける悪魔がいるといっていた。マルコスと特徴が一致しているし、本人も長生きしていることを匂わせていた。
奴を落とせただけでも、ひとまず今回の作戦は順調すぎるといってもいい。
「武器はどうでしたか?」
「すごくいい。特に槍は大活躍だったよ」
アグニが顔を綻ばせる。
このアグニが作った槍はいろいろな効果がある。
刃の拡張、切れ味の増加、頑丈性向上などなど。
だけど、一番うれしいのは投げた後に自分の手元に戻ってくることだ。
これは精霊の転移の魔法をなんとか解析して魔法陣に起こしたものを使うことで実現した。
残念なことに転移魔法は大量のマナを使うために、耐えられる材料がとても貴重だ。
転移魔法陣は当初テレポートできる設備を基地に作ろうと思ったのがきっかけだが、コストの面でできなかった。
だが、槍のサイズであれば可能だった。
「投げても戻ってくるから投げ放題だ。マナをまとうこともできるし倒せない敵はいないな」
「そういってもらえると嬉しいです。大事にしてくださいね」
今回の交戦で思ったより天上人がたいしたことがないとわかった。
嬉しい誤算だ。
だが問題はこれから先、いつ天上人と相まみえるかわからない。今回は襲ってくるタイミングや場所がわかっていたから凌げたが、これからは予測ができない。
被害が出ることを覚悟しなければならない。
今後のことを考えると溜息をつきたくなってしまう。指揮官だからあまりそんな態度を見せるわけにはいかない。
ブリッジから外を見ればいくつもの町が見えた。
徐々に大きくなっていく大地、遠方にかつて世話になった町、防壁に囲まれた、ウィリアムという人間を大きく変えた町が見える。
「マドリアド、無事みたいですね」
「だな。ならまずはここで情報収集をする。手筈通りに行くぞ」
「了解しました」
斜め後ろに座るアグニと今後の作戦について確認する。
第一段階は無事に終えた。
次は第二段階。ここからが本番なのだ。
次回、「偵察隊」