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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第五話 雷槌



 旗艦ヘルデスビシュツァーの甲板上で、2つの人影が空を自在に舞っていた。


「天上人最強って聞いていたが、存外に大したことがないな」

「いいやがるじゃねぇか。そういうのは俺に一撃でも食らわせてから言うんだな」


 旗艦の周りを蝿のようにこざかしく飛び回っているマルコス。

 マルコスが旗艦に有効打を与えられず、イラついているのがわかる。


 一方で、俺もマルコスに有効打を与えられずにいた。飛行船を守りながらだと負担が大きい。特にマルコスはかなり速く、不用意に離れれば守り切れない可能性がある。


 マルコスの戦い方はとてもシンプルだ。


「しゃらくせえ! いい加減燃え尽きろ!」


 マルコスが両手に持った剣を1つ俺に向けると、その剣からは火炎放射器のように高温の炎が勢いよくこちらに向かってくる。


「無駄だとわからないのか」


 飛んでくる真っ赤な炎。

 炎が迫る直前、俺の前で3つの盾が華のように組み合わさり、炎を完全に防ぎきる。


「んだよ、その盾は! うざってぇなぁ!」

「飛び回る蝿ほどじゃない」


 周囲には合計で6つの盾が浮かび上がっていた。


 炎から飛行船を守った盾。

 これは以前のものとは形も何もかも異なっている。


 今の盾は中心の線が偏った、凧形のような形をしており、三つ、もしくは六つ組み合わさって華の形を作り上げることで、防御効果を大きく上げることができる。


 アグニが作ってくれた、俺専用の武具の一つ。


「炎を噴射して推進力を得るのか。攻撃にも回せるし、なるほど、悪くないな」


 マルコスは両手に剣を持っており、そこから猛烈な勢いで炎を噴射させている。そのおかげで、上空でも高速で動き回ることができ、剣速も威力も大幅に向上させられる。


「なに偉そうに人を評価してんだ? てめえみたいな若造がこの俺を評価するなんておこがましいんだよ」

「若造ねぇ。聖人だから長寿なんだろうけど、偉そうにできるような人間には思えないな」

「ああ?」


 長生きぶっている割には随分と短気な奴だ。

 もしかして若く見えるが脳みそは爺なんだろうか。


「たかが20そこらしか生きてないやつが口答えするなよ。何も知らない屑が」

「ただ生きてるだけのカスが。老害は死んで役に立てよ」


 マルコスはひたすら火炎を放ってくるが、盾を超えることができずにいた。

 火炎による推進力で翻弄しようとしてくるが、俺は攻める気はない。


 守るだけでいいのだから、6つある盾を動かすだけで十分すぎる。

 なによりこの船はもっとも頑丈で巨大だ。

 質量を伴わない火炎が当たったところで、高度の高いここでは、よほど長時間同じ場所に当てられ続けない限り、航行不能になることはない。


 奴は懲りずに飛び回っているが、やがて息が切れてきたようで動きが鈍くなってきていた。


「どうした、歳だからもう動けなくなったのか」

「はぁ、はぁ、舐めてんじゃねぇぞ! ここが地上だったらてめぇはとっくに消し炭になってんのによ!」

「本当にただ生きただけだな。たらればなんて意味がないと知らないらしい」


 息切れするマルコス。

 そもそもこんな上空で飛び回れば息苦しくなるのは当然だ。ましてや炎は酸素が薄いここではいつもより火力が出ないだろう。

 彼のいう通り地上ならばもっと脅威だったかもしれない。


 上空でよかったな。


 さて、時間稼ぎはだいぶできたが今どのあたりだろうか。旗艦が大きくて、いまいち地上が見えない。

 口を抑えて見えないようにしながら、ブレスレット型の通信機に向けてしゃべりかける。


「アグニータ、状況は?」

『はい、現在はどの飛行船も無事です。天上人は攻めあぐねているようですね。もうすぐ下層と中層を阻む城壁に近づきます。着陸地点はどうしますか?』


 もう中層に差し掛かっているのか、これは朗報だ。


「もうそこか。それなら着陸地点は中層にする」

『承知しました。しかし、このまま高度を下げても天上人もついてきます。安全に着陸することができません』

「それはこちらでなんとかする。気にせず航行しろ」

『了解しました。ご武運を』


 通信を終える。

 話している間もマルコスは攻撃することはなかった。それどころか高度を落として甲板の上に降り立ってきやがった。


 この男が俺たちの飛行船に触れている時点で虫唾が走るが、うかつに突っ込むわけにもいかない。

 どう仕留めようかと考えていると、マルコスが何やら話始めた。


「ったく、こんな若造に手こずるとは、俺も焼きが回ったな」


 どうやらいつのまにか落ち着いてしまったようだ。先ほどまでの怒りが成りを潜めている。


「どうやらお前らを侮っていたようだ。天上人の黒歴史ともいえる世代の奴らだからかな。自然と見下してしまっていたようだ」

「黒歴史?」

「そりゃそうだろ。てめえを含め、ここ数年やってきた奴らはそろいもそろって国を裏切った挙句、軍に逆らった。2人は馬鹿なことして死んだ。野垂死んだと思っていたお前は生きてたみたいだけどな。残っていた秀英も裏切ってやがったし、まじで碌な連中がいねぇよ。おかげで俺たちの仕事が増える一方だ。本当にクソなやつらめ」


 突如愚痴りだすマルコス。

 その内容は最近になってこの世界にやってきた天上人に対する愚痴だった。


 思い当たる節はある。

 俺、オスカー、ソフィアだ。


 そして気になるのは秀英。


 裏切ったのがばれた? あいつは無事なのか?


「秀英、あいつは生きてるのか?」

「生きてるよ。ふざけたことにな。なんだお友達が心配か? 国賊同士なれ合いとは反吐が出るな。本当に一人残らず死ねばいいのにな」


 マルコスの言葉に思わず頭に来た。

 俺たちがどんな思いで、あの時軍に逆らったのか、何も知らないくせにこいつは偉そうにしている。

 長年生きているといっているが、本当にただ生きているだけだ。この国で何が起きているか一切わかってない。


 にもかかわらず目の前の男はひたすら俺たちを罵っている。


「せっかくこの国は俺たちに第二の人生をくれたんだ。この世界でなら俺は輝ける。天上人として国中が崇めてくれる! 実力も何もかも思い通りさ! それを裏切る? 低俗な連中と一緒に暮らす? ばっかじゃねぇの!!」


 ここが第二の人生?


 ……俺は、第一の人生を生きたかったよ。


「ガキみてぇな正義感拗らせて、できもしねぇのに下等な連中を救おうとするから馬鹿を見るんだ。いやあ、聞きたかったぜ、仲間が死んだ後のお前をな! なあ、今どんな気分だ? 仲間見捨てて逃げ帰ってきて、挙句投獄されて命からがら逃げ延びた惨めなウィリアムくん? この世界の下等なお仲間に祀り上げられていいきになっちゃったのかな? 1人じゃ勝てないからって、自分より弱い連中にすがったさみしがりやのウィリアムくんよぉ!!」


 長ったらしいマルコスのあおりを受けても、不思議と、俺に怒りは湧かなかった。

 あるのは、ただの哀れみのみ。


「ああ、ホントにもったいねぇ。ここにいるのがソフィアって女ならよかったのにな」

「……あ?」


 ただ、この一言だけは琴線に触れた。


「いい女だったよ、お前も狙ってたんだろ? 弱っちい出来損ないのお前があんな無謀なことができたのも、女にいい恰好したかったからだろ? ま、俺は馬鹿な女を抱く気にはならねぇからな、今となっちゃどうでもいいがな」

「……おい」

「あ? 何か言ったか? 負け犬君」


 この国は、なんでこんなにも人を怒らせるのが上手なんだろう。


 久しぶりに頭が沸騰する気分だ。




 ……ソフィアを貶めるものは全員殺す。




 空間魔法で槍を取り出す。

 十字槍、それも刃と柄の間に小さな刃が付いた八芒星のような形をした槍。


「おい」

「ああ? ……っ!」


 怒りのままに手に持っていた槍を投げつける。

 クソ野郎は驚きつつ、炎を吹かして直前によけやがった。


 避けるなよ、当たって死ねよ。


「てめぇ、いきなりなんだってんだ!」


 身体強化を施し、一足飛びで距離を詰める。

 ()()()()()()()を、奴の心臓目掛けて突き刺さんとする。しかし相手は炎を噴射して一瞬で空に舞い上がる。

 俺は再び槍を奴に向けて全力で投擲する。

 槍は白く輝き、刃を大きく拡張しながら奴に迫った。

 全力で炎を吹かし、ギリギリで避けるも槍は奴の腕をかすめ、赤い血が飛び散った。


 再び()()()()()()()、そして左手を前に突き出し拳を握る。


「《霹靂神(はたたがみ)》」


 奴が飛んでいる場所、その少し上にある雲が明滅する。

 やがてそれは大きな轟音と雷光となって降り注ぐ。


「雷!?」


 同時に奴の周囲に6つの盾を浮かべる。

 奴は轟音に気をとられたことで、音もなく迫ってきた盾に気づくのが遅れた。


 振り払おうとしたがもう遅い。



 ――轟音と共に目の前が真っ白に輝いた。



 視界が戻ったときには、すでに奴は地上に向けて落下していた。


「天上にいても天罰はくだる。1つ学べたな、クソ野郎」



 ソフィアを馬鹿にした罪。


 命をもって償ってもらう。








次回、「入国」

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