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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第八章 《地に還る》
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第四話 籠の中の鳥


「俺の相手は2人か。どちらも若造だ。すぐに終わりそうだな」


「言われてますよ、シャルロッテ。あなたは侮られているようですよ」


「私だけじゃなくてお前もだ、ライナー」


「そうですか、ボッチのシャルロッテと一緒にされるのは甚だ不服です」


「なに?」



 耐久力に特化した護衛艦トゥテラリィの甲板上で漫才を繰り広げるのは、ライナーとシャルロッテ。

 対するは坊主頭の大柄の男カベザ。

 3人は甲板の上に立ち、向かい合っている。



「ところで天上人なのでしょう? 空を飛ばなくていいのですか?」


「空を飛ぶから天上人なのではない。天から来たるから天上人なのだ。他とは違い、接近戦が得意でな」


「どうやら頭の中も天上に召されているみたいですね。常識人生者の僕には理解ができません」


「初対面の人間にそこまで言える時点で常識人ではないぞ」



 くだらない話をしながらもライナーとシャルロッテは戦闘準備を怠らない。

 シャルロッテは分厚く側面が鋭く磨かれた大きな盾と中心に溝がある長剣を、ライナーは自らを覆うように並んだ腰まである金属ホルスターから銃を取り出し構える。

 シャルロッテが前衛、ライナーが後衛という配置。

 二人をカベザは止めることもなく待つ。


 相手を不審に思い、シャルロッテが問う。


「攻めてこないのか」


「準備はもういいのか?」


「おかしな話ですね。相手の準備が整うのを待つ必要などないでしょう」



 さも当然と言った体で腕を組み、構えることもなく堂々と。



「我らは天上人。すべての頂点に立つもの。万全に準備を整えた相手をねじ伏せてこその頂点よ」


「舐められたものですね。久しぶりに頭に来ました」


「私もだ。ライナーと会話する以上に頭の血管が切れそうだ」



 2人は顔を歪ませる。


 一瞬の沈黙ののち――


 ライナーの銃から放たれた発砲音が、開戦の合図となった。

 複数の弾丸がカベザに向かう。それと同時にシャルロッテも距離を詰めて襲い掛かる。



「なるほど、やるようだ」



 そう一言呟いたカベザ、その目の前に唐突に土の壁が現れた。



「なっ!」



 突如現れた壁を前にして、走っていたシャルロッテは思わず立ち止まる。ライナーが放った弾丸も土の壁に阻まれる。


 そして壁の横から唐突に表れたカベザがシャルロッテに剣を振り下ろす。

 シャルロッテは慌てることなく、持っていた盾を構え、カベザの大剣を受け流し、その切っ先を頑丈な飛行船の甲板に落とし込む。



「はあッ!!」

「むぅん!!」



 反撃とばかりにシャルロッテが剣を振るい、カベザの胸に剣を突きさそうとすると、カベザは魔法で土の棘を生やし、剣を防ぐ。



「甘いですよ」



 いつの間にか放たれたライナーの弾丸がシャルロッテとカベザの間にある棘のわずかな隙間を縫って、カベザの体に殺到していく。



「舐めるな!」



 迫りくる弾丸を、引き戻した大剣を盾にしてカベザは防ぎ、そのまま剣を横なぎに振るい、シャルロッテを下がらせ距離をとる。


 シャルロッテは、ライナーの近くまで下がり、情報を共有する。



「剣技に関してはわからないが、力は団長と同じくらいだ」

「発生する壁の厚さは結構なものですね。それなりに大型の銃でなければ壊すのは難しそうです」



 2人が話す一方でカベザは足元の飛行船を見下ろす。



「この高度では二人を相手にするのは面倒か。ならば――」



 足元にある頑丈な金属装甲。

 カベザは大上段に剣を持ち上げ、振り下ろす。



「! まずい!」



 ライナーが慌てて止めようと銃を撃つがまたしても壁に阻まれる。

 振り下ろされた剣はそのまま飛行船の甲板に傷をつけ、大きな金属音を辺りに響き渡らせる。

 分厚いはずの装甲は裂け、僅かに剣が落ちた周囲がへこむ。

 その惨状を見て、ライナーとシャルロッテは驚愕の表情を浮かべる。

 だが驚いたのはカベザも同様だった。



「随分と頑丈だ。これは落とす方法を考えなければならないな」



 この一太刀で飛行船を落とすつもりだった。

 その言葉の真意を察した2人は怒りの感情を端正な顔に滲ませる。



「シャルロッテ」

「ああ、ライナー。ここまでされては器の大きい私でも耐えられないな」

「まあ、あなたより器の大きい僕でも頭に来ましたからね……あの技術のぎの字も知らない頭の中も外もツルツルの男に、思い知らせてあげましょう」



 ライナーは周囲に浮いた腰のあたりまである直方体の箱に銃を突っ込み、すぐに取り出す。

 取り出した銃には、細長く口径の大きな銃身が取り付けられていた。


 シャルロッテは、盾を構えながら再度突撃する。


「また同じか、芸のない。《巌隕石(メテオライト)》」


 カベザは下がりつつ、突撃してきたシャルロッテに向けて、人よりも大きな岩石を作り出し、ぶつけていく。

 回転し空を切りながら迫る隕石は、僅かでも触れれば皮膚を引きちぎり、体を吹き飛ばす威力を誇る。


 しかし、シャルロッテは隕石群に一切退くことをせず、盾を前面に構える。


「無駄ッ」


 シャルロッテの盾が淡く輝き、膜が彼女の体を守り、迫りくる岩石を退ける。


「チッ!」


 止まらないシャルロッテに、カベザは舌打ちして土の壁を作り出し、隠れたまま再び隕石を飛ばし続ける。

 さながらトーチカのように攻防一体の陣形であるものの、シャルロッテはそれでも止まらない。

 そして、彼女が土の壁に肉薄した瞬間、



「無駄ですね」



 シャルロッテの背後から、低速ながらも一つの弾丸が深々と壁に突き刺さり入り込む。

 貫通するまで至らない、しかして数瞬ののちに弾丸が爆発し、壁を内側から破壊する。



「なっ!」



 壁が壊れ、あらわになったカベザの姿。

 そこへ――



「《雷盾槍(シルトシュヴェルテ)》」



 シャルロッテが剣先に盾を取り付け、巨大な斧に変形した剣を、横なぎに思い切りカベザに叩きつける。



「――ガッ!?」



分厚い土の壁を砕き、トーチカの中にいたカベザの体を斧が直撃し、大柄なカベザの体がくの字に曲がり、勢いそのまま飛行船の甲板から吹き飛ばされる。



「まだだ!」



しかしカベザはすぐに態勢を整え、甲板上空に飛びあがり、遠距離からの攻撃に切り替える。



「《土岩嵐(リーデンボーデン)》!!」



 鋭い槍を上空に無数に発生させ、飛行船全部を巻き込むつもりで魔法を放つ。

 シャルロッテは斧を解体し、盾を構える。

 一方で――



「遅いですね」



 また別の箱に銃を突っ込み、銃身を取り換えたライナーが迫りくる槍の雨に向けて乱射する。

 一見して、無造作に乱射された弾丸は、すべてが正確無比に槍を貫通し、砕いていく。

 あっという間に小さくなった土の槍はただの土くれとなり、飛行船にパラパラと落ちていく。



「団長のしごきに比べれば、なんてことはありません。うまく連携できてよかったですね」


「全くだ。練習した甲斐があったな」


「ヴェルナーは破壊ばかりですから、連携もクソもないですからね。その点、器用貧乏はフォローがしやすいですよ」


「奇遇だな、撃つしかないライナーも守り甲斐があるというものだ」



 飛行船の上空に飛びあがったカベザを警戒しながら、二人は笑う。

 カベザは上空で殴りつけられた肉体を抑え、攻撃を控えだす。



「どうしました? 天上人とはこの程度ですか?」


「この高度では思うほど戦えないな。……癪だが、お前たちの相手をするのは骨が折れる」


「聖人とは頑丈なものだな。文字通り全身の骨を折るつもりで振るったのだが」



 シャルロッテの一撃をもろに受けても未だ意気軒昂なカベザを見て、再度シャルロッテとライナーは気を引き締める。

 しかしながら、上空に飛びあがり、退避と防御に徹したカベザを撃ち落とすまでには至らず、この飛行船でも天上人との戦いは膠着状態に入ったのだった。




 ◆




 他の飛行船では天上人と独立部隊が銃声や爆発を起こしながら戦っているのに対し、一隻だけ静かな船があった。



「どうした。来ないのか?」


「いっても無駄でしょ。この船全体に結界が張ってある。破れなくはないけど、破った分だけ私に攻撃が来るような結界」


「ほう、見抜くとは驚きだ」



 それはカーティスと箒にまたがった黒髪の少女マリアの戦い。

 護衛艦弐番艦シュッツヘルの上の甲板には一切戦いの痕跡はなく、ただひたすらにらみ合いが続いていた。

 理由は天上人マリアが言った通り、船全体を覆うようにカーティスが結界を張ったことにある。

 その結界は外部からのマナによる攻撃をすべて軽減し、軽減した分の攻撃を相手に食らわせるといったものだった。



「あなた、何者? まさかあなたも天上人?」


「さてな、敵に語る口はないのでな」


「そう。じゃあお互い手詰まりみたいだし、少しお話でもどう?」


「聞くだけなら構わん」



 マリアは飛行船から距離を取った位置にいるため、カーティスからも攻撃が届かなことで、互いに攻撃ができず、この船の上だけ静かだった。

 手持ち無沙汰なため、マリアはカーティスに話をする。



「私たち天上人は今はとても少ないの……あなたたちの仲間にも天上人がいるみたいだから、察しているんでしょ?」


「正確な数までは把握していないがな」


「そう、それも仕方ない。私はあなたたちの天上人より後にこの世界にやってきた。だから彼は私のことを知らない。他の人のことも知らないみたいだけどね」



 カーティスは話を遮ることはせず、適当に流すものの、マリアも気にせず続けていく。



「でも不思議なことがあるの。天上人はどんなに多くても10人。でもここ最近は8人までしか召喚できない……どうしてだろうね」


「その天上人という人間の定義があいまいだな。退役すれば天上人ではなくなるのか?」


「いいえ、天上人は単なる軍や騎士の位とは違う。どんなに努力してもなることはできない存在。そして何をしても天上人から外れる方法もない。1つを除いては」


「ふん、おおよそ見当はつくがな」



 マリアの話を聞いてカーティスは不快気な表情を浮かべる。



「そうだね、とても簡単だもの」



 マリアも特段面白いことだとは思わない平坦で抑揚のない話し方。



「天上人から外れる方法は唯一、死ぬことだけ……私が来る前、何度か召喚しようとして失敗していたのは、すでに定員に達していたから。でもある人が死んで私が来た」


「ならば天上人が8人しかいないとは言えないな。この世界に既に10人いるのだからな」


「そうね。現に1人、ここで見つかった。でもまだ足りない。あと3人足りない……どこにいるんだろうね」



 マリアはじっとカーティスの顔を見つめる。


 カーティスは彼女の視線をどこ吹く風とばかりに平然と流す。緊張感などかけらも感じさせず、懐から葉巻を取り出し、火をつける。



「そして、マルコスに聞いたけど……ずっと昔、50年くらい前に1人の天上人が脱走したらしい。その天上人は特殊で、赤子の状態で召喚された」


「聞くに堪えんな。それが一体なんだというのか」


「国の人たちは幼少期から召喚して育てたほうがいいと判断したから、実験としてそんなことをした。……でも結果的にそれは失敗した」



 カーティスが吐き出した紫煙は、甲板で吹きすさぶ風で猛烈な勢いで後ろに流れる。

 同様にマリアの声もカーティスの元へ流れていく。



「その天上人は他の天上人と同じく体が僅かに聖人に近いだけで、魔法を使うことができなかった。……それなら手間と時間がかかるだけだとばかりに、その後は赤子を召喚することはやめてしまったけど――」



 語り続けるマリアのすぐ横を、何かが勢いよく通り過ぎる。

 甲板の上には、煙草の煙とは別の煙を上げる銃を構えるカーティスの姿。

 マリアとは距離があるにもかかわらず、カーティスの放った銃は彼女の近くを通ったが、それでもマリアは一切気にせず、目をそらさずに話し続ける。



「結局、幼子の状態で育てられたのはその子だけだった。魔法が使えないならばと、小さいころから英才教育を施せばいいと考えて、この国は異世界の知識を持つ天上人を含めてたくさんのことをその子供に教えた。……結果、その幼子はこの国から脱走した。……なぜだと思う?」

「知らんな」



 カーティスはまた数発マリアに向けて発砲するが、マリアにあたる直前に銃弾は粉に変わり、強く吹き付ける風に飛ばされていく。



「実際その幼子が逃げた理由は誰もわからない。どこに逃げたかも……でも私は逃げた理由がなんとなくわかる気がする」


「……」


「彼はきっと、この国の歪さを知っていた。そして世界に広がる可能性を信じてた。だからこの国を出て、広い世界を見てみたいと思った……この国にいたら、籠の中の鳥だから」



 籠の中の鳥。

 自由がなく、ひたすら国に束縛される。それは国民だけにとどまらず、天上人にも当てはまること。

上中下と別れた層、もともといた、狭い層でしか生きることを許されない国。


 平坦な声で話し続けたマリアは、カーティスを見下ろす。

 その表情は少しの笑みを浮かべていた。



「その彼は生きていれば、もう50になっているね。……ちょうどあなた位の歳じゃないかな?」



 カーティスは何も言わない。根元まで燃えた葉巻を飛行船の甲板から投げ捨てる。吸い殻は遥か下、地上へと落ちていった。

 彼はマリアの言葉に否定も肯定もしなかった。



「それで? その男が仮に生きているとして、もう2人足りないな。8人しかいないなら、どこかにもう2人いるはずだろう」


「そうだね……一人はたしかにわからない。でももう一人は見当がついてるの。国は死んだとみなしているけど、死亡がちゃんと確認されていないのがもう一人いる」


「興味がないな」


「そう? 敵の情報だよ。軍人なら欲しいと思うんじゃないかな」



 カーティスは既にもう1人の天上人を知っている。

 事前にウィリアムが国に属していない天上人を1人、全員に教えていたからだ。


 その者の名は――



「オスカー・アルドレアス。あなたたちの団長、ウィリアムと親密にしていた天上人。きっと何か知っているはず」



 カーティスは何もしゃべらない。

 マリアの思惑を測りかねていた。


 だがその会話の時間は唐突に終わる。


 ――突如、旗艦ヘルデスビシュツァー上空から轟音が鳴り響く。



「あれ、楽しい会話はもうおしまい。じゃあね、名前も知らない人」



 カーティスは不快そうに眉を顰める。

 天上人が周りにいないことを確認すると、懐から白く輝く小さな球を取り出すし、軽く息を吹きかけると飛行船を包んでいた結界が消え去る。


 再び球を懐にしまい、新たな葉巻を取り出しながら呟く。



「団長がお怒りだ。精々手を焼くといい」



 空を駆ける飛行船の甲板で、彼の吐いた紫煙は勢いよく後方に流れていった。








次回、「雷槌」

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