第三話 火力馬鹿達
旗艦ヘルデスビシュツァーの甲板の上で。
俺は飛んできた色とりどり十人十色な飛び方をしている5人に挨拶をした。
「初めまして。天上人諸君。お出迎え大変ごくろうだ」
両手を広げ、風に負けじと声を張り上げると、5人の真ん中で、両手に剣を持ち、その身一つで飛んでいる赤毛の男が返事をした。
「なんだ? 今回の来客は随分と変だな。みょうちきりんな乗り物に変な奴が1人でてきてるぞ」
「変なのはお互い様だろ。カラフルな頭しやがって、戦隊モノにでもなるつもりか?」
「あぁ、別になろうとしてなったわけじゃねぇよ。たまたまこんな頭の色だっただけだ」
赤男が答える。
センターに来て赤色だから元の世界の戦隊シリーズにしか思えなかった。
横にいる連中も髪色がカラフルだ。黒いのと髪がないのがいるが、黒は黒、坊主頭は黄色に見えるから変わらない。
互いに天上人だから前の世界の話も普通に通じる。赤男は違和感を覚えずに話したが、青髪の女は気づいたようだ。
「マルコス! この男、私たちの世界を知ってるわ!」
「ああ? ……そうか、戦隊モノなんてこの世界にねぇぞ。てめぇ何者だ」
「人に物を尋ねるときはまずは自分からって教わらなかったか?」
赤男は舌打ちしながら律儀に名乗った。
「俺はマルコス。グラノリュース天上部隊隊長。聖人であり魔法使いのマルコスだ。わかったか?」
「ああ、知ってたからいい」
「ああ!?」
さっき絨毯に乗って飛んでいる青髪の女がマルコスって言っていたからな。聖人であるのも見ればわかるし、魔法使いであることもわかる。
5人のうち代表して話している時点で率いる立場にいることも。
「じゃあ、何で聞いたんだよ」
「お前以外の4人についても聞きたかったんでな」
そういうと他の4人も順に名乗る。
ローブを纏い絨毯に乗って飛んでいる、20代のような見た目をした黒に近い青髪の女はヴァレリア。
ゆったりとした法衣モドキとバックパックを背負った30代くらいに見える大柄な坊主頭はカベザ。
チャラチャラとアクセサリーを付けた、サーフボードのような細長い楕円形の板に乗っているのは20くらいの緑髪はフリウォル。
最後に質素な服装で箒にまたがった黒髪のまだ幼い少女はマリア。
本当に自己紹介してくれるとは、律儀な連中だな。
恐らくいつでも落とせると考えているんだろう。彼らのほとんどは聖人で長生きしている。自分たちがこの世界でいかに異質が理解しているからこそ、こんな風にのんびり名乗る余裕があるんだろう。
まあ、好都合だ。こちらも時間稼ぎがしたいから。
「さあ、名乗ったぞ。てめぇも名乗りやがれ」
「ふん、律儀な奴らだな」
マルコスが催促してくるので、名乗る。
「俺はウィリアム。ウィリアム・アーサー。ここより北方、大陸の中心にある国アクセルベルクの軍人であり――」
――お前らと同じ天上人だ。
告げれば、5人は目の色を変えた。
「ウィリアムだと、そうか、てめぇか! どっかで野垂れ死んだと思っていたが生きていたとはな!」
マルコスが目をぎらつかせる。口元を歪めながら他4人に指示を出す。
「おい、こいつは俺がやる。お前らは他の船を落とせ」
「仕方ないわね。譲ってあげるわ」
「手こずったら呼んでもいいよ! まあ、そのころにはスコアに大差がついてるだろうけど!」
「いらんとは思うが気をつけろよ」
「……」
そういって4人は散開し、俺の前にはマルコスという赤毛の若い男が1人残る。
「さあ、グラノリュースを裏切ったクソ野郎に、この俺手ずから罰を下してやるぜ」
「ほざけよ。利用されてることもわからない能無しが。分不相応を知れ」
開戦の火蓋は切って落とされた。
ここが最初の正念場だ。
目の前で飛び回る蝿をたたき落としてやるぞ。
◆
旗艦ヘルデスビシュツァーの右に位置するのは、火力特化船アングリフ級壱番艦アングリフ。
その上空には箒にまたがり、尖がり帽子と黒のローブを身にまとった銀髪の少女がいた。
そこにサーフボードに乗った緑髪のフリウォルがやってくる。
「お! 女の子いるじゃん! ああ、でもちょっと貧相かなー。ま、捕まえればどうとでもできるね!」
フリウォルの軽薄な態度に、飛行船を守るウィルベルは透き通る瑠璃色の瞳を不快そうに細める。
「天上人って、なんとなくウィルみたいなのを想像してたけど全然違うわね。こんなチャラそうなのが相手だなんて、あいつのほうがずっとマシだわ」
「ウィル? ああ、あの裏切り者の天上人のこと? やめときなよ、あんな男なんて。どうせ君たちのことも裏切るよ。大恩あるグラノリュースを裏切るくらいだ。君みたいな可憐な子を騙そうとしているに違いない。そうなるまえに僕たちにつきなよ。いまなら手荒なことはしないし、手厚く歓迎するよ」
話しながら、フリウォルは徐々に徐々にウィルベルに近付いていく。
「あら、あたしのことを可憐だなんて見る目あるわね。その点は確かにウィルと違うわね」
「だろ? 僕なら君を幸せにできるよ。なんならここにいる君の友人たちは見逃してあげるからさ」
それはいいわね、とウィルベルは笑顔を浮かべる。
右手中指に嵌められた指輪を撫でながら、強い口調でフリウォルに言い放つ。
「その言葉が事実なら、今すぐそこをどいてくれないかしら」
「なんだって?」
「聞こえなかったの? あたしを幸せにするんでしょ? あたしの幸せを願うなら今すぐ目の前から消え失せろって言ってるのよ」
ウィルベルの言葉に、フリウォルは先ほどまで浮かべていた笑顔を引っ込め、怒りに満ちた顔を浮かべる。
「本気で言ってる? あんな男の下にいたって訪れるのは不幸だけだ。でも僕なら君を幸せにしてあげられる。女の幸せは愛されてこそだろ? あの男は君を愛したりなんかしないよ」
ウィルベルは心の底から軽蔑した顔を浮かべ、言った。
「わかってないわね。何も。あいつのこともあたしのことも何も」
――はっきり言っておくわ。
「あたしは自分で幸せになるわ。上から目線で他人に与えられた幸せなんてまっぴらごめんよ。それにあいつは誰よりも人を想っているわ。――あんたみたいな薄っぺらい人間と違ってね!」
言葉と同時、ウィルベルの周囲に10の光の剣が円を描くように出現した。
その剣は一本一本が周囲の大気すらゆがめるほどの超高温を持ち、白く発光していた。
「《玉響剣》」
ウィルベルは指にはめた光る指輪を見せつける。
すると彼に向かって10本すべての剣が鋭く光る剣先を一斉に向け、殺到した。
フリウォルは驚き必死に回避する。
「くそっ、なんだこれは! 魔法使いは僕たち以外にいないんじゃなかったのかよ!」
必死に剣を避けながら悪態をつく。飛び交う剣は炎が具現化したかのような熱を帯びており、近くを通っただけで肌を焼く。
「この、生意気なんだよ! 育ちきってない貧相なクソガキのくせに!」
フリウォルが年下だと見下していたウィルベルに唾を吐きながら、魔法で対抗する。
「食らえ、《吹花擘柳》!」
現れたのは、巨大な竜巻。
ウィルベルどころか、飛行船すら大きく揺らし、触れるもの全てを切り裂く風を纏った竜巻が迫る。
しかし彼女は慌てない。
「あたしの実力、見せてあげるわ。――《解放》」
彼女が右手の指を弾く。
すると竜巻に向かって剣が次々と飛びこみ爆散した。
「はぁ―――!?」
内側から爆発した竜巻はウィルベルを飲み込むことなく霧散し、近くにいたフリウォルをも吹き飛ばした。
きりもみしながら後方へはじかれ、なんとか態勢を整えたフリウォルは悪態をつく。
「クソッ!! ふざけんなよ、マルコスめ、何が簡単な仕事だよ!」
「なに? もう降参?」
距離を取ろうとしたフリウォルの頭上から、箒に乗ったウィルベルが距離を詰める。
右手を突き出し、指輪が輝くと再び周囲に10の剣が出現する。
「ちっ、めんどくさいな!」
フリウォルが汗を流しながらも必死に応戦する。
多くを学び、鍛えられたウィルベルの魔法は、終始、彼を圧倒し続けた。
◆
「私はっと、あら、ここにも1人いるのね。もしかしたら全隻に一人ずついるのかしら」
「一人だけとは限らねぇなぁ。2人いる船もある。まあ少なくともこの船はオレ一人で十分ってこった」
旗艦ヘルデスビシュツァ―の横。
ウィルベルとは反対側に位置する火力特化艦アングリフ級弐番艦ドゥエル。
その甲板上には無造作な白髪に目つきと口の悪い碧眼の男。彼の後ろには、一抱えほどの大きさの、大小さまざまな穴が空いた漆黒の立方体がいくつも山のように積み重なっていた。
対するは青い絨毯に乗って飛んでいる青髪の女性。
「ふーん、目つきは少し悪いけど、案外綺麗な顔してそうね。まあ、他の連中と違ってあまり興味はないけれど」
「奇遇だなぁ、オレもテメェの面には興味ねぇよ」
「女心がわからない人ね。嘘でも綺麗って言ったほうが喜ぶわよ」
「嘘みてぇな面してんな」
「……もういいわ。私はヴァレリア。あなたは?」
「ヴェルナー。挨拶たぁ戦場で随分と悠長じゃねぇか」
ヴェルナーの言葉にヴァレリアはくすくすと笑う。
「決まってるでしょ。こんなものいつでも落とせるもの。それにこの船に興味があるし、このまま国に向かってくれた方が運ぶのも楽でいいし」
「そぉかい。奇遇だなぁ。オレもこのまま国に向かってくれた方が都合がいいんだよ」
「そう、ならこのままお話でもしますか?」
「お断りだ」
ヴェルナーが拒絶の言葉を口にする。
平和的な提案をしたヴァレリアは眉根を寄せる。
「なぜ? あなたにとっても都合がいいんでしょ?」
「確かに都合はいいなぁ。団長からも倒す必要はねぇって言われてるしなぁ」
気怠そうにヴェルナーは話をする。
彼は腰の後ろに手を回し、ダイヤルのついたグリップを取り出した。
「理由は1つしかねぇ……オレたちの船をこんなものなんて言われて、黙ってられる訳ねぇだろうが」
両手に持ったグリップのダイヤルを高速で回しだす。すると、ヴェルナーの後ろに積まれていた立方体が高速で動き出し、組み合わさって一つの巨大な砲台が出来上がる。
「参式、《散火弾》」
グリップの引き金を引く。
砲台から飛行船を揺らすほどの爆音が鳴り、一つの弾丸がはじき出される。
はじき出された弾丸を、ヴァレリアは避けようとするも、彼女が射線から僅かに逸れた瞬間に、弾丸が弾け、弾の破片が火を噴きながらばらまかれた。
「なっ!?」
勢いよく迫ってくる弾の嵐をヴァレリアは展開していた結界で防ぐ。
しかし、大量の鋭い破片と化した弾丸のいくつかは、勢いを殺されながらも結界を貫通し、ヴァレリアの体を浅く穿った。
「クッ、女相手に不意打ちとは、恥ずかしくないのかしら」
「てめぇは随分と甘ったれた環境にいたんだなぁ。オレらの団じゃ、不意打ちなんて当たり前、女だからとか男だからなんて言われたことねぇよ。団長がサディストだからな。女相手だろうとお構いなしだ。当然、オレもな」
「外道ね!」
ヴェルナーが追撃しようとグリップを向けるが、それよりも先にヴァレリアが杖を出現させて魔法を放つ。
「《水流弾》」
いくつもの水の玉が高圧で飛行船に降り注ぐ。
ヴェルナーはすぐさまダイヤルを回し、砲台を解体、銃口が上を向くように立方体を並べる陣形に変えていく。
「伍式、《追撃弾》」
上向きの銃口からいくつもの弾丸が白く輝きながら打ちあがり、軌道を変えて全て正確に《水流弾》に吸い込まれ、すべてを撃ち落とす。
上空に吹く風によって、発生した煙はあっという間に後方へと流れていき、再びヴェルナーとヴァレリアが向かい合う。
「あなた、本当にただの人間? こんなに全て撃ち落とすなんて、ただの人間にできるわけが……」
「魔法が自分たちの専売特許だと思ったら大間違いなんだよ。てめぇらと違ってこっちは頭がついてんだ。なんの対策もしねぇ訳ねぇだろ」
ヴァレリアはこめかみをひくつかせながらも冷静に考える。
(仕組みがあるのはあの後ろの箱ね。つまりあの箱が届かない位置にいれば一方的に攻撃できる。でも射程がわからない、それなら――)
ヴァレリアは視線をヴェルナーの足元に向け、ほくそ笑む。
「頭が付いてないのはどちらかしら。あなたの相手をするのも阿保らしいし」
「あぁ?」
ヴァレリアは一気に高度を下げて飛行船の下に回り込んだ。
「ここからなら射線は通らないから攻撃し放題ね。頭が付いてないのはどちらかしら」
そう言ってヴァレリアは杖を飛行船へ向けて魔法を放とうとした。
しかし、その瞬間に耳をつんざく破裂音が鳴り響く。
「ぎっ!?」
次の瞬間にヴァレリアの杖を持つ手に赤い華が咲いた。
結界に回す魔力を増やし、強化すると結界に次々と何かが当たる。
「弾丸? いや、砲弾!?」
結界には大小異なる鉛玉が次々と当たり、透明な結界に波紋を生んでいた。
(このままじゃ、破られる! 攻撃すれば私がやられる!)
ヴァレリアは飛行船の下から飛び出し、飛行船の上に再び舞い上がる。
飛行船の上には口を大きく横に裂いたヴェルナーがいた。
「どうしたぁ? 頭のついてる魔女さんよぉ。もしかして対空砲火がないこともわからなかったんですかぁ?」
「ホント、いい性格してるわね!」
再び、飛行船の上で攻防が始まる。
しかしヴェルナーが空を飛べないことを理解しているヴァレリアは距離をとりながら攻撃する。ヴェルナーは反撃するも、三次元的に動き続けるヴァレリアに有効打を与えることができずにいた。
「チッ……壊せねぇのは不満だな」
こうして天上人とヴェルナーの戦いは膠着状態に陥ることになった。
次回、「籠の中の鳥」




