第十七話 準備
翌日、僕らは戦う準備をするために鍛冶屋へ行って武具をそろえることにした。
鍛冶屋は以前、ソフィアの短剣を作ってもらったドワーフのバーリンさんが営む店だ。
ここなら品ぞろえも豊富だし、品質も問題ないからオスカーに合うものが見つかるだろう。もちろんここで僕のも見繕う。
今回、城から持ってきたものの中に武具は最低限しかない。もともと鍛錬には訓練用のものなので実践に適していないから持ってきても使えない。私物にしても実戦用のものはなかったのでここでそろえることにした。
久しぶりに店に入ると中には以前よりも人が多く、売れている様子だった。
各自の武器を見るためにオスカーと一度別行動する。
僕は今回、フル装備で行こうと思う。短剣二本に片手剣と盾、そして槍だ。多いと思うかもしれないが重量的には問題なく動けるくらいの身体能力はあるから、あとは装備する位置さえ気を付ければ問題なく戦える。
そこは防具との兼ね合いもあるから時間がかかりそうだ。
短剣と片手剣はすでに出来ているもので間に合わせることにした。いつも鍛錬で使っているのは特別に重いものを使っていたのでかなり軽く感じて、心許なかったので一番頑丈で重いものを選んだ。
盾は腕全体を覆う凧盾を選んだ。これも当然頑丈さ重視にしたが、そもそも盾なのであまり種類はなかった。
そしてメインとなる槍だが戦とあって、品薄状態で満足のいくものがなかった。どれも短かったり、長すぎたり、重量が合わなかったりとしたのでバーリンさんに相談することにした。久しぶりに会ったが覚えていてくれたようだ。
「久しぶりじゃの」
「お久しぶりです。覚えてくださいましたか」
「当然じゃろうて。ミスリルを使った短剣の注文なんぞそうあるもんじゃないわい」
「そうでしたか、これはお恥ずかしい。それはそうと今回は槍の製作をお願いしたいのですが」
バーリンさんに槍の仕様を伝える。材質や形に問題はないとのことだが一つ、問題がある。
「立て込んでいるんですか」
「うむ、知っとると思うがもうじき戦が起こる。誰もが備えているが中でも槍は使いやすいうえに集団で使用するからの。注文が殺到しておる」
確かに槍は素人でも集団で持てばそれなりに脅威だ。盾と合わさればファランクスも組めるし、投げることもできる優秀な武器だ。
いつごろできるか尋ねると貴重な素材を使っていることもあり、間に合うかどうかわからないとのこと。とりあえず注文をしておくが間に合わないかもしれないので、仕方なく既にできている短い槍を買った。
「すまんの、できたら知らせるが間に合わんかもしれんで、代金は後払いでいい」
「よいのですか?何かあれば大損では?」
戦で何かあれば受け取れない可能性もある。そうなれば素材や製作費が丸々損してしまう。
確認をとってみるが、戦になれば金を持っていても避難できないし、そもそも逃げる気もないのだという。
「もらったところで荷物になるだけじゃ。それにこの町のために戦おうとするものから金はとれんよ」
バーリンさんはそういってお金を受け取らなかった。
本当にいい人たちだ。
ご厚意に甘えて武具をもらい、防具も一式そろえる。鎧、小手、脚甲と剣や盾を保持するためのホルダーを買っていく。
一通り買って店前に行くとすでにオスカーがいて、何人かの若者としゃべっていた。
「お待たせ、オスカー。そちらは?」
「おう、ウィリアム。ここで待ってる間に仲良くなってな。鍛錬の仕方とか話してたんだ」
なるほど、確かにオスカーは見るからに屈強そうだから、どんな鍛え方をしているのか聞きたかったのだろう。そういえばここ数日はまともに鍛錬ができていなかった。疲れない程度に鍛えなおさなければ少し不安だ。せっかくオスカーがいるのだし、何度か手合わせするのもいいかもしれない。
その後、若者たちと別れ、オスカーとともに宿に帰った。
それから一週間、僕たちは鍛錬や情報収集といった準備を行った。戦い方もギルドへ行って確認し、自分たちがどう動くか計画も立てた。そして明日、いよいよ開戦だ。
ギルドからの報告で軍が近づいていることがわかっている。途中使者を送って用件を聞いたが帰ってこなかったらしい。
その報告を聞いて、ギルドは激怒し、魔物や動物を使ってゲリラ戦を開始した。強力な魔物を軍の近くに放ったり、馬型の動物に乗ったハンターが奇襲をかけたりしていたために、軍の到着は数日遅れとなった。その分準備もできたし、数も減らせた。何より軍が持っていた火薬に火をつけて爆発を起こしたらしく、それなりに大きな被害と攻城兵器をいくつか使えなくしたらしい。
「火薬を爆破したのは大きいね。攻城兵器は使えなくなったし、これで市街戦も有利に運べるよ」
「そうだな、門以外から入られたら一気に厳しくなるからな。だがそれでも相手のほうが数が多い。ほかに防壁を破る方法がないわけでもないから油断するな」
僕らは今、夜明けの時間に防壁に上って外にいる軍の様子を確認している。そして僕らの横には二人ほどギルドの人間がいる。その二人は以前、鍛冶屋の前で話した二人だ。
彼らもハンターで今は一緒に偵察して、この後はギルドに行って報告するらしい。その際に僕らの意見を参考にしたいと誘ってきた。僕たちも軍の動きに興味があったので了承した。
「すでに宿泊道具は片してますね。朝には隊列整えて侵攻ですかね」
そう言ってきたのは弓を得意とするフェデルだ。あごのラインまで伸びた髪が特徴で人懐っこい性格なのですぐに仲良くなった。弓使いで目がいいので軍の状況を見てくれている。すでに明るくなり始めているので、僕もオスカーにも見えてはいる。
「大砲とか投石器の攻城兵器もないですし、馬鹿正直に攻めてきますかな」
次にしゃべったのがレストンだ。彼は剣士でオスカーに負けず劣らずの肉体をしている。彼は角刈り頭が特徴だ。
「どうかな、まだ攻城兵器が残ってるかもしれないからな。それに門は他に三か所ある。分散してくるか、集中してくるかで対応が変わってくるからもう少し様子見だな」
レストンに答えるオスカー。この数日でこの二人とは一緒に鍛錬したので仲良くなっている。2人ともハンターとしての筋はいいのだろうが、単純な戦闘力では僕らには及ばなかった。ただ今回は市街戦なので、僕らよりもフェデルのような弓兵のほうが活躍できるかもしれない。
「不穏だね」
「何がだ?ウィリアム」
僕が不審に思っていると気になったオスカーが尋ね、レストンとフェデルも聞こうとしてくる。
「軍の動きがだよ。火薬を爆破されて大砲とか攻城兵器がないにもかかわらず、攻めてくるなんて普通じゃない。ゲリラ活動してた部隊はどうなってるの?」
「何人か被害は出たが、ほぼ無事に帰ってきたぞ。襲わせた魔物は全滅したが報告じゃ1000人くらいは被害が出せたらしい」
「すごいな」
魔物を放つだけのゲリラ活動は功を成し、300頭の魔物で1000人ほどの被害が出せたらしい。僥倖ではあるが数はいまだに負けている。火薬を爆破し、大砲を使えなくしたとのことだがそれだけの被害を出してもかわらず侵攻するのはやはり異常だ。
「火薬や大砲を破壊したのは何回目の襲撃で、どういう風に置いてあった?」
「?確か報告では3回目の襲撃かな。馬に乗って襲っていたら中央に置いてあったらしい。軽く矢を放ったら爆発して帰るときには壊れた大砲やらがいくつもあったらしい」
「壊れた大砲の数はいくつ?」
「さあ、そこまではわかんねぇよ。それがどうしたってんだ」
少し読めた気がするが確証がなさすぎるな。どれくらいの数の大砲を壊したのかがわからない。
「何考えてるんですかね、ウィリアムさんは?」
「さあ?大砲も火薬も爆破したんだからあとは普通に攻めてくるしかないでしょう?なにが不安なんですかね」
「不安じゃねぇよ、不穏だよ。馬鹿だなお前は」
「お前こそ何言ってんだ、どっちも大して変わんねぇよ」
レストンとフェデルが馬鹿な言い争いをしている。
確かに不穏だから不安になるわけで、どっちも間違ってはいないんだけど。
そんな風に話していると軍が3つに分かれて動き出す。
「お、動き出したな。3つに分かれてるな。一番多いのが西に向かったな。」
「もう一つは東でこれが一番少ないな、そして一つが留まるか。立派なテントがいくつかあるからあそこに指揮官がいるのかな」
見てみるとその通りに軍が三つに分かれて動き出す。西側の部隊が一番多いのは恐らく、西門で別れてそこから北側の門へ向かうのだろう。
すべて閉じて完全に包囲するつもりらしい。
「三つに分かれて西門が本命?」
「いや違うだろう。西門に行ったのが二つに分かれて北門に行くんじゃないか?」
「包囲されちゃうじゃないか!逃げられなくなるぞ!」
「落ち着けよ、せっかく戦力を分散してくれたんだ。そうなったら一点突破するか、罠にかけて各個撃破すればいいんだよ」
「「なるほど」」
フェデルが包囲されると聞いて慌てるとオスカーが宥める。確かに事前情報がすべて正解ならそれでも行けるかもしれない。だがまだ安心はできない。
気になることがあるのでオスカーに近付いて小声で話す。
「オスカー、もしかしたらまだ大砲が残ってるかもしれない」
「ああ?なんでだよ、破壊したって言ってたろ?他の攻城兵器ならまだしも大砲がまだあるってなんで思うんだよ」
当たり前だが、大砲や火薬がそんなわかりやすい場所に置かないと思う。大砲や火薬は貴重なものだ。それをむき出しで置くとは思えないし、ましてやゲリラ的な襲撃を受けるようになってからだ。狙ってくださいと言ってるようなものだ。
もっとも火薬は危険だからと、周囲に何もないところに置いておいたために、結果的に目立ってしまったという可能性もあるが。
だがわからないこともある。どうしてそんなことをしたのか、そして今どこに大砲を隠しているのかだ。当然小屋なんて立ててないし、もうすぐ開戦ということもあって布をかけているような場所も見当たらない。
ただこんな回りくどいことをする理由としては恐らく勝てると思わせて油断させ、逃げ道を塞ぐ気なんだろう。それならば今、包囲しようとしていることも説明がつく。
わからないし、憶測だらけではあるが気になるし、もし大砲があれば一大事だ。だからあるかもしれないということは常に念頭に置かなければならない。
「なるほどな、確かに怪しいと言えば怪しい。言い切れないところがいやらしいな」
「メリットがいまいち見えないね、とにかく相手の動きをギルドに伝えにいこう」
軍が動き出したことなどをギルドに伝えに行かなければならない。ここにフェデルとレストンに連絡に行ってもらい、僕らは偵察を続けることにした。
次回、「開戦」